ブルペン・デイ 新しい野球の在り方 

ネコ エレクトゥス

第1話

 今年メジャーリーグのあるローカルチームが使った作戦がメジャー全体に一気に浸透した。先発ピッチャーの駒が明らかに不足しているそのチームは一試合全体をブルペン投手で組み立てる「ブルペン・デイ」という戦略を用いたのだ。しかも使えるピッチャーがいないからリリーフのピッチャーをやむを得ず使うという後手後手に回った作戦ではなく、試合の頭から終わりまで計算し尽された継投で一試合をもぎ取る非常に巧みなものだった。このローカルチーム(ちなみにタンパベイ)は専門家の予想をはるかに上回る勝ち星を挙げ、もう少しでプレーオフというところまで進んだ。当然のことながら他のチームもこの作戦を取り入れた。


 予兆は数年前にすでにあった。その年カンザスシティー・ロイヤルズはごく平均的な先発投手陣と一流のブルペン陣のコンビネーションでワールドシリーズを勝ち抜いた。彼らの考え方はこんな感じだ。

「我々経営基盤の小さいローカルチームでは一人の先発投手に20億円などという大金を支払うことはとてもできない。ただ3人の中継ぎ投手にそれぞれ5億円を支払うことはできる。実際問題年棒5億円の中継ぎ投手には多くのことが期待できる。」

 この考え方を拡張すると「ブルペン・デイ」になる。

「我々ローカルチームには一人の中継ぎ投手に5億円も支払うことはとてもできない。しかし一回を抑えろというだけなら別に5億円の投手じゃなくてもできる。あとは我々次第だ。」

 こうしてごく一握りのエリート選手と専門分野に特化した低賃金の使い回し選手、そして最高の頭脳を持った運営者と監督を持ったチームが新しい時代のスタンダードになる。その様は20世紀後半から多数台頭した若い頭脳を持つ近代企業のようでもあり、僕らの周りに今やたくさんある一部の正社員と多数のパート労働者からなるオフィスのようでもある。

「我々には巨大な資本はない。だが最後に勝つのは我々だ。我々にはすさまじい成績を残すスター選手はいない。しかし最後に勝つのは我々だ。」

 もちろんすべてのチームがこの戦術を選択する訳でもないし、この戦術を選択したチームが毎年チャンピオンになる訳でもない。ただ確実に思考方法の世代交代は進むだろう。


 では「ブルペン・デイ」化が進行すると僕ら野球を見る側はどうなるのだろうか?別に野球全体のレベルの低下が起こる訳でもない(逆にレベルが上がる可能性すらある)。年配の人たちには違和感はあるだろうが、僕自身について言えばやっぱり野球を見るだろう。若い人たちについて言えば、彼らは最初から野球とはこんなスポーツなんだと思って疑いもしないだろう。

「えっ、昔は野球って全然違ったの?へー、昔は先発ピッチャーとかクローザーという役割の人たちがいたんだ。」

 こうして野球は続いていく。

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