俺が好きな妹は張飛だけど張飛じゃない ボーナストラック
やあ親愛なる「三国志」マニアの諸君。俺の名は水城秀一。ある日ものすごーくどこかで聞いたことがある某ゲームに名前が似ている「SANGOKU大戦争オンライン」という最新MRゲームのベータテスターとして参戦したところ、召喚された先はゲーム世界ではなく、「真世界」という名の三国志ワールドだった……しかも、広大な大陸(=漢王朝)を統一しなければ元の世界に帰還できないという、これまたどこかで聞いたことがあるデスゲーム的なルール縛り! さらに、期限もある! 制限時間が切れたら、万里の長城の向こうから「亜人」の大軍団が南下してきて、人類は詰みだ。
なんということだ。おお。いったい誰が「真世界」をこんな世界にしてしまったんだっ……!
というわけで俺さまは、「三国志」の主役であるはずの劉備玄徳に封神され、「二代目劉備玄徳」を襲名。曹操に封神されたちびっこJKラノベ作家の早乙女怜香や、一家揃って虎党という神戸猛虎組の姐さん孫堅たちちともに、漢王朝の再統一を目指して頑張っていた……わけなのだが……。
「なんだとーっ? 俺の魂が、那波の身体に入ってしまったあああだとおおおっ!? いったいどうなっているんだーっ!?」
そう。まさに悲劇! 俺と、わが愚妹・那波とが、曹操軍に合流するべく泰山へ向かっていた途中だった。二人は、俺たちを乗せて走りながら「ブルルッ」とくしゃみしやがった駄馬・的盧のおかげで、呪いの泉に転落。結果、二人の身体が、入れ替わっていたのである。
俺が那波に!
那波が俺に!
ああ、俺の名は――!
「アニキにされちゃったああ! 自害する!」と動揺している那波の世話は、もう一人の妹の雪乃に任せるとして、俺はいったいこれからどうすればいいだーっ!? 今まで通りの適当な暮らしをしていたら、髪の毛とかお肌とか痛めて、那波のヘイトを買う! それに、体育会系の那波の運動量は異常。ゴロゴロ過ごしてうっかり太ったら十代にして「髀肉の嘆」イベント発生! まずいよまずいよー。
「おーい秀一! 孟徳から聞いたぞー! 女の子になったんだって? うわー、ほんとうに那波になってるなーっ! あーはははは! この世界に女体化武将はゴロゴロいるが、この夏侯惇、妹化武将ははじめて見た! 籠城生活で飢えている男兵士に襲われないよう、私が見張ってやろう!」
「われらも、孟徳に封神されて一般人から封神英傑にジョブチェンジした面々! いわばお仲間ですわ! わたくし夏侯淵が、女の子としてのあなたの第二の人生をサポートいたしますわ! JKの世界にようこそ! この曹操四従姉妹軍団にお任せなさいっ! お嬢さま言葉講座ならば、夏侯淵にお任せ!」
「あんの~。及ばずながら、この曹仁もお手伝いさせていただきますだ~。真世界での女の子の美容は、なかなかハードですだ~。異世界みたいにいろんなコスメ商品が気軽に手に入るわけではないですだ~。真世界の農民娘っ子が、お安い乳液、美容液の生成方法についてお教えしますだ~」
「マッサージ上手の曹洪も補佐するべさー。全身エステの松コース、フェイシャルエステ中心の竹コース、お試しの梅コース、それぞれ料金設定があるべさ。ご予算はおいくら?」
えーい。怜香の義理の従姉妹たち――夏侯惇。夏侯淵。曹仁。曹洪。こいつら、人ごとだと思って面白がりやがって! え? いいじゃないか、エロゲハーレムコースじゃないか、だって? よくないっ!
「あのう。美容の第一歩はなんといっても毎日のお風呂ですぅ。お肌の洗い方、長い髪の毛の洗い方、そしてデリケートなエリアの丁寧な処理と、女の子の入浴は大変なのですぅ。さあさあ。みんなで入浴しましょう。この程昱がレクチャーいたしますう」
「うけけけ! 中身が劉備でも、側が那波なら、これはもうオンナだよな! ま、妹の身体なんだから、興奮する心配もねーだろ? 剥けー剥けー入浴タイムだー!」
程昱と郭嘉のシスマゲドン先生コンビまで来た。お前らは怜香が書いているラノベの挿絵をきりきり描け!
い、いかん。わがソウルシスター怜香の従姉妹たちとはいえ、お年頃の女の子が六人……ここでくらっと来たら百合コース確定ではないか。入浴なんて冗談じゃない! お前ら、俺を誰だと思っている? 見た目は美少女でも中身は野郎だということを忘れていないかっ?
「「「「「「だいじょうぶ、三日間で立派な女の子にしてあげるっ!」」」」」」
やっぱり遊んでいやがる、こいつら!
「ギャーッ! 剥くな、剥くなーっ! あっ、ダメっ、いくら張飛の武力99をもってしても、六人がかりでは……それに、なんだか身体に力が入らなーい! 俺のゴーストが囁いている……これはハーレム温泉イベントを味わう一生に一度のチャンス、いわば役得だと!」
「「「「「「百合地獄へ道連れ! 手を取り合って、いざ温泉へレッツゴー!」」」」」」
すまない……すまない、那波。雪乃……俺はもしかしたらこのまま、華麗なる百合の世界へ堕とされてしまうかもしれん……! もしもそうなったら、熱烈なブラコンの雪乃にどう申し開きすればいいのだろう?
『雪乃……実は、俺はバイらしいんだ……』
『いいえ兄さん。あなたは、百合よ』
とかそんな風に雪乃に突き放されたら、俺は、俺は……アーッ!
……
……
……
かぽーん。
ああ……入ってしまった……女の子だらけの温泉へ……これは……エロゲ案件っ……! もしもこれがラノベ世界だったら、口絵が湯気だらけになって乳首を消されてしまうパターンっ……! アニメならば、「湯気なしバージョンは円盤でね」というやつだ! あざとい実にあざとい。だが。
「女の子だけの世界っていいなあー。桃源郷だー! 孟徳のやつ、『秀一とお風呂なんてなに考えてんのよ、信じらんないっ!』って照れて入ってこないけど、もう秀一は立派な女の子だ! 一生元の身体に戻れなくても気にすんな、われら孟徳ファンクラブ、神聖孟徳同盟のメンバーには彼氏なんて要らない! あーはははは!」
「そうですわ、秀一ちゃん! わたくしたちは、あなたが以前男子だったからって、決して差別いたしませんわ! 今のあなたは、れっきとした女の子ですもの! 噂には聞いていましたが、本屋敷英里子社長に勝るとも劣らぬ最高のプロポーションですわよ!」
「秀一ちゃん! 美しいですう。かわいいですう。デッサンのモデルになってほしいですう~♪」
「これからは秀一を剥き放題だから、『三国姉妹コレクション』の口絵が捗るぜえ! 作中で張飛をガンガン脱がせてやっからな、うけけけけ! どうだ、いもいもしてきたか?」
……最初の五分間は心臓が爆発しそうだったが、なんかあっさり慣れるものだな。こいつら、俺を女の子扱いしているから羞恥心も見せないし、無駄に数も多いし、(特に夏侯惇と郭嘉が)決して男子の前では見せないだらしない格好やしぐさも見せるしで、ありがたくない。むしろ、女の子への幻想が崩壊していく……。
い、いや、違う。彼女いない歴十七年の俺が、たった五分でこの夢の如き桃源郷温泉イベントに順応するはずがないっ! そうだ! 俺の脳はすでに、那波の身体に侵食されて「女の子化」、というか妹化しつつある! そう、いもいも化されつつあるのだ……! ひ、引き返せなくなるっ……! 将来、俺自身の身体に戻れた時にはもう、俺のメンタルはきっと完全に「妹」に……「秀一ちゃん」になりおおせて……最悪の場合、「いもいも分が足りないよう? お兄ちゃんが欲しい~」なんて言いだして……そいつはまずいぜ! 水城秀一よ! 男の魂を、オスの本能を守るのだ、捨ててはならない!
でも、どうやって?
とりあえず無防備な夏侯惇のおっぱいでも揉むか? 指をわきわきさせて、中年のおっさんのような卑猥な心を奮い起こして……! ぐへへへへ、とゲスな笑い声を立てながら……そう、エロゲの竿役のモブ男のように! これでどうだーっ!
「あーはははは! さっそく女子会に順応したな秀一、さすがだ! くすぐったい! やりかえしてやるー!」
「わたくしも参戦いたしますわーっ! うおーその推定Gカップのけしからん妹バストを揉ませなさーい!」
「いやー。秀一に女の子の心があったなんて、人ってやつは見た目じゃわからねーなー。こりゃ、次の新刊は『三国姉妹コレクション』改め『三国百合コレクション』だな!」
「もっとこう、アイデンティティークライシスで一波乱ありそうでしたのに。秀一ちゃんが幸せそうで、めでたし、めでたしですぅ」
違うーっ! 俺のやっていることは完全に逮捕案件、犯罪案件なのに!
だ、ダメだ、抵抗されるどころか「すっかり女の子と化して懐いている」と思われているっ! あーっ! 「人は見た目が十割」だったのだなあ! つか、触るな、揉むなっ! こっちは触られることにぜんぜん慣れていないのだっ! ああああっ! 開く、開いてしまうっ! 百合への扉がっ……!
「おーほほほ! 次は女の子口調の修行ですわ、秀一ちゃん! 愛らしい見た目と粗暴なキャラとのギャップもいいいですが、やはり女の子はかわいく喋って、かわいくポージング! ドン! ですわ!」
「あんの~。おらと曹洪も、夏侯淵さまのもとでお嬢さま喋りを学んでいますだ~。この温泉で一緒に練習しましょう、ですだ~」
「まずは、孟徳に操を捧げた神聖孟徳同盟直伝の護身術! 明日のためにその一! 空気が読めない中年サラリーマン男性にいきなり告白された時のポーズと決めセリフを覚えなさいませ! 両腕の肘を胸を挟むようにしてくっつけて、左右の拳は指を絡ませず、力を入れずに指を掌の内側に畳んで、沿えるだけ! 足の立ち方はこころもち内股ぎみ! そして、猫撫で声で『ええ~? おぢさん、いきなりそんなこと言われてもわかんな~い♪ どうしよっかなあ~♪』! これ! これですわ! 即お断りは相手のプライドを破壊してストーカー化させるので危険! もちろん脂ぎった中年サラリーマンと交際OKなど言語道断! そこで、思いきりかわいこぶって、返事を保留して誤魔化すのですわ! 相手が『かっ……かわいい……』と興奮して硬直している隙に、そそくさと立ち去ってその場を去りますのよ!」
「袁帝グループのパーティ会場で幾多のセクハラを躱してきた夏侯淵の高等技術ですわ~さすがですわ~完璧な護身術ですわ~」
「うんうん。男ってアホだからなー。チョロいもんだぜ、うけけけけ!」
そんな真似ができるかーっ! この水城秀一は、たとえ身体は那波と化しても、劉備玄徳に封神された男である! いや、今は張飛だけど。どっちにしても、なんで中年オヤジ相手に俺がそんなことせんといかんのだーっ! 曹操陣営は女の子が多いから無問題! 泰山から出なければ安全だ、おっさんに襲われる危険などない!
と、その時は、そう思っていたのだが……。
※
「ハーハハハハ! 袁紹社長からの使者、張郃課長が押して参る! 諸君、冀州のわが本社は公孫瓚戦の出費が嵩んで破産寸前! われら経営陣は株主総会を乗り切るべく粉飾決算を試みたが、数字上でなにをどう改竄したところで、ない食糧はない! よって残念ながら、補給はなしだ! 以後、自前で食糧を調達するように! 山肌に芋でも植えて飢えを凌ぐのだな! 給料を、欲しがりません勝つまでは! お芋は社畜の栄養源! 贅沢は社畜の敵! 悟り世代の諸君は、自動車も一軒家もマンションも補給も別に欲しくないのだろう? ならば、ノープロブレム! そうそう。食糧の代わりに、この『有給休暇チケット』をあげよう! ブラック企業の袁帝グループでは、超レアアイテムだぞ! 通達は、以上だーっ!」
俺がお風呂からあがって「ああ~」と浴衣姿でお散歩していたところに、ポマード臭い袁帝グループ随一の社畜野郎・張郃が、泰山陣営に「使者」として押しかけてきて、そんな無茶を言いだしたのである。
総大将の怜香と参謀の荀彧お姉さんは俺たちと入れ替わりでお風呂に入っていたので、たまたま居合わせた俺が張郃の応対役を務めることになったのだが――。
「ちょっと待て~張郃。なにが『有給休暇チケット』だ! 泰山も合戦中なんだからなー、そんなもん要るかーっ! コメをよこせコメを! せめて小麦を! 本社ヅラするなら、泰山支店の曹操軍の面倒を見ろーっ!」
袁帝グループ経営陣のいろんな意味での雑さ・無責任体質ぶりは相変わらずで、さすがにもう慣れたが、「補給はない」と言われると、猛烈にお腹がすいてきた! 那波はたぶん一日1万キロカロリーくらいをスポーツで消費しているからな。元の俺さまの身体よりも大食いなのだ。
「って、しまった。いっけな~い♪ 今のあたしは那波ちゃんなんだった~(汗) 張郃おぢさん、今の乱暴な発言は見なかったことにしてね? 特に、アニキには絶対に秘密。お願いね? てへぺろ?」
いかんいかん。張郃たちに俺と那波が入れ替わった話なんぞ教える義理はないが、かといって「オレ女キャラ」は那波の評判を落とす。ここは、JKのふりをしておかねば。気色悪いが、仕方あるまい。那波は「外面」だけはいいから、これくらい媚び媚びでも問題ないだろう。
だが、この過剰な媚びがよくなかった。
社畜人生約二十年。仕事一筋の張郃は、実はJKに免疫がなかったらしい。
「き、きみはたしか、水城秀一の妹の張飛くん……ズッギュウウウウン!? お、おかしいっ? 私の目には、今日のきみはまるで別人のように見えるっ……!? 以前から元気っ子だったが、まあ、お子さまにしか見えなかった。しかし! 今日のきみには普通のJKを超越した、コケティッシュな魅力があるっ!? なっ、なんということだっ? 私はロリコンだったのかーっ!? 思い起こせば大学時代、ブラック企業にしか内定をもらえなかった私と、超一流企業の西芝に採用された同級生の彼女との間に亀裂が入り、結局就職してすぐに『私とあなたとでは、もう住む世界が違うのよ』と捨てられてしまい、以後は社畜稼業にのめり込むことで恋愛から、己の人生から遠ざかっていた……そんなわが忌まわしい記憶が、今、浄化されていく……」
待て待て! そんな四十男の過去回想とかお前の社畜人生の掘り下げとか要らんぞ! 誰得だよそれは?
「おお……私の魂が、張飛くんに吸われていく……!? 張飛くんは、私の母になってくれるかもしれない女性だーっ!」
なにを言っているのだ、このマザコン課長がーっ! 俺はコケティッシュとかそういうんじゃなくて、中身が男子高校生なだけだから! 目を覚ませーっ張郃! いろんな意味でまずいぞーっ! お前、疲れているんだ!
「ちょっと待て! 違う! 俺は那波じゃないっ! 見た目は那波だが、中身は……」
「そこに残った若さを取り出し、社畜張郃、いざ突貫っ! 張飛くん! 幸い、青少年保護育成条例は真世界にはない! この私と結婚を前提にお付き合いしてくれたまえーっ! ハーハハハハ! 見よ、私の輝かしいステイタスを! 慶應卒の高学歴! 百八十センチ超えの高身長! 髪もふさふさだ! サービス残業漬けと東急東横線の通勤ラッシュで培った高耐久力! 独身女性の憧れ・年収一千万円! 多忙で使う暇がないから貯蓄もがっつり! さらには、長年のブラック労働で疲れ切った涸れたオヤジの魅力満載だーっ! あと、内緒だが武力90オーバー! 真世界でも立身出世間違いなし! 正社員ルートすら開けていない、ひよわな悟り世代の青少年とは違うのだよ! 私がきみを生涯養ってあげようではないかーっ! アイ・ワズ・ボーントゥラブユウウウウ!」
「どこも涸れてねーよお前は! 明らかに気力体力精力絶倫だよ!」
「むう。きみは田豊専務のようにガチで老けたおじさんが好みなのかね? そうか。張飛くんは父性を求めていたのか……認めたくないが、私はまだ若すぎたか……」
「なにもかも違うっ!」
「フハハハハ! しかし私もあと五年十年もすれば立派なおじさん世代だぞ! いきなり求婚はハードルが高かったかな? では、最初はパパ活から! そう、パパ活からはじまる恋もあっていい! 五年も交際すれば、私もきみ好みのロマンスグレーおじさんになれるはず! おお。そういうドラマがこれから来るな……純愛年齢差婚ドラマ! 第一話のパパ活から、シーズン半ばで交際現場をTwitterで拡散されて地獄谷支店へ左遷を喰らうなどの紆余曲折を経て、最終回では数々の障害を乗り越えて年の差ゴールイン! そんなオヤジのドリームが馬鹿ウケする時代が……!」
もうそんなドラマいっぱいあるよ。だいいち、最近の時代劇小説とかほとんどぜんぶそんなんだろ。歳食ったおっさんがなぜか無双の剣客で、江戸の娘っ子たちにモテモテ。つーか、現代世界モノに適応すんなよそんな設定。頼むから異世界モノと時代モノ限定にしてくれ。
「さっそく田豊専務に具申して、わが社をパパ活ドラマのスポンサー企業にするとしよう! さあさあ張飛くん、私のことを『パパ』と呼んでくれたまえ!」
「誰が呼ぶか、アホーッ! 気持ち悪いから近づくなっ! 指をわきわきさせるなっ! この身体はなによりもたいせつなものなんだから、男なんかに穢させるかーっ!」
「なんだと……や……やはりきみは、それほどにお兄さんのことを……いかんぞ、張飛くん! 言うまでもなく、兄妹の禁断の恋は真世界においてもタブーなのだ! お兄さんもきみも不幸になるぞ……! はっ? ま、まさか……すでに水城秀一に襲われて調教されているのか、きみは……? うっ……なんという、幸薄い……(号泣)」
「違うわ、アホッ! 俺がそんな真似するかっ!」
「だがいっこうに構わん! 私は昨今のヘタレた若者とは違う! 処女房などではなーい! ハーハハハハ、これぞ炎の『オヤジ力』だーっ! 那波くん。きみがどれほど汚れていようとも構わん、最後にこの社畜張郃の隣にいればいい! 私はこれより、きみ一人のための社畜になるッ! ああっ、これが『愛』の力なのか! 名言が止まらないっ! ドント・ストップ・ミー・ナーウ!」
「みぎゃーっ! 蛇矛で斬り捨てたいところだけれど、気持ち悪くて、力が出ないーっ! 誰か助けてーっ!」
俺が中身に入っている那波のどこが張郃のツボだったのかまったくわからないが、俺は全身にさぶいぼを立てながら、慌てて逃走していた。押し倒されたら、もう男の子に戻れないっ! いやあ~!
「待ってくれたまえ張飛くんっ! ハーハハハハハ!」
「いやあ~、逃げても追いつかれるう~! こうなったら――夏侯淵から教わった神聖孟徳同盟直伝の護身術で那波の純潔を守りきる! 明日のためにその一だっ!」
夏侯淵師匠の教えを思いだせ! 実践しろ!
中年サラリーマン男性にいきなり告白された時は――両腕の肘を胸を挟むようにしてくっつけて、左右の拳は指を絡ませず、力を入れずに指を掌の内側に畳んで、沿えるだけ! 足の立ち方はこころもち内股ぎみ!
そ、そうか! このポーズは……「三戦」だッ!
空手道に古くから伝わる護身の型!
呼吸のコントロールによって完成されるこの型が完全になされた時には、あらゆるおっさんの攻撃に耐えると言われるッ!
「呼ッ!」
俺は張郃に向き直って、夏侯淵師匠直伝の「三戦」の構えを取る。空手の「三戦」と違うのは、拳と拳をきゅっとくっつけて、両腕で媚びポーズを取ることだけである。両手は――沿えるだけ――!
「おおっ? そのポーズは……!? もっ……萌えるっ……!? この張郃が……! 張飛くんっ! 好きじゃあああ~っ!」
三戦立ちを維持しながら俺はぐるん! と掌を回転させて「円」を描き、張郃がわきわきと繰り出す十本の指を鉄壁ガード! 那波の純潔を守るべく、弾き飛ばすっ!
「おおっ、マワシウケッ!? 張飛くん……私と、パパ活してくれないのかっ……?」
再び両手の拳をくっつけて、止めに夏侯淵師匠から教わった「中年サラリーマン男性にいきなり告白された時の決めセリフ」を、とびっきりの猫撫で声で――!
「ええ~? おぢさん、いきなりそんなこと言われてもわかんな~い♪ どうしよっかなあ~♪」
「……ぐはっ!?」
ドオオン。
稲妻を喰らったかのように、張郃が胸を押さえて倒れ込んでいく。フ……勝ったな。危なかったが、どうにか那波の貞操は守りきったぜ! 社畜野郎とパパ活してるなんて噂が立ったら、那波の将来が危うくなるからな。
俺の求める兄貴道に、また一歩近づいた!
「って、なにやってんのさアニキーッ! あたしの身体をおもちゃにして、中年社畜となにいちゃいちゃしてんのよーっ! その身体は、あたしのだからーっ! 張郃とヘンなフラグ立てるなーっアホーッ!」
ゲ。那波? いや、誤解だ! 俺は、張郃からお前を守るためにだな……!
「兄さん! 女の子になったとたんに、男に走るだなんて最低です! 兄さんは……妹よりも男がいいと言うのですか? よくわかりました! 私を抱いてくれないのは、男が好きだったからなんですねっ? なぜですか! なぜ世界は、殿方同士の愛は認めて、実の兄妹の愛は認めようとしないのですかっ? なんという非寛容! なんという不条理! 絶望しました! こんな世界に絶望しました! 兄さんを殺して私も死にまあす! これより、『黒雪乃』堕ちさせていただきます!」
ゆ、雪乃!? それは誤解を飛び越えて完全な妄想・曲解……ああっ、まさに悲劇!
こんな時はどうすればいいんだ、孔明~っ!?
(Ⅳ巻に続く)
真・三国志妹 春日みかげ/ファンタジア文庫 @fantasia
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