真・三国志妹

春日みかげ/ファンタジア文庫

第零話 まわせっ! 劉備さんっ! 激辛麻婆豆腐対決!

泰山たいざんにて


 やあ、はじめまして諸君。わが真名まな水城秀一みずきしゅういち。通常の三倍速い人の名を親から受けいだ天才男子高校生だ。今はわけあって、この三国志さんごくし世界=真世界しんせかい英傑えいけつ劉備玄徳りゅうびげんとく」に封神ほうしんされて暮らしている。フッ……ところは「三国志」の世界、時は黄巾賊こうきんぞく跋扈ばっこする乱世、そしてわが英傑名は劉備玄徳! まさしくこの俺に相応ふさわしい舞台ぶたいではないか、フハハハハハ!

 もっとも、マイペースかつ策士の俺はまだ本気を出していないが、今日だけは別だ!

 なぜなら!

「泰山の封神英傑召喚しょうかんシステム・通称つうしょう『逆ガチャ』に命じる! この劉備玄徳の忠実なる家臣、趙雲子龍ちょううんしりゅうを召喚せよ! 一週間分のかせぎをすべてガチャ呼符こふとしてくべてやろうッ! 趙雲PU《ピックアップ》よ、仕事しろよっ! すりけは許さんぞおおおおっ!」

 ここは神聖なる泰山。なけなしの高価な呼符を投入して召喚システムを回し、俺たちが暮らしていた異世界から生贄もとい三国志ファンを召喚して、「封神英傑」に封じるのだ! 俺が劉備玄徳に、わが双子ふたごの妹の雪乃ゆきの関羽かんうに、末の妹の那波ななみ張飛ちょうひに封じられて、オリジナルの正史英傑から固有能力を引き継いだのと同じようにな!

 要は、俺たちが日頃ひごろさんざん別世界から様々な英雄えいゆうをガチャで召喚してきたのと逆パターンで、俺たちの世界の住人がこっち側の世界にガチャ召喚されるというわけだ! 召喚されるやつは基本的に熱心な三国志ファンだから問題ない! あこがれの三国志の英傑になれるのだしな! 優秀ゆうしゅうな「固有スキル」までもらえるのだぞ! 村人たちからはほんものの英傑あつかいしてもらえるし、至れりくせりだぞ、フハハハ!

 ま、早急さっきゅうに天下統一を達成しないと元の世界に帰れなくなるのだがな。そんなわけで仲間は多いほうがいい!

 さあ、回れっ泰山システム! 今週のわが稼ぎをもって、趙雲子龍を召喚せよーっ! 今日をのがせば「趙雲PU週間」が終わってしまう、頼むぞっ……!

 ピカ、チュウウ~! と陰陽二極の召喚台から激しい電磁スパークが……!

 これは来るか、五つ星英傑を引き当てた時の、伝説のにじ演出ッ!?

「おおおおおっ? 当たりっ? 当たりかっ? 趙雲ッ? 趙雲キターッ!?」

 わが脳内をめぐる、脳内物質っ………!

 βベータ‐エンドルフィン……! チロシン……! バリン……! リジン! ロイシン! B・C・A・A!

 って、ダメだった! 虹演出に見えたスパークは幻覚げんかくかっ! あああああ!

 ちっ、一発目は外した! だがっ! まだ呼符は九枚あるッ! 五つ星英傑が排出はいしゅつされる可能性は極悪非道ごくあくひどうの一パーセントッ! 百連回して一人出るかどうかだが、俺のガチャ挑戦ちょうせんは週一! 毎週平均八回は回しているから、確率的にはそろそろ来てもおかしくはない! 来いっ、来いっ趙雲ッ!

「うお、うおおおおおおっ? 二発目もスカだっ! またしても、孔子謹製こうしきんせいの文明礼節アイテム『スコビル測定スカウター』……らねええええっ! スコビルってなんだよ? せめて商人に高額で売れる武具をよこせっ!」

「じゃんじゃん! じゃんじゃん回しましょう、回しましょう兄さんっ! もう我慢がまんできません、手持ちの呼符が尽きるまでぜんぶ一気に回しましょうッ! 私、生で虹演出が見たいですっ! どれほど財産をっ込んでも、借金してでも五つ星英傑を引き当てたいですっ! こんなにらされて……もうっ……もう我慢できません! はあ、はあ、はあ……!」

 黒髪くろかみが美しいわが双子の妹・関羽こと雪乃が、日頃の清楚せいそな優等生キャラはどこへやら、今にもよだれを垂らしそうな勢いのあやしい目つきで召喚システムをガンガンと回しまくる。ゆ、雪乃。お前まさか、重度のガチャ中毒をわずらって……!? それは不治の病だぞ!?

「って、待って待って、ゆきのん待って! 今はダメだよアニキぃ~! これってハズレしか来ないテーブルだよ! 熱くならずに、ちょっと時間を空けてから……」

 下の妹の張飛こと那波は、地頭が悪くて知力21な上に見た目もギャル系なのだが、意外とガチャ欲耐性たいせいは強いらしく、雪乃のような状態異常におちいっていない。だがダメだ! 快楽落ちした表情の雪乃が、十連ガチャを一瞬いっしゅんで回しきってしまった! そして当然、ぜんぶスカだ! 孔子謹製の文明礼節アイテム『防毒マスク』百個とか、『ゴーグル』百個とか、化学兵器など存在しないこの真世界でこんなものがいったいなんの役に立つんだ?

 ああ。泰山システム上空にかんでいたくす玉が割れて、敗者を逆撫さかなでするような垂れ幕が落ちてきた。

『ざんねんでした またどうぞ 趙雲おりゅ?』

 ぐぬぬ、と屈辱くつじょく後悔こうかいと罪悪感にふるえて涙目なみだめになった雪乃が顔を真っ赤にしてその垂れ幕を切り飛ばす。

「おかしいではないか! 絶対、確率操作してるだろうこれ! 俺のアカウントはスカテーブルだあああっ! 泰山システムの管理者を! 許劭きょしょうを呼べ! テーブル開示させろ!」

「うわあ、呼符が尽きちゃったあああ! なにやってんのさ、アニキ、ゆきのん……趙雲どころか、今週も封神英傑が一人も排出されなかったよう~! どっか~ん!」

「きゃああ? すみません、ごめんなさい兄さん! ななちゃん! 商人ルート入りしていながら、今週も逆ガチャ召喚に稼ぎをぜんぶ突っ込んでしまいました……なにもかもガチャ欲にかれて回すのを我慢できないふしだらな私のせいなんです! 自害します、止めないでください!」

 うーむ。憑きものが落ちて生真面目きまじめ妹に戻った雪乃は「自害します」と泣き出すし、那波はショックのあまり「どっか~ん!」とさわいでるし、無茶苦茶なことになってしまった。

「待て待て。まだ趙雲は召喚されていない。ということは、またいずれ趙雲PU週間が来るはず。それまで待とうではないか。あきらめたらそこでガチャ終了しゅうりょうだぞ! 我、ガチャを外して後悔せず! 引けぬなら、当たるまで引こう逆ガチャ召喚! これからまた稼げばいいのだっ! 元気を出せ雪乃、那波。フハハハハ!」

「そういえばアニキさあ。どーして趙雲の召喚にこだわるわけ? 趙雲って絶対、武芸バカじゃん。脳筋武将じゃん。あたしたちはえて武人ルートを選ばずに、商人ルートを選択せんたくしたんだよ? 要らなくない?」

 うっ。そこにお気づきになりましたか。みょうするどいな那波。ここはうまく誤魔化ごまかさねば。

「そうです、兄さん。封神英傑には、オリジナルの正史英傑となんらかの共通点を持っている人が選ばれるそうですから、趙雲さんは顔がお弁当箱そっくりのドカベン似の殿方とのがたという可能性も。下手したら、殺人ドカベンかもしれませんよ? 笑顔えがおで『俺は今まで大勢の人間を殺してきた』とかカミングアウトされたらどうするんですか? 世の中には、大量殺人でありながらしれっとサラリーマンとして社会にまぎれ込んでいるおそろしいサイコパスさんがいるものです」

 お前は考えすぎだ雪乃。

「う、うむ。俺は一応、劉備玄徳だからな。劉備の護衛役と言えば、ほら、趙雲子龍だろう? どうも趙雲がいないとしっくりこないのだ……げふんげふん」

「えー? アニキにはあたしがいるじゃんっ! 真世界に召喚されるまでの七年間、横浜よこはまで家族として一緒いっしょに暮らしてきたかわいい妹の那波ちゃんがさあ! あたしのどこが不満なのさあ? はっ、まさか……自由におっぱいをさわらせてくれる奴隷どれいのように忠実なしもべの女の子がしいとか考えているんじゃないだろうねアニキ? へへへ変態じゃないのお? うわっキモっ! 真世界ライフといえば奴隷でしょう、というその発想がキモっ! 元の世界ではカノジョすらいたことなかったいんキャだったくせにぃ~」

「おおおお前だって一日たりとも彼氏いたことなかっただろーが! 兄の臓腑ぞうふをえぐるな!」

「むむむ。この雪乃もいます、兄さん! すでに三人の兄妹きょうだいが勢ぞろいしているんですから、これ以上の仲間は不要です! 兄さんを独占どくせんできる時間が減っちゃいます! そんなにおっぱいが触りたいのなら、わ、わ、私の胸をどうぞ! いつでも、いくらでも兄さんの好きなようにもてあそんでください! 毎日牛乳を飲んで今でもどんどん成長していますから! はあ、はあ、はあ」

「なに言ってんのさっ? ゆきのんはダメじゃんっ! アニキの実の妹じゃんっ! アニキにおっぱい触らせていい妹は、義理の妹だけなんだよ!? ぎぎぎ義理の妹ならさあ、そそそその気になれば、ああああアニキとけけけ結婚けっこんだってできるんだし……」

「ななななんですって? そんなインモラルな真似まねは許しませんよ、ななちゃん!? 兄さんに純潔をささげていい妹は、実の、しかも双子の妹だけなんですよ? 私と兄さんは同じDNAを持ち、同じ子宮で着床ちゃくしょうし、同じ産道から生まれてきたんですよね……身も心も一体なんですよね……再びひとつになりたい、とお互いのたましいが呼び合って、真世界で八年ぶりの再会を果たせたんですよね……これは奇跡きせき。運命。いずれ私と兄さんのDNAは二人の赤ちゃんへと受け継がれて再び混ざり合うのですね……それが私と兄さんのEternalですから……赤ちゃんの名前は、関平かんぺい関興かんこう関索かんさくと決めています……えへ、えへへへ……」

「うわ~ん。ゆきのんまでキモくなっちゃったぁ~。正気にもどってよ~う」

 一卵性じゃないからDNAはちがうと思うが、というか雪乃、どうしてお前はこの兄のこととなると急にポンコツ妹と化すのだ? 凜々りりしくやさしい優等生キャラをくずすな! そして那波。お前は摂取せっしゅした栄養がぜんぶおっぱいに吸収されてしまうバカキャラのくせに、俺のことになると妙に鋭いな……!

 張飛に封神された俺の義理の妹、水城那波。ソフトボール部所属のスポーツ少女。コミュ力は高いが勉強はからっきしで、ありていに言えばバカだ。見た目はギャルっぽいが、中身は兄から英才教育を受けたバリバリの三国志オタク。七年間、兄妹として同居してきた。真世界に来てしまった時も二人でセットだったな。

 関羽に封神された沢渡さわたり雪乃は、俺の実の妹で、双子だ。両親が八年前に離婚りこんして以来、俺たちはそのまま生き別れとなっていた。学校では生徒会長。優等生でおしとやかだが兄のことになるとポンコツ化する雪乃は、三国志マニアである俺と再会できるに違いないそれが二人の運命だからと信じてこの真世界に身を投じ、そして、ほんとうに俺と奇跡の再会。だが、別離期間があまりに長すぎた。雪乃は、八年間カルマをめ込んできた重度のブラコンになっていた――。

 この二人が真世界で鉢合はちあわせになって、お兄ちゃん、つまり俺をうばい合いはじめた。しかも、どちらも三国志屈指くっしの正史英傑・張飛と関羽から、武力99と武力98というとんでもない戦闘せんとう力を引き継いでいる。キャットファイトどころか、三国志世界最強候補として並ぶ二人がガチで激突げきとつしたらタダでは済まない。俺は苦し紛れに「桃園結義とうえんけつぎをやろうではないか! 劉備・関羽・張飛がそろったのだ、三人揃って義兄妹となるぞ!」とあわてて二人を丸め込んで、どうにかこうにか三人での真世界ライフをスタートさせたわけだが……。

 うーむ。この上、趙雲まで望んだのは欲深すぎたか?

 ここは、ただちに話をらさねばなるまい! 趙雲召喚計画に隠されたわが真の野望を知られたら、二人の妹にふくろだたきにされてしまうからな!

「というわけで! 雪乃に那波! 言い争いははいはいそこまで、ストップストップ! 現実に返るのだーっ! 今週の稼ぎをすべて『趙雲PU』のための呼符にえてしまい、その呼符をぜんぶくべてしまった今、資金が底を突いたッ! これより『関張飯店かんちょうはんてん』に戻り、ただちに『関帝かんていたんナイト』イベントを開催かいさいして常連客から資金調達だ! 俺たちの店の大屋・許劭が村に戻ってくる前にぜにを稼いでおかないと、げ付くぞ!」

 関張飯店。

 泰山のふもとの村で俺たち三人が経営している食堂である。

 本来、劉備・関羽・張飛は武人ルートから天下統一を目指すのが王道なのだが、なにしろ雪乃と那波はたいせつな俺の妹たちだ。危険な合戦になど参戦させられん。それに、史実通りにルートを進んで「運命強制イベント」が発生してしまったら、二人とも……だから俺は敢えて商人ルートを選択したのだ。銭を稼いで、「これは」と見込んだ天下人候補に投資し軍資金を援助えんじょすることで天下盗りを後ろから支える、と決めたのだ。

 関張飯店はオープン早々大人気で、すでに泰山の「聖地」と化しつつある。なぜなら雪乃は正史英傑のオリジナル関羽から、神「関帝さま」としてたみあがめられるというちょう強力な固有スキルを引き継いでおり、真世界は至るところ雪乃のフィギュアをまつっている関帝廟だらけなのだ。つまり、雪乃は真世界の女神めがみさまでありアイドル。いくらでも来る……! 黄巾賊におそわれる危険をおかして、信者たちが聖地に……!

 その上、那波には野戦料理が得意だったらしい張飛から受け継いだお料理チートスキルがあり、この時代の大陸にはまだ存在しない香辛料こうしんりょうを安価に錬成れんせいできるので、食堂としてもチートな「21世紀の中華ちゅうか料理メニュー」を提供できる。ゆえにリピーター率は高い。那波だって、アホだけど雪乃並みにおっぱい大きいし、顔は反則的にかわいいしな。

 その関張飯店で定期開催するイベント「関帝たんナイト」こそは、雪乃と那波をアイドル視して「どうせ乱世で死ぬならば!」「今を生きる! 後悔のないように!」と全財産を二人にみつごうと押しかけてくる常連客たちから一気に資金調達できるチャンスなのである!

 フ……そうだな。俺が進んでいるルートは、「キングダム」にたとえれば、呂不韋りょふいルートとでも言おうか。

 しかし、いつもの「関帝たんナイト」ではまだ足りぬ。なにしろ有り金を全額、趙雲PUガチャに使い込んでしまったからな……! マンネリを打破してさらなる資金回収をはかるには、どうすればいい? まずいな。今までは呼符を買う際に多少の資金を残していたのだが、今週は趙雲PUの魔力に負けてしまった……!

「そ、そうだ! 那波! 雪乃! チャイナドレスだ! この時代にはまだ、チャイナドレスが存在しないのだ! 次の『関帝たんナイト』は、チャイナドレスコスプレナイトと銘打って通常の三倍の集客を果たし、三倍稼ぐ! 済まないが、チャイナドレスを着てステージに立ってくれ!」

 俺は……俺は、自分の智謀ちぼうおそろしい!

 だが、おバカキャラのはずの那波が、俺の智謀をあっさり否定した。

「えー? 『関帝たんナイト』は、週一回の開催だよ? まだ早いよ、アニキ? つーかチャイナドレスを妹に着せてステージに立たせようだなんて、女衒ぜげんかよっ! 妹をなんだと思ってるのさーっ!」

「い、いや。げとは言っていないだろうが! チャイナドレスのデザインはまさに神が考えたとしか思えない奇跡の造形で、見えそうで見えないからだいじょうぶだ! その格好で、聖地巡礼じゅんれいに来た野郎やろうどもにお前たちとの握手券あくしゅけんを売り出せば、握手券の入札相場は天井てんじょう知らず! 荒稼あらかせぎできるぞ?」

「あ、あ、あ、握手券なんか売るな~っ! どーしてアニキ以外の男とあたしが握手しないといけないのさあ! ぜーったいに、ダメっ! イヤっ! そ、そりゃ、趙雲ガチャをどっかーんと回しちゃった責任はあたしにもあるけどさあ……いくら資金難だからって、アニキ以外の男にれられるなんて、そんなブラック労働環境かんきょうはやだよう……ぐすっ……!」

「ううむ。泣くな那波。お前はギャル系妹のくせに男に免疫めんえきがないんだから……わ、わかった。握手券はサクラにり落とさせることにして、やみから闇にほうむり去ろう! 握手券入札の狂奔きょうほんにつられて他のアイテムの入札価格相場がり上がれば、それでOKだ! ステージでのお給金だが、ぶたまん二個追加でどうだ?」

「ほんと? 二個もっ? ありがとー、アニキっ! じゃ、チャイナドレス着てあげるっ♪ まったく、バカでおろかでダメなアニキを持った妹は苦労するよね~♪」

 頭をでてやると、半泣きになっていた那波はあっさり懐柔かいじゅうされて満面の笑み。まったくチョロシスだな。

 どちらかというと、生真面目で思い込みの強い雪乃のほうが扱いに困る妹なのである。

「はうう。に、に、兄さんがそんな、しゅ、しゅ、羞恥しゅうちプレイがお好きだったなんて……う、う。ゆ、雪乃は、兄さんのご命令でしたらどんなずかしい真似でも……た、えます。みだらな欲望に取りつかれてガチャを回しきっちゃったのは、私ですし……ぐすっ……そうですね……公開プレイは無理ですけど……ひ、ひかえ室でしたら、だれも見ていませんから、チャイナドレスのスリットの部分に兄さんが指を差し込んできても、ぺろんと胸の部分をめくってもおこりません! むしろ、兄さんがチャイナドレス属性なのでしたら、喜んで! ほかに妹に着せたいコスプレはありますか? わ、私、その、おおおおっぱい大きいですし、体操服とブルマとか、とっても似合うと思います! こしが細いですから、旧スク水なんかもばっちりです!」

「その『旧』ってなんなのさ、ゆきのん~? さらっと事案なこと言ってな~い~? アニキを見つめる目がハートマークになってるよう、やめなよ~!」

「違う違う! 妹にコスプレさせて俺自身の欲望を満たそうとしているのではないのだ、雪乃よ! それは、俺の『兄貴道』に反する行為こういだ! 俺はダークサイドへの誘惑ゆうわくり切り、あくまでも兄貴道のライトサイドを歩む正義のお兄ちゃんなのだぞ!」

「そ、そうでしたか。一緒に邪悪じゃあくな兄貴道のダークサイドにちてもいいですのに、兄さんとなら……でも、そんなシス堕ちの誘惑と戦い続け、兄貴道のライトサイドを歩み続ける兄さんはやっぱり素敵です! さすが兄さんです! かっこいいです! 願わくばいつの日にか、兄さんの『一発着床を約束された大正義のけん』エクスカリバーを、けがれを知らない私の真っさらさやに……でも、チャイナドレスを準備するのに数日は要しますよ?」

 そ、そうか。そうだな。チャイナドレスを錬成するスキルなどはない。少なくとも俺たちは持っていない。雪乃の一言が、俺に「すぐに関帝たんナイトをり上げ開催するのは無理だ」という現実を思い知らせてくれた。エクスカリバーがどうのこうのという言葉は、さっぱり意味がわからんが。

 ううむ。どうする? というか、この世界でチャイナドレスをあつらえるのも、けっこう金がかかるよな? すでにその金がもうきているのだぞ? ああっ、俺の智謀とはしょせんこの程度のものだったのかあああ? しょっぱい……塩すぎるっ……イベントプロデューサーとしては、あまりにもソルトっ……! 資金はゼロ! 次の「関帝たんナイト」までの虚無きょむ時間をどうする、どうやってしのぎきるっ? このままではチャイナドレス製作も無理無理無理っ……! 悪循環じゅんかんっ……! いかん! 捨ておけば、常連客たちの関張飯店ばなれが……! いったん離れた客はもう戻ってこない……! 閑古鳥かんこどりっ……! 見える……店内にそびえる、塩の柱がッ……! ふ、ふ、『復刻イベント』でもやって誤魔化すか? だが店をオープンしてからまだ一ヶ月足らずしか経っていないのにもう復刻では、それこそ俺のプロデューサーとしてのかなめ軽重けいちょうを問われてしまう!

 しかし、少々困ったところもあるが、いざとなればたよりになる妹たちが、俺にはついていてくれるのだった。

「ふっふっふっ。だいじょうぶだよ、アニキ! 『関帝たんナイト』までのつなぎとして、予算も準備期間もかからないプチイベントを今夜開催すればいーんだよ! あたしに、いい考えがあるよ! 関張飯店の厨房ちょうぼうを取り仕切る、この那波ちゃんにお任せっ♪」

「なんだと? そんなうまい方法があるのか、那波っ?」

 その、那波の「プチイベント」とは。


●関張飯店にて


 泰山中腹の陰陽台おんみょうだい(ガチャステージな)から麓の村にある関張飯店までの道のりの間には、いくつもの関帝廟が建てられていて、関羽=雪乃フィギュアが祀られていた。

 今日も、「夢の中だけでいいんです、どうかよめに来てください」「俺、黄巾賊との戦いが終わったら関羽たんフィギュアに求婚するんだ……」「ああっ関羽さまの等身大フィギュアが俺のもとに来てくれたら本気出して就職する!」と言いたい放題のいのりを捧げる男のファンたちが列を作って関帝廟に並んでいることは言うまでもないが、女の子の関羽ファンというのもけっこういる。「関帝廟に祀られた関羽フィギュアのおっぱいをぺたぺた触ると胸がふくらむ」という邪教妄説もうせつたぐいを信じて命けで各地の関帝廟めぐりを強行し、ぺたぺた、ぺたぺたと触っていく……という女の子たちの群れもよく見かける。

 今日の帰り道では、ちびっこいJSがぴょんぴょん飛びねながら、必死で関帝廟の高台に設置された等身大関羽フィギュアのおっぱいを触ろうとあがいている後ろ姿を見た。が、背が低くて届かない……うっ。あわれだ。

「きゃあああ! 関羽ちゃん、かわいいいい! こんなかわいい妹が、ほし~い! わわわ私の胸も大きくな~れ~♪」

いわしの頭も信心からと言うわ。奇跡が起きて大きくなればいいわね、ふふっ」

「あっあんたは巨乳きょにゅうだから、私の切実な思いが理解できないのよ!」

「そうかもしれないわね。王には人の心はわからないと言うわ」

 巨乳のお姉さんが、ちびっこJSの引率いんそつ役として巡礼の旅に参加しているらしい。関羽フィギュアを見つめている二人の顔は見えなかったが、JSのほうはずいぶん小猫こねこみたいな情けない声を出す。骨格からしてちっちゃいし、第二次成長期をむかえる以前からすでに胸の成長限界値が見えてしまっているところが気の毒だが、声優さんとか向いているかもしれんな。

 しかし……おのれの欲望にド直球に生きている野郎たちは生涯しょうがい一片いっぺんいなしだろうからどうでもいいが、この黄巾賊だらけのご時世、女の子だけの旅歩きは危険だぞ。しかも、明らかにご利益りやくないし。


 そんなわけで、俺たちは関張飯店に戻ったのだ。いやあ、泰山の階段昇降しょうこうはいい運動だった。いいあせかいたな。むっ? 那波と雪乃も汗びっしょりで、ふくよかな胸の谷間に小さな三角形の汗プールが……いかんいかん。兄貴道は正義の道! シスの誘惑に負けてはならないのだ! アイ・アム・ユア・ブラザー! ノーウ!

「なにもだえてるのさアニキ? それじゃこの那波ちゃんが、今夜すぐに追加コストなしで開催できるプチイベントを伝授しようっ! それは――一日限定! 通常の三十倍辛い『激辛麻婆豆腐マーボーどうふ』の先行実装ナイト!」

「激辛?」

「麻婆豆腐!?」

 那波の固有スキル「燕人小妹えんひとしょうまい」は、安い食材や雑草を原料に、希少な「香辛料」を錬成できるという野戦料理スキルなのだ。どのあたりが豪傑ごうけつ張飛からゆずられたスキルなのかピンと来ないが、オリジナルの張飛は野戦料理の達人だったのだな。

「まあ、見てなって! この真世界にはまだ唐辛子とうがらしが存在しないよね。だから、あたしのスキルを使ってタダ同然のコストで唐辛子を錬成し、時代に先駆さきがけて『麻婆豆腐』を売り出したところ、たちまち関張飯店の目玉メニューに! ここまではアニキの計画通り!」

「ふふ。ななちゃんのスキルって、便利よね~。なにしろ、この真世界の人たちは唐辛子にふくまれる辛味成分カプサイシンと初遭遇そうぐうだから、みんな麻婆豆腐の辛さに免疫がなくて、数皿食べただけで完全に麻婆豆腐中毒に。見事に関張飯店一号店の立ち上げに成功した兄さんの智謀は、さすがです!」

 ふふふ。雪乃、そうめるな。異世界では料理で無双むそうできる! これは、なろう小説では常識だぞ。異世界三種の神器のひとつ・スマホを持ち込めなかったのは失敗だったがな。

 しかし那波、今夜のプチイベントの内容は?

「じゃじゃーん! さっき泰山のガチャから出てきた孔子アイテム『スコビル測定スカウター』! これを使いま~すっ! スコビルってね、料理や食材の『辛さ』の単位なんだよ! つまり、これがあれば、麻婆豆腐がどれほど辛いかを測定できるわけ! 今までは、あんまり辛くしすぎるとお客さんの健康を害する恐れがあったから、麻婆豆腐の辛さに上限を設定して自粛じしゅくしていたんだけどぉ。でも最近は、常連客のみんなも唐辛子に慣れてきて、『もっと辛い麻婆豆腐が食べたい』ってリクエストが殺到さっとうしていたんだよね!」

「そのスカウターを用いれば、正確かつ安全に『二倍』『五倍』『十倍』と麻婆豆腐の辛味を調整できるということね、ななちゃん?」

「そうそう、ゆきのん。まあ、辛さ『三十倍』まではだいじょうぶっしょ! グリコのLEEも、毎年夏になると三十倍カレーを限定販売はんばいするじゃん? 先行実装ナイトと銘打って、今夜のがしたら三十倍の激辛麻婆豆腐はいつ食べられるかわからない、とあおるんだよ!」

「すごいわ! ななちゃんの女子力の高さ、私も見習わないと……!」

「えへ。えへへへ。ゆきのんに女子力を褒められちゃった~♪ あ、あたしも、か、かわいいお嫁さんになれるかな、アニキ?」

 うっ。那波が恥じらいの表情を? いつもよりもかわいく見える。というか胸元むなもとの汗をいてくれ! いかん! これが、シスの誘惑! 兄貴道のダークサイドの力に引き込まれる……! こんな時は素数を数えるのだ。素数は妹のいない孤独こどくな数……!

「それでは兄さん、さっそく宣伝を開始します! 今宵こよい、『激辛麻婆豆腐』の先行実装ナイトを開催する、と! これで家賃をはらえますよ!」

「いや、ちょっと待て雪乃? なぜこんなドラえもんの道具みたいな未来科学アイテムが、孔子アイテムとして召喚しょうかんされてきたのだ?」

「なに言ってんのさアニキ。スコビル測定スカウターは未来アイテムじゃないよ? あたしたちの世界にすでに実在するものだよ? ま、使い勝手とか測定方法とかデザインとか、ぜんぜん違うけれど……元になっている道具は、あたしたちの世界から召喚されてるんじゃないの~? 封神英傑ほうしんえいけつと同じようにさ~」

 うーむ。だとすればネコババみたいなものだが、まあいい。貴重な呼符こふをくべてガチャを回したのだからな。

「すでに今夜分の豆腐は確保してある。大量に必要となる唐辛子は、裏山の雑草を元にいくらでも那波が錬成できる。激辛化するにあたって麻婆豆腐に追加投入する具材はほぼ唐辛子のみ! スカウターでスコビル測定もばっちり、客の胃袋いぶくろに健康被害ひがいおよぶ危険はない! よしっ! いけるぞ那波、雪乃! これより、『三十倍激辛麻婆豆腐の先行実装ナイト』の告知と下準備を開始する!」

「「おーっ!」」


 そして、あっという間に、夜!

 関張飯店、営業開始!

「あの神の料理・麻婆豆腐が」「さらに激辛に? 劉備の旦那だんなは神かか?」「くっそ~。来週の関帝たんナイトのために資金をめておいたのに」「ここでき出すことになるとは……自制だ。自制せねば」「できるかあ! 先行実装だぞ、正式実装はいつになるかわからないんだ。おいらは食べるぜ!」「今夜の売り上げ次第しだいでは、正式実装が見送られるかもしれんのだぞ!」「そうだそうだ。じゃんじゃん食べろ!」と那波謹製きんせいの麻婆豆腐にすっかりハマっている常連客の野郎どもで店内はごった返していた。フフフ。カプサイシン中毒の諸君、こんばんは! 千年以上早く四川しせん料理の最高傑作・麻婆豆腐に邂逅かいこうできたきみたちは幸運だぞ!

「……うっわ~。もっと関羽ファンの女の子が多いと思っていたのに。この店の客層って、独身男性ばっかり……なんだかおっかな~い。すみっこで大人しくしていましょ。うかつに目立ったら、私ってかわいいからロリコン男にさらわれちゃう。ひそ、ひそ」

「そういうものなの? 彼らは関羽と張飛の巨乳に夢中なのに、胸のうすいあなたを攫うの? わたくしのような王には独身男性の心はわからないわね」

「うっさいわね! ロリコンと巨乳属性は共存できるのよ、やつらの脳内ではっ! ああ、あこがれの生関羽をやっと拝めるのね! はあはあはあ」

 おや。はしっこに女の子のお客さんたちも来ているようだが、かげかくれて顔が見えないな。どこかで聞いたような小猫っぽい声……いや、すでにイベントが開始されているのだった。ステージに登らなければ!

「フハハハハ! 諸君! この劉備玄徳の関張飯店へようこそ! 今宵はプチイベント『激辛麻婆豆腐』の先行実装ナイトだっ! 黄巾賊に満ちている街道かいどうくぐけ、遠路はるばるよく来てくれたっ! 通常の三十倍辛い試作品、貴重な限定品を、今夜のリアイベに駆けつけてきてくれたリアじゅう諸君にだけ先行提供しようではないかーっ!」

「「「リア充ってなんのことかわかんねえけど、うおおおおおお! さらなる激辛料理を開発してくれただなんて! 劉備の旦那、あんたは最高だああああ!」」」

「フハハハハハ! おどれ踊れ! わがてのひらの上でっ!」

 わが劉備玄徳の固有スキル「侠絶大徳きょうぜつだいとく」は、民に異常にageられ懐かれるというチートスキル。ただし、常に「フハハハ!」と中二病キャラを演じて痛い振るいを続けなければ効果をバフれないという致命ちめい的なデメリットがあるため、俺は関張飯店ではこの痛キャラを演じ続けねばならんのだ。

 ああっ! 那波と雪乃の前だけで「痛い兄」を演じるのは慣れている、というか頼りない素の自分を妹の前でさらけ出すのは恥ずかしいのであれでいいのだが、さすがにこれだけの大集団を前にしての中二病キャラ演説は……いっ……痛い……後で「ああ~ほんとは僕はあんなキャラじゃないんだよ~実は繊細せんさいで気弱な少年なんだよ~」と後悔こうかいと羞恥のあらしにうなされる……! はあ。また今夜も痛い演説台詞せりふを考えなきゃ。やっぱ、ネットからのコピペ……じゃなかった、オマージュでいいよね? 真世界にはネットがないからバレやしないもんね。僕って、実は恥ずかしい中二病台詞を考える才能とかないんだよね。まるでわきいづるように、息を吐くかのように熱い妹え台詞を書きなぐれる妹属性ライトノベル「戦国妹コレクション」の作者さんとか、うらやましいなあ。いつもオマージュさせていただいています。

 あ、いけない。一瞬いっしゅん、素にもどってた。早くもSAN値がけずられて……いかんいかん!

「フハハハハ! 諸君! 俺は今、すごい一体感を感じているゥ! 今までにないなにか熱い一体感を! 激辛の風……なんだろう、いてきてる! 確実に、着実に、俺たちのほうにッ! 諸君! 中途半端ちゅうとはんぱはやめよう、とにかく最後まで完食してやろうではないか! この関張飯店には沢山たくさんの仲間がいる! 諸君も俺も未婚みこん独身男性だが、われらは決して一人じゃない! 神の料理・麻婆豆腐を信じよ! そしてともに唐辛子の辛味と戦おう! 食事中の水の摂取せっしゅ不可避ふかひだろうが、わが末妹・張飛が調理した真心がこもった麻婆豆腐を絶対に残すなよッ!」

「「「おおおおおお! 残すものかああああ! 激辛悶絶もんぜつして死んでも悔いなし!」」」

 張飛たーん! と熱い歓声かんせいが飛びかう中、厨房から現れた那波が「つばめっ子張飛ちゃん、ここにあり! さあさあ。どんどん食べてね~♪」と客席に激辛麻婆豆腐を配っていく。

 ちなみに、プライベートでは真名まなで呼び合うわれら三兄妹きょうだいだが、おおやけの場では英傑名で呼ばねばならないというルールがあるので、関張飯店の営業中は那波と雪乃を「張飛」「関羽」と呼ぶことを――いられているんだ!

「じゃんじゃん『激辛麻婆豆腐』入りま~す! 投入した唐辛子の量は、正規メニューの三十倍だよっ! その辛さは五万スコビル! みんな、水はなるべく飲まないよーにねっ! かえって辛くなるから~♪ あっこら、あたしに手をばすなっ食材にすんぞっ! 『イエスシスターノータッチ』がこの店のおきてだっつーのっ! それ、マナー違反いはん! しかってやってよ、ゆきのん~! じゃなかった、関羽ねえ~!」

「まあまあ、那波ちゃん。じゃなかった、張飛。天下大乱。こんな時代だからこそ、支えたい、まもりたい。こんばんは。あなたの心の支え、女神めがみ関羽雲長うんちょうです。あの……兄さんは勢いだけで完食を強いていますけれど、ご自身の体調と相談してくださいね? スカウターを用いて各皿のスコビル値を一定に保っていますけれど、カプサイシンへの耐性たいせいは個人差がありますから。あと、『イエスシスターノータッチ』の掟は守ってくださいますね? 私のかわいい妹を泣かせた人には、女神からのばつが下されることでしょう――ふふっ」

 那波に続いて雪乃が現れた。うおおおおお! ああっ、関羽さまあああっ! ふつくしい! フィギュアの一万倍、ほんものは美しい……! いやああん、かわいいいい! とさらに店内が盛り上がる。女神としてたみあがめられる雪乃の関羽としての固有スキル「美髪公女びはつこうじょ」には、雪乃自身のたぐいまれな美しさが生みだすチートとも言える自動バフ効果が恒常こうじょう的に加わっているので、壮絶そうぜつ威力いりょくを発揮するのだ。思わず那波に手を伸ばそうとしていた男は、「申し訳ありません関羽さま! 悪魔が、悪魔が俺にささやいてあんな真似まねを……どうかこのいやしいぶために、ご存分に罰をおあたえください! はあはあはあ」と五体投地して泣き出す始末。その表情は、法悦ほうえつよろこびに満ちていた――。

 こっちに背を向けて隅っこの席に陣取じんどっている女の子がぶるぶる背中をふるわせているのは、野郎やろうどもの熱狂ねっきょうぶりにおびえているのか、それとも関羽ファンだからなのか、薄暗くてよくわからなかった。

 だが、今回は残念ながら女の子客に注目している余裕よゆうがない。とんでもない喧噪けんそうの中、俺はさらなるアジ演説を続行し、勢いのままに二皿目、三皿目と追加オーダーを取る「作戦フェーズ2」へと移行しなければならないのだ。常連客たちの満腹中枢ちゅうすうが作動して食欲をストップさせてしまうまでにな! そうとも、これは時間とのたたかいだ! 俺は盛り上がる常連客どもをかきわけながらステージに再び登って、二度目の演説を開始!

 フハハハハ! それでは諸君、ここで来週の「関帝たんナイト」の予告をはじめるぞ! なんと! 諸君にとっては未知の領域! チャイナドレスコスプレナイトだーっ! わが二人の妹! 関羽と張飛が! チャイナドレスという悪魔的コスチュームに身を包んでステージ上で歌い踊るという、まさしくこの世の桃源郷とうげんきょう……! わからぬだろう! チャイナドレスという悪魔的コスチュームの魔力は、言葉では表せん! 直接諸君の目で確かめていただきたい! だが、あまりのことに心の臓が止まるかもしれんぞ! さらに! 一夜限定! 関羽・張飛との握手券あくしゅけんを売り出す! 販売形式は――入札方式だ! フハハハハ! うばい合え! 奪い合うのだ! 全財産をぎ込む覚悟かくごはOK?

「……はあ。まあ、こんなところかな。『諸君、私はコスプレが好きだ。体操服が好きだ。ブルマが好きだ。スク水が好きだ。ウェディングドレスが好きだ。この地上で着用されるありとあらゆるコスプレが大好きだ……』という某少佐ぼうしょうさのコピペ改変パターンも準備してみたけれど、台詞が長すぎて覚えきれなかったよ。あまり中二病演説が長びくと僕のSAN値ダメージが限界突破とっぱしちゃうからね。うう。だいじな妹たちにチャイナドレスを着せてステージに立たせるなんて、お兄ちゃん失格だなあ……これも、趙雲PUガチャに目がくらんだためだよね。反省しなくちゃ。煩悩ぼんのうよ去れ、とね。はあ……」

 そもそも武将ルートを選ばなかった俺が、趙雲の召喚にこだわったのはなぜか?

 フッ……それはだな。

「劉備玄徳って、野郎人気はすごいけど、女の子にモテないんだよねー。おっかしいなあ。『中の人』が僕だからかなあ? はあ。せっかく劉備に封神されたんだからさ、一人くらいなんでも言うことを聞いてくれる忠犬のような女の子の家臣がしいよね? 毎日フハハハと高笑いでストレス溜まってるしねー。やされたいよねー。い、いや、なにも、夜伽よとぎを命じようとかそんな阿漕あこぎな真似は考えてないよ? ちょ、ちょ、ちょっとだけおっぱいにさわらせてくれたりすれば、それで僕はじゅうぶんさ? 那波と雪乃は妹だから、そんなことしちゃダメだもんね。となれば、劉備の義兄妹じゃないけど忠実な家臣、趙雲を召喚するしかないかな、って。どうやらこの真世界での女の子武将には一定の法則があって、武力とおっぱいの大きさが正比例しているような気がするんだよね。那波といい雪乃といい。ということは、『一身これたんなり』の猛将もうしょう・趙雲が女の子として召喚されれば、武力90え、すなわちバスト90超えは確実だと思うんだよね……はあ。次に趙雲PU週間が来るのはいつかなあ?」

「あのう。兄さん?」

「ちょっとアニキ。アニキ?」

 うん? なんだ、関羽と張飛。お前たちは激辛麻婆豆腐の調理と配膳はいぜん手一杯ていっぱいのはず。ステージにあがっているひまはないのではないか?

「ええと、その……言いにくいのですが……ま、間違まちがっています」

途中とちゅうから台詞とモノローグが逆になってるよっ! へたれ独白を口に出してしゃべってるからっ!」

 なんだとっ? しっ……しまったあああああああっ!

 いつからだっ? いつから俺は間違えていたのだっ? うわああああああ!

「どうしよう。どうしよう。うわ~ん? 必死で保ってきたお兄ちゃんとしての威厳が崩壊ほうかいしちゃったよう?」

「ええと。まだ間違えてますよ、兄さん? 弱気な兄さんも、幼いころの兄さんが戻ってきたみたいでかわいいです……ぽっ……で、ですが」

「アニキが時々へたれるのは二人とも知ってるから、それはいいんだよ! 演説でSAN値削られきったせいじゃん? それよりも、がっかりだよ! 趙雲PUの目的が『巨乳の女の子の家臣が欲しい、おっぱい触りたい』だなんてさっ! そんなしょーもない理由で全財産って妹にチャイナドレス着せようだなんて、サイッテー!」

「そ、そうです! いつでも私の胸でよかったら触ってくださいって言ってるのに、ひどいです! そんなに私の胸じゃ満足できないんですか、兄さんは? 趙雲のほうがおっぱいが大きいに違いないとか、私たち姉妹しまいよりもおっぱいの形がいいに違いないとか、そうお考えだったのですかっ? そそそそこまでおっしゃるのでしたら、生で見ていただきます! それから決めてください! みますか、揉みませんか? という二たくの答えを! ゆ、ゆ、ゆ、許せません……!」

「こらっ待てっ雪乃、いや関羽! 営業中! 営業中だぞっ!」

「あーっ! ゆきのんは実の妹だから、アニキに胸を見せたり揉ませたりだなんて、ダメだってばあ! アニキとそーゆーことしていい妹は、義理の妹だけなんだよ? だからアニキぃ、日々の劉備玄徳務めでつかれ果てていて癒やされたいのなら、あたしのおっぱいを、ちょっとだけなら……そ、その、さ、さ、さ、触っても……い、い、いいよ?」

「那波? じゃなかった張飛? その上目うわめづかいはやめろーっ! 反則だ~っ!」

「ななちゃん! 兄さんを癒やす役目は、双子ふたごの妹である私のおっぱいが果たしますっ!」

「それってインモラルだから! ああああたしはイヤだけど、ここはあたししかいないんだよ~! 趙雲PUなんて当たりっこないよ、許劭がアニキから全財産巻き上げるために仕掛しかけた見え見えのわなじゃん! これじゃいつまでも二号店を出店する資金が貯まらないから、法律的にセーフでアニキと結婚できる権利を持つあたしが犠牲ぎせいとなってアニキのあらぶる欲望をしずめるよぅ! ほーんと、JKのおっぱいが好きなんだから、アニキってばさ」

「いいえ! いくらななちゃんでも、ゆずりませんっ! これは私の天職ですっ!」

「あたしだってばっ!」

 いや。お前ら。ちょっと待て。ステージ上だと言っているだろうが! 真名で呼び合ってケンカするな、しかもそのケンカの内容が酷すぎるではないか! このままでは、完全にないがしろにされている常連客の野郎どもが……な……なんだと、盛り上がっているだとおおおおっ!?

「キターッ! 関羽たんと張飛たんによるお兄ちゃんの奪い合いが、キターッ!」

「関張飯店の名物イベントだああ! この行きすぎたお兄ちゃん愛の激突、たまんねえやあ!」

「劉備の旦那ああああ! 今日こそ、白黒つけてやれや~!」

「そうだそうだ! 関羽たんと張飛たん! どっちを『おっぱい触らせてあげてお兄ちゃんを癒やす妹』に選ぶのか、今ここで決めちまえ~!」

「対決だ! 勝負だーっ!」

「だが、暴力はよくない! きれいなお顔に傷がつく! 『激辛麻婆豆腐げきからマーボーどうふ』で決着をつけるべし!」

「二人の皿の上に次々と出される麻婆豆腐をガンガン辛くしていって、最初に激辛にをあげて降参したほうが負け! それでどうだあああ!」

「さっそくけをはじめるぜえええ! おいらは、張飛たんに張ったああああ!」

「俺は関羽たんに!」

 なにを言っているのだ、貴様らはああああ!? 三十倍増しのカプサイシンで精神をやられたかああああ!? お前ら、アドレナリン出過ぎだ! ちょっと待て~っ!

「『激辛麻婆豆腐対決』? それいいじゃん! 面白おもしろそうっ! 勝負だ、ゆきのん! じゃなかった、関羽ねえ! あたしはちゃきちゃきの中華街ちゅうかがい育ちだよ! 激辛四川料理は食べ慣れてるから、絶対に勝てるッ! べべべ別にあああアニキにおっぱい触られたいわけじゃないけどさあ、尊い犠牲者はあたし一人でじゅうぶんだよ! それが、バカでスケベなアニキを持っちゃった妹の責務だからっ!」

「ぐぬぬ。わ、わ、私は、あ、あ、あまり辛い料理は……で、でも、勝ちます! ななちゃんに――張飛に勝ちます! 勝って、私の兄さん愛が宇宙一であることをみなさんに証明いたします! そして……は、は、晴れて兄さんの『おっぱい癒やし妹』係に就任して、そのままなしくずし的に……うふ、うふふ……えへへへへ……」

 ああ、ダメだ! な……那波と雪乃がその気になってしまったああああ!?

 なぜか事態は「おっぱい癒やし妹」就任権を賭けた妹と妹による「激辛麻婆豆腐対決」へと突入してしまった。どうしてこうなった。どうしてこうなった。ああ……あのモノローグと台詞の入れ違いさえなければ……! などと踊っているひまもなく、銅鑼どらがジャーンジャーンと鳴らされて、那波と雪乃がテーブルに向かい合わせとなって着席し――。

 いざ! 激辛対決、尋常じんじょうに勝負!

「いっくよ~! テーブルの中央にコンロを設置! 二人前の麻婆豆腐を調理しながらスコビル測定スカウターをフル稼働かどうさせて、あたしと関羽ねえのお皿に盛られる麻婆豆腐の辛さを完全に均一化! 不正行為こういいっさいなし、ガチンコ勝負で忖度そんたくしないからっ! 『おっぱい癒やし妹』就任権はこの張飛ちゃんのものだ~!」

「ぐぬぬ。負けません、張飛には! 姉より優秀ゆうしゅうな妹など……! どんと来てくださいっ! 私には、兄さんしか見えない……見えないのですっ!」

 張飛たーん! 関羽たーん! と野郎どもが熱い声援せいえんを飛ばす中、那波は鉄鍋てつなべり回して業火ごうかの中に投入! 中華料理は火力が勝負ッ!

「ふっふっふ! 従来メニューの麻婆豆腐の辛さは、約千六百スコビル! 関羽ねえは、この時点ですでに水なしでは食べられなかったよね? しか~し、本日先行実装した『激辛麻婆豆腐』の辛さは三十倍! 『たかつめ』を大量投入して、五万スコビル! この勝負では、『鷹の爪』よりも辛い唐辛子とうがらし錬成れんせいしてさらに辛くするからっ! 一皿目ッ! ご存じ、唐辛子界の暴君『ハバネロ』を錬成してどっかん投入~! できあがりっ! ハバネロ麻婆豆腐のかんせーいっ! 辛さ三十万スコビルだあ~っ!」

 ドーンと皿に盛り付けられた暴君ハバネロ麻婆豆腐。その極悪ごくあく色彩しきさい、フルーティーさとカプサイシンがカオスと化して混ざり合っている強烈きょうれつなハバネロのにおい。食欲をそそると同時に、「死」の予感が……さすがの野郎どもも「ざわっ……」とざわついている。

「いやちょっと待て那波! 激辛麻婆豆腐の六倍の辛さだとっ? 激辛がノーマルの三十倍だから、ええと……ハバネロ麻婆豆腐は、通常の百八十倍の辛さではないか! お前、雪乃を殺しにかかってるのかっ!? というかお前もタダでは済まんぞ?」

「ううっ……す、すでに臭いだけで目眩めまいが……なみだが止まりません……に、兄さんっ、でも関羽は精一杯頑張がんばりますからっ! 見捨てないでください! ぱくっ……ひいっ……!?」

「ああっ。無茶はよせ、雪乃ーっ! 口から火が出ているぞ、火が!」

「うわーい! あたしの勝利だねっ! 舌の上で辛さを味わう前に速攻そっこうで飲み込んでしまうのが激辛料理完食のコツ……! 早食いなら、任せろ~! いっただきまーす! ぱくぱくぱく! はぐはぐはぐ!」

「ぐぬ。ぐぬぬぬぬ。負けませええええんっ! あむ、あむ、あむっ……! ひいっ? からっ……辛いっ……あむ、あむ……ぶふっ?」

 ああーっ? 雪乃が顔面を真っ赤に染めて……鼻血をきだしたああああっ? お前、幼い頃は身体からだが弱かったんだから、あんまり無茶するな! 激辛料理にここまで耐性がないとは……! だが、八年間カルマを溜め続けた雪乃の妹愛は異常。

「だらだら……ひゃいひょうふひぇふ、ひいひゃん! ふんぬっ! ご覧ください、女神の気合いで鼻血を止めましたっ! あむあむあむ! ハバネロ麻婆豆腐、完食ですっ! ひぐっ……ぐすっ……うう、うううう」

 いや。そんな号泣ごうきゅうしながら食べなくてもいいのだぞ雪乃? おおおお、尊い……! 関羽さまの聖なる涙、一滴いってきでいいから売っていただきたい……! と野郎どもが歓声かんせいをあげる。えーい。那波はお前らの想像以上のアホなんだぞ。このままでは激辛のインフレが止まらなくなる! だれか止めろ!

「ぬなっ? 関羽ねえ、おそるべし!? うーん、ハバネロ程度じゃ永遠に決着つかないねっ! それじゃ、禁断のバングラデシュ産唐辛子『ブート・ジョロキア』を錬成だあああ! その辛さは、桁違けたちがいの百万スコビルううううう! これは常人では完食不可能だからっ!」

「やっぱりそう来るかっ! 百万スコビルとか、すでに凶器きょうき! 度をしたカプサイシンは、もはや化学兵器なのだぞ張飛! やめるんだあああ!」

「この張飛ちゃん謹製きんせいの包丁で、ブート・ジョロキアを、すぱーっ! 一刀両断~! ギャー! なにこれ、手に触れただけで火傷やけどしそうっ! うええええん。手袋てぶくろ、手袋! これで装備はばっちり!」

 えーい、このアホむすめが! 手袋をつけただけで済むはずがなかろう! これは店内に「唐辛子スプレー」をぶちまけるも同然の行為! 切られて中から出てきたっ……! 激辛成分に汚染おせんされたブート・ジョロキアの「気」が、もわああああと店内をおおくす! げほげほげほ! と俺をふくめて全員が泣きながらむせた。目が痛い! のどが痛い! せきが止まらない! 涙が、涙が……!

「いけない! 兄さんはげてください! 私はみとどまって麻婆豆腐を完食します!」

「げほげほげほげほっ! うわあああああん! 目が痛い痛い、痛いよう~!」

 いちばん被害ひがいを受けているのは、もちろん大量のブート・ジョロキアを手にしてザクザク切りまくっている那波自身なのであった。ほんとにアホだなお前!

「そ、そうだ! こんな時こそ、趙雲PUで排出はいしゅつされたアイテムを……ゴーグルを着用すれば……! やったあ、これでばっちりだーっ! さあ、ブート・ジョロキア麻婆豆腐が完成っ! 関羽ねえはギブアップだよね? いっただきまーす! ぱくっ……ひっ……ひぎいいいいいいっ!?」

「兄さん、決してタオルを投げないでください! 関羽は……雪乃は、最後まで戦います! 兄さんへの妹愛を証明するために! 兄さん! どうか私のお墓の前で泣かないでください、そこに私はいません……ぱくっ……きゃ、きゃああああああっ!?」

 なんということだ。二人の激辛勝負は白熱! 両者、一歩も退かない! む、むしろ、勝負を見守っている俺たちのほうがカプサイシンに満ちた空気にやられてたおれる寸前……! 店内のすみっこにかくれるように座っていた例のJSなどは、テーブルにしてぴくぴく痙攣けいれんしているではないか! 身体がちっちゃい分、カプサイシンの回りが早いらしい。

「うわ~ん! なんで倒れないのよう、関羽ねえ~? それじゃあ、とっておきの殺人クラス激辛唐辛子! 百五十万スコビルのトリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラーを錬成だああああ!」

 トリターニー? 百五十万スコビルっ? アホかーっ! インフレにもほどがある! 那波! やめろ、やめるんだあああ! うわああ、ぐわあああ、と野郎やろうどもが雄叫おたけびをあげながらばたばた倒れていく!

「ぶふっ……! ははは鼻血がまたしても……でもっ! この関羽、兄さんのためならば七皿に八種の唐辛子をことごとく食べ尽くしてご覧に入れますっ! あむあむあむ! トリニダード・スコーピオン麻婆豆腐、完食ですっ! ぶふっ……はうう、鼻血が、鼻血が止まらなく……」

「ぐぎ。ぐぎぎぎぎ。な、な、なんとか完食したけれど、辛い辛い辛い辛いよう~! おなか、痛い……! あたしのお腹のほうが先にノックアウトされちゃいそうだよお~! うわ~ん! えぐっ……ひぐっ……びえええ……関羽ねえ! おっ、おたがいに精神力体力はもう限界! これが正真正銘しょうめい、最後の一品っ! われら姉妹の最後の戦いになるよ!」

「望むところです、張飛! 私が目指すは、兄さん! ほかになにもりませんっ! ぶふっ……!」

 あー。その。雪乃も那波も、もういいから。二人とも「おっぱいがなんだっけ権利」獲得かくとくということで、やめようよ。相打ちになって二人そろって星になったら意味ないよ?

「これは、互いの妹としてのプライドを賭けた勝負なんだよ! アニキは!」

だまっていてくださいっ!」

 すみません!

「泣いても笑ってもこれが決勝戦ッ! 今、宿命の姉妹対決決着の時! 巨星つは今! ギネス記録一位! 世界最辛最凶の唐辛子、英国ウェールズ産の『ドラゴン・ブレス・チリ~りゅうの息という名の唐辛子~』を錬成だーっ! その辛さ、二百五十万スコビルううううううう!」

「いいでしょう、張飛! 受けて立ちましょう! この、関羽雲長が! 兄さんへの愛で、えきってみせます! ぶふっ……」

「ちょ。待て。なんだよその禍々まがまがしい中二病ネームは? よせっ那波! いかん! 店内にいる全員に命じる、ただちに防毒マスクを装備しろーっ! このドラゴン・ブレス・チリが放つ『気』の直撃ちょくげきらったらやばいぞっ! なんか『気』が紫色むらさきいろだぞっ!? これは、もはや殺人ガスレベル……!」

 さすがの野郎どもも、あわてて防毒マスクを着用。さっきまでテーブルに突っ伏して倒れていたJSとその引率いんそつのお姉さんも、完全防備で身を固めている。俺は「見届け人」として、命をしてスカウターで鉄鍋に投入されたドラゴン・ブレス・チリの辛さを測定してみた。こ、この数値はなんだっ? ありえん! ぐんぐんと上昇じょうしょうするっ……! 二百五十万スコビルを軽々と突破とっぱしたぞ!? まだ上がる! って、おい、那波っ? ダメだこいつ、高濃度のうどカプサイシンにやられて完全にアドレナリン過剰かじょう状態に! 暴走している! ドラゴン・ブレス・チリを十個、二十個、三十個、百個おおおお!? 「無限の錬成」が止まらない! 鉄鍋内のカプサイシンちからが、ハイパー化しているっ……!?

「あの? ちょ、張飛? ななちゃん? そ、その唐辛子、一個あればじゅうぶん……ぶふっ……鉄鍋から、紫色の瘴気しょうきあふれて……のっ……まれる……!?」

「ぐぬぬ。絶対にこの一皿で勝負をつけるうううう! アニキはあたしのアニキなんだからああ! 義理の妹だからって実の妹におとるはずがないもんっ! うわ~ん! おのれおのれおのれおのれおのれええええ!」

「ストーップ! ストップ、張飛っ! こらっ目を覚ませ、那波~っ! お前は俺のたいせつな妹だ、義妹も実妹も関係ないっ! 兄にとって妹とはみな等しく妹! そこにいっさいの区別も差別もない! 妹とは! 兄によって絶対的に肯定こうていされるべき存在、まもるべき存在、全世界を敵に回してでも愛する存在なのだ! それが、俺の兄貴道なのだっ!」

 むぎゅっ! と俺は暴走する那波の身体を背後からきしめていた。

「……えっ? あ、アニキ? あ、あたし、今までなにをして……」

「ああっ? 張飛が闇落やみおちする危機を救いました、兄さんの妹愛が! 瘴気に呑まれていたななちゃんが、正気にもどりました! さすがです兄さん!」

 だが、この瞬間しゅんかん。スコビル測定スカウターの数値が振り切れて、そして。

 ちゅどーーーーーーん!

 爆発ばくはつっ!

「「「うわああああああああ!?」」」

 全員防毒マスクを着用していたので即死そくしまぬがれた! だ、だが、今や店内にはドラゴン・ブレス・チリが放つ紫色の瘴気が充満じゅうまんしている! この、もはやのろいの黒聖杯せいはいと化している鉄鍋を店外に出してしまわなければっ! このまま捨ておけば、鉄鍋からどんどん瘴気が溢れ続けていずれ防毒マスクをも物理破壊するぞ!

 くっ……視界がさえぎられて……! なにも見えん……! しかし俺は気合いで鉄鍋の取っ手をつかむと、出口へと向かって突っ走っていた。とはいえ、「尊い……尊い兄妹愛きょうだいあいきずなを人生の最期さいごに見られた……! わが生涯しょうがいいなし!」「張飛たん泣かないで!」「ボクたちが応援しているよ!」「劉備の旦那だんな結婚けっこんできればいいね!」と瘴気にあてられてゴロゴロもだえながら転がっている野郎どもに足を取られて、なかなか先へ進めないのだが……!

「も、もうすぐ、出口だ……待っていろ那波、そして雪乃……! 必ずこの兄がお前たちを助ける、護るからな……!」

 とん。

 うん? あ。防毒マスクで顔面を完全防備しているJSっ子にぶつかったらしい。どこの帝国ていこくのこどもトルーパーだよ。

「なんなのよう~! けむりでなにも見えな~い! ん? これ、私が注文していた先行実装激辛麻婆豆腐? やっと届けてくれたの? もう、お腹ぺこぺこ! いただきま~す!」

「あっ。違う。それは、売り物じゃない! 呪われたドラゴン・ブレス・チリ麻婆豆腐……こらっ待て~い!」

「ぱくっ……みっ……みぎゃあああああああああああああ~!?」

 マスクの口の部分をずらしてドラゴン・ブレス・チリ麻婆豆腐を一口頬張ほおばったJSは、つぶされた小猫こねこのような悲鳴をあげてぶっ倒れたらしい。店内に充満する煙のせいで視界が悪くて確認かくにんはできなかったがな。

 直後に、引率のお姉さんが「だいじょうぶ? ここは地獄じごくの戦場だわ。王者がとどまっていていい場所ではない。脱出だっしゅつするわ」とJSを引きずりながら店外へ退避たいひしていく姿が、煙しにうっすらと見えた。

 この、勝手に殺人麻婆豆腐を食べて自爆した食いしん坊のJSが実は「曹操そうそう」で、その曹操を引きずっていったげ足の速い引率のお姉さんが「袁紹えんしょう」だということを俺は後で知ったのだが、この時は二人とも防毒マスクを被っていたのでわからなかったのである。

 ともかく、俺は命を賭して鉄鍋を店外へと廃棄はいきした。さすがに「中身は後でスタッフ一同で食べました」とは言えんな。完食したら確実に死ぬからな。まったく……店内に戻ると、まだ常連客の野郎どもは「辛いっ」「痛いっ」「救命我ッ!」とうめきながら店内を転がっていた。ううむ。ドラゴン・ブレス・チリ、おそるべし。一歩間違えれば死屍累々ししるいるい大惨事だいさんじだったではないか……趙雲PUで運良く防毒マスク百個を召喚しょうかんしていなければ、営業停止処分を喰らっていたところだぞ。おや? してみると、やはり趙雲PUガチャに全財産を投入した俺は天才だったのだーっ! フハハハハ!

「ごほごほごほ。うえええええん、アニキぃ、ごめんねえ~! あたし、カプサイシンをりすぎて途中とちゅうから意識がっ飛んじゃって~」

「い、いえ。ななちゃんは悪くありません。姉である私が暴走したのがいけなかったんです。兄さん、ばっするならこの雪乃を! こ、こ、この妹失格のみだらな胸に、思う存分懲罰ちょうばつをおあたえください! しばってもたたいてもんでもつねっても引っ張っても構いません! はあ、はあ、はあ……ぶふっ……あっ……鼻血を流しすぎて、貧血ひんけつに……きゅう」

「んもう、ゆきのんってば油断もすきもないんだから! 勝負はつかなかったのに、勝手に『おっぱいやし妹』権をるなぁ~!」

「ゆゆゆ雪乃、しっかりしろー!」

「……もう雪乃はダメです……兄さん……ぎゅっと抱っこしてください……」

「こ、こうか? これでいいのか?」

「もっと。もっと強く。兄さん。さ、寒いです……雪乃の胸を温めてください……むぎゅっ。むにゅっ」

「ゆきのんは、ぴんぴんしてるってば! 胸! 胸をアニキに押しつけてるだけだからっ! うきいい、アニキからはなれろおおおお! えーい、もういちどドラゴン・ブレス・チリ麻婆豆腐で尋常に勝負だーっ!」

「と、ともかく関張飯店の常連客諸君っ! 次の『関帝たんナイト』は来週だっ! 劉備玄徳が全知全能を振りしぼって考案した渾身こんしんのイベント! チャイナドレスコスプレナイトを開催かいさいするぞ! 期待してくれたまえ! ご新規さんも大歓迎かんげいだ、フハハハハハ!」

 

 以下、「真・三国志妹 俺の妹が邢道栄けいどうえいに転生するはずがない」本編に続く!

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