伯爵令嬢と婚約者 1

「シャルロットがお見合いで呼び戻された……って、どういうことだ?」

「申し訳ありません。私は詳しい話を聞かされておりません。ただ、ブルーレイクの統治はアベル様とエリカ様にお任せする、と」

 メイドの口から聞かされた伝言が理解できない。

 俺とエリカに統治を任せる? もう帰ってこないつもりか?

 だが、シャルロットは契約魔術の効果で、俺以外と結ばれることが出来ない。なのに、お見合いって……おかしくないか?

 またなにかの策略か?

 それとも、誓いのキスの契約を解除する方法があるのか……?


 分からない。分からない……けど、分かっていることもある。それは、このまま放っておくことは出来ない、ということだ。

 シャルロットに会って話を聞く。


「馬車の手配を頼む。ユーティリア伯爵家へ向かう」

「アベル様、お気持ちは分かりますが、シャルロット様はあなた方にブルーレイクの統治を任すとおっしゃっています」

「それは分かってる。でも、シャルロットを放っておけないだろ?」

「では、町長がギルドや温泉宿の件でお話を伺いたいとおっしゃっていますが、そちらはどうなさるおつもりですか?」

「それは……」


 たしかに、ブルーレイクのあれこれは重要な時期を迎えている。決定権を持つ者の不在が続けば、初動で転けることになるだろう。

 あれこれ口を出しておいて、途中で投げ出すなんて勝手なことは出来ない。けど、放っておけないのはシャルロットも同じだ。

 どうするべきか……


「アベル、どうかしたの?」

 不意に声を掛けられて振り向くと、すぐ隣にエリカの姿があった。


「エリカ? ルーリエはどうしたんだ?」

「今日は時間が時間だし、宿を取って休ませてきたわ。それより、どうしたの?」

「ああ、実は……」

 喉元まで上がってきた言葉を呑み込んだ。

 エリカになら町のことを安心して任せられる。けど、任せるには不在になる理由を話さなくてはいけない。シャルロットのお見合いを止めに行くと、エリカに告げる。

 どういうことかと問い詰められるのは分かりきっている。そうしたら、誓いのキスの件だっていずれはバレるだろう。

 そんな地雷を踏むような行為は死んでもごめんだ。

 だから――


「エリカ。お見合いで実家に呼び戻されたシャルロットを連れ戻しに行くから、そのあいだブルーレイクのことを頼まれてくれないか?」

 どうしてそんなことを言ったのか、自分でも理解できなかった。絶対修羅場で、今度こそ心労で死んじゃう。そう分かってるはずなのに、な。


「シャルロットに見合い話が?」

「そうだ」

「それで、それを聞いたアベルが、シャルロットを連れ戻しに行くの?」

「そうだ」

 ここまで来たら言い訳はしない――と、俺は頷く。


「それって、もしかして……」

 エリカが頬に人差し指を当てて首を傾げた。


「なんだ、どうかしたのか?」

「どうかしたと言うか、してやられたと言うか、やり返されたというか……いまが夜でよかったというべきかしらね」

「うん?」

「なんでもないよ」

 なんでもなくは見えないと俺が口にするより早く、エリカはコホンと咳払いをした。それから胸に手のひらを押し当てると、小首を十度ほど傾げて俺を見上げる。


「アベル、シャルロットのことを助けに行ってあげて」

 愛らしい仕草をするエリカの口から、健気な言葉がこぼれ落ちる。

 思わず、『いや、俺はエリカの元に残るよ』って言いたい衝動に駆られるが、もちろんシャルロットを放っておくことは出来ない。

 だから――

「良い、のか?」

 確認の意味で問いかけたのだが……


「良いに決まってるじゃない。というか、ここでダメなんて言ったら、アベルの好感度が下がるじゃない。そんな見え見えの策略にはまるはずないでしょ!」

 なんか怒られた。まるで意味が分からない。

 なんで俺がそんな策略を巡らさなきゃいけないんだ……? 良く分からないが、俺はブルーレイクをエリカに任せてシャルロットを追うことにした。



 ――そんなこんなでやって来たのはユーティリア伯爵家のお屋敷。門番やメイドに止められるが、俺は彼らを蹴散らしてリビングへとやって来た。

 そして、バーンと扉を開け、部屋の中へと踏み込んだ。

 そこにいたのはシャルロットとその家族。

 さすがは伯爵家の者達というべきか、突然の来訪者に全員が臨戦態勢を取った。

 もちろん、来訪者が俺だと気付いた瞬間に、警戒から戸惑いへと変化させていくが、俺はそれらの反応を無視して、シャルロットの隣に立ってバンッとテーブルに手をついた。


「あんた達、お見合いだなんてどういうつもりだ?」

 俺の問い掛けに、答えは返ってこない。

 だが、もともと答えを求めての問い掛けではないので、俺はたたみ掛けるように口を開く。


「たしかに俺はヘタレだ。シャルロットに誓いのキスをされてなお答えが出せなくて、シャルロットを宙ぶらりんなまま待たせてる最低の野郎だ。だから、あんたらが俺に良い感情を持たなかったとしても仕方がないとは思ってる。だけど……」

 俺はそこで一度言葉を切り、シャルロットの家族の顔を見回す。ブライアンとアウラは驚いた顔で、クリフはどことなく楽しげな笑みを浮かべていた。


「シャルロットは、それでも俺を待つと言ってくれたんだ。俺が答えを出すまで、ずっと側にいるって言った。そして、俺もその気持ちを受け止めるって、そう言った! だから、たとえ家族であったとしても、シャルロットの意思をねじ曲げるなんて許さない。シャルロットにお見合いなんてさせない。シャルロットは――俺が護る!」

 たとえ相手が伯爵家の人間でも、シャルロットの家族でも関係ない。シャルロットにお見合いを無理強いするのなら、俺が相手になると啖呵を切った。

 そして――


「うむ、それでこそシャルロットの選んだ男だ」

 なぜか、パチパチパチと気の抜けた拍手が響いた。

 ……なぜに拍手? 説得できたってこと……なのか?


「~~~っ。ア、アベルくん、恥ずかしいよぅ」

 隣から消え入りそうな声が聞こえる。

 見れば、シャルロットが真っ赤になって俯いていた。


「ええっと……その、すまん。でも、お見合いするって聞いて、居ても立ってもいられなくなってな。ブルーレイクを頼むって言われたけど、こうして止めに来たんだ」

「えっと……その、気持ちは嬉しいんだけど……えっと……」

 なにやら言いづらそうに口ごもる。


「アベルよ。シャルロットがお見合いをするはずがないだろう」

 向かいの席で、クリフがこともなげに言い放った。

「え? しないって……その、取りやめるって意味、か?」

「いや、最初からする予定はなかったということだ。そもそもお前がたったいま言ったとおりだ。シャルロットの想いと覚悟を知っている我々が、お見合いをさせるはずがなかろう」

 むちゃくちゃ正論だった。


「で、でも、それが原因で呼び戻されたって聞いたんだけど?」

「今回の相手は格式のある大貴族が相手で、手紙でお断りというわけにはいかんのだ。それで、シャルロットに自ら出向いてもらうことになったわけだ」

「え? じゃあ、シャルロットがここに来たのって……断るため?」

「そうだ。そもそも、シャルロットはお前としか結ばれることが出来ない。それなのに、ほかの者とお見合いをさせて、どうするというのだ?」

「ぐう……」

 正論過ぎてぐうの音も……いや、ぐうの音しか出ない。

 実際のところ、誓いのキスをしたとはいっても、シャルロットはいまだに乙女だ。いまここで俺を殺せば、どこへなりとも嫁ぐことが出来る。

 その辺りの可能性も考えていたんだけど……杞憂だったみたいだ。

 

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