聖女と神官騎士 12

 馬車に揺られること数日。

 日が暮れた頃に、俺達はブルーレイクの町に戻ってきた。

 しばらくぶりに見るブルーレイクは、相変わらず穏やかな景色が広がっている……が、温泉宿や冒険者ギルドなどは、軌道に乗りつつあるようだ。

 町の入り口から見えるだけでも、立派な建物の周辺に人が見える。


「へぇ……ここがブルーレイクか。田舎町って聞いてたけど、なんか大きい建物が見えるな」

「あっちが冒険者ギルドで、あっちは温泉宿だ」

「じゃあ、あっちに見える大きなお屋敷はなんですか?」

 横で話を聞いてきたルーリエが屋敷を指差して尋ねてくる。


「あぁ……あれは俺達が住む予定の屋敷だ。そろそろ完成しそうだな」

 俺が答えると、アッシュとリリア、それにルーリエがぎょっとした顔で俺を見た。


「ん? なんだ? どうかしたのか?」

「いえ、その……どうしたって言いますか……アベルさんって、貴族様?」

「あぁ……まだ言ってなかったか。俺はただの平民だけど、貴族令嬢のシャルロットと一緒にこの町の管理してるんだ。だから、俺やエリカはあの屋敷に住んでるんだ」

「ええっと……良く分かりません」

 ルーリエが首を傾げた。


「まぁそうだよな。正直に言うと俺も良く分かってない。とにかく、そういうことだと思っておいてくれ」

 掘り下げると危険な話題なので、俺は適当にお茶を濁しておく。


「とにかく、いまは俺のことよりもおまえらのことだ。まずはルーリエ、結局どの仕事が良いのか決まったのか?」

「エリカさんに勧められて、足湯カフェで働くことにしました」

「そ、そうか……。まぁ、頑張れ」

 エリカの持ち込んだ日本文化って、なんとなく不安なんだけどな。ルーリエがやる気みたいだから、まぁ……生暖かく見守ることにしよう。


「後は……アッシュとリリアの件だな。ひとまず、二人にはダンジョンでレベル上げをしながら鍛えてもらおうと思ってる」

「え、レベル上げって……二人でってことか?」

「いや、ちょうど二人パーティーの冒険者がいるんだ。この時間ならギルドに戻ってるはずだからついてきてくれ」



 ルーリエをエリカに任せて足湯カフェに送り出した後。

 俺達は冒険者ギルドへとやって来た。そこで、俺を見つけたリーンが歩み寄ってくる。

「アベルさん、戻ってきたんですね」

「ああ。たったいまな。この二人は駆け出しの冒険者だ。しばらくティア達と組ませる予定だからよろしく頼む」

 俺の紹介の後、二人が挨拶をして、リーンがそれに応じる。


「ところで、ティアとマリーはいるか?」

「いま、ドロップアイテムを換金中なので、そろそろ……あ、来ましたね」

 カウンターの方から、二人が歩いてくるのが見える。

 ティアは俺を見つけるとシッポを振って駆け寄ってきた。


「わふぅ、ご主人様、お帰りなさい!」

 俺の目の前で踏み切って、俺の腕の中に飛び込んできた。


「ただいま、ティア。良い子にしてたか?」

「うん、ティア、良い子で待ってたよ!」

「そかそか、ティアは良い子だな」

 すり寄ってくるティアを抱きしめて、そのイヌミミやシッポをモフモフとする。


「ひゃうん。ご主人様、お外でもフモフなんて恥ずかしいよぅ」

「ふぅん? なら、止めた方が良いか?」

「あう、それは……は、恥ずかしいよぅ」

「あはは、ティアは可愛いな~」

 モフモフモフモフと、ティアを散々とモフり倒した。


「――という訳だ」

「どういう訳だよ!?」

 俺の説明に、なぜかアッシュが声を荒げる。


「なんだよ? お前もティアをモフりたいのか? でも、ティアをモフって良いのは俺だけだから、モフらせてやらんぞ?」

「誰もそんなことは言ってねぇよ。というか、その子は一体なんなんだ?」

「ティアは俺のペットだ」

「ペ、ペット?」

 アッシュが顔を引きつらせる。

 その気持ちは良く分かるが、ペット扱いしてないと、エリカやシャルロットに愛人と誤解されるので仕方がない。

 なんて言えるはずもなく、俺はペットであると繰り返した。


「……町の権力者を逮捕するにはどうすれば良いんでしょう?」

 リーンがなんか恐いことを言ってるが無視だ。

 俺はただティアを可愛がってるだけなので、権力とか関係なく無罪である。


「ええっと……取り敢えず、その子がさっき言ってた冒険者、なのか?」

「ああ、そうだ。お前達と一緒にダンジョンに潜ってもらう」

「おいおい。俺を鍛えてくれるっていっただろ? なのに、こんな華奢な女の子とダンジョンに潜れっていうのか? お守りは勘弁――っ」

 アッシュは最後まで言うことが出来なかった。ティアが俺の腕の中から飛び出し、腰から引き抜いた短剣をアッシュの首筋に突きつけたからだ。


「ティア、弱くないよ? ご主人様に言われて、一生懸命頑張ったもん」

「お、おう、そう、みたいだな……」

 アッシュが慌てて訂正し、ゴクリと生唾を呑み込んだ。

 それで満足したのか、ティアが短剣を鞘にしまう。それは流れるような動作で淀みがない。


 更には流れるような動作で、俺の腕の中に戻ってきた。


「ティアは可愛いなぁ」

「わふぅ~」


 モフモフされて嬉しそうに目を細める。

 旅の疲れが癒やされる気がする。


 それはともかく、ティアのさっきの動きは早かった。しばらく見ないうちに見違えた。レベルアップに伴って上昇した身体能力に、技量が追いついたのだろう。

 俺はよく頑張ったなと、更にティアをモフモフした。


「そんな訳で、アッシュとリリアはしばらく、ティアやマリーと一緒にダンジョンに潜って、技術を磨いてもらう予定だ。異論はないな?」

「お、おう。分かった」

 さっき実力を見せつけられたからか、アッシュが素直に頷いた。そのまま、ティア達と今後の予定についての話し合いをさせる。これで、差し当たっての問題は解決だ。


 だが、まだ最大の問題が残っている。

 俺が神官騎士になった経緯を、シャルロットに話す必要がある。

 神官戦士の試験を受けられるのは、敬虔な信者か誓いのキスを受けている者だけ。シャルロットに、どうやって誤魔化せば良いのか……思いつかない。


 たとえば、シャルロットが神官戦士の試験を受ける資格の一つに、誓いのキスを受けていることがあると知らない可能性は……期待薄だな。

 誓いのキスの契約魔術を知っているシャルロットが、その事実を知らないとは考えにくい。


 だとすれば、俺が神官騎士になったことを隠しておく……ことは可能かもしれないけど、いつまでも隠し通せるとは思えない。

 隠してバレたら取り返しがつかないような惨劇に襲われそうだ。


 だから、今のうちに話すべきなんだけど、なんて話すべきかな? そんな風に考えながら屋敷へと舞い戻った俺のもとに、屋敷のメイドが近付いてきた。


「アベル様のお耳に入れたいお話がございます。実は、シャルロット様にお見合いの話が舞い込んで、その件でユーティリア伯爵家の実家へと呼び戻されました」

「……は?」

 想像していなかった話に、俺は思わず息を呑んだ。

 

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