聖女と神官騎士 11
「いまの言葉は本当か?」
俺はウォルフに剣を向けた。
「俺に認められれば神官騎士になれるという話か?」
「それは興味がないと言っただろ。俺が聞きたいのは、仕切り直しの方だ」
もしそうなれば、アッシュにもまだチャンスがある。
「あぁそっちか。本当だ。お前が神官騎士に匹敵するほどの実力があるのなら、残った者達の中から神官戦士が選抜される。……どうだ、戦う気になったか?」
「ああ。思いっきり、なっ!」
叫ぶと同時に距離を詰め、足下を狙って横薙ぎの一撃を放つ。ウォルフは即座に飛び下がるが、距離を取らせはしない。
俺は振り抜いた剣を腰だめに構え、ウォルフを追って距離を詰める。
「――はっ!」
ウォルフを射程外に捉えた瞬間、俺は斬り上げるような一撃を放った。ウォルフが身体を捻って回避。俺は重力を利用して袈裟懸けに斬り下ろす。
「ちぃ、しつこいっ!」
その一撃が体勢を崩したウォルフに吸い込まれた。――そう思った瞬間、ウォルフの剣に打ち払われる。そうして体勢を崩した瞬間、蹴り飛ばされた。
地面を転がり、とっさに起き上がりながら剣を振るう。キィンと甲高い音が響き渡り、俺と奴の剣がぶつかり合った。
「いまのを凌ぎきるか。だが、これならどうだ!」
続けざまに斬撃が放たれる。右、左、右と思わせての右。俺を上回る速度での連続攻撃に、俺は徐々に押し込まれていく。
そして、苦し紛れの反撃はウォルフの剣に打ち払われる。そのまま剣が巻き込まれ、地面に打ち落とされた。
俺の剣はウォルフの剣に抑えつけられている。
ウォルフが先に動けば対応できる。だが、俺が先に剣を引けば、ウォルフの切り上げが襲いかかってくるだろう。そして俺が先に剣を跳ね上げようとすれば、その勢いを乗せたウォルフの剣が先に襲いかかってくる。
後の先を取られた形。
「ふっ、どうした、攻撃は終わりか?」
「そういうお前こそ、疲れたんじゃねぇか?」
挑発に挑発で返すとウォルフはニヤリと笑った。
「やはり噂は本当だったな、アベル。お前と戦えて嬉しいよ」
「……俺のことを知っているのか?」
「ああ。遠征パーティーの中でもトップクラスの奴が、あらたなダンジョンを頂く町の支配者に収まったとな。その筋では有名な話だ」
それを聞いた瞬間、頭の中で馬鹿げた想像が思い浮かぶ。
だけど、すぐにさすがにそれはないと打ち消した。
「いいや、その通りだ」
「……いきなりなんだ?」
「お前はいま、この戦いがすべて最初から仕組まれたモノかも知れないと思い、だがそんなことはありえないと考えただろ? 顔に書いてあるぞ」
「まさか……事実なのか?」
エリカに婚姻を持ちかければ、俺はそれを阻止するために介入する。それを知って、あえてエリカに婚姻を持ちかけたのかと問いかけた。
「……もしそうだといったら、どうする?」
「だとしたら――ぶちのめすっ!」
俺は抑えつけられている剣を跳ね上げた。
その勢いを利用したウォルフの剣が襲いかかってくる――が、俺は上半身を反らして紙一重で回避。身体を反転させ、その勢いのままに斬撃を放つ!
「――くっ!?」
ウォルフは慌てて避けるが――隙だらけだ。俺は更に距離を詰め、右からの袈裟斬り、弧を描くように切り返しての二撃目。
苦し紛れの反撃をかわしながらの足払い。ウォルフがたまらず下がったところへ飛び込み、更に攻撃を加えていく。
「ははっ、どうやら怒ったようだなっ!」
「ああ、俺は怒ってる! 俺がどんな思いで神官戦士の試験を受けたと思っている! 誓いのキスの件が皆にバレたらどうなるか分かってるのか!?」
「はっ、嫉妬なんぞ、撥ねつければ良いだけだ!」
俺の剣を受け流し、ウォルフが反撃を仕掛けてくる。
俺はそれを防ぐのではなく、攻撃の過程で弾き飛ばした。そのまま俺の剣がウォルフに襲いかかるが、剣を弾いたことで勢いが落ちた一撃は回避される。
だが、更に速度を上げて、俺はウォルフに打ち込んだ!
「嫉妬なんぞ、だと? お前はまるで分かってない! 誓いのキスの件は、修羅場戦争を引き起こす切っ掛けとなり得るんだ!」
「しゅ、修羅場戦争?」
「そうだ! それでも必要なことだって思ったから、俺は修羅の道を選んだんだ。それがなんだ、俺と戦いたかっただけだと? ふざけんな、この野郎っ!」
「ちょっと、なにを言ってるか分からんのだが……」
「うるさいうるさいうるさーいっ! お前みたいな奴がいるから、この世界から修羅場がなくならないんだ! 俺が修羅場で崖っぷちなのはお前が悪い!」
俺は気合いと共にスキルを使った斬撃を放ち、ウォルフの剣を弾き飛ばした。
「くっ、やるな。だが……まだだっ!」
ウォルフが予備の剣を抜き放ち、一気に距離を詰めてくる。
その動きは先ほどよりも速い。
マジックアイテムか、はたまた自己強化の魔法を使ったのかは不明。
だが、どっちにしても――
「いいや、終わりだ!」
俺はウォルフよりも速く動き、その脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。とっさに腕でガードしたようだが、俺は体重を乗せて足を振り抜く。
刹那、筋肉質なウォルフの身体が場外に飛んでいった。
地面を盛大に転がって大の字になる。肩で荒い息をしているが、さすがに起き上がることは出来ないようだ。
……ふぅ、修羅場の元凶は滅びた。
「た、立ち上がれない。メディア教最強の神官騎士、まさかの敗北だ――っ!」
司会者が宣言し、会場が一気に湧き上がった。
ストレスを発散した俺は軽く拳を突き上げて歓声に応え、ウォルフの元へと歩み寄る。
「負けた、俺の完敗だ」
そう言いながらも、ウォルフはあっさりと立ち上がった。どうやったかは知らないけど、この短時間で元の状態まで回復させたようだ。
まだ余力はありそうだけど……勝ちは勝ちだ。俺はウォルフの手を掴んで引き起こした。
「約束通り、トーナメントをやりなおしてくれるんだな?」
「ああ、もちろんだ。お前に敗北した者達で再戦をおこなう」
「そうか……」
そうなると、俺が倒した三人での戦い。順当に考えれば、一回戦と二回戦の対戦相手が戦い、その勝者とアッシュが戦うということだろう。
なにはともあれ、他人の夢を理不尽に奪う事態は避けられた。
でもって、俺は神官戦士を通り越して、神官騎士の地位を手に入れた。別にいらないんだけど、くれるというのでもらっておく。
後は、ブルーレイクには新しい神殿が建てて、司祭が派遣されてきたら、俺が神官騎士として神殿に籍を置けば問題は解決である。
その最終調整をエインデベルと丸一日ほどおこない、仔細は滞りなく決定。俺とエリカはブルーレイクに戻るべく、御者に馬車を用意してもらったのだが――
「よぉ、遅かったな、アベル」
なにやらスッキリした面持ちのアッシュと、困った顔のリリアが出迎えた。
「二人とも、見送りに来てくれたのか?」
「いや、それがよぉ……」
アッシュがポリポリと頬を掻く。
「なんだ、どうしたんだ?」
「いや、ほら……アベル、ブルーレイクに行けば、鍛えてくれるって言ってただろ?」
「ああ、たしかに言ったな」
「じゃあ……ついていけば、俺を鍛えてくれるか?」
「別に構わないけど……もっと強くなりたいってことか?」
「ああ。そんでもって、次の試験こそ必ず合格してやる!」
アッシュが意気込みを見せるが……その意味がいまいち分からない。
「次こそ合格って……なんだ? 再試験で合格したんだよな?」
「いやぁ……実は、負けちまったんだ」
「はああぁぁぁあぁぁぁっ!?」
思わず変な声が出た。
「いやなぁ、なかなか強くてよ」
「強くてよ、じゃねぇよ! せっかく再戦の機会を苦労して勝ち取ってやったのに、負けたってなんだよ! そこは、無事に勝利する流れだっただろ!?」
「そんなこと言われても、強かったんだからしょうがねぇだろ」
こいつ、完全に開き直ってやがる。
「アベルさん、アッシュは精一杯戦ってくれたんです。だから、責めないであげてください」
「そうよ、アベル。可哀想でしょ? 精一杯戦って負けたんだから、仕方ないじゃない」
「いやまぁ……そうなんだけどさ」
なんかこう……モヤモヤとした感じが消えない。
ただ、このままだと俺が悪者になりそうだったので、分かったと引き下がっておく。
「とにかく、頼む!」
「いやまぁ……それは良いけど、来年じゃダメだったんじゃねぇのか?」
「それは、なんとか説得できたんだ」
「……説得できた?」
首を傾げると、リリアが「父が試合を見に来てたんです」と教えてくれた。
「アッシュの奮闘を見て、チャンスをくれたってことか?」
「ええ、まぁ……」
リリアが言葉を濁し、小さな声で「正確には、ブルーレイクの領主と顔繋ぎのチャンスをものにしろと私に言ったんですけど」と付け加えた。
「……なるほど」
目当ては俺達だったか。
「私もアッシュが父に認められるよう、精一杯手伝います。だから、どうかお願いします」
アッシュの隣に立ったリリアが頭を下げる。
そんなことを言われたら断れない――けど、冒険者ギルドが軌道に乗ったらあれこれ輸出入をすることになりそうだし、紹介と顔を繋いでおくのはこっちにとっても損はないだろう。
「分かった、二人ともブルーレイクについてこい。俺が、お前達を鍛えてやる」
冒険者の卵と商人の娘。
鍛えてやる代わりに、あれこれ扱き使うことにしよう。
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