聖女と神官騎士 10

「アベルがどうしてここに……?」

 俺の存在に気付いたアッシュが呟く。

「色々あって、神官戦士の称号が必要になったんだ。……で、そういうアッシュこそどうしてここに? 試験を受けるんじゃなかったのか?」

「ああ。その試験がこれなんだ。リリアは俺との結婚を父親に認めさせるために、俺に誓いのキスをしてくれたんだ。それで、親父さんがリリアを守り抜くって証を見せてみろって」

「それでこの試験を受けることになったのか……」

 アッシュは力強く頷いた。


 俺はアッシュのまっすぐな眼差しを受けて動揺する。

 一度は、他人の夢を踏みにじってでも合格すると覚悟を決めた。

 だけど、俺はアッシュがどんな気持ちでこの戦いに臨んだのかを知っている。二股で苦しんでる俺とは違い、アッシュは一途にリリアのために頑張っている。

 それに、盗賊との戦いでは危ないところを助けてくれた。

 そんなアッシュの頑張りを踏みにじり、俺が、俺だけが神官戦士の地位を得る。

 その結果を想像して、俺は思わず唇を噛んだ。


「決勝戦、始め!」

 俺の心がまとまらぬまま、無情にも試合開始の合図が告げられる。

 刹那、アッシュが俺の懐で剣を振るっていた。


「なっ!?」

 いつの間に懐に飛び込んできたのかすらも分からなかった。不意を突かれた俺は、反射的に鞘から引き抜いた剣で受け止める。

「はっ、さすがアベル。いまのを防ぐのか。だが、これからだっ!」

 アッシュが対戦相手であることに動揺する俺に対し、アッシュはそんなことは関係ないとばかりに向かってくる。

 上段からの斬り降ろしに、素早く斜めに反転させての切り返し。

 更にもう一度切り返すと見せかけてからの回し蹴り。息もつかせぬ連続攻撃を放ってくるが、その技量は俺に遠く及ばない。

 だが、それでも――


「うおおおおおおおっ!」

 雄叫びを上げて剣を振るう。その気迫だけは完全に俺を上回っていた。俺はそんな勢いに気圧されながらも、アッシュの一撃を真正面から受け止める。


「アッシュは……そんなに神官戦士になりたいのか?」

「そんなの、当たり前だろ!」

 鍔迫り合いの状態から叩きつけるように剣を押し込み、その反動で飛び下がる。アッシュは続けて攻撃を放ちながら、「そういうアベルは、どうなんだよ!」と問いかけてくる。


「俺は……どうなんだろうな」

 考えてみると、俺にはそこまで神官戦士になりたいという理由がない。俺が試験を受けたのは、そうしなきゃエリカが困るかもしれないから。

 どちらかといえば、メディア教の都合で、ここで負けたって俺はとくに困らない。ブルーレイクの宗教問題が、ちょっと面倒なことになるくらいだろう。


 むしろ、勝った方が問題は多い。

 誓いのキスを受けたことによって資格を得て、試験を受けて神官戦士の地位を得た。それをシャルロットにどうやって申し開きをするのか。

 そう考えれば、負けた方が丸く収まるのではとすら思えてくる。


「俺も、他の奴もっ、必死に神官戦士の地位を目指してるんだ! 他人を蹴落とす覚悟もないのにっ、試験に出てくるなっ!」

「――くっ!」

 剣はかろうじて弾くが、その言葉が俺の胸に突き刺さる。たしかに、俺には一生懸命な誰かを蹴落とす覚悟なんて持ち合わせてない。

 かつてエリカにそうしたように、アッシュに勝ちを譲ってやっても良いじゃないか――と、がむしゃらに振るわれる剣を受け流しながら、俺はそんな風に考える。


「喰らえっ!」

 刹那、アッシュが小さな布袋を投げつけてきた。

 俺は反射的にその布袋を斬り裂き――視界が閃光に包まれた。

「ぐぁっ」

 寸前で目をつぶったが、それでも強い光に目をやられて視界が真っ白になった。その隙を逃さず、アッシュが距離を詰めてくるのを気配で察知する。

 アッシュは見事に俺の不意を突いて見せた。ここで俺が負けたとしても、仕方ないのではないだろうかと、そう思った瞬間――


「――アベルっ!」

 歓声に包まれる舞台で、たしかにエリカの声を聞いた。

 キィンッと鳴り響く金属音。気配を読んでアッシュの剣を斬り飛ばした俺は、その足を払って転ばせ、胸を踏んで首筋に剣を押し当てた。

 その段階になって、ようやく視力が戻ってくる。

 アッシュは悔しげに俺を見上げていた。


「くっ。まだだ、まだ終わって――」

「いいや、終わりだ」

 アッシュが無理に起き上がろうとするが、俺は胸を踏む足に力を入れてその動きを封じた。


「無理に動こうとするのなら、あばらを折るぞ」

「それでも、諦めないって言ったら?」

「そのときは、肩を串刺しにする」

 どれだけ足掻こうとも揺るがない。そんな意思をぶつけてアッシュの動きを封じる。そんな俺の態度に、もはや勝機はないと悟ったのだろう。

 アッシュの顔が苦渋に染まった。


「俺の……負けだ」

 一時的に静まり返った会場に、アッシュの声が不思議と響き渡った。直後、司会者が俺の勝利を宣言し、会場は歓声に包まれる。


「覚悟がなかったんじゃ、なかったのかよ」

 起き上がったアッシュが、恨みがましい目を向けてくる。


「たしかに、俺には他人を蹴落とす覚悟なんてない。いまだって、お前の夢を踏みにじった罪悪感で一杯だ。だけど……」

 俺は観客席の片隅を見る。

 そこには、祈るような姿で俺を見ているエリカの姿があった。


「そう、か……アベル、お前も誓いのキスを受けた身、だったんだな」

「まぁな」

 アッシュとは意味合いが違うが、負けられなかったという意味ではその通りだ。あいつが勝って欲しいと願うのなら、俺はそう易々と負けるわけにはいかない。

 だから――と、エリカに向かって手を振って見せた。

 エリカの顔が真っ赤に染まり――ビシッと指を突きつけてきた。歓声で聞こえないけど、なんか物凄く怒ってるような気がする。

 たぶん、バッドステータスのツンデレが発動したんだな。

 いまは日中で、周囲には物凄い観客の数。ツンツンっぷりが半端なさそうだから、しばらくエリカには近付かないでおこう。

 そう思って、そっとエリカから視線を外す。


「これからどうするんだ?」

 俺の問いに、アッシュは力なく笑った。

「そうだな……正直、まだ決めてない」

「なら、ブルーレイクに来ないか?」

「ブルーレイクって、あの新しいダンジョンが出来た町のことだよな?」

「俺はあの町に滞在してるんだ。だから、ブルーレイクにくるなら、来年は絶対に勝てるくらいに鍛えてやる」

「来年、か。気持ちはありがたいが……」

 その続きは聞き取れなかった。だが、聞かずともその表情を見れば大体の予想は付く。今年じゃなければダメだったのだろう。

 俺がアッシュやリリアの幸せを奪ってしまったのかもしれないと唇を噛んだ。

 そのとき――


 殺気が膨れあがるのを感じ、俺はアッシュの前に飛び出した。そこへ飛び掛かってくる男の一撃をギリギリのところで受け止める。


「お前は……」

 襲いかかってきたのは、神殿の廊下ですれ違ったウォルフとかいう男だった。

「ふっ、また会ったな」

「いきなり襲いかかってくるなんて、どういうつもりだ!?」

 鍔迫り合いを繰り広げながら問いかける。


「おーっと、ウォルフ神官騎士の乱入だっ! 今年の対戦相手には彼が選ばれたっ!」

 司会者が高らかに言い放ち、観客が一斉に沸き上がるが――意味が分からない。

「どういうことだ、説明しろっ!」

 司会者に向かって叫ぶ。

 直後、ウォルフが飛び下がって鍔迫り合いを止め、物凄い勢いで斬り掛かってきた。まずは小手調べとばかりに連撃を放ってくる――が、俺は応じずに全力で飛び下がった。


「説明しろ、説明っ! 説明しないなら、俺は逃げるからなっ!」

 他の奴らとは明らかに格が違う。

 そんな奴と意味もなく戦ってたまるかと抗議する。


「俺はメディア教最強の神官騎士だ。そして、あらたな神官騎士を選出する任を課せられている。俺に認められれば、一気に神官騎士にまで昇格できるぞ?」

「俺は神官戦士になれれば十分だ。昇格なんて必要ないね」

 だから、戦う理由はないと舞台から下りようとする。


「神官騎士は、他と一線を画した能力を持つ者が選出される。その過程で、その者がいたグループの選抜試験は仕切り直しとなる――と言ってもか?」

 俺は足を止め、ウォルフへと向き直った。

 

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