聖女と神官騎士 9

「神官戦士の選抜試験の一回戦も残すところ一試合。メディア教の敬虔な信者ブラウニーVS聖女エリカ様から誓いのキスを受けた羨ましい野郎の対戦だーっ!」

 ……おい、せめて名前くらい言えよ。なんて呟いてみるけど、魔導具の拡声器で闘技場に叫んでいる司会の兄ちゃんには聞こえない。

 あと、ブラウニーがんばれとか、羨ましい野郎爆発しろとか聞こえてくる。神官戦士選抜試験って名前のくせに、俗っぽすぎやしないか?


 俺は闘技場の舞台に上がり、向かいにいるブラウニーと呼ばれた男を観察する。

 歳は俺より少し上くらいだろうか? ガッシリとした体つきの男で、これでもかってくらい巨大な大剣を携えている。

 殺生を嫌う宗教にとって刃物は御法度で、代わりにメイスを持つ――なんて話を聞いたことがあるけど……まぁ、メディア教だからな。


「さあ、それでは一回戦最終試合――開始!」

「うぉおおおおおおっ!」

 司会の合図と共にブラウニーが雄叫びを上げ、俺の懐に飛び込んできた。


 なかなかに早い。

 いや、馬鹿でかい大剣を使っていることを考えるとかなりの早さだ。

 俺が感心するのと同時、ブラウニーが特攻の勢いを乗せて大剣を振るう。その質量を嫌った俺は、寸前でしゃがみ込んで回避した。


 俺のすぐ頭上を大剣が風を切って通り過ぎる。その隙に反撃しようと試みるが、ブラウニーは驚くべき速度で大剣を切り返してきた。

 俺は反撃を諦めて、すぐさまバックステップを踏んで退避する。


 驚いた。

 技術こそ決して高くはないが、その筋力とスピードから考えて、中級、あるいは上級の冒険者のレベルに届いているかもしれない。

 俺と同じ、元冒険者だろか? 相手を殺さないように手加減の心配をしてたけど、思ったより手応えがありそうだ。


「うおおおおおおおっ!」

 ブラウニーが大剣を振り上げ、再び距離を詰めてくる。俺はその一撃を反らして体勢を崩させるべく、大剣の腹に一撃を――入れようとしてからぶった。


「――なっ!?」

 からぶるはずのないタイミング、にもかかわらず俺の一撃はからぶった。ブラウニーの一撃は当初の狙い通り、俺を真っ二つに――することなく俺の目前を通り過ぎる。


 ……あれ?

 なにがどうなって……って、ブラウニーの大剣が真っ二つになってる? って言うか、断面から見える中身が、スッカスカの張りぼてなんですけど……

 こ、これは、物凄く重い大剣をぶんぶん振り回してたんじゃなくて、物凄く重そうに見えるだけの張りぼてをぶんぶん振り回して、威力があるように見せかけてただけ、か?


「ち、ちくしょう、まだだ、まだ終わってないぞ!」

 ブラウニーが半分くらいの長さになった張りぼて大剣で斬り掛かってくる――が、種が割れてしまえばどうってことはない。

 俺はその一撃を軽く払って、返す刀でブラウニーの首筋に剣を突きつける。

 これで、完全に一本取った形だ。

 だが――


「まだだっ、俺はまだ降参していない!」

 突きつけられた剣で首を切られることを恐れず、ブラウニーが腰の短剣を抜いて飛び掛かってきた。俺はとっさに剣を引いて、更には短剣の一撃を弾き返す。


「おいおい、無茶するなよ。俺が剣を引かなきゃ首を斬り裂いてたぞ?」

「だが出来ないだろ? 俺を殺せば、お前は失格だからなっ!」

 たしかにその通りだ。

 あのまま剣を引かなければ、相手を殺して失格になっていたかもしれない。だから、剣を引いたのは必然――だけど、それを前提に向かってくるなんて馬鹿げてる。


「どうしてっ、どうしてそこまで必死に戦うんだ?」

「はっ、そんなの、神官戦士になりたいからに決まってるだろ! 俺が何年、神官戦士になるための修行を続けてきたと思ってる!」

 ブラウニーがまっすぐな一撃を放ってくる。

 その一撃は鋭いが、あまりに隙が大きすぎる。俺はその隙を突いて剣を振るうが、ブラウニーは避けようとすらしない。

 俺は自分の一撃が相手に入る寸前、慌てて剣を引き戻す。そうして体勢が崩れた隙に、ブラウニーの一撃が迫ってくる――が、俺は寸前で身を捻った。


 短剣が俺の肩をかすめる。

 一瞬でも判断が遅れていたら、いまので利き腕をやられていたかもしれない。格下だと舐めていた相手に追い詰められる。

 その事実に焦りを覚えた俺は、とっさに回し蹴りを放つ。その一撃がブラウニーの脇腹に突き刺さり、舞台の外にまで吹き飛ばした。

 ――そして、ブラウニーはピクリとも動かなくなった。


「……しょ、勝負あり。勝者は羨ましい野郎! しかし、ブラウニーはピクリとも動かないぞ。救護班、早く彼の容態を確認してやってくれ!」

 司会者の指示で、メディア教の治癒魔術師らしき女性がブラウニーに駆け寄る。

 いまの手応えはヤバかった。もしかしたら、殺してしまったかもしれない。そんな恐怖が俺を支配するが、ほどなく治癒魔術師が命に別状はないと宣言した。


「無事だ。ブラウニーは無事だった。よって、この勝負、羨ましい野郎の勝利だ!」

 司会が宣言をした瞬間、観客席から歓声とブーイングが響き渡った。



 戻ってきた控え室で、俺は天井を見上げていた。

 初戦はとても快勝とはいえない、無様な結果だった。死に物狂いで向かってくるブラウニーに対して、俺は完全に気圧されていた。

 端的に言ってしまえば、俺は信仰心というモノを軽視していたんだと思う。まさか、ただの試験で、命懸けで戦いを挑んでくる者がいるとは思っていなかった。

 だから冷静さを失い、ブラウニーを反射的に殺しかけてしまった。


 そして――そんな動揺から抜け出す暇もなく二回戦が始まる。

 対戦相手はブラウニー同様に、神官戦士の地位を心から望んでいるのだろう。戦士としての技量はブラウニーと同程度だが、やはり死を恐れずに向かってくる。


 一戦目で対戦相手を殺しかけた俺は、徹底して手加減を加えた峰打ちで応戦した。

 放たれた剣を弾き飛ばし、剣の腹で相手の脇を打つ。そうして相手の戦意を奪おうとするが、何度攻撃を加えても、相手は必死の形相で立ち上がってくる。

 剣を奪われれば、短剣で。短剣を奪われれば、腰に吊してある道具を使って。それすらも奪われたら、拳で殴りかかってくる。


 そのうち、どちらが追い詰められているのか分からなくなってくる。もはやまともに腕も振るえない、そんな男に攻撃を加えるのは苦痛以外の何物でもない。

 精神的に追い詰められた俺は、最終的に相手を絞め落として勝利した。



「アベル、入るわよ?」

 控え室の外から控えめな声が投げかけられ、エリカが部屋に入ってきた。

 エリカは部屋に入るなり、無造作にタオルを放ってくる。それを受け取った俺は、自分がかなり汗をかいていることに気がついた。


「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして。……ずいぶんと手こずってたみたいだけど……大丈夫?」

「実力的には問題ない。ただ……あいつらも、神官戦士になりたかったんだなって、それを思い知らされて、ちょっと動揺した」

 神官戦士の地位を手に入れて、誓いのキスをしてくれた女性を護る。その覚悟は出来ていたけど、同じように神官戦士を目指す者達を蹴落とす覚悟が出来ていなかったのだ。


「もしかして、罪悪感を感じてるの? これは、正々堂々と強者を決める戦いなのよ?」

「最強を決める戦いなら、俺だってなにも思わないさ」

 でもこれは違う。明らかに実力に開きがある。

 たとえるなら、努力の末にCランクに上がるチャンスを得て、試験を受ける冒険者の中に、Sランクである俺が乱入してみんなの夢を踏みにじっているような気分。


「気持ちは分かるけどね。でも、あたしはアベルに勝って欲しい。というか、勝ちなさい。じゃないと、あたしが色々と困るんだからね!」

「まぁ……そうだな」

 俺が負けたらエリカが困る。だから勝たなきゃいけない。

 それは、紛れもない事実だ。


「ありがとう、エリカ。だいぶ気が楽になったよ」

「そう? なら良かった。最後の一戦、がんばってね」

「ああ、任せておけ!」

 エリカに力強く答え、俺は三度闘技場の舞台へと上がった。

 しかし――


「さぁ、このグループの決勝戦は、誓いのキスを受けた、羨ましい野郎達の戦いだっ!」

 俺の向かいに立っていたのは、見覚えのある冒険者。リリアとの結婚を認めてもらうために試験を受けると意気込んでいた、アッシュだった。

 

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