聖女と神官騎士 8

 メディア教における神官戦士とは、信者達を護る者に与えられる役職である。

 だが、誓いのキスを受けて神官戦士になる場合は少し事情が異なる。自分に一生を捧げると誓った相手の想いを受け止め、一生護るという決意の表れとなる。

 ……らしい。


 まあ……エリカの気持ちはとっくに受け止めている。受け止めて護るだけなら、とっくに覚悟は出来ているから問題ない。

 気持ちに応えるとは言ってないけど……それはそれ。俺はなにも嘘をついてない。

 いつか刺されるかもしれないけど、それは今日じゃない。今日は神官戦士の試験を受けるため、俺は控え室で待機していた。


 ちなみに、試験の内容はトーナメント制の戦いで、相手を殺したら失格となる。それ以外は何でもありで、優勝すれば合格らしい。

 半年に一度のこの戦いは街のイベントとなっているそうで、闘技場で大々的に開催されていて、待合室の外から時折歓声が聞こえてくる。

 そんな歓声を聞きながら気持ちを落ち着けていると、控え室にエリカがやって来た。


「アベル、いまは話しても大丈夫?」

「大丈夫だ。戦う準備は出来てるし、特に問題はないぞ」

「そっか……なら、少しだけ話を聞かせて」

 エリカはふわりとツインテールを揺らし、俺の向かいの席に腰を下ろした。そうして顎を引き、上目遣いで俺の様子をうかがってくる。


「なんだよ、どうかしたのか?」

「アベルなら大丈夫だって信じてるけど、絶対に負けないでね?」

「分かってるって」

 こう見ててもSランクの冒険者。俺より強い相手が出てくるとはそうそう思えないが、一度も負けられない以上、油断をするつもりはない。


「なら良いんだけど……アベルって、わざと負けることがあるでしょ」

「え……ど、どうしてそんな心配をするんだ?」

 シャルロットの件で、わざと不合格になろうとしたことはバレてないはずだけどと焦る。


「ほら……覚えてない? あたしとアベルが初めて出会ったときのこと」

「あぁ……あのときのことか」

 懐かしいな――と、俺は当時のことを思いだした。


 あの頃の俺はまだ駆け出しで、一人で冒険者をやっていた。そんなある日、冒険者ギルドへ行くと受付と言い争っている女の子がいた。

 それが、当時はこの世界に転生したばかりで右も左も分かっていないエリカだった。

 エリカは冒険者になりたいと受付に詰め寄っていたのだが、その街のダンジョンは一層から敵が比較的強くて、初心者には厳しいダンジョンとなっていた。

 そして、エリカは華奢な女の子で、戦闘系の技能も持ってないという。だから受付のお姉さんはエリカを適性なしとして、門前払いしようとしていたのだ。


 だが、エリカは諦めなかった。

 隣にやって来た俺が冒険者だと知ると、「彼に勝ったら冒険者になる資格があるってことよね? 彼と戦わせて!」と受付嬢に詰め寄り、譲歩を引き出した。


 そして、俺とエリカの戦いが開始された。

 当時は駆け出しだったとはいえ、ソロでダンジョンに挑んでいた俺と、聖女の称号は持っていても、一般人と変わらない女の子。

 勝敗なんて最初から決まっていたのだけど……エリカは決して諦めなかった。

 俺に木剣で打たれても、「まだ負けてないわ!」とかいって突っ込んできて、何度も何度も俺に立ち向かってきた。

 結局、俺はその熱意にほだされてわざと負けた。


 もちろん、受付嬢にあっさりバレて怒られた。

 そして、約束だから冒険者の資格は与えるけど、彼女が死なないように責任持って一緒に行動するようにと言われてしまったのだ。

 ……まあ、負けると決めた時点でそのつもりだったので問題はない。結局、俺はあの日からずっとエリカと行動を共にしている。


「もう、何年も前のことだろ。良く覚えてたな」

「忘れるはずないわよ。アベルと初めて出会ったときの思い出だもの」

 エリカが呟く。


「――って、恥ずかしいこと言わせないでよ!」

「いや、俺はなにも言わせてないぞ」

「黙りなさいよこのバカっ!」

「はい……」

 ツンデレが発動したらしい。


「と に か く、負けたら承知しないわよ!」

「分かってるって」

「ホントのホントのホントに、負けたら承知しないんだからね!」

「大丈夫だ。あのときはエリカの頑張りにほだされて負けただけだ。今回はそういう理由もないし、必ず勝って神官戦士の地位を手に入れるから、な?」

「~~~っ」

 エリカは真っ赤になると、「ホントに、ちゃんと勝ってくれるんでしょうね?」と上目遣いで問いかけてきた。

 ツンデレモードなのに、こんな風に心配してくるなんてちょっと意外だ。ツンデレモードでもなお、心配するくらい不安要素がある、ってことなのかな?


「なんでそんなに心配してるんだ?」

「そ、それは……その、こ、今回のこと、迷惑って思ってたりしないでしょうね!?」

「は? 迷惑って……そんなこと、思うはずないだろ?」

「だって、アベルはあたしの気持ちに応えてくれたわけじゃないでしょ? それなのに、神官戦士になるのは、神殿の件をなんとかするために仕方なく、なんじゃないかなって……あぁもう、なんであたしがこんな恥ずかしいこと、聞かなくちゃいけないのよ!」

 なんか、情緒不安定だな。


「決めたのは神殿の件を丸く収めるためだけど、別にイヤイヤって訳じゃないぞ」

「……そうなの?」

「ああ。答えを保留にしてるのは事実だけど、エリカの気持ちはとっくに受け止めてる。それに、エリカを護る覚悟だってある。必ず、試験には合格するよ」

 ボンっと音が聞こえそうなくらいエリカの顔が赤くなった。


「ふっ、ふんっ! だったら良いのよ。もし負けたら絶対許さないから、ちゃんと勝ってきなさいよね! 約束だからね! って、恥ずかしいじゃない、バカバカ死んじゃえ!」

 死んだら勝てねぇよと突っ込む暇もなく、エリカは待合室から走り去っていった。なんと言うか……バッドステータスって大変なんだな。


 色々あったけど、気持ちを入れ替えてトーナメントに臨もう。そう思ったそのとき、再び扉がノックされ、今度はエインデベルが姿を見せた。


「こんなところに来るなんて、俺になにか用か?」

「次はあなたの番だから呼びに来たのよ」

「大司教が大会の使いっ走りなんてするのか?」

 思わず暇なのかと半眼を向ける。


「あなたが負けると私まで困るから、念のために様子を見に来たの。準備は出来てる?」

「特に問題はないぞ」

「試合は一対一での戦いで、相手を降参させるか意識を奪ったら勝ち。必要以上に怪我を負わせたり、殺したりしたら負けよ。分かってるわね?」

 俺はこくりと頷いた。強敵の心配も必要だけど、うっかり一般人に過剰な攻撃しないようにも気を付ける必要がある。

 とにかく、相手の強さを事前に見極めることが重要だ。


「三回勝てばグループで優勝。神官戦士の地位が手に入るんだよな?」

「ええ。逆に一度でも負ければ、神官戦士の地位は得られない。試験に落ちたら一年は出場できないから、他の代案を考えなきゃいけなくなる。だから、絶対に負けないでね」

「分かってるけど……なんかそこまで念を押されたら、負けるフラグな気がしてきたぞ」

「はい?」

「いや、なんでもない」

 俺は覚悟を決め、闘技場へと向かった。

 

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