聖女と神官騎士 7
「話を戻すけど、想い人がいる人に婚姻を迫る気はないわ」
咳払いを一つ、エインデベルが言い放った。
「なら、神殿を建てるだけで問題はないな?」
「……いえ、それだと少し不味いのよ。ブルーレイクには注目が集まり始めてる。いまはまだ気付いてない人が大半だけど、すぐに誰もがブルーレイクの重要性に気付き始めるわ」
「……ブルーレイクの重要性? ダンジョンのことか?」
「それは一端でしかないわ。ブルーレイクの真の価値はあなたよ」
――と、エインデベルが指差したのはエリカだった。
「え、あたし?」
「そう、あなたが貴族と手を組んで町の開発に乗り出した。だから、ブルーレイクの町に注目が集まり始めているのよ」
「って言われても、あたしが貴族と手を組んだ空なんだって言うのよ?」
「自分がどれだけのことをしているのか自覚がないのね」
エインデベルは苦笑いを浮かべる。
「自覚って……なんのことよ?」
「あなたはブルーレイクで、温泉宿や足湯カフェを皮切りに、農作物を育てるノウハウなどなど、様々な知識をもたらしているでしょ?」
「それは……たしかにそうだけど、この世界にはたくさん異世界転生者がいるでしょ? あたし以外にも、似たようなことをしてる人はいるはずよ」
「いや……そうでもないぞ」
俺は思わず口を挟んだ。
たしかに、この世界には異世界の技術で創られたあれこれが存在する。だが、それがこの世界の技術として根付いているモノは意外と少ない。
エリカのしていることは明らかに特別だ。
「彼の言う通りよ。あなたのように知識をもたらす転生者は、歴史を紐解いてもわずかしかいないわ。だから、あなたのしていることは特別なの」
「……どうして? 知識があれば、それを利用するのは普通でしょ?」
「知識があれば、ね」
エインデベルが意味ありげに微笑んで、事情を説明してくれた。
それによると、転生者の大半は転生時に記憶の大半を失うらしい。記憶を引き継いでいたとしても、赤ん坊に転生してしまい、成長する過程で忘れてしまう。
更に、エリカのように記憶を引き継いで、ある程度成長した姿で転生したとしても、知識を使う環境に恵まれるかどうかは別問題。
大半の転生者は権力者と知り合うこともなく、転生した地で平凡な一生を終えるそうだ。
――と、その話を聞き終えたエリカは、「あぁ……」となぜか俺を見た。
「……なんだよ?」
「あたしも、アベルがいなかったら、田舎で細々と暮らしてただろうなって思って」
「ん? あぁ……なるほど」
転生したばかりで、右も左も分かってなかったエリカに絡まれて――もとい、話しかけられて、なんだかんだで面倒を見ることになった。
もし俺が面倒を見なければ……と、そのことを言ってるんだろう。
「そんなわけで、エリカ、あなたのやっていることは特別なの。ブルーレイクは数年で、国中の者が注目する街へと変貌を遂げるでしょうね」
「ふむ……」
言われてみれば心当たりはある。
そうじゃなくても、ダンジョンの発見で発展するのは間違いがない。
だけど――
「ブルーレイクが重要視されるとして、それがなんだって言うんだ?」
「大きな街で勢力を得ることは、布教に大きな影響を与えるわ。だから、いまのうちにメディア教と住人のあいだにしっかりとした絆を作っておきたいのよ」
「それは、他の宗教を排除したいから、なのか?」
「いいえ、まともな宗教であれば排除するつもりはないわ。ただ、この世界にはマイナーだけど、凄く危険な宗教も存在するの。……ヤンデレ教とか」
「ヤンデレ教……」
なんか知らないけど、言葉の響きからしてヤバそうだ。というか、あのメディア様の教えを受け継ぐ者がヤバイっていう時点で凄くヤバそう。
「宗教がしっかり根付いている町なら安心だけど、そうじゃないならつけいる隙を与えてしまう。つまり、マイナーな宗教にとって、ブルーレイクは狙い目なのよ」
「な、なるほど……」
俺はどこかの神様に仕えてるわけじゃないから、どこの神殿が建っても気にしないって思ってたんだけど……ブルーレイクがヤンデレ教に染まるのはなんかヤバイ気がする。
「だから、貴方達と親密なことをアピールしたいのだけど……なにか良い案はないかしら?」
俺とエリカは顔を見合わせて視線を交わした。
そして、こくりと頷きあう。
さっきの司祭とは話し合いをする気も起きなかったけど、エインデベルは違う。それに、話の内容を聞くに、ブルーレイクを管理する俺達にとっても重要なことっぽい。
なにか代案はあるかな――と俺は考えを巡らせる。
「ようはユーティリア伯爵家と、ブルーレイクに建てるメディア教の神殿にたしかな繋がりがあれば良いんだよな? エリカを司祭にしたら良いんじゃないか?」
婚姻の代案を口にする。
「エリカさんを、あらたな神殿の司祭に?」
「エリカなら内政にも関わってるから親密感はアピールできる。それにメディア様に召喚された聖女だし、ダメってことはないだろ?」
あんたも同じような境遇みたいだしと問い掛ける。
「聖女の称号を持っていても、メディア教の立場としてはただの信者でしかないの。侍祭の資格でも取ってもらえば神殿を任せることは出来るけど、それまで何年もかかるわ」
「ふむ……じゃあ、この案は没か?」
「そうね。でも、あなたが神官戦士になって、神殿の守護者になるのなら可能よ」
エインデベルがそういって俺を見る。
「俺? でも、俺は信者でもなんでもないぞ?」
「神官戦士になる資格は、敬虔な信者であることか、もしくはメディア教の契約魔術――誓いのキスを受けていることよ」
「ええっと……誓いのキスを受けているから、俺は神官戦士になる資格があると?」
「ええ、そうよ。後は、半年に一度ある試験に合格すれば資格を得られるわ。そして、その試験がちょうど、三日後にあるの」
「つまり、俺がその試験に合格すれば、俺がブルーレイクの神殿に神官戦士として籍を置くことが出来て、問題は解決するって言いたいのか?」
「ええ。神殿の管理者として司祭を派遣させてもらうけど、貴方達の意向を邪魔するような人選はしないから、安心してくれて良いわ」
「ふむ……」
それなら俺に大した負担はなくて、ブルーレイクの宗教問題も解決。エリカの婚姻の心配もなくなるということだが……
「それで、肝心の試験内容は? メディア教についての知識を測る筆記試験とかいわれても無理だからな?」
「いいえ、神官戦士は守護者的な立ち位置なの。だから、試験内容は当然戦闘よ。八人のグループに分けられてのトーナメント戦。各グループの優勝者だけが神官戦士になれるのよ。冒険者として一流のあなたなら余裕でしょ?」
エインデベルが微笑みを浮かべる。
それを見た俺はかすかな違和感を覚えた。
「もしかして、最初から計画していたことか?」
「……あら、なんのことかしら?」
「惚けるなよ。いかにも俺におあつらえ向きな内容で、半年に一度の試験がちょうど三日後って、タイミングが良すぎるだろ?」
これは計画されていたこと。
そう考えると、最初に現れて横暴な態度を取った司祭までもが、エインデベルの仕込みだったんじゃないかと思えてくる。
「ふふっ、さすがにブルーレイクの統治を任されているだけのことはあるわね」
「じゃあ、全部計画のうちだって認めるんだな?」
「いいえ、全部じゃないわ。あなたのことは調べがついていたから、代案として神官戦士のことを視野に入れていただけよ」
「ふむ……」
エインデベルの瞳を覗き込む。真実かどうか確証は得られないけど、澄んだ瞳から嘘は感じられない。信じて良さそうな気がする。
「俺は受けても良いと思うけど、エリカはどう思う?」
「あ、あたしは、もちろん、か、歓迎よ」
なにやら壮絶にどもっている。そういえばさっきから大人しかったなと視線を向けると、なぜかエリカの顔が真っ赤になっている。
「……どうかしたのか?」
「な、なんでもないわよっ!」
「いや、なんでもなく見えないんだけど」
「なんでもないって言ったら、なんでもないから、神官戦士の試験、頑張りなさいよ!」
「お、おう」
良く分からないが、勢いに押されて頷いてしまった。
そして――
「誓いのキスを受けた者が神官戦士を目指すのは、相手を護りたいという意思表示のようなものなの。だから、彼女は照れてるのよ」
唐突に爆弾が投げ込まれる。
――って言うか、待って、ちょっと待って。
よくよく考えると、俺が敬虔なメディア様の信者ではないことをみんな知ってる。ということはつまり、俺が神官戦士になったら誓いのキスの件がバレるのでは……?
あぁ、凄くバレそうな気がする。
……でも、エリカはなんだか凄く喜んでるみたいだ。それなのにここで断ったら、エリカを拒絶するも同然だ。
どうして? なんて聞かれても、ダブルブッキングがバレるから――なんて、答えられるはずがない。ここで拒絶しても、俺は間違いなく追い詰められるだろう。
どうせバレる可能性があるのなら、とにかくいまだけでも乗り切ろう。
「俺は神官戦士の試験に挑戦する」
こうして先延ばしにするたびに、逃げ道が狭まっている。
いつか地獄に落ちるな――と、そんなことを考えながら、俺は決意をあらわにした。
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