聖女と神官騎士 6
エリカは俺に惚れているからと、結婚の申し出を断った。なので、ツンデレが発動するのは絶対に避けたい。
という訳で、俺とエリカは大神殿に連絡を入れ、夜に面会の予定を入れてもらった。
夜の帳が下りる大神殿。
長い廊下を歩いていると、前からただならぬ気配を放つ男が歩いてきた。姿はメディア教の神官そのものだが、足運びは熟練した戦士そのもの。
遠征パーティーの資格を持つ冒険者といわれても俺は疑わない。
そんな男が、俺の直ぐ目の前で足を止めた。
「貴様、相当な手練れだな」
「そういうあんたこそ、かなりの実力だと思うが?」
問い返すと、神官はニヤリと口の端をつり上げた。
「そうか。見ただけで俺の実力が分かるのか。また退屈な戦いばかり見せられるのかと思っていたが、今回はなかなか楽しめそうだ。期待しているぞ」
なにやら上機嫌だが、なんの話かまったく分からない。
「楽しめそうって、なんのことだ?」
「ん? お前は神官戦士の試験を受けに来たのではないのか?」
「いや、俺はブルーレイクに神殿を建てる件で、エリカ――聖女を連れてきただけだ」
「ブルーレイクだと? なるほど、お前がアベルか」
なにがなるほどなのか、やっぱり俺の周りには説明をしない奴ばっかりだ。
「俺のことを知ってるみたいだが、お前は何者なんだ?」
「俺はウォルフ。すぐに再会することになるだろう」
男はそう言うと、俺の横を抜けて立ち去っていった。
だから説明……って思ったけど、なんかもう慣れてきた。俺はすぐさま意識を入れ替え、エリカと共に司教の待つ部屋に向かった。
そんなわけで、大神殿にある会議室で、俺とエリカは初老の男と向き合っていた。司教の地位を持つ、メディア教のナンバー2といっても過言ではない存在だそうだ。
「今日はよく来てくれた、お主がエリカじゃな」
「はい、司教様。お初にお目に掛かります」
エリカが凜とした声で応える。
俺はエリカのいつもとは違う口調にちょっと驚いた。
「お主に来てもらったのは他でもない。既に聞き及んでおると思うが、我々メディア教はブルーレイクにあらたな神殿を建てたいと思っておる」
「その件に関しては、シャルロットから既に許可をもらっています」
「おぉ、そうか。それはありがたい。それでは、ブルーレイクに滞在させる司祭と」
「――あたしとの婚姻でしたらお断りしたはずです」
エリカが間髪入れずに拒絶した。
「……なぜだ?」
「なぜもなにも、理由なら使者にお伝えしたはずですが?」
「だが、メディア教の信者であれば、メディア教に尽くすのは当然であろう?」
勝手なことを――と、俺が口にするより早く、エリカがテーブルに手を叩きつけた。
「勝手なことを言わないで! あたしだって、メディア様には色々感謝してるし、出来る限りのことはするつもりだけど、それとこれとは話が別よ。これがたとえメディア様のためだとしても、そのために好きでもない人と結婚したりはしないわ!」
エリカは凜とした姿で自分の意志を貫き通した。
「メディア様のためだとしても、だと? お前は、この件がメディア様の意思ではないと思っているのか?」
「メディア様は、あたしにこの世界で幸せを掴むチャンスを与えてくださった。イタズラ好きなところはあるけど、望まない結婚をさせるような方じゃないわ」
「ちっ。これじゃから転生者は……少しメディア様と話したことがあるからと言って、すぐにメディア様のことを理解しているような口を利きよる」
司教が不満気に舌を鳴らした。
「これはメディア教の、つまりはメディア様のご意志だ。お主は信者らしく、我々の判断に従うべきではないか?」
「――なぁ、あんたの目的は軋轢を生むことなく、ブルーレイクに神殿を置くことだろ?」
雲行きが怪しくなってきたので、俺は二人の会話に割って入る。
「なんじゃ、お主は」
「俺はアベル。シャーロット共にブルーレイクの管理を任されている」
「なんじゃと? そのような情報は入っておらんぞ」
「事実だ。でもって、エリカもシャーロットの友人で、ブルーレイクの開発に携わってる。そんな俺達に喧嘩を売って、本当にブルーレイクに神殿を建てられると思ってるのか?」
「ぐっ。そ、それは……」
司教が顔色を変える。わりと小物っぽい反応だなと思っていると扉が開き、巫女のような姿をした少女が部屋に入ってきた。
「なぜあなたがブルーレイクの使者と会っているのかしら?」
「こ、これはエインデベル様。どうしてここへ?」
「それはわたくしのセリフよ。彼女達が来たら、わたくしが応対すると言ってあったはずよね? なのに、どうしてあなたが勝手に話をしているのかしら?」
「そ、それはその、エインデベル様が対応するほどの案件ではないと思いまして」
「それはわたくしが決めることだわ。それに、あなたは彼女達を怒らせたように見えるのだけど、わたくしの気のせいかしら?」
エインデベルと呼ばれた少女を前に、司教が絶句する。
「下がりなさい。彼らとの話は、わたくしが引き継ぎます」
「……かしこまりました」
物凄く不満そうな顔をしつつも、司教は部屋から退出していった。それを見届けたエインデベルは、俺とエリカに向かって頭を下げた。
「司教が失礼をしたみたいでごめんなさいね。彼はわたくしのような小娘がメディア教のトップにいることが気に入らないようで、なにかと出し抜こうとしてくるのよ」
「ということは、あんたがメディア教のトップ、なのか?」
「ええ。一応は大司教ということになっているわ。そこにいるエリカさんと同じ異世界転生者で、役割的にはメディア様の巫女なんだけどね」
エインデベルが茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「それじゃ、まずは司教が失礼な態度を取ったことを謝罪するわね。それで、あらためてブルーレイクに神殿を建てることについて話し合いたいんだけど……」
エインデベルが場を仕切り直して案件を切り出す。それに対してエリカは、神殿を建てることはかまわないが、婚姻のことは断ると繰り返して念を押した。
「好きな人がいるのなら当然よね。というか、彼に誓いのキスを使っているのね」
「なっ、ど、どうして分かるのよ!?」
エリカが取り乱す――が、俺はエインデベルをジト目で睨みつけた。
「あら、あなた。わたくしのことをそんな目で見て、どうかしたの?」
「いや……このあいだ、メディア様に同じことを言われたんだけど?」
よくよく見れば、エインデベルも赤髪。もしや……と思ったのだけど、エインデベルは「あぁそれは誤解よ」と頭を振った。
「わたくしはメディア様の巫女だから、似たような能力を使うことが出来るのよ」
「……ホントに?」
「ええ、ホントよ」
「……そっか。俺の勘違いだ、すまない」
「気にしなくて良いわ。メディア様、とってもおちゃめだしね」
メディア教の最高位の人にまでこんなことを言われる女神様……とか思ったけど、さすがにそれは口に出さないでおく。
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