聖女と神官騎士 5

 状況を頭で理解するより早く、俺は腰の剣を抜刀した。その剣で飛来した矢の鏃を叩く。軌道を変えた矢は、俺の頬をかすめて背後の壁へと突き刺さった。


「な、なに、なんなの?」

「俺の後ろに隠れろ!」

 悲鳴を上げるルーリエを背後に庇い、矢の飛来した方を探る。

 林の影に、矢をつがえた男が一人。もう一度矢を放とうとするが――

「させるかよっ!」

 警告の声の主――アッシュが飛び掛かり、その男を切り伏せた。はずみで矢が放たれるが、それは見当違いの場所へと突き刺さった。


「大丈夫か、アベル!」

「あぁ……大丈夫だ」

 周囲の気配を探るが、もう他に敵は潜んでいないようだ。


「あいつ、見回りに出てたみたいでさっき戻ってきたんだ。間に合ってよかった」

「助かったよ。借りが出来たな」

 駆け寄ってきたアッシュに拳を突き出す。

 その意味に気付いたアッシュが、拳を打ち合わせてきた。


「それで、その人が捕まってた女性か?」

「ああ、ルーリエっていうらしい。……ルーリエ、盗賊達が全部で何人だったか知ってるか?」

「ええっと……全部で十人だったと思います」

「襲撃してきたのが四人だから……これで全員だな」

 でもって、あの盗賊は全部で九人と言い、一人誤魔化してやがった。エリカの拷問を受けてなお違う数字をいうとか、根性ありすぎである。

 エリカとシャルロットのあいだで板挟みになってる男としてはその根性に感心するけど、お陰でヤバイ目に遭ったから後でエリカにチクっておこう。


 という訳で、馬車と共に待つみんなの元に戻った俺は、

「エリカ、その男の情報が間違ってた、洋館にいた敵は六、全部で十人だった」

 さっそくエリカにチクっておいた。

 それを聞いたエリカは目を丸くして、俺に誤情報を掴ませてごめんなさいと謝罪し、ゲスだけど根性だけはあった盗賊へと冷たい視線を向けた。


「あなた、あたしに嘘をついたの? あたしに、恥をかかせたの?」

「え、いや、その……ま、待ってくぎゃあああああああああああああっ!?」

 哀れな盗賊は、エリカのお仕置きにその身を震わせた。

 まあ……自業自得である。



 その後、俺達は捕虜の盗賊達を引き連れ、街へと向かった。捕虜達を歩かせたせいで時間は掛かったが、一日遅れた以外はとくに何事もなく街へと到着した。


「お前達、そのゾロゾロと引き連れている連中はなんだ?」

 捕虜を見た街の門番が俺に問いかけてきた。


「こいつらは街道にいた盗賊達だ」

「盗賊? もしかして、最近街道を騒がしていた連中か?」

「その連中かは知らないが、林の中の洋館にアジトがあったから潰しておいた。詳しい位置はこいつらから聞き出して、誰かに確認させてくれ」

「そうか。なら――」

 いくつかの聞き取り調査の後、アジトの確認が出来たら報奨金がギルドを通じて支払われることになった。

 ちなみに、ギルドに手数料を支払う代わりに、調査が終わるまで待たなくても良いというシステムだ。支払先は俺とエリカ、それにアッシュとリリアの四人で分ける。


 予定外の行動を取ったから、俺のポケットマネーで馬車の御者にも特別報酬を出しておく。

 なお、あくまで盗賊の一件に付き合わせたことに対する報酬である。だから、シャルロットへの報告に変なことを言わないための口止め料ではない。

 手渡すときに、変なことは報告しないようにお願いしたがそれはただのついでだ。


 それはともかく、これで盗賊の問題は残すところあと一つ。盗賊の捕虜となった生き残り、ルーリエをどうするかである。

 それを話し合うため、俺は街の広場でルーリエと向き合った。

「さて、ルーリエは行く当てがないんだよな?」

「えっと……はい。家には帰れませんし、行くあてもありません。アベルさんは、その……とても強い冒険者みたいですが、使用人とかは募集してませんか?」

「いや、申し訳ないけど、そういうのは募集してない」

「そう、ですか……」


 不安そうな顔で下を向く。その姿は妖艶で、怯える様子は守ってあげたくもなる。

 だが、元奴隷で、盗賊に囲われていた妖艶なお姉さん。そんな彼女を使用人になんてしたら、エリカやシャルロットに絶対殺される、俺が。

 だから、きっぱりと断ったんだけど――


「アベル?」

 エリカからジト目で睨まれてしまった。

 わずかな迷いも見せずに断ったのに、なんで目が逆三角形になってるんですかね!?


「エリカ、俺にやましい気持ちはないぞ?」

「困ってる人を突き放して、その言い草はないでしょ。少しくらい考えてあげなさいよ」

「……ごもっともで」

 まさかの正論だった。

 でも、その方がエリカらしいな。俺もエリカの嫉妬とか心配しないで、どうすればルーリエを助けられるかを考えよう。


「そうだな……使用人はいらないけど、働き口なら紹介できるかも」

「働き口って、どんなのですか?」

 奴隷が働かされるような仕事を想像したのだろう。ルーリエの表情には、期待より不安の方が色濃く浮かび上がった。


「足湯カフェや宿の従業員とか、後は……冒険者ギルドの受付とかだな」

 魅惑的な容姿だから、接客業が向いていると思ってそれらを提示する。

 なお、本来なら男性不信になっている可能性も心配するべきなんだけど、この数日見た限りでは、ルーリエにそういった兆候は見られない。


「え、本当? 本当に、そんなところで働かせてもらえるんですか?」

 案の定、ルーリエは接客業という選択肢に目を輝かせた。

「ああ。ルーリエなら向いてそうだしな。やる気があるのなら推薦してやる」

「じゃあお願いしますっ!」

 速攻だった。

 このままじゃ奴隷に逆戻りか、野垂れ死ぬかの二択だったわけだし無理もない。

 ともかく、ルーリエなら真面目に働いてくれるだろう。


 ということで、俺はユーティリア伯爵家の馬車を管理する御者にお金を渡し、俺達が戻るまでルーリエの面倒を見るように頼んだ。

 そうして、御者とルーリエを見送ったのだが……


「ねぇ、アベル。いくらでも仕事があるのに、どうしてさっきのチョイスだったの?」

「……ひ、人当たりが良さそうだったから」

「ふぅん? 外見とかじゃなくて? ルーリエって、胸が大きかったわよね? アベルって、胸の大きな女の子が好きなのかしら?」

 俺はだらだらと冷や汗を流した。


「お、俺が接客業を選んだのは、単にルーリエに向いてると思ったからだぞ?」

「ふん。まぁ……今回はそういうことにしておいてあげるわ」

 つんとそっぽを向く。困ってる人を見捨てるなと怒ったくせに、面倒を見たら嫉妬するとか……可愛いじゃないか。

 なんて思った俺は、だいぶ毒されてるかもしれない。



「それじゃ、これで解散、かな」

 続いて、アッシュとリリアが俺達を見る。


「食料を分けてくれて、しかもここまで馬車に乗せてくれ助かった」

「こっちこそ、アジトでは助かった」

 ここ数日ですっかり仲良くなった俺達は、拳を打ち合わせた。


「アッシュは、これから試験を受けるんだったか?」

「ああ。それに合格して、リリアの親父さんに結婚を認めてもらうんだ」

「そっか……頑張れよ、俺も応援してるからな」

「もちろんだ。絶対に合格して、リリアを幸せにしてみせるぜ!」

 アッシュが力強く答え、隣にいるリリアがはにかむ。

 誰かを一途に想う。

 いまの俺には出来ないことだから、アッシュの姿がまぶしく思える。ぜひ試験に合格して、リリアと二人で幸せになって欲しいものだ。

 そんなことを考えながら、俺は二人の姿を見送った。

 

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