聖女と神官騎士 4

 哀れな盗賊に拷問――尋問した結果、近くに盗賊のアジトがあると分かった。

 規模はそれほど多くなく、残りは五名。

 だが、他に捕虜となっている女性がいるらしい。その理由を察したエリカの逆鱗に触れたようで、盗賊のアジトを壊滅することになった。

 俺としても盗賊を放置するつもりはなかったので異論はない。


 ちなみに、エリカの逆鱗に触れた盗賊は、最終的には下位の治癒魔術を受けていた。下位の治癒は再生速度を上げるだけで、自然治癒で治らない部分はそのままなんだよな。

 ……一体なにをしたのやら。


「それじゃ、俺がアジトを襲撃してくるから、みんなはここで待っててくれるか?」

 俺はそう提案する。アッシュとリリアは、盗賊退治に連れて行くには危なっかしい。かといって、エリカを連れて行くと馬車の方が心配だ。

 という訳で、憤るエリカを説得。

 俺は一人でアジトに向かうつもりだったんだけど――


「なら、俺も手伝わせてくれ!」

 アッシュが名乗りを上げた。


「本気で言ってるのか? アジトに襲撃を掛けるなんてかなり危険だぞ?」

「それはあんただって同じだろ?」

「たしかにそうだけど……」

 実力的に考えて、俺よりアッシュの方が危険なんだけど……さすがに実力不足だと面と向かって言うのは憚られる。

 まあ……本人が行くって言ってるなら良いか。多少ならフォロー出来るしな。



 俺とアッシュの二人でアジトがあるという林を進むと、遠くに朽ちた洋館が見えてきた。

「あれが盗賊のアジトだな」

 俺は木陰に身を隠しながら呟く。一瞬遅れでアッシュも木陰に身を隠した。


「アベルさん」

「堅苦しいな。アベルって呼び捨てで良いぞ」

「ならアベル。あの盗賊が吐いた情報は正しいと思うか?」

「……一つ二つは嘘があるかもな。アッシュはどう思う?」

「俺は全部本当だと思う」

「その根拠は?」

「エリカさんのごう……尋問がヤバかった」

 あぁ、そういやこいつらは後ろを向くように言われてなかったんだよな。


「エリカはなにをやったんだ?」

「それは……いえ、その、言ったら俺も潰されそうなんで」

 アッシュが拷問を思い出したのかブルリと震えた。


「ええっと、ああ見えて、可愛いところもあるんだぞ?」

「……ホントか?」

「むちゃくちゃ罵ってきたりするんだけど、実は素直になれないだけなんだ」

「………………可愛いのか?」

「可愛いぞ?」

「そうか……」

 呆れられた気がするが……まあ、エリカの魅力は俺が知ってる。他のやつにまで無理して知ってもらいたいとは思わないのでどうでも良い。

 俺達は軽口を叩きながら移動し、遠くに見える屋敷を伺った。


「入り口に見張りが二人、か」

 そのほかは見える範囲にはいない。残りは中と考えて良いだろう。

 さっきの連中と同程度の盗賊が五名程度なら、正面から戦っても勝てるけど、囚われているという女性を人質に取られたら厄介だな。


「アベルなら、あの二人をコッソリ始末できるか?」

「そうだな……俺が回り込むから、一瞬だけ注意を逸らしてもらっても良いか?」

 俺の問いかけに、アッシュが頷く。

 それを確認した俺は、木陰を利用しながら洋館の側面へと移動。配置についてから、アッシュへと合図を送った。

 直後、アッシュが正面の方で物音を立てる。


「おい、茂みからなにか聞こえなかったか?」

「獣じゃねぇか? 一応見て来いよ」

「はあ? お前が行けよ」

「ちっ、仕方ねぇな」

 二人のうち、舌打ちをした方の見張りが正面の茂みへと向かう。

 そしてもう一人の意識も茂みの方へと向いた瞬間、俺は側面から忍び寄り、扉の前にいた見張りを羽交い締めにした。

 驚いた見張りが声を上げようとするが、即座に首を絞めてその意識を奪う。


「おい、どうした――っ」

 物音に気付いたもう一人が振り返った瞬間、俺は短剣を投げた。その鋭い一撃が見張りに吸い込まれ、その場に倒れ伏す。

 いまの声で中の連中に気付かれたかもと気配を探るが――とくに声は聞こえてこない。どうやら上手くいったようだと、俺は息を吐いた。


「一瞬で二人とも、かよ。すげぇな」

「お前が注意を引きつけてくれたお陰だよ」

 駆け寄ってきたアッシュと拳を打ち合わせる。


「残りは三人だな。二人で洋館に攻め込むか?」

「いや、外に出てる奴がいたら、挟み撃ちに遭う。それは避けたいからな。お前はこの二人を茂みに運び込んで、洋館に戻ってくる奴がいないか見張っててくれ」

「だが……」

「狭い建物の中だと、援護が出来ないかもしれない。危険なのは……分かるだろ?」

 遠回しに実力不足だと伝える。

 アッシュはさっきの一連を見ていたこともあり、今度はちゃんと引き下がってくれた。



「さて……残りは三人と、捕まってる女性、か」

 俺は扉を開けて洋館の中へと足を踏み入れて周囲の様子を伺うが、フロアには誰もいない。

 俺は敵の気配を探りながら、慎重に廊下を進んだ。そんなとき、廊下に並ぶ扉の一つがガチャリと開いた。俺はとっさに側にあった扉を開けて部屋の中へと身を隠す。

 部屋の中に敵がいたらと周囲を見回すが、幸いにしてここは無人だった。


「ふぅ、ちょっと焦った」

 小さな幸運に感謝しながら、扉の隙間から廊下を覗く。さっきの部屋から出てきた男が、廊下の突き当たりにある部屋へと入っていった。


「いや、もう嫌! こっちに来ないでよ!」

 扉を通して、切羽詰まった悲鳴が聞こえてくる。

 たったいま男が入っていった部屋に、捕まった女性がいるらしい。

 俺は慎重に廊下へ出て、廊下の奥へと進む。途中、さっきの男が出てきた部屋の中を覗き込むが、中には誰もいない。

 俺は廊下の奥へと進み、意を決して部屋の中へと飛び込んだ。


「何者だっ!?」

 ベッドの上。女性ににじり寄っていた男が振り返って声を上げた――瞬間、俺は抜き放った剣で男を斬り捨てた。

 男は声を上げる暇もなく事切れるが――

「きゃああっ、あ、あなた誰!?」

 目の前で男が斬り倒されるをの見た女性が悲鳴を上げた。


「しーっ、しーっ! 静かにしてくれ。俺は敵じゃな。キミを助けに来た」

「私を……?」

 女性は怯えた様子で、自分の身体を抱きしめている。服はボロボロではだけているし、酷い目に遭わされたように見える。当然、俺に対しても警戒の色を消してくれない。

 ……まいったな。エリカかリリアを連れてくるべきだったかもしれない。


「おい、どうかしたのか? ――お前は何者だ!?」

 声を聞きつけたのか、二人の男が部屋に入ってきた。俺の姿を見るなり剣を抜刀するが、遅い。俺は即座に距離を詰め、二人纏めて斬り伏せた。

 これで五人とも倒した。ひとまずの安全を確保できたはずだ。


「もう一度いうぞ。俺は盗賊を退治して、キミを助けるために来た。少し離れた場所に女性の仲間もいるから、そこまで大人しくついてきてくれないか?」

「……ホントに、私を助けに来たの? 私に酷いこと、しない?」

「そんなことをしたら、エリカにぶち殺される」

 あえて軽口を叩いてみせる。

 それが功を奏したのか、女性は少しだけ表情を和らげた。


「俺はアベル。キミは?」

「私はルーリエ。乗合馬車が襲われて、それからずっとここに監禁されたの」

「……乗合馬車? 他にも捕まってる人がいるのか?」

 俺の問いかけに、ルーリエと名乗った女性は泣きそうな顔で首を横に振った。おそらくは既に殺されたか売られたということだろう


「辛いことを聞いて悪かった。……これを羽織るといい」

 俺はアイテムボックスから大きめのローブを出してルーリエに投げてよこす。そしてルーリエがそれを羽織るのを待って、洋館から脱出するべく廊下を引き返す。


「ねぇ、私はこれからどうなるの?」

「それはキミの自由だ。望めば家に帰れるよ」

 安心させようと口にした言葉だったんだけど、ルーリエは表情を曇らせた。


「私に帰る家なんてないわ」

「……どうして?」

 問いかけると、ルーリエはローブの胸元を引き開いた。急になにをと驚くけれど、そこに紋章が刻まれているのを見つけて、今度は別の意味で驚いた。


「それ、奴隷の証、か?」

「ええ。私、奴隷だったの。馬車に乗ってたのは、私を買った人に連れられていたからよ」

「そう、だったのか……」

 つまりは主人となるべく人を失った。そして、売られたのなら帰る場所だってない。町に戻っても、また奴隷商に身請けするだけ、か。

 なにか出来ることはあるかな? と、考えながら扉を開けて、洋館の外へ出る。

 刹那――

「避けろ、アベルっ!」

 林の中から響く警告の声。それとほぼ同時に矢が飛来した。

 

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