聖女と神官騎士 3

「盗賊? 俺達みたいに、食料がなくて困ってる冒険者じゃないか?」

「私達みたいなのがぽんぽんいるはずないでしょ」

 アッシュの呟きにリリアがツッコミを入れる。そのツッコミ方はどうかと思うけど、ぽんぽんいるはずがないっていうのはその通りだ。

 アッシュ達のときとは違い、周囲にはいかにも人が隠れられそうな場所が多い。待ち伏せを仕掛けるには絶好のポイントだ。

 もし座り込んでいる男がおとりなら、近付いたら包囲されるだろう。


「エリカはみんなを頼む」

 必要最低限の指示を出して、俺は素早く御者台に移動した。


「さっきより手前で止めてくれ。敵がいたら俺が対応するから、あんたは馬車が暴走しないように頼む」

「それはもちろんですが……」

 御者のおっちゃんがなにか言いたげに俺を見る。


「……なんだ?」

「さっきの二人も、今回の一件に関わってるってことはないですかね?」

「ふむ……最初に敵じゃなかったと思わせておいて、襲撃時に内側から奇襲を掛ける、か」

「ええ、有効な手段でしょ? タイミングも妙だし」

「たしかに妙なタイミングだが……大丈夫だ」

「しかし、旦那……」

「警戒はしておくから心配するな。――止めろ」

 不意打ちを食らわないように馬車を手前で止めさせ、俺は地面へと飛び降りる。そして、いまだにうずくまっている男のもとへと歩み寄った。


「おい、あんた。……おい、大丈夫か?」

 呼びかけるとが、男から返事はなく、その場から動こうともしない。いかにも怪しいが、もし本当に病気や怪我なら放っておけない。

 俺は男を振り向かせようと、肩に手を掛けた――瞬間、男はバタリと地面に倒れ伏した。そして、男の胸には剣で切り裂かれた痕があった。


「……死んでる?」

「ひゃっはー、引っかかったなっ!」

 刹那、左右の草むらから、合計三人の盗賊っぽい男達が飛び出してきた。不意打ちのタイミングとしては完璧だが――


「そんな派手に登場してどうする?」

 腰から抜き放った剣で声の主を斬り倒し、続けて襲いかかってきた男の一撃をバックステップで回避――すると同時、自らの脇をかすめて背後へと剣を突き出す。

 俺の背後、喉元に剣を突きつけられた男が息を呑んだ。


「二人とも動くなっ。でなければ……殺す」

「や、やれるものならやってみろ!」

 正面の男が剣を振りかぶって突っ込んでくる。

 それと同時、背後の男も剣を振り上げるのを気配で察知した。


「警告はしたぞ」

 俺は振り向きざまに背後の男を切り捨て、そのまま一回転。前方から迫っていた男の脇腹を剣の腹で叩きのめした。


「がはっ。こほっ。くぅ……」

 地面の上でのたうち回る。男を足で押さえ込み、その喉元に剣を突きつけた。


「言え、目的はなんだ?」

「も、目的? そんなの、金に決まってるだろ?」

「……本当か?」

「ほ、他になにがあるってんだよ。も、もちろん、金をもらった後は生かして帰すつもりだったぜ? い、命までは取らねぇよ」

 嘘くさい。おとりに使われた冒険者の遺体はおそらく被害者のモノだ。だとすれば、捕虜にした者達を無事に逃がすとは考えにくい。

 だが、この様子だと質問の意図は分かってないようだ。聖女であるエリカを狙った可能性もあるかと思ったんだけど……考えすぎだったようだ。


「こ、こっちにも来るぞ!」

 アッシュの叫びを聞いて我に返る。

 視線を向けると、迂回したらしき盗賊が馬車へと駆け寄っている。

 狙われているのはリリアのようだ。


「リリア、こっちだっ!」

 アッシュがリリアを背後へと庇う。

 それを見た盗賊は目標を変更し、エリカへと襲いかかり――


「――ぎゃああああああっ!?」

 癒しの杖で脛をぶん殴られて地面の上をのたうち回った。

 凄く……痛そうだ。



「それで、お前達は何者だ?」

 俺は剣を突きつけ、生け捕りにした盗賊の尋問を始める。


「お、俺はなにもしゃべらないぞ!」

「へぇ? なら、お前を殺して、他の奴に聞いても良いんだ?」

「な、なんだと?」

「口が利ける奴は他にもいる。どうせ捕まった盗賊の末路は決まってるんだ。しゃべる気がないなら、お前を生かしておく理由はないだろ?」

 捕まった盗賊の末路は、運が悪ければそのまま処刑。運がよくても奴隷として死ぬまで強制労働である。……いや、どっちが運が良いかは微妙だが。

 ひとまず、生け捕りのまま突き出せば報奨金に少し色がつくかもしれないが、道中で逃げられる危険を冒すほどのことじゃない。

 従う気がないのなら殺す――と脅しを掛ける。


「ちくしょう……こんな血も涙もない奴を襲っちまうとはついてねぇ」

「それはつまり、俺達を狙ったのは偶然だってことか?」

「あ? なに当たり前のことを聞いてるんだ?」

「ふむ……」

 やはりエリカが狙いというわけではなさそうだ。


「なら、目的は金目の物だけか?」

「それは……」

「それはなんだ? 正直に答えろ!」

 凄んでみせると、盗賊は男は奴隷商に売り払い、女は慰み者にすると口を割った。

 エリカが狙いではなかったみたいだけど、盗賊としても最低の部類に入るゲスな集団だ。周囲の平和のためにも、全滅させておくべきだろう。


「言え、アジトはどこにある?」

「アジト? そんなモノはねぇよ」

 盗賊は即答して見せたが、視線が少し泳ぐのを俺は見逃さなかった。


「隠しても無駄だ。どこかに拠点がなければ活動できないだろ? そこに仲間がいるのか?」

「アジトなんてないって言ってるだろ!」

「話す気がないのなら殺すと言ったはずだ」

「仲間を売ったら俺は殺される! それに、このまま突き出されたって殺されるんだ。だから、話すことはない。教えて欲しけりゃ、俺を逃がせ!」

 盗賊は開き直ってしまった。

 拷問に掛ければしゃべりそうではあるが……他に方法はないかな? そんな風に考えていると、ツンツンと袖を引かれた。


「……エリカ? どうかしたのか?」

「尋問、あたしと変わってくれる?」

「え、別にかまわないけど……」

 なんだか知らないけど、やりたいことがあるならどうぞと場所を譲る。


「あ、アベル。あたしが拷……尋問してるあいだ、こっちを見ないでくれる?」

「見るな、とは?」

「あたしの尋問方法は秘密なの。だから、アベルにも見られたくないの。だから、後ろを向いててくれるかしら?」

「……なるほど。そういうことなら、分かった」

 エリカにも秘密の一つや二つはあるんだろうと、俺は背中を向けることにした。アッシュとリリアが背中を向けていないことが気になるが……まあ、従おう。


「へっ、なんだ。今度はねぇちゃんが色仕掛けで尋問か? その立派な胸を触らせてくれるのなら、色々教えてやっても――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

 な、なんか、ものっすごい悲鳴が聞こえてきたんだが。


「なぁ、エリカ」

「……なに?」

「いや、いまの悲鳴は?」

「下品な発言に、ちょっとお仕置きしただけよ。いまから尋問を始めるから待ってて」

「……分かった」

 なんか、盗賊のうめき声が聞こえてくるが……まあ、お仕置きなら、そうひどいことはされてないだろう。たぶん。


「さあ、アジトと仲間について話なさい」

「こ、この、アマぁ……よくもやりやがったな。覚えて、やがれ……っ。ぜってぇ、その整った顔を、涙やらでぐしゃぐしゃにしてやるっ」

「あら、なかなか強情ね。しゃべる気はないの?」

「誰が、しゃべるかよ! 俺に話させたかったら、最初は脅しにしておくべきだったな!」

 盗賊が元気にさえずっている。


「はあ? これで終わりなはずないでしょ? あなたが答えないのなら、今度は治癒魔術を使ってあげるわ」

「「「――なっ!?」」」

 治癒魔術は文字通り癒やしの魔術だ。傷付けることは出来ないはずなのに、なぜか背後から聞こえる盗賊達の声が震えている。

 というか、捕まえた奴らは怪我をしてなかったはずだけど……なにを治すんだろうな?


「さて、まずは治療ね」

 治癒魔術の詠唱が聞こえてくる。背後ではいま、盗賊の傷が癒やされているはずだが……聞こえてくるのは恐怖に震える声。


「さぁ、もう一度聞くけど、あたしの質問に答える気になったかしら?」

「な、なんでも聞いてくれ!」

 エリカの尋問を前に、盗賊はついに屈した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る