聖女と神官騎士 2

「おぉい、止まってくれ~」

 俺達に気付いた冒険者風の男女が手を振っている。

 だが、冒険者が同行していれば旅の危険が減るので、街道を渡る馬車は喜んで冒険者を乗せてくれる。冒険者が単独で街道を歩いているというのは少しだけ珍しい。


「お客さん、どうしやす? この辺りで盗賊を見かけたって噂はありやすが……」

「おとりでは……なさそうだな」

 足止めからの襲撃を警戒するが、周囲に伏兵を置くような場所はない。


「よし、少し手前で止まってくれ」

「へい、かしこまりやした」

 仮に不意を突かれても対応できる距離で馬車を止めてもらう。


「アベル、どうかしたの?」

「冒険者風の男女が道端にいる。問題ないと思うけど、一応備えておいてくれ」

「分かった。気を付けなさいよ?」

「もちろん。……心配してありがとな」

 客席に向かって感謝を告げると、ふんと鼻を鳴らす音が聞こえてきた。どうやら、まだ微妙にツンデレが残っているらしい。

 それはともかく――と、俺は冒険者達に視線を向ける。俺達の馬車が手前で止まったことで、彼らはこちらに歩み寄ってくるところだった。


「二人とも、そこで止まってくれ」

「は? なにを言ってるんだよ?」

「ダメよ、アッシュ」

 茶髪の青年がなおも近付いてこようとするが、隣にいた女性がその腕を掴んで引き留めた。


「私達は怪しい者じゃありません」

「おい、リリア。いきなり怪しい者じゃないなんて自分から言ったら、逆に怪しくないか?」

 女性――リリアと言うらしいの発言に、アッシュと呼ばれた青年がツッコミを入れる。


「いきなりじゃないよ。私達が二人でここにいることで、既に怪しまれてるのよ」

「はあ? でもしょうがないじゃないか。あのときは、町を急いで出るしかなかっただろ?」

「そんなの、この人達には分からないでしょ」

「それは、たしかに……」

 なにやらヒソヒソ……というか全部聞こえているのだが、二人で話し合っている。

 その姿は見ていて微笑ましいものがある……が、いつまでもそのやりとりを見守っているわけにもいかない。俺は二人の会話に割って入ることにした。


「二人とも、少し聞いても良いか?」

「え、あ、はい。ごめんなさい。なんなりと聞いてください」

 一歩前に出てくる。どうやら、交渉役はリリアのようだ。

 冒険者風の恰好をしているが、よく見ると華奢な体つきだ。魔法使い系の冒険者か、もしくは自衛のために冒険者の恰好をしているだけの一般人かもしれない。

 それはともかく――


「話を戻すが、俺達になにか用か?」

「実はちょっと訳ありで、食料が心許ないんです。もし余裕があればで良いんですけど、分けていただけないでしょうか? ……あ、もちろん対価はお渡ししますよ」

「ふむ……」

 なにやら訳ありっぽいけど、悪人ではなさそうだ。


「食料には余裕があるから、欲しいだけ譲ってやるよ」

 というか、俺のアイテムボックスは時間を止めることが出来るので、旅先でゲットした肉などなど、食料はわりとどっさりとある。

「ホントですか?」

「ああ、もちろん」

「――二人とも、これからどっちへ行くつもりなの?」

 俺がアイテムボックスにしまってある食料を漁っていると、客席からエリカが姿を現した。


「おいおい、勝手に出てきて、危険だったらどうするんだ?」

 俺は小声でエリカを批難する。

「大丈夫、この人達は悪人じゃないわよ」

「……まぁ、そうっぽいな」

 同意見なので、絵里香の好きなようにさせることにした。


「えっと……あなたは?」

「私はエリカ。どこにでもいるヒーラーよ」

 ――と、冒険者の中でもトップクラスの聖女様がのたまった。


「……嘘ばっかり」

「黙ってて」

「……はい」

 という訳で俺が黙ると、エリカとリリアがあれこれ交渉。なにやら、馬車で一緒に大神殿のある町を目指すことになった。

 まあ、夜の見張りをしてくれる人が増えるのはありがたいから良いんだけどさ。



 そんなこんなで、俺達は自己紹介をすませ、馬車の客席で顔をつきあわせていた。

「あらためて、食料を別けてくださるばかりか、馬車に同乗させてくださってありがとうございます。食料を探すにも、辺り一面草原で……本当に助かりました」

「ホントに助かったよ、ありがとな」

 リリアに続いて、アッシュが感謝の言葉を述べる。


「旅は道連れって言うし気にしなくていいけど……なんでこんな街道で食糧不足に陥ってるんだ? どこから来たのか知らないけど、同行させてくれる馬車ならいくらでもあっただろ?」

「それは……」

 アッシュが言い淀み、リリアの方へと視線を向けた。

 そしてリリアがこくりと頷くのを受けて、アッシュは再び俺に視線を戻した。


「実は俺達、試験を受けている途中なんだ」

「……試験?」

 なんか、ちょっぴりデジャブな響きである。


「俺達は恋人同士なんだけど、リリアの父親が関係を認めてくれなかったんだ。それで、ある試験を課せられて、それに合格できたら認めてやるって言われたんだ」

「へ、へぇ……」

 ちょっぴりどころか、物凄くデジャブだった。

 あえて違いがあるとすれば、彼は全力で合格を目指していて、俺は全力で不合格になろうとしていたことくらいだろう。


「恋人との関係を認めてもらうために、父親に出された試験を受けるなんて素敵ね」

 エリカがぽつりと言い放った。

 俺がシャルロットの父に課せられた試験を受けたことは知らないはずだけど……


「恋人が自分のために、精一杯合格を目指すなんて最高のシチュエーションよね」

「そ、そうだな」

 ……し、知らないはずだよな?


「あら、アベル。額に汗が浮かんでるけど、どうかしたの?」

「いや、どうもしない……」

 無心。無心で受け流そう。

 俺がシャルロットのために試験を受けたことはもちろん、俺が不合格になるために全力で頑張ったことなんて、絶対に俺しか知らないはずだ。

 というか、知られてたら今頃生きてない。


 大丈夫、大丈夫なはず、大丈夫だよな?

 なんて感じで心配してると、エリカが二人の馴れ初めを聞き始めた。どうやら、俺の取り越し苦労だったようだ。

 最近、ちょっと神経質になりすぎなのかもしれない。


「それで、私が町で迷子になっていたところを彼が助けてくれたんです」

「町で迷子? もしかして……あなたは異世界転生者?」

 自分の時と状況が似ていたからだろう。エリカがそんな風に予想する。


「いえ、単に私が普段立ち寄らない場所で迷子になっただけです。で、そのときはそれで終わったんですけど、後日、うちのお店で偶然再会したんですよ」

「うちのお店?」

「えっと……私のお父さんが、商会を経営しているんです」

「へぇ、そのお店に彼が来たのね。それはとても運命的な再会ね」

 ということらしい。

 リリアは嬉しそうに語っているが、横にいるアッシュが少し照れくさそうにしているのが印象的だ。彼とは、いい酒が飲めるかもしれない。


「旦那、今度こそ盗賊かもしれませんぜ」

 世間話に花を咲かせながら馬車に揺られていると、御者のおっちゃんが声を掛けてきた。覗き窓から前方を見ると、道端で冒険者風の男が座り込んでいる。

 周囲に身を隠せる恰好の場所で凄く怪しい。

 どうやら、今度こそ盗賊のお出ましのようだ。

 

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