聖女と神官騎士 1

 エリカとメディア教の大神殿へ向かうことになった。

 ティアやマリーはあれから順調に成長している。二人でも問題なく一層の敵を倒せるようになっているので、しばらくは一層で経験を積ませる予定だ。

 なので、問題はシャルロットだ。


 いや、別にシャルロットと一緒に行動するのが嫌なわけじゃない。シャルロットと一緒にいるのは楽しいと思っている。

 ただし、エリカとシャルロット、二人同時はダメだ。あの二人が一緒にいると、いつ秘密がバレるかと俺の精神的負担が大きすぎる。

 もし、三人で旅なんてすることになったら……考えただけで泣きそう。


 という訳で、俺はついてくるとか言わないでくれよと願いながら、シャルロットにエリカと一緒にメディア教の大神殿まで行ってくるという話を伝えた。


「エリカと大神殿に行くの? 往復で一、二週間は掛かるわよ?」

「この町に神殿を建てたいから、色々相談したいんだって」

「あぁ……そういうこと。エリカの奴ぅ……上手く出し抜いたわね」

 なにやら、シャルロットが不満気な顔をする。


「もしかして、神殿を建てるのは不味かったか? シャルロットがダメだって言うなら、神殿の件は断る方向で考えるけど」

「うぅん、そっちは問題ないわ」

「えっと……ホントに?」

 ちっとも問題がないような態度に見えないと問い返す。


「ホントのホントよ」

「じゃあ……ブルーレイクにメディア教の神殿を建てる方で話し合ってきても良いか?」

「もちろんだよ。ここでだだをこねて、アベルくんの好感度を下げるようなマネなんてしないよ。エリカの策略になんて、絶対の絶対に、はまらないんだから」

「……なんのことか分からないんだが?」

「こっちの話だから気にしないで」

 シャルロットは咳払いを一つ。俺のことを上目遣いで見つめてきた。


「アベルくんと会えなくなるの、寂しいよ。だから……早く帰ってきて、ね?」

「お、おぅ……」

 いきなりのいじらしいセリフに、俺は思わず生唾を呑み込んだ。


「じゃ、じゃあ、出来るだけ早く帰ってくるな」

「うん。私も、そのあいだに色々と所用をこなしておくわ。やられっぱなしは悔しいしね」

「所用……?」

 なにそれという意味を込めて聞き返したのだけど、シャルロットは答えなかった。


 少し気になるけど……まあ、シャルロットなら心配ない。大抵のことは自分で解決するし、もし無理なら相談してくれるだろう。

 とにかく、まずは神殿の件を片付けに行ってこよう。ということで、シャルロットやティアに町のことを任せ、俺とエリカは貸し切りの馬車に乗って町を後にした。



 土を踏み固めた街道を、馬車でガタゴトと揺られながら進む。

 メディア教の大神殿は他領にあるので、街道沿いに広がる森はしばらく見納めだ。俺は馬車の窓から、ぼんやりとその景色を眺めていた。


「アベルと二人で旅をすると、パーティーを組み始めた頃のことを思い出すわね」

 エリカが昔を懐かしむようにぽつりと呟く。

 異世界から転生してきたのは良いが、右も左もまったく分かっていなかった。

 実戦経験は愚か、なんの訓練もしていないかよわい女の子が、聖女の称号を持っているという理由だけで、なんでも出来ると信じて疑ってなかった。


「あの頃のエリカは酷かったからなぁ。初めて会ったときも、冒険者ギルドで……」

「そ、そのことは思い出さなくて良いのよっ」

「思い出すもなにも、あんなことがあったのに忘れるはずないだろ」

「良いから忘れなさいっ」

「はいはい」

 バッドステータスではなく、ナチュラルにツンツンしてるエリカを見て肩をすくめる。


 最近気付いたのだけど、エリカのバッドステータスは、異性として意識させるような発言をしない限り発動しない。

 だから、いまみたいにからかうような会話では、エリカはツンデレ化しないのだ。

 まあ……エリカがそれで俺を異性として意識するような性癖に目覚めたらその限りじゃないのかもだけど、いまのところその兆候は見られない。

 見られない……よな?


「なによ。そんなにジロジロ見ないでよ。は、恥ずかしいじゃないっ!」

 おっと、ジッと見るのはダメだったぽい。

 ツンデレが暴走しないようにと、俺は慌てて窓の外に視線を向ける。


「ちょっと、どうして目をそらすのよ?」

 隣に座っていたエリカが、俺の腕をぐいっと引っ張る。

 その結果、強制的に振り向かされた俺の顔と、身を乗り出していたエリカの顔が触れそうな距離にまで接近する。

 そして――ガタンと馬車が揺れ、バランスを崩したエリカが俺の胸に倒れ込んできた。


「大丈夫か――っ?」

 慌てて受け止め、その状況に気付く。

 エリカは俺の腕の中にいる。温もりが腕を通じて伝わり、息遣いが聞こえてくるし、更にはお腹の辺りに柔らかな膨らみが押しつけられている。


「ア、アベル……」

 エリカが顔を上げ、俺の瞳を覗き込んできた。

 俺はゴクリと生唾を呑み込み、エリカを抱き留めている腕を引き寄せ――


「な、なにするのよこの変態っ!」

「いってええええっ」

 回避不可能なゼロ距離からの平手を喰らって悲鳴を上げた。


「エ、エリカが倒れ込んできたんだろ?」

「う、うるさいわね。大体、なんでアベルがあたしと同じ馬車に乗ってるのよ! そこは遠慮して外を歩くべきでしょ!?」

「そんなご無体な」

「ご無体でもなんでも、とにかく外に出なさいよ、この変態っ! またひっぱたくわよ!?」

「ぐぬぬ……」

 もう少しスペースがあったら、エリカが落ち着くまで離れて大人しくしてるんだけど、馬車の小さな空間だと、エリカが落ち着きそうにない。

 俺は仕方なく客席から出て、御者台へと移動した。


「すまんが、ほとぼりが冷めるまで隣に座らせてもらっても良いか?」

「へい。それはかまいやせんが……旦那、わっちの馬車で犯罪はごめんですよ?」

「……誤解だ」

 どうやら、エリカの声が思いっきり聞こえてたらしい。

 そりゃ、いきなり変態とか、外に出なさいよとか叫んでるのが聞こえてきたら……誤解しても仕方ないよな。

 俺、なにも悪いことしてないのに……

 あぁ……ちくしょう。エリカと二人旅をしてれば、しばらくは修羅場とかの心労から抜けられると思ったのに、とんだ計算違いだ。


「それで旦那は一体どんな変態行為をなさったんですか?」

「いや、だから誤解だって。あいつが恥ずかしがって、あんな風に言ってるだけだ」

「嫌も嫌よも好きのうちって奴ですかい? その考え方はあまり感心しませんぜ」

「誤解だぁ……」

 って言うか、客観的に見るとそんな風に見えてるって分かってショックだ。

 いままでは人前でエリカのバッドステータスが発動する機会ってあんまりなかったから、そこまで意識してなかったんだけど、これからは気を付けよう。


 エリカのバッドステータスのことを説明すれば話は早いんだけどな。

 でも、むやみやたらにエリカの事情を人に話すっていうのは良くないし、出来ればこのまま何事もなく流しておきたい。


「でも、ホントに勘弁してくださいよ。シャルロット様に、二人の旅の様子をそれとなく報告するように言われてるんで、今回は目をつぶりやすが……」

「……は?」

 一瞬、なにを言われてるか分からなかった。


「ちょ、ちょっと待った。シャルロットに報告するって、なんで」

「そりゃ、シャルロット様に頼まれたからでさあ」

「た、頼まれたって、なんで?」

「わっちが、ユーティリア伯爵家に仕える御者だから、じゃないですか?」

「……な、なるほど」

 うん。考えてみれば、屋敷で手配してもらったんだから当たり前だよな。

 なのに、全然まったく想像してなかった。

 エリカと二人旅なら、しばらく修羅場の心配はないとか思ったけど……全然まったくそんなことはなかったよ!

 むしろ、エリカが油断してヤバいこと言いそうだよ、ちくしょうっ!


「旦那、怪しい奴かもしれませんぜ」

「いやいや、俺はホントに怪しくないから。無実だから。っていうか、さっきのには事情があるから、ちゃんと説明させてくれ」

「いえ、旦那のことじゃなくて、前方です」

「ん? あぁ……ホントだ」

 見れば、街道の片隅に冒険者風の恰好をした男女が座り込んでいた。

 

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