伯爵令嬢と婚約者 2
「それじゃ、シャルロットはこれから、お見合いを断るために、その貴族の領地へ行くってこと、なのか?」
「私が好きなのはアベルくんだよ? なのに、他になにをしに行くって言うの?」
シャルロットの熱烈なラヴコールに、応接間の空気が微妙になった。シャルロットの兄と夫妻が、露骨に明後日の方を向く。
そして、真っ正面から愛情を向けられた俺は赤くなった。
「……うあ、それは……ちょっと、恥ずかしい、ぞ?」
「さっきのお返しだよ。私だって、恥ずかしかったんだからね?」
「……すまん」
というか、両親の前で熱い想いを聞かされて恥ずかしい想いをさせられたお返しに、両親の前で自分の気持ちをストレートに伝えるって……甘酸っぱいなぁ。
ほら、みんな、ここにいる俺達場違いじゃね? みたいな顔をしてるぞ? と思ったら、クリフがなにやら身振りで伝えてきた。
ええっと……話を変えろ? いや、進めろ、かな?
「ひとまず、事情は分かったけど、断りに行くのは問題ないのか?」
「問題って、どういうこと?」
シャルロットがちょこんと首を傾げる。
「相手が有力貴族だから、手紙では断れないんだろ? 直に会えば断れる者なのかなって」
「あぁ……そのことね。たしかに、会えば解決ってことではないよ。そもそも、誓いのキスの件を話すわけには……」
シャルロットがそう口にして、失敗したといった表情を浮かべた。
それで理解する。シャルロットがお見合いを断るのに手こずっている本当の理由は、俺が態度をハッキリさせないから。
だから、誓いのキスを伏せなくちゃいけなくて、お見合いを断る理由を話せない。
「シャルロット……ごめん」
「もぅ、そんな顔しなくても良いよ。それでもアベルくんが好きなのは私なんだから。それに、私のことを護るって言ってくれたこと、凄く嬉しかったから」
「お、おぅ……」
やっぱりシャルロットは健気で可愛い。
「んっ、んんっ! では、後は若い者達に任せよう」
「そうですわね、あなた。……クリフ、あとの説明は任せましたよ」
ユーティリア夫妻がそそくさと部屋を退出していった。そして、クリフがそれを恨みがましい目で見送り、ため息をつきながら俺達を見る。
「コホンっ。あ~二人とも、イチャつくのなら、俺のいない場所でやってくれないか? 正直、見てて胸焼けがしてくる」
「い、イチャついてねぇよ?」
「ご、ごめんなさい」
俺は惚けたというのに、シャルロットが謝罪してしまった。
いやまぁ……たしかに、誤魔化すのは無理があったと思うけど。ここで素直に認めるのは、それこそイチャついてるのと同じで……ほら、クリフが苦々しい顔をしてるじゃん。
「もうたくさんだ。アベルよ。シャルロットが心配なら、お前がレスター伯爵領へついていって、シャルロットは俺のモノだと伯爵に宣言してこい」
「は? いや、それはさすがにヤバイのでは……?」
いきなりなにを言い出すんだと呆れる。
だが、返ってきたのは、呆れ果てたと言わんばかりの眼差しだった。
「さっき、お前がこのユーティリア伯爵家でやったこと、なんだが?」
なにを馬鹿な、そんなことするはずないだろ? って思ったけど、よくよく考えるとたしかにそんなことをしたような気がしなくもない。
「あ、あれは、ちょっとした勢いで……」
「なら、その勢いでレスター伯爵家に乗り込んでこい」
「むぅ……」
ユーティリア伯爵家だから笑って済まされたけど、他の貴族に同じことをやったら戦争になる。もう、戦争は修羅場だけでお腹いっぱいだ。
「ふっ、乗り込めというのは言葉の綾だが、本当にお前がついていった方が良い。誓いのキスのことを話さなければ、シャルロットは断り切れぬかもしれんぞ?」
「さすがにそれはないだろ?」
「いや、あり得る話だ」
クリフは冗談ではないと言いたげに、真剣な表情で言い放った。
「平民のお前には理解できぬかもしれんが、貴族は感情よりも利害を優先した婚姻を選ぶ。シャルロットに想い人がいる程度の話であれば、それでも構わんと迫って来るやもしれん」
「でも、実際は誓いのキスがあるし、どうしようもないだろ?」
「俺ならばシャルロットを第二夫人に据え、愛人としてアベルをあてがうと約束する。そうすれば、ユーティリア伯爵家との繋がりを得られるからな」
「……なにそれ恐い」
俺がティアみたいに屋敷で飼われるペットになっちゃう。
「まぁ……レスター伯爵は良識ある人間だから、そういった手段を選ぶとは思わんがな。だが、誓いのキスという決め手がなければ、押し切られる可能性は十分にある」
「そっか……」
誓いのキスの件は出来れば秘密にしたい案件だけど、万が一にもシャルロットを悲しませるような結末にするわけにはいかない。
どう対応するかは後で考えるとして、ひとまずシャルロットに同行しよう。
「ねぇ、アベルくん。いま少し話す時間あるかな?」
レスター伯爵寮への同行が決まり、出発までの時間をテラスで潰していると、シャルロットが俺の隣に立って、静かに手すりに寄りかかった。
「……もしかして、俺が追い掛けてきたことを怒ってたりする?」
「ふえ?」
シャルロットはきょとんとして、次いでクスクスと笑い始めた。
「ないない。その逆だよ。来てくれて……ありがとうって言いに来たの」
「そう、なのか? もしかして、余計なお世話だったかなって思ったりしたんだけど……」
クリフは押し切られる可能性を示唆してたけど、シャルロットがそれくらい理解していないはずはない。断るための奥の手の一つや二つは持っていておかしくない。
「そんなことないよ。それに、私がアベルくんに黙ってお見合いを断りに行こうと思ったのは、アベルくんに無理をさせたくなかったから、なんだよ?」
「無理……ってなんのことだ?」
「誓いのキスの件はもちろん、私の想い人がアベルくんだって知られるだけでも、アベルくんに色々負担が掛かっちゃうかもしれないでしょ?」
「それは……」
たしかに、シャルロットと俺の件が明るみに出れば、エリカに知られるというリスクを負うことになる……けど、シャルロットは知らないはずだ。
知らないはず、だよな?
「あたしの想い人だって知られたら、ちょっかい掛けてくる人がいるかもしれないし」
「あぁ……そっちか」
「え、そっちってどっち?」
「なんでもない」
危ない危ない。思わず墓穴を掘るところだった。
「シャルロットが困ってるなら、俺は全力で助けるよ。だから、今度からはもう遠慮なんてしないでくれ。今回みたいに急にいなくなったらびっくりするからさ」
俺がそういうと、シャルロットはなぜかクスクスと笑い始めた。
「……なんだよ?」
「ふふっ。ごめんなさい。さっきアベルくんが部屋に乗り込んで来たことを思い出して」
「あ、あれは……忘れてくれ」
「忘れないよ。アベルくんが、私を護るって言ってくれたこと」
「~~~っ」
俺は一瞬で顔が赤くなるのを自覚する。
シャルロットのセリフが来たのもあるが、それよりもなによりも、隣で俺を見つめるシャルロットの顔が、物凄く乙女だったからだ。
「もう、お終い。恥ずかしいからこの話はお終いだ!」
「えぇ、もう少しだけ良いじゃない。せっかくの二人っきりなんだから」
「うるさい。さっさとレイニー伯爵のところへ行って、お見合いを断って終わりだ」
「レイニーじゃなくて、レスターだよ」
「レイニーでもレスターでもなんでも良いから、とにかくこの話は終わりだからっ」
あぁもう、馬車の準備はまだなのかと思った俺の背後。
馬車の準備は出来たけど、なんだか良い雰囲気だから声を掛けない方が良いかなと、メイドさんが所在なさげに待機していたのだが……
それに気付いたシャルロットが恥ずかしがるのはもう少しだけ後の話である。
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