発展する街と修羅場 4
魔物との戦闘で、ティアとマリーがパニックになっている。ティアは多少なりとも戦闘経験があるはずだけど、完全にマリーの焦りが伝染してるようだ。
魔法の護りが掛かっている服を装備しているお陰で怪我はないけど、そうじゃなかったら今頃は大怪我を負っているかもしれない。
いくらレベルが高くても、戦闘経験が乏しいと厳しいってことだな。
俺は無造作に距離を詰め、腰に吊していた長剣を抜刀。ティアを狙っていたゴブリンを一撃のもとに斬り伏せた。そこからすかさず身体を反転、マリーを狙っているブラウンガルムを斬り伏せ――とっさに回避を試みる。
俺の直ぐ目の前を、マリーの振るった剣が通り過ぎた。
「いやっ、来ないで、来ないでよ!」
一瞬でマリーの懐へ飛び込み、がむしゃらに振るわれるマリーの腕を掴む。
「やだっ、やだやだぁっ!」
俺が掴んだのとは反対の腕で、ポカポカと殴りつけてくる。
「落ち着け。もう大丈夫だ」
パニックになるのは分かるけど、拳でぽかぽか殴ってもブラウンガルムは怯まないと思う。
「やぁ……って、あれ? おにぃ……さん?」
「ああ、俺だ。魔物はもう倒したから落ち着け」
「え、あ、ご、ごめんなさいっ」
我に返ったマリーが慌てて飛び下がる。恥ずかしさからか真っ赤になるが、ひとまずパニック症状からは立ち直ったみたいだ。
「ティアは大丈夫か?」
「う、うん。ティアは大丈夫。それより、ちゃんと出来なくてごめんなさい」
「いや、ティアが無事なら良いんだ。俺の方こそ、無茶させて悪かった」
ティアのイヌミミがしょんぼりへにょんとなっているのを見て反省。ひとまず二人連れて祭壇の側に戻り、少し休憩を取ることにする。
「二人とも、これを飲んで落ち着いてくれ」
アイテムボックスからお茶のセットを取り出し、魔石の動力でお湯を沸かして手早くハーブティーを作る。それをカップに移し、二人に手渡した。
二人は俺にお礼を言ってカップに口をつける。ティアの方はもう立ち直ったようだけど、マリーの方はまだ動揺してるみたいだ。
「マリー、怪我はしてないか?」
「ええっと……大丈夫、見たい。腕とかを噛まれたと思ったんだけど……傷はないわね」
「魔法の護りが付いてるからな」
防具ではなく、魔法の護りが付いているマジックアイテムなので、布が覆っている部分以外も関係なく、一定のダメージを防いでくれる。
「へぇ、凄い服なのね。これで胸のサイズがもう少し大きければ完璧だったのにね」
「軽口が叩けるなら安心だな。最初の失敗がトラウマになる奴は多いからな」
「私みたいに失敗する人って、珍しくないの?」
「初戦でミスをしない奴の方が珍しいと思うぞ。かくいう俺も、初めての戦闘では失敗した」
「そう、なんだ……」
マリーは俯いてぽつりと呟く。
うぅん、俺が想像してるより落ち込んでるのかな? ここを乗り切らないと、冒険者としてはもちろん、冒険者に理解あるギルド職員になるのも厳しい。
頑張って欲しいところだけど……
「ねぇ、お兄さん。ブルーレイクで冒険者登録をする新人全員に、この講習を受けさせることって出来ないかしら?」
「うん? 出来なくはないと思うが、なぜだ?」
「私はお兄さんに助けられたし、装備のお陰で怪我も負わなかった。だけど、そうじゃなかったら死んじゃったり、トラウマになってたかもしれないでしょ?」
「たしかにそうだけど、それは仕方のないことじゃないか?」
英雄の夢を抱いた子供や、食うに困った者が冒険者を目指す。その大半が目的を達することなく引退していくことになる。
残酷だけど、それが現実だ。
「たしかに、仕方のないことだとは思うわ。でも、なにも分かってないうちから失敗して、それが原因で冒険者になれないのは違うと思うのよ」
「ふむ?」
「一番失敗しやすい初戦をカバーすれば冒険者の被害も減るし、一流に育つ冒険者も増えると思うのよ。そうすれば、ブルーレイクも有名になるでしょ?」
「なるほど……」
ハーブティーを飲みながら思いを巡らす。
ダンジョンには様々な性質がある。一流の冒険者が一攫千金を夢見て集まるようなダンジョンもあるが、ブルーレイクのダンジョンはたぶん、初心者に優しいタイプだ。
ダンジョンの長所を生かして新人教育に力を入れれば、人が集まりやすいかもしれない。
「どうかしら?」
「そうだな……俺が全員の面倒を見るって訳にはいかないけど、先輩冒険者に面倒を見させるのはありだと思う」
「その場合、報酬が必要になるわよね? でも、冒険者を目指す人間に、報酬を支払うようなお金はないと思うんだけど……」
「だな。その辺はしっかり話し合う必要があるけど、ギルドが立て替えて、今後の報酬から支払わせるとか、なにか方法はあると思う」
俺はそう言って笑う。
落ち込んでるのかと思って心配したけど、失敗を活かそうとしてたんだな。マリーに冒険者としての才能はなさそうだけど、ギルド職員としての才能はありそうだ。
「そっか。それじゃ、後でさっそく話し合いましょう。手伝ってくれるのよね?」
「そうだな。町にいるときなら手伝えると思う。あと、シャルロットやエリカも手伝ってくれると思うから、聞いておくよ」
あれこれ考えを巡らせながら、ハーブティーに口を付けた。
「そういえばお兄さん、結局二人のうちどっちが本命なの?」
「ぶっ!? ……こほっ。い、いきなりなにを聞くんだよ?」
「いきなりもなにも、この町では有名よ?」
「は? ゆ、有名?」
聞きたいような、聞きたくないような。でも聞かずにはいられない――ということで、恐る恐る尋ねる。
「シャルロット様とこの町を統治することになったけど、あなたはエリカさんとこの町に来たでしょ? だから、どっちが本命だ? いやどっちもだ。みたいな?」
「がふ……」
まさか、そんな噂が流れてるとは夢にも思わなかった。大ピンチだ。二人の耳に入ったら、どういうこと!? とか詰め寄られて、俺の人生が詰んじゃう。
「マリー、その噂が二人の耳に入らないように手を貸してくれないか?」
「それって、二股を掛けてるから、かしら?」
「いや、そうじゃない、と思いたい」
「思いたい?」
「ええっと……そうだな。いまから話すことは他言無用だ。……護れるか?」
「ええ、もちろん。あなたはこの町の恩人だもの。恩を仇で返すようなマネはしないわ」
「分かった、信じよう」
正直、俺とティアだけで隠し通すのは限界だ。多少危険は伴うけど、マリーに打ち明けて味方につけたい。
「実は少し前のことなんだけど……エリカとシャルロット、二人からほぼ同時に、いきなり誓いのキスを受けたんだ」
「誓いのキス? ……えっと、たしか、メディア教に伝わるっていう契約魔術よね?」
「ああ、その契約魔術だ。それを言い出せないで、必死に隠し続けてる」
「ぷっ、くっ……あは、あははははっ!」
……思いっきり笑われた。
「笑うなよ。こっちは必死なんだぞ?」
「ご、ごめんなさい。でも、誓いのキスを使うなんて、おとぎ話の中くらいよ? それなのに、一度に二人から受けて必死に隠してるなんて……あは、あはは」
「まったく……笑い事じゃないっての」
悪態をつく。
「あら、どうして笑い事じゃないのよ?」
「どうしてって……そんなの分かるだろ? どっちかを選べば、もう片方の女としての人生が終わる。なのに、どっちかを選ぶなんて、出来るはずないじゃないか」
「二人とも大切だから、ってことよね?」
「そうだよ」
「なら、二人とも選べば良いじゃない」
「……はぁ?」
なに言ってんのこいつという目で睨んでやる。
「あら、冗談じゃないわよ? 誓いのキスってようするに、その人にすべてを捧げるってことでしょ? あなたに許可を求めなかったってことは、フラれるのも覚悟の上での行動。二股を掛けられるのだって、きっと覚悟の上よ」
「その言葉、あの二人を前にしても同じことが言えるか?」
「……………………死んだら骨は拾ってあげるわね」
ちくしょう。
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