発展する街と修羅場 5

 あれから一ヶ月ほどが過ぎた。

 冒険者ギルドは仮オープンながらに順調で、温泉宿も一部の施設はオープンしている。町の開発は順調で、俺の忙しい日々もようやく一段落付きそうだ。

 でもって、マリーやティアはひとまず、駆け出しの冒険者としては合格ラインに達した。

 俺が今後デビューする新人冒険者の研修に付き合う予定だったけど、この調子なら二人に任せられるかもしれない。


 そして、屋敷の方も順調に建築が進んでいる。まだ住むことは出来ないけど、外観は大方出来上がっていた。かなり大きくて立派な建物なので、わりと楽しみだったりする。

 ずっと野宿や宿生活だったから、自分の部屋を持つのが夢だったんだ。


 そんなわけで、あれこれの対応に追われながらもほどほどに平和な日々を送っていた。

 そんなある日の昼下がり。シャルロットが泊まっている宿の部屋から話し声が聞こえてきた。声の主の片方はシャルロットで、もう片方は男性である。

 気になってシャルロットの部屋に行くと扉が開きっぱなしになっていた。


「事情を話せるのなら問題はない。だが……」

「たしかに、それなら私が行くしかなさそうね」

 部屋で話しているのはシャルロットと、その兄のクリフだ。


「――ちょっと良いか?」

 開きっぱなしの扉をノックすると、シャルロットがびっくりしたように俺を見た。


「あ、あぁ、アベルくん。宿に戻ってたのね」

「ああ。今日は珍しくやることがなくてな。それより、クリフはどうしてここにいるんだ?」

「えっと、それは……」

「――温泉宿なるモノが完成したと聞いてな。せっかくだから視察に来た、という訳だ」

「そうそう、そうなのよ」

 シャルロットがコクコクと同意する。

 貴族は平民よりお風呂に入る機会が多いから、興味をそそられるのかもな。


「そういう訳だからアベルよ、温泉宿に案内してくれないか?」

「温泉宿を案内ですか? それなら、俺も行ってみたいと思ってたので構いませんが……」

 屋敷の方が早く完成したから、温泉宿に泊まったことがないのだ。



 という訳で、俺とクリフは温泉宿へとやって来た。

「いらっしゃいませ……と、アベルさん。今日はどうしたんですか?」

「あれ、あんたはたしか……」

「はい。アベルさんが滞在してる宿屋の娘です。お母さんの口利きで、この宿の従業員として雇ってもらってるんです」

「なるほど、そうだったのか」

 もとの宿との軋轢を生まないように手を回しているのは知ってたけど、娘がこっちで働いているというのは知らなかった。


「それで、今日はどうなさったんですか?」

「ああ、今日は少し温泉宿を見せてもらおうかなと」

「――いや、俺が一泊したい」

 俺の横からクリフが口を挟む。


「まだ仮オープンで、作りかけの施設もありますが、構いませんか?」

「ああ、構わない」

 という訳で、俺達は部屋に案内された。



「それで、どこから視察しますか?」

 部家の扉を開けながら振り返ると、クリフは不満を各層ともせずにため息をついた。

「おい、俺は貴族であると同時に、シャルロットの兄でもあるんだぞ。だから、そのような堅苦しい話し方はしなくて良いと言っただろう?」

「……そうは言われても」

「良いから普通にしろ。シャルロット相手にできて、俺には出来ないと言うことはあるまい」

「……分かったよ。なら、どこから見て回りたい?」

「まずは部屋を見るつもりだったのだが……温泉宿といっても普通の宿と変わらないんだな」

 クリフは部屋を見回し、どこかがっかりするような素振りを見せた。


「ここは普通の部屋だからな。他にもエリカの故郷を模倣した……和室とかいったかな? 部屋があるらしいぞ」

「ほう。女神に異世界より召喚されし娘の故郷か。明日はその部屋に泊まってみるとしよう」

 この人、何日泊まるつもりなんだろうか?

 俺の二股疑惑が噂として流れてる町に、二股の対象とされる片割れの兄が滞在するとか……あぁ、胃がキリキリして死んじゃいそうだ。


「ところでアベル、肝心の温泉とやらはどこにあるんだ?」

「あぁ……えっと、外に中に、それぞれ露天風呂と足湯が一つずつ、あるそうだけど」

「その足湯というのはなんだ?」

「足だけを浸けるお風呂、だな。ちなみに、室内にあるのは足湯カフェとかいって、足湯に浸かりながら、お茶が楽しめるらしい」

「ほう、それは面白そうだ。よし案内しろ」

「ええっと……まぁ良いか」

 なんか振り回されてる気がするけど、ひとまずエリカやシャルロットといるときのように、一触即発の心配をする必要がない。

 今日はクリフとのんびり凄そう。



 という訳で、俺とクリフは足湯カフェにやって来たのだが――

「お帰りにゃさいませ、ご主人様」

「なん、だと……?」

 俺とクリフはその光景に戦慄していた。足湯カフェで俺達を出迎えたのがメイド服を着た少女で、頭にネコミミが揺れていたからだ。

 一瞬、ネコミミ族かと思ったけど……違う。

 ネコミミがあるのは頭の上部で、本来の耳の位置にはちゃんと普通の耳がある。つまりは、人間の女の子が、ネコミミ族に扮しているのだ。


「娘よ。なぜ、ネコミミ族の恰好をしているんだ?」

「それは、このカフェがネコミミカフェだからですにゃ」

「……アベル、説明してくれ」

 いや、そんな、なに考えてんだお前、みたいな目で見られても。俺だって、なに考えてんだ突っ込みたい心境なんだけど……


「ええっと……温泉宿に関してはエリカの管轄だからな。たぶん、和室と同じで、これも日本の文化なんじゃないか?」

「聖女の故郷では、町の住人は皆、ネコミミを付けているというのか?」

「エリカは付けてないから、全員じゃないと思う。けど、わざわざ店員にネコミミを付けさせるくらいだし、一般的ってことじゃないか?」

「ふむ。聖女の故郷は、ずいぶんと変わった世界のようだな」

「だよな」

 メディア様が召喚するのは日本人が多いらしいんだけど……もしかしたら似たもの同士的な何かがあるのかもしれない。日本、恐ろしい国だ。

 なんてことを考えながら、俺とクリフはカフェの足湯に案内してもらった。

 

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