発展する街と修羅場 2

 ブルーレイクに新しく建てられた冒険者ギルドがようやく稼働を始めた。まだ内装なんかは終わってない部分もあるけど、必要最低限の機能は揃っている。

 俺はそんな冒険者ギルドにティアを連れてきた。


「わふぅ~、ここがこの町の冒険者ギルドなんだね」

 ティアが冒険者ギルドの建物を見て、両手を広げてクルクルと回る。ローライズのホットパンツの上から伸びる栗色のシッポが遠心力で揺れている。

 よく見れば上着もいつもの服ではなく、動きやすそうな服装になっていた。


「ティア、その服はどうしたんだ?」

「ふえ? これはエリカ様にもらったんだよぅ~」

「エリカが? ……って、まさか」

 慌てて鑑定の魔法を使うと、思いっきりマジックアイテムだった。薄くてペラペラで露出も多いのに、フルプレートより防御力がありそうだ。

 この服一着でお屋敷が建つ。それくらいの高級品である。


 もしかしなくても、外堀籠絡作戦の一環だろう。

 ……なんか、胃がキリキリする。


 俺がどちらか一人を選べば、悩む必要も慌てる必要もない。だけどいまの状況では、俺がどちらか一人を選ぶことは出来ない。

 だけどそれは、選ぶ勇気がないという意味じゃない。契約魔術のせいで、選ばなかった方の人生を台無しにしてしまう。

 それを理解してなお、どちらかを選ぼうという気になれないのだ。

 言い訳だけどな。


 とにかく、いまの俺は二人のうち、どちらを選ぶかなんて考えたくない。だから、この状況でエリカとシャルロット、どちらかが優位に立たれると困る。

 ティアには二人と同じくらい仲良くしてもらいたいところだけど……と装備を眺めていた俺は、腰にぶら下がっている魔法の短剣に気がついた。


「ティア、その短剣もエリカからもらったのか?」

「うぅん、この短剣はシャルロット様からもらったんだよ~」

「そかそか」

 切れ味アップに耐久アップ。やはりお屋敷が建つくらいの一品だ。

 外堀籠絡作戦はいまのところ五分五分のようだ。助かった……と思えば良いのか、外堀籠絡作戦の激化を嘆くところか……悩ましい。

 というか、二人して俺に内緒でティアにプレゼントとかズルイ。


「ティア、他になにか欲しいものはないか?」

「ふえ? ティア、もう十分に良くしてもらってるよ? ご主人様も色々とくれたよね?」

「いやほら、なかなか言い出せないけど、実は欲しいものとか、やって欲しいこととか、なにかあるだろ?」

 俺が問いかけると、ティアは「ん~」と頬に人差し指を添えた。一緒に傾くモフモフのイヌミミが愛らしいと、俺は思わずイヌミミをモフった。


「ひゃう、ご主人様、お外でモフモフしちゃメッ、だよ」

「すまん、つい」

「もぅ……恥ずかしいんだからね?」

「反省した」

 恥ずかしそうなティアが可愛い。とかいったら絶対怒られるから黙っとこ。


「……でも、お外じゃなきゃ良いよ」

「うん?」

「して欲しいこと、思いついたの。お家に帰ったら、ティアのイヌミミやシッポ、ブラッシングして欲しいなぁ……って」

「モフモフとは違うのか?」

「うん。ブラシで毛並みのお手入れだよ。本当は、ご主人様にお願いするのは失礼なんだけど、ご主人様がして欲しいことがあればって言ってくれたから」

「なるほど、任せておけ。帰ったら一杯ブラッシングしてやる」

「えへへ、ありがとうご主人様~」

 やっぱりティアは可愛い。



 そんなこんなで俺達は冒険者ギルドへとやって来た。

「それじゃ、ティア、冒険者登録をしてもらってくるね」

「ああ、行っておいで」

 俺は登録に必要な資金を手渡し、受付へと小走りに駆け寄るティアを見送る。そうして受付の人と話し始めるのを見届け、俺は周囲に目を向けた。

 冒険者ギルドは仮オープンしたばかりだが、既にいくつか冒険者のパーティーが見受けられる。数十年ぶりに新しいダンジョンが出来たという噂が広まってるんだろう。


「あら、あなたはたしか……アベルさんでしたね」

 不意に呼びかけられて振り返ると、見覚えのあるお姉さんが立っていた。

「たしか、ユーティリアの冒険者ギルドにいた受付の……」

 俺にロリコン疑惑を掛けたお姉さんだが、名前を思い出せないというか聞いた覚えがない。


「リーンです、よろしくお願いいたします」

「あぁ、よろしく……って、なんでここにいるんだ?」

「指導員として派遣されてきたんです」

「あぁ……なるほど」

 ギルドの職員の教育係を頼んだんだけど、そっか……この人が来たんだ。

 当分あの冒険者ギルドに顔を出さないつもりだったからロリコン疑惑を放置してたけど、今のうちに誤解を解いておかないと、面倒なことになりそうな気がするなぁ。


「アベルさん、あなたはこの町を管理する地位にあるとお聞きしていますが、事実ですか?」

「ん? あぁ……一応な。シャルロットに意見することは可能な程度に」

 シャルロットと俺の二人で管理することになっていることは伏せておく。平民の俺に強い権力があると知られたら、なにかしてくる奴が現れるかもしれないからな。


「では、ギルドの方針などの提案はシャルロット様にお伝えした方がよろしいですか?」

「あぁ、そういった話なら俺でも大丈夫だ。もちろん、シャルロットでも構わないけどな」

「そうですか……分かりました。では、内容に応じて対処させていただきます」

 結論が出て話は終わったはずだけど、リーンは俺の前から立ち去ろうとしない。なにか言いたげに、俺の顔をじっと見つめている。


「……えっと、どうかしたのか?」

「実は、その……あのときのことを謝りたくて」

「あのときのこと?」

「あなたをギルドでロリコン扱いしたときのことです」

「あぁ、あれか……って、謝る?」

「ええ。イヌミミ族の周辺に発生していた魔物は、ここのダンジョンが関係していたんですよね? そして、あなたは魔物を掃討してくださった。すべて聞いています」

「そうなんだ?」

「ええ。ですから、ロリコンの件が誤解だったことも分かっています。その節は、とんだ誤解をしてしまって、大変失礼いたしました」

 リーンがぺこりと頭を下げた。

 どうやら、俺があれこれ言うまでもなく、誤解は解けているようだ。リーンがこの町に滞在する以上、ロリコン疑惑は絶対に解消しておきたかったから助かった。


「誤解が解けたなら良かった。ギルド職員の指導、よろしく頼むな」

「ええ、もちろん、任せてください」

 問題解決の証に握手を交わす。そこへ、ティアが戻ってきた。


「ご主人様、お待たせだよ~」

「おぉ、おかえり。どうだった?」

「うん、ちゃんと冒険者登録をしてもらったよ~」

「そかそか、それは良かった」

 ティアに良い子良い子と頭を撫でつけていると、なにやら冷ややかな視線がとんできた。なんだろうと視線を向けると、リーンが三角形の眼差しで俺を見つめていた。


「リーン? どうかしたのか?」

「え、リーンさん? あ、ホントにリーンさんだ~」

 リーンに気付いたティアが駆け寄る。


「こんにちは、ティアちゃん。元気にしてましたか?」

「うんうん、ティアはとっても元気だよ」

「そうですか。……ところで、アベルさんのことをご主人様と呼んでいるようですが……」

 あ゛と思ったけど後の祭り。


「ティアね、ご主人様に集落を救ってもらったの。でも、なにもお礼できなくて、そしたらご主人様がモフモフさせて欲しいって。だからティア、ご主人様にお仕えしてるんだよ~」

 無邪気に少女が紡いだのは、攻撃魔法くらい破壊力のある言葉。

 俺の額に嫌な汗が流れた。


「へぇ……つまり、アベルさんは、集落を救ったお礼に、ティアちゃんを自分のモノにしたというわけですね?」

「うんっ。ティアはご主人様のペットなんだよぅ~」

 無邪気なティアの頭を撫でつけ、リーンは眉をつり上げて俺を見た。


「ロリコンどころか、完全に変態じゃないですかーっ!」

「誤解だあああああああぁぁぁああぁっ!」

 

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