発展する街と修羅場 1

 翌日、俺は屋敷の建築現場を訪れていた。

 人海戦術に加えて、魔導具を使った建築はかなりのペースで進み、一ヶ月と少ししか経っていないにもかかわらず、既に外観ができはじめている。

 このペースでいけば、それほど期間をおかずに屋敷が完成することだろう。

 そんな建築現場を監督しているのはシャルロット。青みがかった銀髪を風になびかせ、大工の親方となにかを話している。

 ほろ酔い状態のときのシャルロットは可愛いが、いまは凜としていて格好いい。生き生きとしたシャルロットの横顔に見とれていると、俺に気付いたシャルロットが手招きをしてきた。


「ちょうど良かった。いまちょうど、部屋割りをどうするかって話をしてたんだけど、アベルくんはどうするのが良いと思う?」

「えっと、どうするって言うのは、どんな選択肢があるんだ?」

「たとえば……私とアベルくんの部屋を一緒にする、とか?」

「ぶっ」

 ちょっぴり恥ずかしそうなシャルロットが可愛くて萌え死にしそうだが、そんなことをされたら比喩でもなんでもなくて死ぬ。修羅場の心労で死んじゃう。


「と、取り敢えず、それは不味いと思う」

「じゃあ、隣同士が良い?」

「そ、それも不味い、かな」

 俺とシャルロットが隣同士とか、確実にエリカが警戒する。でもって、エリカが俺の部屋に来たりしたら、確実に隣にいるシャルロットは気付く。


「じゃあ、アベルくんはどういう部屋割りが良いの?」

「そうだな……ティアと二人部屋とか?」

 それなら、どっちかが来てもモフモフ目的だって誤魔化せるし、俺も安心できる。って思ったんだけど、シャルロットにジト目で睨まれてしまった。


「ねぇ、アベルくん。ティアちゃんは本当にペット、なんだよね?」

「そ、そうだけど……?」

「本当、に?」

「……へ、部屋は別々で良いです」

 言い様のないプレッシャーに負けた。


「それで、アベルくんは結局、どこに部屋を持ちたい?」

「……そうだな。シャルロットやエリカの近くだと気疲れしちゃうから、違う階が良い」

「私やエリカの近くだと気疲れしちゃう?」

「あぁ、いや、それはその……」

 いつ、二人にダブルブッキングの件がバレるかハラハラなんて言えるはずがない。と思ったら、シャルロットが「アベルくんもちゃんと男の子だったんだね」と微笑んだ。

 なんだか酷い誤解を招いた気がするけど、真実の方がもっと酷いからそのままにしよう。


「それじゃ、アベルくんは違う階で考えてみるね」

「良いのか?」

「もちろん。……アベルくんと隣同士だとエリカに警戒されちゃいそうだしね」

 シャルロットがぽつりと呟く。

 その声が聞こえなかったわけじゃないけど、俺の脳は理解することを放棄した。


「それで、アベルくん、他に要望はない? 間取りや窓の位置、そのほかなんでも、アベルくんの頼みなら、大抵のことは聞いてあげるよ?」

「え、マジで? 部屋にクローゼットをつけてもらっても良いか?」

「もちろん、かまわないよ」

「じゃあ、部屋に調合スペースを作ってもらったりしても?」

「ええ、アベルくんが望むなら、もちろんかまわないわ」

「じゃあじゃあ、ティアと相部屋にしても」

「調子に乗らない」

「はい」

 ティアはペット枠のはずなのに、なんでシャルロットはダメって言うんだろう?

 ペットに対して嫉妬してるのか、はたまたペットと思い切れていないのか……どっちにしても、逆鱗に触れそうな気がするから気を付けよう。

 ティアと一緒に住んでたら、二人の緩衝材になってくれると思ったんだけどなぁ。


「そうそう。そのティアの部屋なんだけど……」

「中庭の犬小屋、考え直したの?」

「……いや、考え直したというか、誤解というか……」

「誤解?」

「犬小屋の話をしてたときは、普通のワンコを飼う予定だったんだ。というか、いまでもそっちは諦めてない」

「あら、そうだったの?」

「ああ。だから、ティアの部屋を別に用意して欲しいんだ」

「それは問題ないわ。もとから、犬小屋以外に素敵な部屋を用意するつもりだったから」

「おぉ、さすがシャルロット。ちなみに、素敵な部屋って、どんな部屋なんだ?」

「テラスに、日向ぼっこをしながらブラッシングをするためのスペースと、足湯に浸かってのんびり過ごすためのスペースがあるの」

「日向ぼっこ、ブラッシング、足湯、モフモフ……」

 なんか、俺の部屋よりずっと快適そうなんだけど……


「なあ、シャルロット。頼みがあるんだ」

「アベルくんの部屋にも欲しいの?」

「……良いのか?」

「うん、もちろん」

「ありがとう。ならいっそ、俺がティアの部屋で一緒で良いよな?」

「調子に乗らない」

「はい」

 ティアとのほのぼのライフが夢と消えてしまった。

 ま、まあ、実際に家が完成したら、ティアの部屋に入り浸ることにしよう。じゃないと、俺の部屋に、エリカとシャルロットが同時に来たりしたらピンチだし。


「取り敢えず、ティアの部屋はちゃんと人が住めるようになってるんだな?」

「もちろん、それは保証するよ」

「そっか……ありがとう」

 これで、ひとまずティアの住むところについては安心かな。

 それ以外が安心できないのが……だけどさ。



 その後、シャルロットと軽くあれこれ話し合いをした後は、温泉宿の建築地へと向かった。

 こちらも、ユーティリア伯爵領の各地から集められた大工によって、急ピッチで露天風呂や足湯、そして宿の建築が行われている。



「そこの人、男湯と女湯のあいだにある壁は、覗けないようにしっかりと作ってね」

 建築現場で、温泉大臣と化したエリカが金髪ツインテールを揺らしながら、大工達にいくつもの指示を出している。


「エリカ、精が出るな」

「あら、アベル。温泉を見に来たのかしら?」

「いや、俺は――そう、温泉を見に来たんだ」

 エリカの様子を見に来たというセリフは寸前で呑み込んだ。

 いまは日中で、周囲にはたくさんの大工がいる。下手なことを口にしたら、エリカのツンデレが一発で発動しちゃうからな。

 だけど――


「なによ、そこはあたしに会いに来たって言うところでしょ?」

 バッドステータスの発動を回避したのに、素で文句を言われるのは理不尽だと思う。なんて、さすがの俺もいいかげん慣れてきたけどな。


「なぁエリカ、温泉宿はどれくらいで営業できそうだ?」

「温泉はもうじき完成で、宿の方は一ヶ月くらいかしら? ただ、宿が出来ても従業員の育成があるから、正式に営業するまでに、少し研修をしなきゃいけないわね」

「もとからある宿屋と提携したんだろ?」

 町に立派な温泉宿を作ったら、元から町にある宿が潰れるかもしれない。それを回避するために、宿屋のおばさんと色々提携を結んだのだ。

 その一環として、宿屋で従業員の研修をさせてもらうことが決まっている。それによって、温泉宿が完成と同時にオープンできると思ってたんだけど……


「温泉宿って概念がこの世界にないのよ。だから、温泉に入るマナーとか、そのほか温泉宿としての考え方などを教えなくちゃダメなの」

「なるほど。なら、温泉宿が完成したら、そっちの研修を始める感じかな」

「そうね。でも、他の研修は予定通り宿で行うから、そんなに長くは掛からないと思うわ」

「そっか……なら、区切りが付くまで、あと一息ってところだな」


 屋敷や温泉宿の建築は順調で、冒険者ギルドの方もとくに問題は起きてない。この調子でいけば俺の夢、田舎でのスローライフが手に入るかも――なんて思っていた。

 だけど、この町はあまりにも順調に事が運びすぎる。それゆえに発生した大きな問題が迫っていることに、このときの俺はまるで気付いていなかった。

 

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