プロローグ
契約魔術を行使し、その身を俺に捧げると誓ったエリカとシャルロット。そんな二人にティアが愛人だと誤解された俺は、大切なペットだと
あれから一ヶ月。俺は……まだ生きている。
女神様には、エリカやシャルロットに契約のダブルブッキングがバレたら心労で死ぬと脅されていたから、愛人疑惑を掛けられたときは終わったと思った。
反面、二人に隠している事実を、ようやく打ち明けられるとも思ってた。
なのに、俺がティアをペットだと言い放った直後、二人は「なぁんだ、それなら早く言ってよ」的な反応を返してきたのだ。
イヌミミ族の幼女であるティアを愛人にしてたら許せないのに、ペットなら大丈夫な意味が分からない。分からないが……現実として、ティアはペットとして可愛がられている。
たとえばある日の昼下がり。
丘の上でティアと俺がひなたぼっこをしていると、バケット片手にシャルロットが現れた。
「こんにちは。今日はティアちゃんの大好きなお菓子を焼いてきたよ」
「わふ?」
「パンケーキよ。こないだ、美味しいって言って食べてたでしょ?」
「わぁ、シャルロット様、ありがとう~」
芝の上から起き上がったティアが、シッポを振ってシャルロットのもとに駆け寄った。
「気にしなくて良いよ。たくさんあるから、ゆっくり食べなさい」
シャルロットは優しく微笑んで、ティアのイヌミミを優しく撫でつける。
イヌミミ族がモフモフを許すのは、家族や恋人のように親しい相手。もしくはご主人様だけだと聞いていたのだけど、ティアは嫌がる素振りをみせない。
完全にパンケーキに釣られてる気がする。
「アベルくんどうしたの?」
「え、あぁ、いや、なんでもない」
「そう? なら、こっちに来て一緒に食べようよ」
「ん、それじゃお言葉に甘えて……おぉ、美味しいな」
「ホント? そう言ってくれると嬉しいな」
「もしかしてこれ、シャルロットが焼いたのか?」
「うん、そうだよ。アベルくんやティアちゃんのために頑張ってみたんだよ」
――と、穏やかなティータイムが開始される。
そして、また違う日の夜。
ティアと足湯を堪能していると、網に入った卵を持ったエリカが現れた。
「こんにちは。今日はティアにちょっと変わった食べ物を持ってきたわよ」
「わふ?」
「温泉卵っていって、温泉の熱でゆでた卵よ。器に移してあげるから食べてみて」
「わぁ、エリカ様、ありがとう~」
足湯から飛び出したティアが、シッポを振ってエリカのもとに駆け寄った。
「気にしないで良いわよ。たくさんあるから、まずは食べてみなさいよ」
エリカは優しく微笑んで、ティアのイヌミミを優しく撫でつける。
シャルロット同然、エリカも完璧にティアのことを籠絡している気がする。ティアのモフモフは俺のなのに、どうしてこうなった。
「アベル、どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
「そう? なら、アベルも食べてみなさいよ。温泉卵、美味しいわよ」
「これか……ふむ。中がとろっとしてて美味しいな。これだけ美味しければ、この町の名物に出来るかもな」
「でしょ? 鳥を飼育したら卵もたくさん取れるし、町の発展にも役立つと思うのよね」
――と、温泉卵を楽しみながら、この町の発展について話し合った。
とまぁ、そんなわけで、ここ最近はずっとこんな日々が続いている。
二人のバッドステータスの特性上、シャルロットとは昼に行動することが多く、エリカとは夜に行動することが多い。
よって、俺とティアの組み合わせに、エリカとシャルロットのどちらか一方と行動することが増え、ここしばらくは平和な日々が続いている。
――否、続いていると思っていた。
「なぁ、ティア。エリカとシャルロットはちゃんと優しくしてくれてるか? 実は、陰でなにかされたりしてないか?」
ティアの家でくつろいでいた俺は、思い切って聞いてみた。
シャルロットやエリカが陰でイジワルをするとは思わないけど、ティアを愛人として警戒していた二人が、ペットと聞いて手のひらを返した。
それがどうしても納得できないでいるのだ。
――もっとも、後から考えれば、きっとそれはパンドラの箱。開けなければよかったと後悔することになるのだけど……このときの俺はその事実を知らない。
「エリカ様もシャルロット様もティアに凄く優しいよ。でも、急にどうしてそんなことを聞くの? ご主人様、なにかあった?」
「いや、ほら、最初、愛人と誤解して乗り込んできただろ? なのに、ペットならどうして良いのかなって思って」
幼女の愛人と、幼女のペット。
どっちがアウトかといえば――どっちもアウトだな。……いや、とにかく、幼女のペットならセーフという理由が分からない。
「あぁ、それはご主人様が普段から話してたからだと思うよ」
「……俺が話してたって、なにを?」
心当たりがなくて首を傾げる。
「ご主人様の夢だよぅ。自分の夢は、愛する奥さんやペットと一緒に、田舎の一戸建てで暮らすことだって言ったでしょ?」
「あぁ……それは言ったけど、え? そのペットがティアだと思われてるって?」
「うんうん、そうみたい」
「いやいやいや、いくらなんでもそれはないだろ」
俺が飼いたがっていたのは普通のワンコ。その話自体はしてないけど、いくらなんでもイヌミミ族の幼女をペットにしたがってるなんて誤解はしないはずだ。
そう思ったのに――
「イヌミミを触られそうになったときに、モフモフを許すのは家族や恋人のような親しい相手、それとご主人様だけだって言ったことがあるの。そしたらなんて言われたと思う?」
「んっと……自分とも親しくしよう、とか?」
「うぅん。あなたのご主人様の奥さんになるから、ペットのティアとも家族になるって」
まさかの外堀!?
ティアの餌付けに、まさかそんなヤバイ理由があったとは……
「……ち、ちなみに、それはエリカとシャルロット、どっちのセリフ?」
「二人とも、同じようなことを言ってたよ?」
「……………………そっか」
ここ最近、平和な日々が続いてると思ってたんだけどなぁ。二人揃って俺の外堀を全力で埋めに掛かってただけだったなんて、夢にも思わなかった。
というか、その結果ティアがモフモフされてるってことは……いや、考えるのはよそう。
「それでね、それでね。ティア、中庭の小屋で暮らさなきゃいけないの?」
「は? そんなこと、させるはずがないだろ?」
「だって、ご主人様。庭にティアの小屋を作るように言ったんだよね?」
「え? あ……ああ」
そういえば、このあいだペット小屋について、中庭の小屋になんてどうのこうのと、エリカやシャルロットに文句を言われた記憶がある。
普通のワンコのつもりで、小屋で十分だって返したんだけど……そうか、ティアの小屋だと思われたのか――って、俺、どんだけ鬼畜なんだよ!?
あとで、ティアの部屋は屋敷の中に作ってもらえるようにお願いしておこう。
……というか、まさかティアが本当にペット枠に収まっていたとは思わなかった。
ペット発言が疑われてたら、今頃修羅場で死んでたかもだから、バレなくて良かったと思うべきかもしれないけど……奥さんの座を賭けてのペット争奪戦が始まっている。
そう考えると、いままで通りにほのぼのとは出来ない。
……余計なこと、聞かなきゃよかった。
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