エピローグ

 スローライフを目指して、お屋敷の建築を手伝った。

 でもって、午後は温泉宿の建築を手伝ったり、マリーの育成を手伝ったり。後は俺達の知恵を出し合って、町をより良くする話し合いをしたり。

 一日は無事に終わった――かに見えた。


 その日の夜。俺が部屋でくつろいでいると、エリカが温泉に誘ってきた。何度か見張り役を交代でやって温泉に入っているので、今日もそうだろうと快諾したのだが――

 今日できたばかりの小さいお風呂を前に、エリカが言い放った。


「今日は一緒に入るわよ」――と。

「……はい? 急に、なにを言い出すんだ?」

「なにって、混浴よ、混浴。アベルとあたし、一緒に入るわよ」

「……マジで意味が分からん。もしかして、ツンデレが発動してるのか?」

 俺と一緒に入りたくないあまりに、ツンデレが発動して一緒に入りたいって口にした――とか。自分で言っててないなって思ったけど、他に状況を説明できないのも事実だ。


「夜だからツンデレは発動してないわ。でもツンデレが発動してなくたって恥ずかしいものは恥ずかしいんだから、あんまり何度も言わせないでよね」

「そうは言われても。一緒にお風呂に入るって、意味分かんないだろ」

「アベル、温泉はあたしが元いた世界、日本って国の伝統だってことは話したわよね?」

「それは聞いたけど……?」

 だからなんだと首を傾げる。


「日本には、お風呂に入るためのルールがいくつかあるの」

「ルール? このあいだ言ってた、かけ湯をしなくてはいけないとかいう奴か?」

「そうよ。ほかにも、タオルをお湯に浸けてはいけない。混浴を望まれたら断ってはならないって言うのがあるの。だから、アベルはあたしの誘いを断っちゃダメなのよ」

「……はい? 混浴を望まれたら、断っちゃダメ?」

「そうよ。それが日本に昔から伝わるルールよ」

 エリカが真顔で頷く。


「……いやいや、いくらなんでも嘘だろ?」

「もちろん、そのルールが適用されるのは女子から男子だけだし、他にも条件はあるわ。でも、アベルはその条件に当てはまるの」

「……マジで?」

「マジもマジ、大マジよ」

「マジなのか……」

 そんな意味不明なルールがあるなんて、日本って変な国なんだな……


「という訳だから、大人しくあたしと混浴しなさいよね!」

「……いやいや。それが日本のルールだとしても、この世界で適用する必要はないだろ」

 というか、冗談ではない。

 いや、そりゃ俺だって男だから、エリカとの混浴が嫌って訳じゃない。興味はある。だけど、だ。エリカと混浴してるときにシャルロットが来たら俺の人生が終わる。

 そうじゃなくても、さっきの混浴は楽しかったわね。とか言われたら死んじゃう。ただでさえ詰みそうな人生を綱渡りで生きてるのに、自分から窮地に飛び込みたくない。

 というか、そう言うことを考えるのもヤバイ気がする。

 こういうことを考えてると大抵――


「二人とも、良い夜だね」

「ほらきたああああああっ!」

 シャルロットの登場に、俺は思わず叫んでしまった。


「え、なに? いきなりどうしたのよ?」

「え、いや、その……なんでもない」

 まさかここで、温浴に誘われてたなんて言えるはずがない。いや、言うだけなら出来るけど、その時点で俺の人生がむちゃくちゃになる。そんな自殺行為はごめんだ。


「一緒に混浴しようって、アベルを誘ってたのよ」

 だからあああああああっ、なんで言っちゃうんですかねえええええぇぇええぇっ!


「一緒にって……このお風呂のこと?」

 ほらあああああ、シャルロットが食いついちゃったじゃんか!

 ヤバイよ、ヤバすぎだよ。いますぐ誤魔化さないと!


「えっと……そう。なんか、日本にそういう伝統的なルールがあるんだって」

「日本のルール?」

 シャルロットが小首をかしげる。その瞳は、なにを言ってるのと言いたげだけど、ここで引き下がるわけにはいかない。意地でも押し切ってやる。


「世界が違うから、無理にルールを守る必要はないと思うんだって話をしてたんだ」

「ふぅん? でも……このお風呂なら、別に良いんじゃない?」

「……は?」

「私もまた入ろうかな。三人で入るのも楽しそうだし」

「はあああああああああああああっ!?」

 淑女たる貴族令嬢様がなに言っちゃってるんですかねぇ!?


「良いわね、それじゃ三人で入るわよ」

 エリカが笑顔で応じる……って、応じちゃダメだよな? 色んな意味でダメだよな? え、本気? 本気で三人で混浴するつもり!?


 この二人、互いのことをライバル視とかしてないの? それとも、俺に二股しても良いって暗に言ってるの? 後者だったら、ちょっと惹かれちゃうよ!?

 いや、別に二股万歳とか言いたいわけじゃないんだ。俺はどっちかって言うと、たった一人との真の愛を求めるタイプだ。

 だけど、この心労から解放されるのなら、ちょっとありだと思ってしまう。


 ……いや、ごめん、嘘。

 いや、それはそれで本音だけど、エリカもシャルロットも物凄い美少女だ。そんな二人から混浴に誘われて、なんとも思わないはずがない。

 しかも、一番の懸念事項が、なぜか問題になっていない。

 だったら、俺は混浴がしたいっ! と、本心を曝け出していると、それじゃさっそく入りましょうと、エリカとシャルロットが靴とタイツを脱ぎ始めた。

 月明かりの下に、二人の白くしなやかな足があらわになる。

 そして、シャルロットがちゃぷんと、温泉に足を差し入れた。


「はぁ……ホントに気持ち良いね。お手軽だし、病み付きになりそうよ」

「でしょ? 足だけでも全身が温まるし、足のむくみとかが取れるわよ」

 シャルロットに続いて、エリカも足を差し入れる。そうして、湯船の縁に腰を下ろした。

 二人仲良く、足だけお湯に浸しているが……


「ええっと、なにをやってるんだ?」

「なにって、温泉に入ってるのよ? ほら、真ん中を空けてあげるから、アベルも早く靴を脱いで入りなさいよ」

 エリカがぽんぽんと、二人のあいだにあるスペースを叩く。

 俺は言われるままに靴と靴下を脱いで、二人のあいだに腰を下ろした。足先から脛の辺りまでが、温かいお湯に包まれる。


「どう? 足から身体がぬくもるの、気持ち良いでしょ?」

「私も今日知ったんだけど、足湯って言うんだって」

 エリカとシャルロットが左右から綺麗な声で話しかけてくる。両手に花とも言える状況だけど、俺はいまだに混乱から抜け出せずにいた。


「たしかに、これは気持ち良いけど……」

 ……え、なに? 足湯? こうやって、足だけ入る温泉ってこと?


「脅かすなよ。混浴とか言うから、本気で驚いたんだぞ」

「それって……っ」

「……アベルくんのえっち」

 しまった、墓穴を掘った。

 二人が恥ずかしそうに身をよじる……けど、二人も悪いと思う。温泉って存在自体をあんまり知らないのに、混浴とか言われたら誤解するに決まってる。

 ……ちくしょう。いや、別に期待なんてしてない。してないったらしてないし!


 なんて思ってたら、二人が左右別々に、俺の耳に唇を寄せた。

 そして――


「アベルがあたしを選んでくれるなら、ホントの混浴してあげても良いわよ」

「アベルくんが私を選ぶのなら、本当に混浴だってしてあげるよ」

 二人が左右の耳元で囁く。


 って言うか、なにこれどういうこと? 自分を選ぶならって、二人とも、互いが俺に告白したって知ってるのか? ……いや、それにしては誓いのキスの話は出てない。

 偶然? それとも勘? 分かんないけど……左右でそう言うことを囁くのは止めて欲しい。本気で、心労で死んじゃう……



 足湯から上がった俺は、身体が癒やされた代わりに心がボロボロになった。なので、少しよるところがあるからと二人と別れ、ティアの家に転がり込んだ。


「あ、ご主人様、こんばんは~」

「ああ、こんばんは。ティアは元気にしてるか?」

「うん。ティアは元気だよ。ご主人様は……またなにかあったのか?」

「そうなんだ。聞いてくれよ~」

 俺はティアに抱きついて、そのモフモフなイヌミミをモフり倒す。


「ひゃぁ……っ。ご主人様、急に触ったらくすぐったいよ」

「……ん? モフモフされるのは嫌か?」

 俺が問いかけると、ティアはくすぐったさに身を震わせながらも、首を横に振った。


「たくさんモフモフされるのはくすぐったくて恥ずかしい、けど……ご主人様が喜んでくれるのなら、ティアは嫌なんかじゃないよ」

「~~~っ。ティアは可愛いなぁ。ホント癒やされる……モフモフ」

 俺はたまらなくなって、膝の上に座らせて存分にモフモフする。モフモフしてモフモフしてモフモフしていると、積もりに積もった心労が消えていく。

 そうしてモフり捲っていると、バーンといきなり扉が破壊された。


「「ここが愛人のハウスね!」」


 襲撃かと身構えようとした俺は、来訪者を目にして硬直する。扉から流れ込んできたのは二人。引きつった笑顔を浮かべる、シャルロットとエリカだったのだ。


「ふ、二人ともどうしてここに?」

「最近、アベルくんが毎日どこかに行ってるから――」

「――おかしいなって思って二人で後をつけてきたのよ」

 シャルロット、そしてエリカが迫力のある目で言い放つ。


「そ、そうだったのか」

 し、しまった。最近すっかり油断してた。


「「それで、その子は……愛人?」」


 綺麗にハモる。

 二人から真っ黒なオーラがあふれているのはきっと気のせいじゃない。

 ヤバイ。ここで答えを間違ったら、本気で俺は死んじゃう。俺は膝の上からティアを退かせて背中に隠し、必死に頭を回転させる。

 俺にとってティアは、癒やしのイヌミミ少女。可愛いとは思うけど、異性として見てるわけじゃないから、本当ならやましいことはなにもない。

 だけど……二人ともティアを愛人と誤解している。ここで、違うといって納得してもらえるとは思えない。……けど、他にこれといった言い訳も思いつかない。

 あぁ、もう、どうしてこんなことになっちゃったんだ。俺の夢は田舎町に庭付き一戸建てを建てて、可愛い奥さんとペットと暮らすことだったのに……そうだ!


「ティアは……ティアは俺のペットだ!」

 愛人でなく、ペット。

 これなら、納得してもらえる――はずあるか! なに、なんなの? なに馬鹿なこと言っちゃってるの俺。馬鹿なの? 死ぬの? 死にたがりなの?


「……わ、わん?」

 あぁ、ティアがなんか気を使ってイヌの真似を始めた。

 止めてくれ。自分でも無理があったって分かってるから、そんな風に気を使わないで。俺が余計に惨めになるからぁーっ!


 もう良い。もう無理なんだよ。

 ……無理?

 あぁ……そうだ。女神様が言ってたじゃないか。ダブルブッキングを打ち明ける時期はいつか、そのときが来たら分かる――って。

 きっと、いまがすべてを打ち明けるときなんだ。

 そうだ、これでようやく楽になれる。

 さぁこい。どういうことか説明しろと、二人で詰め寄ってこい。そしたら、俺はすべてを打ち明ける。すべてを打ち明けて、二人に心から謝罪する。

 だから――


「ティアは、俺の大切なペットだ」

 二人の反応を引き出すために、俺はもう一度言い放った。

 それを聞いた二人は――

 

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