修羅場の片隅にある陽だまり 4
あれから二週間ほど過ぎた。
そのあいだに冒険者ギルドと温泉宿、それにお屋敷の建築場所が決定し、さっそく建築が始まっている。
通常の建築には数ヶ月の期間を要するが、ダンジョンで手に入れた様々な魔導具を貸し出しているので、建築期間はかなり短縮されると予想される。
もっとも、それは重要じゃない。
スローライフを送るのが目的なんだから、建築に数ヶ月掛かるくらいはなんでもない。
重要なのは、この二週間で何度、二人に誓いのキスのダブルブッキングがバレそうになったかと言うこと。少なくも二桁には届いている。
バレなかったのは運がよかったのと……二人が抱えるバッドステータスのおかげだ。
日中はエリカがツンツンして心にもないことを捲し立てるし、夜はエリカが甘えたになって思考力が低下する。そのおかげで、死線を紙一重でくぐり抜けてきた。
……逆に言うと、俺が側にいなければ危険が危ないと重複しちゃうくらいヤバイ。だから、必然的に、俺は自分から望んで、二人のあいだに入ることになる。
その結果、俺は何度も心労で死にそうになった。
でもって、そのたびにティアをモフモフして癒やされた。俺の秘密を黙って聞いて、そのイヌミミやシッポをモフらせてくれる。
ティアがいなければ、俺はとっくに心労で死んでいただろう。
女神様が冒険者ギルドに行けといった理由。あのときは分からなかったけど、いまなら分かる。あれは、俺の癒やしを手に入れるために必要なことだったのだ。
だが、三人が一堂に回することはこの二週間でかなり減ってきた。
バッドステータスの都合上、昼はエリカが、そして夜はシャルロットが互いの同席を避けるようになったからだ。
そんな訳で、朝食を三人で食べながらその日の方針を決定。その後、エリカとシャルロットは、それぞれが冒険者ギルドと温泉宿の建設を手伝いに行く。
俺は屋敷の現場に行ったり、二人のどちらかを手伝いに行ったりしている。
ちなみに、こういう状況だと普通、お互いが嫉妬で牽制し合ったり……とか、そういう展開はわりとありがちな気がするんだけど……二人の場合はほとんどない。
パーティーとして組んでいたときと変わらないようにすら思える。
互いの気持ちに気付いてない――ってことは正直ないと思う。だから、二人とも自分だけが誓いのキスのアドバンテージがあると思ってるのか、それとも別の理由があるのか。
どっちにしても、二人とも一途に俺を思ってくれてるというのに、俺と来たら二股状態なのを必死に隠し続けている。心労に続いて、罪悪感でも死にそうである。
……はあ、今日もティアをモフモフして癒やされよう。
「アベルくん、アベルくん聞いてる?」
「え、あ、なんだ?」
シャルロットに呼びかけられて我に返る。
そういえば、朝食の場で今日の行動を決めてる最中だった。
「もう、マリーの話だよ」
「あぁ……冒険者ギルドで働くことを承諾してくれたんだろ?」
「そう。私達が同行してレベルを上げるのは良いんだけど、もう少し冒険者らしい経験もさせてあげるべきだと思うんだよね」
「たしかになぁ……」
同行させて魔物退治を見学させるだけで、レベル的な経験値はポコポコ入る。だが、知識的な意味での経験は不足するだろう。
「せめて、もう一人くらい、駆け出しの冒険者がいたら良いんだけどね」
「駆け出しの冒険者か……」
パッと思いついたのはティアだ。
あの子はまだ十歳だけど、同い年の人間と比べると身体能力が高いし、魔物の掃討に同行してたから、レベルだって上がってるはずだ。
なにより、魔物だらけの森を一人で行き来するほどの嗅覚がある。
あの子なら適任だし、俺の頼みなら聞いてくれるけど……うぅん。
ここで『ちょうど、俺の言うことならなんでも聞くイヌミミ族の幼女がいるんだけど』なんて言ったらどうなるか……
「あたしが参加して、杖で殴るなんてどう?」
エリカの申し出に、俺とシャルロットは顔を見合わせ……同時に首を横に振った。
回復職のエリカはたしかに攻撃力が低いが、それはあくまで同レベル帯と比べれば、でしかない。回復職のエリカが魔物を撲殺しても、マリーの経験にはならないと思う。
むしろ、トラウマかなんかになりそうな気がする。
「うぅん、人材募集でもするしかないかな?」
「あぁ……そうだな」
平和な田舎町では、マリーのような人が例外。町の住民から応募があるかは疑問だけど、ティアに人材募集を見てきたと言わせることは可能だ。
一応、選択肢に入れておこう。
「冒険者ギルドの話はいったん置いとくね。アベルくん、昨日は屋敷の建築を手伝いに行ったって聞いたけど、どんな感じだった?」
「建築は順調だよ。重い物の運搬をアイテムボックスで手伝ったり、身体能力を一時的に引き上げる魔導具を貸し出したりしたから、だいぶ期間を短縮できるんじゃないかな」
「魔導具の貸し出しって、凄く本気だね」
「まぁ……屋敷は楽しみだからな」
エリカとシャルロット。二人と一緒に暮らすことで、問題が発生するかどうか、心配しないと言えば嘘になる。
だけど、そのリスクはいまもそんなに変わりない。それより屋敷に住むようになったら、ペットを飼いたい。
具体的に言うと、俺の故郷では狩猟に犬が使われていた。そのワンコを取り寄せて、飼いたいなぁとずっと思っていたのだ。
「あ、そうだ。シャルロット、実は頼みがあるんだ。ワンコを飼いたいんだけど、屋敷が完成したら片隅に犬小屋を作っても良いか?」
「あぁ……そういえば、ペットを飼うのは夢の一つなんだよね」
シャルロットは呟いて、なぜかそこでエリカに視線を向けた。そして、エリカもその視線を受け止め、なにか言いたげな顔をする。
「……二人ともどうかしたのか?」
「うぅん、なんでもないよ。私はもちろんかまわないよ。エリカも大丈夫だよね?」
「ええ、もちろん。あたしも
――よしっ! いままで、田舎でのスローライフとか言いながら、まったく斜め上な方向に向かってたけど、初めて夢に一歩近付いた気がする。
今度、どこかからワンコを取り寄せよう。
「じゃあ、アベルの方も問題ないってことで……次、エリカの温泉宿はどうなってるの?」
「温泉宿も順調よ。このあいだシャルロットが岩場を魔術で削ってくれたから、作業がずいぶんとはかどってるわ。ひとまず、簡易の露天風呂は完成してるわよ。入ってみる?」
「わあ、楽しそうだね。じゃあ、後で入ってみようかな」
シャルロットが温泉に食いついた。もともと貴族や富豪はお風呂に入るから、シャルロットは温泉に関心があるみたいだ。
かくいう俺も、何度か天然の温泉に浸かって、その良さを実感しつつある。
俺もまた時間のあるときに入りに行こうかな……なんて、暢気なことを考えながら、朝食を終える。でもって、俺達は解散して、いつものように別行動を始めた。
◇◇◇
朝食を三人で終えた後。
エリカがある予感を抱いて食堂に戻ると、同じようにシャルロットも食堂に戻ってきた。
「やっぱり、戻ってきたわね」
「そういうエリカこそ。理由は私と同じ理由かな?」
「たぶん、同じだと思うわよ」
定例となりつつある、朝食を兼ねた話し合いの席で、アベルがペットを飼いたいと言った。
もちろん、それ自体はなんの問題もない。問題はアベルの夢の内容。愛する奥さんとペットがワンセットであることだ。
イヌを飼おうとしていると言うことは、アベルはこの町で夢を叶えようとしている。
つまり、アベルは奥さんも欲している。
それを理解した瞬間、エリカはシャルロットを見て――シャルロットもまたエリカを見た。
「前からずっと、そうじゃないかと思ってたわ」
「それは私のセリフだよ。あなたがアベルくんのことを散々と罵ったときは、私の勘が鈍ったのかなって疑ったりもしたけど……間違ってなかったんだね」
「そうね。あたしはアベルのことが好きよ。そして、シャルロット。あなたもそうなのね」
この町で再開したときから疑っていたが、もはや疑う余地はない。シャルロットはエリカと同じ感情をアベルに向けている。エリカにとって最大のライバルなのだ。
それを理解した二人は、じっと見つめ合う。
「……シャルロット。あたしはあなたのことが嫌いじゃないわ」
「私も、あなたのまっすぐなところが好きよ」
互いに互いを褒め合っている。
にもかかわらず、二人の視線には火花が散っている。周囲で野次馬をしていた者達は、言葉に出来ない迫力に身を震わせた。
「ハッキリ言っておくわ。アベルと最初に仲間になったのはあたしよ」
「ふふっ。それはつまり、恋人の座は私に譲ってくれるってことかな?」
エリカが喧嘩をふっかけ、シャルロットがそう座に応戦する。
「そんな訳ないでしょ。アベルの夢を叶えるのはあたしよ」
「あら? アベルくんの夢ってたしか、田舎町に一戸建ての家を建てて、愛するシャルロットやペットと暮らすことだよね?」
「ふざけないでよね。アベルの夢は田舎町に一戸建ての家を建てて、愛するエリカやペットと暮らすことよ。勝手にアベルの夢をねじ曲げないで」
二人は真っ黒なオーラを撒き散らしながら睨み合う。
攻撃魔術が得意なシャルロットはともかく、聖女たるエリカが真っ黒なオーラを垂れ流すのはいかがなものか……
なんて突っ込める者がいるはずもなく、野次馬を出した者達は恐怖で呼吸困難に陥った。
「シャルロット、あなたには負けない。奥さん枠に収まるのはあたしよ」
「私だって負けるつもりはないよ。奥さん枠に収まるのはこの私だよ」
「良いわ。そう言うことなら勝負しましょう」
「もちろん、受けて立つよ」
シャルロットとエリカは視線を合わせて火花を散らす。
「ルールは無用」
「抜け駆けはありね」
さも当然のように、互いに恐ろしい提案をする。周囲で耳を傾けていた者達が戦慄するが、二人はいたって本気である。
ただし、周囲の人間が想像したような凄惨な戦いを繰り広げるつもりはない。
なぜなら、アベルは気配りが上手で、周囲のことをよく観察している。当然、自分とシャルロットが牽制し合っていることにも気付いている――と、エリカは思い込んでいる。
前者はともかく、後者は完全に誤解なのだが……とにかく、エリカは思い込んでいる。
それなのにシャルロットと争ったりしたら、アベルはそれを負担に感じるだろう。そうなったら、自分の首を絞めることになる。
だから、エリカは決して道を踏み外さない。そのうえで、シャルロットに道を踏み外させるために、ルールは無用だと言い放ったのだ。
もっとも、即座に抜け駆けがありだと返してきた辺り、シャルロットも同じことを考えている。どちらも自滅しないのであれば、正攻法で戦うことになる。
アベルの苦難はまだ始まってすらいなかった。
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