修羅場の片隅にある陽だまり 3

 その後、シャルロットは実際の候補地を見ると言うことで別行動。

 俺はエリカを迎えに行って、温泉宿の候補地を見て回ることにする。ツンデレの治まったエリカを回収して、温泉の湧いている付近へとやって来た。


「温泉が湧いてるのはこの辺りだよな。ってことは、宿もこの辺に建てるのか?」

「源泉からパイプを使って引くから、この付近に限る必要はないわよ。あまり距離があると問題も出てくるから、遠くまでは無理だけどね」

 俺は自分達が来た方を見る。この辺りは山の裾野で、少しだけ高さがある。町の外れにまでなら温泉を引くことが出来そうだ。


「じゃあ、温泉宿はあっちらへんかな?」

「そうねぇ……まずは冒険者ギルドの近くに一件建てましょう。それが軌道に乗ったら、差別化を図った宿を増やして行けば良いと思うわ」

「ふむふむ」

 なにやら色々考えてるみたいだな。

 本音をいうと、俺は温泉宿と言われてもあんまりピンときてない。これを手伝ってくれとか指示をもらったら手伝うけど、言われなきゃなにを手伝えばいいのやらって感じだ。


「そういえば、エリカはどこに住むんだ?」

「え、どういうこと?」

 俺の呟きに、エリカが首を傾げた。


「いやほら、いまのところ宿を取ってるだろ? でも、ここに定住するなら家くらいあっても良いかなって思ってさ」

「あぁ、それならもう、シャルロットに相談してあるわ」

「え…………?」

 予想もしてなかった言葉に、俺は思わず目眩を覚えた。


「えっと……その、どういう風に相談したんだ?」

「もちろん、住む場所はどうすれば良いのかって相談したのよ。そしたら、代官としてのお屋敷を建てるから、三人で一緒に住めるって。もちろん、温泉も引いてくれるそうよ」

「そ、そうなのか。それ良かったな」

 温泉をお願いするなんてちゃっかりしていると突っ込む余力もない。俺のいないところで紙一重くらいのやりとりが行われていた事実を知って魂が抜けそうだ。


「でも……ホントに良いのかしら?」

「え、良いのって……なにが?」

「ほら、あたしはアベルに誓いのキスをしてるでしょ?」

「そ、そうだな。……それで?」

「それでって……ほら、あたしとアベルがいるところにシャルロットがいて、気まずくないのかなって。シャルロットは、あたしさえよければ――って言ってくれたんだけど」

「な、なるほど。たぶん、シャルロットは平気だと思うぞ」


 俺の予想では、エリカが(あたしとアベルがイチャついているところにあなた一人だけど)三人一緒で良いの? と聞いたところ、シャルロットが(私とアベルがイチャついているところに入ることになるけど)あなたさえよければ――って返したんだと思う。

 だから、シャルロットは大丈夫。大丈夫じゃないのは俺の方である。

 もう、ホントに心労で死んじゃう。



 ――という訳で、温泉宿を建てる候補地を見て回った後、俺はエリカと別れて別行動。村長宅の近くにある、ティアを住まわせている家を訪ねた。

 こんこんとノックすると、ほどなくティアが姿を現す。


「あ、ご主人様、お帰りだよ~」

「この家はもう、ティアの物だぞ?」

「ティアはご主人様のモノだよ?」

「まぁ……良いけど、家に上げてもらっても良いかな?」

「もちろんだよ~」

 ティアが笑顔で向かい入れてくれたので、俺はその後について家に上がった。


「えっと……なにか飲み物を入れようか?」

「いや、今はそれより――」

 背を向けていたティアを後ろからぎゅっと抱きしめた。


「ひゃんっ。……ご主人様?」

「いまはモフモフさせてくれ」

「……んっ。いきなりモフモフしたら……ふふっ。くすぐったいよぅ」

 ティアが身をよじるが、俺は片手でぎゅっと抱きしめて、もう片方の手でモフモフなイヌミミを思いっきりモフる。

 はぁ……物凄く触り心地が良い。疲れ切った精神が癒やされる。

 俺はもっと思う存分モフろうと、床に座ってあぐらをかいた。そして、ティアを見て、ぽんぽんと自分の膝を叩いてみせる。


「……ご主人様?」

「ここに座るんだ」

「ふえぇ? ご主人様の上に座るなんて、そんなのダメだよぅ」

「良いから、おいで」

 もう一度、ゆっくりと言い聞かせるように膝を叩く。


「えっと……その、本当に、いぃの?」

「もちろん、ほらおいで」

「それじゃ……座るね」

 ティアはおずおずと俺の膝の上に腰を下ろす。それからゆっくりと体重を掛けた。そんなティアのお腹に手を回して抱き寄せ、俺の胸に背中を預けさせる。

 ティアの小さな身体から、暖かい温もりと甘い匂いが伝わってくる。


「はぁ……ティアは可愛いなぁ」

 イヌミミに頬ずりをして、片手でティアを抱きしめ、もう片方の手でイヌミミをモフモフする。何度も修羅場寸前を経験してすり減った精神が癒やされていく。


「ご主人様、今日はどうしたの? ……ひゃん。ご主人様、ちょっとくすぐったい」

「あぁ、ごめん。これくらいか?」

「うん。それなら……んっ。くすぐったくないよ~」

「そかそか。それで、話を聞いてくれるか?」

 ティアがくすぐったがらないように、気を付けながらモフモフしながら問いかける。


「もちろん。ティアはアドバイスとか出来ないけど、それでご主人様が楽になるなら、ティアはいくらでも話を聞くよぅ」

「ありがとう。実は――」

 俺は最近の紙一重だったあれこれを打ち明ける。


「ご主人様、凄く大変そうだね」

「ああ、まさかこんな状況になるとは、最近まで思ってなかったよ」

「わふぅ……」

 モフモフしていたイヌミミが、なぜがへにょんと萎れてしまう。


「ティア、どうかしたのか?」

「うぅん、なんでもないよ」

「嘘ついたって分かるんだぞ?」

 イヌミミがへにょんとなってるのでバレバレだぞと、俺はティアのイヌミミを摘まんだ。


「ひゃ……んっ」

「ほら、白状しないと、もっと摘まんじゃうからな?」

「わふぅ……ご主人様のいじわる」

「話す気になったのか?」

「それは……んんっ。分かった。分かったから、イヌミミをそんな風にしちゃダメだよぅ~」

 ティアがくすぐったそうに身をよじるから、俺は大丈夫だとその頭を撫でつけた。


「それで、なにを落ち込んでるんだ?」

「えっと……その。ご主人様はエリカさんやシャルロットさんに、色々とバレないようにするのが大変で疲れてるんだよね?」

「まあ……極論で言えばその通りだけど?」

「もしかして、ティアの存在も、ご主人様の迷惑になってるのかな……って」

「それは……」

 たしかに、エリカやシャルロットにティアの存在がバレたら、色々とヤバイ気はする。それは疑いようもない事実で、俺は二人にティアの存在を隠してる。

 だけど――


「ティアは迷惑なんかじゃないぞ」

「でも……」

「本当だ。たしかにティアの存在が二人に知られないように気は使ってるけど、ティアの存在はそれ以上に俺を癒やしてくれるからな」

「……ホントのホント?」

「ああ、ホントのホントだ?」

「じゃあ、ティアのことが二人に知られても、ティアのこと捨てたりしない?」

「するはずないだろ。大丈夫。たとえなにがあっても、ティアのことは護ってやるから」

 というか、こんなに素晴らしい癒やしのモフモフを捨てられるはずがない。だから、大丈夫だよ――と、俺はティアをモフモフした。

 

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