修羅場の片隅にある陽だまり 2
状況を整理しよう。
まずはエリカ。
エリカは俺に誓いのキスをして、俺への想いを告げた。そして俺と一緒に田舎町を発展させ、スローライフを送ろうと考えている。
でもって、シャルロットを、夢の手伝いをする仲間だと思っている。
続いてシャルロット。
シャルロットは俺に誓いのキスをして、俺への想いを告げた。そして俺と一緒に田舎町を発展させ、スローライフを送ろうと考えている。
でもって、エリカを、夢の手伝いをする仲間だと思っている。
そして俺。
田舎で庭付き一戸建てを建てて、愛する奥さんやペットと幸せに暮らそうとしてたら、二人から同時に誓いのキスを受けて、不可抗力で二股のような状態になった。
二人に事情を打ち明けるべきだと思うけど、そんなことをしたら不幸になると、女神様から直々に忠告されている。
……状況を整理しても、どうすれば良いか分からない。
どうしてこうなった。
ホント、逃げ出したいと思ったことも一度や二度じゃない。
でも、こんな形になってしまったとはけど、俺に想いを告げてくれた二人から逃げ出すのは間違っていると思って踏みとどまった。
……まあ、逃げたとしても、誓いのキスの効果で、絶対に逃げられないんだけどさ。
という訳で、翌朝。
俺達は食堂で朝食を取り、休憩がてら今後について話し合っていた。
差し当たっての目標は、この町に冒険者ギルドと温泉宿を作ること。他にもいくつか改善したい点はあるけど、まずはその二つが最初の目標だ。
まずはシャルロットが冒険者ギルドの設立を担当して、エリカが温泉宿の建設を担当することになった。でもって、俺はそんな二人のカバーや橋渡しをすることになったのだが――
「はぁ? どうしてあたしがアベルのと視察に行かなきゃいけないのよ!」
なにかが琴線に触れたらしくて、エリカがいきなりツンツンになった。そして、エリカのツンデレにまだ慣れていないシャルロットが目を丸くする。
「いきなりどうしたの? 温泉宿はエリカの提案だよね?」
「あ た し は、アベルと行くのが嫌だって言ってるの!」
「ええっと……」
いきなりの変貌にぽかんとしている。シャルロットの肩を掴んでこちらを向かせ、俺は無言で首を横に振った。
「……え? あぁ……もしかして、これが例のバッドステータスの効果?」
「そう言うこと。反論すれば余計に酷くなるから、こうなったらそっとしておく方が良い」
「なるほど……私のバッドステータスと似たような感じなんだね。分かった。ひとまずはそっとしておくね」
シャルロットが理解を示してくれる。
ちなみに、エリカは「なに二人でこそこそ話してるのよ!」と怒っているが、俺はなんでもないと軽く受け流す。俺のスルースキルもかなり上がってきた。
ちなみに、この状況になってから気付いたんだけど、ツンデレが発動してるエリカは俺のことを罵るので、誓いのキスを初めとしたあれこれを暴露される心配がない。
ツンデレを発動させておいた方が安全な気がする。
「ちょっと、あたしのこと無視してるんじゃないわよ、このバカっ」
まあ、あんまり罵られたくもないんだけどさ。
「エリカとの視察は後で行こうな」
「はぁ? だ か ら、なんであたしがアベルと視察をしなくちゃいけないのよ?」
「午後になったら部屋に向かいに行くからさ」
「ちょっと、行くなんて言ってないでしょ! 人の話を聞きなさいよ!」
エリカが反論してくるけど、「それじゃお先に。ごちそうさま」と食堂から逃げ出した。
食堂の前で待っていると、すぐにシャルロットが追い掛けてくる。
「アベルくん、あんな状況でおいてくなんて酷いよ」
「悪い悪い。けど、エリカがあんな風になったら、俺が離れるのが一番なんだ」
「ふぅん……私のバッドステータスよりキツそうだね。どんなバッドステータスなのかな。アベルくんは聞いてる?」
「え、それは……俺も詳しくは知らないんだ」
もちろん嘘だけどな。好きな相手に思ってもいないことを言っちゃうバッドステータスだなんて、絶対に教えられない。
「……まあ、私もバッドステータスについては秘密だしね。あれこれ詮索はするつもりはないんだけど……。えっと、これからどうする? どれくらいで戻るのかな?」
「バッドステータスの解除自体はそんなに長くはないと思うけど、ひとまずは先に冒険者ギルドの方の話を進めておこう」
という訳で、俺達は冒険者ギルドの候補地を捜すために、町長の家を訪ねた。
「これはこれは、アベル殿。昨日の家――」
「こほんっ。今日は町の統治と、冒険者ギルドの設立について話しに来たんだ」
俺は慌ててジェフのセリフを咳払いで遮って、横にシャルロットがいることを伝える。
「おぉ、シャルロット様。話はアベル殿から聞いておりますぞ。なんでも、この町を二人で統治するとか?」
「ええ、事実よ。差し当たってこの町に出来たダンジョンに対処するために冒険者ギルドを設立することと、この町に温泉宿を作ることは決定ね」
「冒険者ギルドは分かりますが、温泉宿……ですか?」
「ええ、そうよ。……えっと、どうして作ることになったんだっけ?」
やべぇ。昨日、ほろ酔い状態のところを勢いで押し切っただけだから、シャルロット自体が、温泉街を作る理由が分かってない。
「ジェフさん。温泉には様々な効能があり、怪我なんかも治るんです。だから、怪我の絶えない冒険者が集まる町にはとても相性が良い。だよな、シャルロット」
「あぁそうだった。それで、セットで作ることになったの」
シャルロットは思い出したと言いたげに納得してるけど、昨日はなし崩しで決まっただけだと思う。もちろん、言うつもりはないけど。
「なるほど、話は分かりましたじゃ。しかし、その……建築費用はどうなるのですかな? ハッキリと申しまして、この町にそこまでの余力はありませんぞ?」
ジェフさんが不安そうな顔をシャルロットに向ける。
「ギルドや温泉宿の建築費用や管理はこちらで責任を持つから平気だよ。もちろん、その場合の収益は私に入ることになるけど、職員の大半はこの町から雇う予定だからね」
「ええっと……それは、どういう意味ですかな?」
こういうケースは始めてなのか、町長はシャルロットの説明が良く分かってないみたいだ。
「ギルドや温泉宿はシャルロットが管理するから、町が出費する必要はない。その代わり、直接の利益が町に入ることはもない。ただし、職員への給与などなど、様々な効果でこの町が豊かになるってことだ」
横からフォローを入れる。といっても、俺自身よく分かってないんだけどな。
けど、俺が理解できる範囲での説明が逆によかったのか、ジェフさんは「なるほど、それは楽しみですじゃ」と表情をほころばせた。
「ひとまず、問題はなさそうね。あとは、ギルドの建築場所なんだけど……条件を伝えるから、候補地を捜しておいてくれるかしら?」
「分かりましたじゃ」
「後は……そうそう。ギルドの職員なんだけど、ギルドマスターはある程度、冒険者としての知識がある者が望ましいんだけど、誰かあてはあるかしら?」
シャルロットが問いかけるが、ダンジョンのなかった田舎町に元冒険者なんて……いや、ここに三人もいるけど、普通は滅多にいない。
案の定、ジェフさんは残念ながらと首を横に振った。
「なら、マリーを教育してギルドマスターに据えようと思うのだけど、どうかしら?」
「うちの娘を……ですか?」
「ええ。これはアベルくんが事前に計画していたことなんだけど……」
シャルロットがそんな枕詞を告げたけど事実無根である。けど、表情だけはそうですよと取り繕っておく。
「彼女は既に冒険者としてのレベルが結構上がってるのよ。だから、少し冒険者としての経験を積ませたら、ギルドマスターに据えることが出来ると思うのよね」
おぉ、そうか。これを見越して、事前にマリーのレベルを上げさせたのなら、たしかに先見の明が凄いな……って、俺のことだけどな。って言うか、ただの偶然だけどな!
「冒険者としての経験……ですか? ダンジョンに潜ると言うことですかな?」
「ええ、その通りよ。でも、私達が付き添うから、危険はほとんどないよ。さすがに、ゼロとは言い切れないけどね」
「……そうですか。一度マリーに聞いてみたいと思うんですが、よろしいですかな?」
「ええ、それでかまわないよ」
――と、そんな感じで、冒険者ギルドの設立についての話し合いが行われた。
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