安息の地を求めて 8
町長の家の前、ノックをすると町長のジェフさんが姿を現した。
「これはアベル殿、先日はお世話になりましたな。今日はどうかなさいましたかの?」
「急に訪ねてすまない。実は空き家を売って欲しいんだが……あてはないか?」
「空き家ですか? いくつかはあると思いますが……アベル殿が住むんですかな?」
「話せば長くなるんだが……俺とシャルロットがこの町を管理することになったんだ」
「この町を管理、ですか?」
町長が少し警戒の色を見せる。
「なにか問題が見つかったとかじゃないから、心配しなくて大丈夫だぞ」
「はぁ……では、管理というのはどういうことですかな?」
「ダンジョンが見つかっただろ? だから、冒険者ギルドの誘致とか、町を発展させるためのあれこれとかなだな。直轄領になると思ってもらえば良いと思う」
「なるほど、そうでしたか」
口ではそう言ってるけど、不安は消えてなさそうだ。
「なにか、気になることがあるなら答えるけど?」
「それでは一つだけ。さきほど、アベル殿とシャルロット様が管理するとおっしゃいましたが、アベル殿も口を出してくださるんですか?」
「うん? もちろんそのつもりだけど……問題あるのか?」
「いえ、アベル殿は先日、無理を押し通して街の不安を取り除いてくださいましたから」
「あぁ、なるほど」
勝手なことをするなと怒る徴税官――のフリをしたシャルロットの兄に逆らってまで、俺は異臭騒ぎの件を調べた。それで、俺は住民のことを考えていると評価してくれてるんだな。
もしかして、そこまで計算して、あんな芝居を打ってたのか、あの人。
「そっちの件は後日、シャルロットが来たら話し合おう。とにかく、住民の意見を無視するようなことだけはないから心配するな」
「心遣いに感謝ですじゃ。それで、家はアベル殿が住むと言うことでよろしいんですかな?」
「いや、俺の家の件は後日になると思う」
おそらくは、俺達が滞在する屋敷を建てることになるだろう。
……でも、そうするとエリカに、シャルロットと行動を共にしているのがバレてしまい、そのときにはシャルロットにもバレるのは確実だ。
だからそれまでに、なんとかしなきゃいけないんだけど……そのことは後回し。
「空き家が欲しいのは、この子を住まわせたいからなんだ」
俺は横で大人しくしていたティアを少し前に押し出した。ティアは俺が宿でモフり倒した時のままなので、フードを被っていない。モフモフのイヌミミが丸見えである。
「その子は……イヌミミ族ですか?」
「ああ、そうだ。俺のツレだから、いじめたりしないようにしてくれよ?」
ティアが街の住民に迫害されたりされないように、さり気なく釘を刺しておく。
「もちろんですじゃ。アベル殿の愛人だから手を出さないようにと伝えておきましょう」
「よろしく頼む……って、待て待て、誰が愛人だ」
「え、その娘でしょう?」
「いやいや、違うから。というか、どう見ても歳が離れすぎだろ」
「むろん分かっておりますじゃ。わしはアベル殿の性癖なんて知りませんし、なにも聞いておりませんぞ」
「分かってない、全然分かってない」
「ご安心を。もちろん、アベル殿が若い娘と共にこの町に来たことも知りませんぞ」
「な、なんでそんなことまで知ってるんだ?」
「なにぶん、小さな田舎町ですからな」
恐るべし、田舎の情報網。
……って、いやいや、感心してる場合じゃないぞ。
「そ、その話だけど……」
「もちろん、シャルロット様の耳には入れないようにするのでご安心を」
「……助かる」
俺がそう言うと、ジェフさんは若いですなぁとでも言いたげに笑った。ちくしょう、誤解だって言いたいけど、これ以上の言い訳は逆効果だ。
「と、取り敢えず、ティアが一人で住めるような家はあるか? 見てのとおり、イヌミミ族な上にまだ子供だから安全面を考慮して欲しい。無論、お金に糸目はつけない」
「ふむ……そう言うことでしたら、近くにある空き家はどうですかな? この家の近くですから、娘にときどき様子を見に行かせることが出来ますぞ」
「……娘?」
「異臭騒ぎの時に案内をした娘ですじゃ」
「あぁ……マリーとか言ったっけ」
そっか、あの子は町長の娘だったのか。
「あの子が見てくれるなら安心だけど……良いのか?」
「わしとしても、アベル殿とは仲良くしておきたいと思っておりますからな」
「なるほど、そう言うことならよろしく頼む」
ぶっちゃけると、街を管理する俺に恩を売っておきたいと言うこと。俺としても、町長の考えを抑えつけてあれこれするようなつもりはないので問題はない。
俺はジェフさんと握手を交わした。
ジェフさんに案内されたのは、一人で暮らすには十分な広さのある木造のお家だった。なかなかしっかりした作りで、ティアが住むには十分そうだ。
という訳で、ジェフさんに即金で支払いをして、ティアと一緒に家に入る。
「という訳で、ここがティアの当面のお家だ」
「えっと……ご主人様は一緒に住まないの? というか、ご主人様はこの町で暮らすの?」
「あぁ、その辺りをまだ説明してなかったな。実は――」
俺はかくかくしかじかと、シャルロットとエリカの件を詳しく説明した。
「ふえぇ……二人から誓いのキスを受けちゃったなんて、凄く大変だね」
「分かってくれるか?」
「うん。ご主人様は女神様のアドバイスを受けて頑張ってるんだよね。ティア、ご主人様が窮地を切り抜けられるように、頑張ってお手伝いをするね!」
「おぉ……ティア、なんて良い子なんだ」
俺は感激のあまり、ティアをモフモフする。
「わふぅ。ご主人様、くすぐったい。くすぐったいよぅ~」
くすぐったそうにしつつも、嬉しそうに微笑んでいる。ティアは俺の癒やしだな。
「ひとまず、ティアはこの家で暮らしてくれ。もちろん、必要な物は全部用意する」
俺はアイテムボックスから当面の生活費と、そのほか食器や家具なんかを出していく。
「わわ、これ全部、ティアが使って良いの?」
「もちろん。ティアは俺に仕えてくれてるんだし、俺が面倒を見るのは当然だろ。……そういえば、ティアは料理を出来るのか?」
「えっと……お母さんのお手伝いをしてたから、少しなら出来るよ?」
「なら、食材も少しおいとくな。面倒なら食べに行っても良いけど」
――てな感じで必要な物を揃えてから、俺は急いで宿に戻った。
けれど、エリカの部屋に行くと留守だった。どうしたのかと宿屋のおばさんに聞いてみると、部屋にいなかったから食堂に行くと言付けて出かけたらしい
ついさっきのことらしいから、急げば間に合うだろう。そう思って食堂に顔を出した俺は、片隅のテーブル席で睨み合っているエリカとシャルロットを見つけた。
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