安息の地を求めて 7
「な、なんでティアがここにいるんだ?」
「宿のおばさんにご主人様のことを聞いたら、この部屋だって教えてくれたの! だから、無理を言って部屋で待たせてもらったんだぁ」
「いや、それも色々気になるけど、そもそもどうやってこの町が分かったんだ?」
「ご主人様のニオイをたどってきたんだよ!」
「ニオイ!?」
たしかに、魔物の居場所がニオイで分かるとか言ってたけど……まさか、こんな長距離でもニオイをたどってこれるとは思わなかった。
恐るべし、イヌミミ族の嗅覚である。
「ま、まあ、ニオイの件は分かったけど……なにしに来たんだ?」
「それはもちろん、ご主人様にお仕えするためだよぅ」
「おぉう……」
もしかしてとは思ったけど、ホントにそんな理由だったとは……驚いた。馬車でも数日かかる距離なのに、良く十歳くらいの女の子が一人で来られたなぁ。
「あんまり無茶しちゃダメだぞ。というか、きっと両親が心配してるぞ?」
「うん、そうかも。後で、ちゃんとご主人様を見つけられたってお手紙を書いておくね」
「いやいや、そうじゃなくて。……って、え? お母さんは、ティアが俺を捜しに旅立ったって知ってるのか?」
「うん、もちろん知ってるよ。追い掛けなさいって送り出してくれたの」
「……マジか」
どうしよう。普通に考えたら出任せだけど、ティアの場合は本当な気がする。
「ご主人様、ティア……ご主人様の側にいたら迷惑かなぁ?」
「いや、迷惑って訳じゃないんだけど……」
ただでさえ、エリカとシャルロットの件で修羅場寸前なのに、ここにティアまで加わったら、物凄くややこしいことになりそうな気がする。
「お願い、ご主人様! ティアに恩返しをさせて欲しいの!」
「うぅん。俺は助けたくて助けただけだから、別に恩返しなんて気にしなくて良いんだぞ?」
「ティアが恩返しをしたいんだよぅ。お願い、ご主人様。ティア、ご主人様のためならなんでもするよ? それにティアのこと、モフモフしても良いよ?」
「モ、モフモフ……」
冷静に考えたら、ティアはまだ十歳前後だ。いくら可愛くてモフモフでも恋愛対象に入るわけじゃないし、エリカやシャルロットの件には影響しないだろう。
……いや、決してモフモフに釣られたわけじゃなくて、あくまで冷静な判断である。
「ティア。確認だけど、本当にアリアさんの許しは得てるんだな?」
「うんうん。あ、ご主人様への手紙をもらってるよ!」
ティアが鞄から手紙を取り出した。俺はそれを受け取って中身に目を通す。そこにはまず、イヌミミ族の集落やアリアさんを救ったことに対するお礼が書かれていた。
そして、イヌミミ族はその恩に報いるため、呼ばれたらいつでも駆けつける旨と、その先駆けとして娘を遣わせる旨が書かれていた。
「……うぅん。俺はちょいちょいと助けられるって思ったから助けただけなんだ。だから、こんな風に恩に着る必要はないんだけどな」
「ご主人様はイヌミミ族を救って、お母さんも元気にしてくれたもん。だから、ティアはご主人様にお仕えしたいの」
まっすぐに俺を見上げているティアの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。その翡翠のごとき瞳とモフモフなイヌミミを見て、俺は小さなため息をつく。
「分かった。なら、俺と一緒にこの町で暮らそう」
「……良いの?」
「ああ。その代わり、色々とお手伝いはしてもらうからな?」
まだ十歳くらいの女の子に重労働はさせられないけど、ティアは非常に鼻が良いし、歳の割りに運動能力は高い。なにかと役に立ってくれるだろう。
なにより――と、俺はティアの頭に手を伸ばし、そのイヌミミをモフモフする。ふわふわの毛並みが最高の手触りを与えてくれる。
「わふぅ。……ご、ご主人様。急に触ったら――んっ。……くすぐったいよぅ」
ティアは身を震わせなららも、その場から動こうとはしない。それを良いことに、俺は更にティアのイヌミミをモフモフする。
「……んっ。ご主人様ぁ」
ふむふむ。イヌミミ族の耳って、位置的には人間の耳と場所が変わらないんだな。毛の色は、サイドテールにしている髪と同じブラウンだけど……髪と違って長くなってないな。
なかなか興味深いなぁ……と、俺は存分にモフモフする。ちょっと調子に乗りすぎたようで、ティアがぺたんと床に座り込んでしまう。
うぅん。なんと言うか、手のひらをくすぐる毛並みの感触が最高だ。このまま何時間でもモフモフし続けていたくなる。
「ティア、シッポもモフって良いかな?」
「えっと……うん」
ちょっぴり恥ずかしそうに頷くイヌミミ少女が可愛すぎである。
俺はティアが恐がらないようにと、そっとシッポを掴んだ。ティアがピクリと震えるけれど、嫌がるような素振りは見えない。
それを確認して、俺は尻尾もモフモフとその感触を楽しむ。
サラサラ具合はミミの方が良いけど、シッポは圧倒的なボリュームがある。ミミとシッポ、どっちも捨てがたい。最高のモフモフである。
「ご主人様、ティア、なんだかゾクゾクってするの、なんでかなぁ?」
俺のことを涙目で見上げてくる。モフモフしただけなのに、なんか幼女にイタズラして泣かせたみたいな状況に見えるな。
――って、見えるな、じゃねぇよ! ヤバイ。エリカだって、とっくに部屋に戻ってるはずだ。そろそろ夕食の時間だし、エリカがいつ迎えに来てもおかしくない。
こんなところエリカに見られたら絶対に誤解される。
モフモフに釣られて我を見失っていた。
「ティア、立てるか?」
「え? ええっと、少し待ってくれたら……ひゃうっ」
立ち上がれそうになかったので、俺は小脇に抱えて持ち上げた。そして、急いで宿の部屋から脱出。その頃には歩けるようになったティアを連れて、町長の家へと向かった。
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