メディア様の日常 3

 女神様の創造せし亜空間――というか、娯楽ルーム。

 女神メディアは空調の効いた部屋で、人間工学に基づいて作ったソファにその身を埋めながら紅茶を楽しみつつ、正面のモニターに映し出されたアベル達の映像を眺めていた。

 この女神様、完全にだらけきっている。


「ついに、三人が一堂に会しますわね。あたくしが異世界から連れてきたお気に入りの子達とどう接するのか、ぜひアベルには頑張って欲しいところですわ」

 女神メディアは優雅に紅茶を一口、「でもその前に――」と続ける。

「プラムに目を付けられたカイルがどうなったのか、まずはそれを見せてあげますわ」



     ◇◇◇



「よし、プラムとルナはその調子でボスや雑魚を牽制してくれ! ジークは二人に近付く取り巻きの牽制。俺が一気にボスを叩く!」

 とあるダンジョンの下層にあるボス部屋。カイルの号令のもとに仲間達が動き、ボスのミノタウルスとの激戦を繰り広げていた。

 カイルは的確な指示をガンガン飛ばし、着実にミノタウルスを追い込んでいく。そして最長記録とも言える長い戦闘の末に、カイル達のパーティーは階層のボスに勝利した。

 ――そして、その日の夜。

 カイルのパーティーは酒場で祝勝会をおこなっていた。


「いやぁ……凄かったっす。まさか自分達でミノタウルスを倒せるとは思わなかったっす」

「そうよね。私達がいままで倒したどのボスより強かったわ。カイルさん、さすが勇者ね」

 新人の二人。盾役のジークと、魔術師のルナが興奮気味に話す。


「いや、勇者の称号なんて、ちょっと補正があるだけだからな。ミノタウルスを倒せたのは、お前達が的確に動いてくれたからだ」

 新しい仲間におだてられても、カイルは浮かれることなく冷静に答える。


「いやいや、それはカイルさんが指示を出してくれたからっすよ」

「あぁ……色々指図して悪かったな。鬱陶しくなかったか?」

「全然。もちろん、最初はちょっとやりにくいかなとか思ったんですけど、指示が全部的確だったから、すっげぇ戦いやすかったっす!」

 ジークはもちろん、隣にいるルナも大興奮である。

 それもそのはず、カイルはいままでのアベルの動きを思い出して研究。いままでのように攻撃一辺倒ではなく、周囲を観察しながら的確な指示を飛ばしていたのだ。


 もちろん、完全に再現できているわけではないが、それでも優れたアベルの動きを取り入れたカイルの指示は、確実にパーティーの実力を引き出していた。


「まぁ……お前達が戦いやすかったなら良かった」

 カイルがポリポリと頬を掻く。それを見たプラムがクスクスと笑う。


「カイル様、顔がちょっとあこうなってるよ?」

「うっせぇ。余計なお世話だ」

 悪態をつく。それが照れ隠しだと気付いたみんなが一斉に笑い声を上げた。



 その後、カイル達は適当な時間まで飲み明かして解散、それぞれが宿に戻る。

 ちなみに、ジークとルナはパーティーに入る前から付き合っているので二人部屋。そして、カイルとプラムも二人部屋である。

「じゃあ、また明日な。プラム、行くぞ」

「はいな、カイル様」

 新人達にお休みの挨拶を交わし、カイルとプラムは部屋へと戻る。そうして二人っきりになった瞬間、カイルはプラムを軽く抱き寄せた。


「プラム、今日も良く戦ってくれたな。牽制の攻撃が絶妙だったぜ」

「ふふっ、カイル様にそう言ってもらえたら嬉しいわ」

「謙遜するなよ。お前がいなかったら、俺はこんな風に自分を取り戻せなかったんだぜ?」

 プラムに対して優しげな笑みを浮かべる。いまの二人を見たら、対等な付き合いだと思うか、カイルがプラムを従えていると思う者がほとんどだろう。

 だが……実際は違う。



 ――数日前。

 エリカが拒絶したことで、カイルは腰巾着の呪縛から解放された。そこに居合わせたプラムが、カイルにこう尋ねた。

「うちのカイル様。これからは、うちのご主人様になってくれへん?」――と。


 もちろん、カイルは混乱した。

 てっきり、いまから『うちに従え』と高圧的に迫られて、自らの持つ腰巾着が発動。これからはプラムの言いなりになるしかないと思っていた。

 それなのに、プラムが紡いだ言葉はカイルの予想の真逆。


「……ご主人様になってって、どういうことだ?」

「うちは、ずっと前から勇者様――カイル様に憧れてたんや」

「憧れてた? プラムは以前から俺のことを知ってたのか?」

「そうやよ。ピンチのうちを、カイル様が救ってくれたんよ」

 自分の胸に手を添えて思いをはせる。プラムの乙女な表情に、カイルはドキッとした。


「それは、いつのことだ?」

「いややわぁ。それはうちの大切な思い出なんよ? いくらカイル様が相手でも、秘密に決まってるやん。どうしても知りたかったら、自力で思い出してぇや」

「むう」

 プラムに乙女な表情をさせているのは過去の自分。なのに、いまの自分はそのときのことを覚えていない。カイルは、昔の自分にほんの少し嫉妬を覚えた。

 だが、いまはそれよりも先に確かめなくてはいけないことがある。


「プラム、どうして俺を支配しない?」

「あら、なんのことやろ」

「惚けるな。いまの俺に強気に命令すれば、俺のバッドステータスがプラムに対して発動するって分かてるんだろ?」

 そうなれば、プラムが必要ないと切り捨てるか、死が二人を分かつまで、カイルはプラムの腰巾着として生きることになる。

 そのためにお膳立てしたんじゃないのかと、カイルはプラムに詰め寄った。


「カイル様のバッドステータスは、意識してる相手やないと発動せぇへんのと違うん?」

「分かってるんだろ?」

 カイルはさっき、プラムの胸に抱きしめられていた。そしていまなお、プラムに軽く抱きしめられている。カイルは、どうしようもなくプラムを異性として意識させられている。

 この状況がただの偶然とは思えない。


「カイル様の口から聞きたかったんやけど……まぁええか。たしかにうちは、いまならカイル様を支配できるって知ってるよ」

「なら、どうして支配しない。それが目的だったんじゃないのか?」

「うちの目的はさっき言った通りや。うちはカイル様にお仕えしたいんよ。せやから、この状況を作り上げたんや」

「……まさか、支配が目的じゃないって俺に伝えるために、わざわざお膳立てをしたのか?」

 一声、強く命令するだけでカイルを支配できる。この状況でカイルを騙す必要はない。だからこそ、プラムは本音で話しているとカイルは理解した。


「カイル様、うちはカイル様に救われてからずっと、カイル様を慕ってるんや。うちは、カイル様のためやったらなんでも出来る。せやから、うちのご主人様になって欲しいんよ」

「……プラム」

 プラムの本気の告白にカイルの心は大きく揺れた。


「気持ちは嬉しいが……俺はプラムに支配されなくても、いつか誰かに支配される。そうしたら、アベルの時のように、お前を傷付けるかもしれないんだぞ?」

「カイル様がうちを受け入れてくれるなら、実は一つだけ解決策があるんやけど……?」

「解決策? それは……まさか。そうか……そう言うことか」

 プラムがこの状況を作り出したのは、やはりカイルを支配するためだった。

 だが、それは強制的にという意味じゃない。


「俺が望めば、俺を支配した上で、お前の主として振る舞わせてくれると言うことだな?」

「それやったら、カイル様の思いをねじ曲げることはないやろ? 悪い取り引きやないと思うんやけど……どうかなぁ?」

「そうだな……」

 たしかに、カイルを支配している人間が望めば、カイルが思うままに振る舞うことも出来る。カイルの腰巾着というバッドステータスはないも同然となる。

 だが、それはカイルを支配する人間が信用できるという前提のもとに成り立っている。

 この時点になってもカイルを支配していない以上、いまのプラムは信用できるが、一年後のプラムも信用できるとは限らない。

 だけど――


「プラム。俺はずっと腰巾着の呪縛に怯えて生きてきた。誰にも、仲間にもひた隠しにして、ずっといままで生きてきた。だけど、お前はそんな俺の不安に気付いて、なんとかしようとしてくれてた初めての人間だ。だから俺は、お前を――信じる」

 まっすぐにプラムを見つめる。

 そんなカイルに対して、プラムはほのかに頬を赤く染めた。


「信じてくれて嬉しいわ、カイル様。それじゃ――こほんっ」

 プラムは片手を腰につき、もう片方の手でビシッとカイルを指差した。


「カイル、あんたはいまから、うちのもんや。異論は認めへん」

「おいおい、いきなりモノ扱いかよ」

「あぁん、なんか文句あるん? 文句あるんやったらいますぐ言い換えしてみぃな。ほら、どうなん? うちに文句あるん? ほら、ハッキリ言ってみいや!」

「――っ。いや、文句なんてないぞ。俺はプラムのモノだ。なんだって言ってくれ!」

 人が変わったように――正確に腰巾着の効果で、プラムの言いなりになるようにカイルの意思がねじ曲げられて、プラムにゴマをすり始める。

 それを確認したプラムは満足気に微笑んだ。


「さて……後は仕上げに命令をするだけ、やね」

 カイルをまっすぐに見上げ、少し考えるような仕草を見せる。

 いまのカイルはプラムの思うがままに操ることが出来る。だから、いままでのようにカイルの部屋に忍び込んで、カイルの着替えや枕なんかで自分を慰める必要もない。

 望めば、カイル自身に慰めてもらうことだって可能だ――と、そんな妄想はいつも抱いているが、迷っているのはそれが理由ではない。


 本音を曝け出したカイルがまずなにを望むか。その答えを知るのが恐くて、プラムは命令することを躊躇っているのだ。


 本人は気付いていなかったが、カイルが思うままに振る舞うことを望むと言うことは、プラムのご主人様になってくれない可能性もあると言うことなのだ。


 なにより、カイルはエリカに想いを寄せていた。腰巾着の呪縛から解き放たれたいまでも、エリカのことを想っている可能性は消えていない。

 自分の思うままに生きろと命令した瞬間、エリカを追い掛けると言い出すかもしれない。だから――と、そこまで考えたところで、プラムは頭を振った。


「……うちの望みは、カイル様の側に置いてもらうこと。せやけど、なによりカイル様に幸せになって欲しいんや。だから……うちは逃げへん」

 自分に言い聞かせるように呟いて、文字通りプラムにゴマをすっているカイルを見る。


「カイル様は、そんな風に誰かの言いなりになるべきやない」

「そう、なのか?」

「なんやの? うちの意見に文句でもあるん?」

「いや、まさか。プラムがそう言うなら、きっとその通りだ」

 言いなりになるべきではないという意見に言いなりになっている。よくこれで自己矛盾に混乱せえへんなぁと、プラムは苦笑いを一つ。


「せやから、カイル様。これからはうちの考えに併せる必要なんてあらへん。カイル様は自分の思うままに行動するべきや!」

 最後となるであろう命令を下した。

 その瞬間、カイルが大きく目を見開く。

 そして……


「あぁ……そうだ、そうだよな。ありがとうプラム。ようやく自分を取り戻せたぜ」

 カイルは背筋をピンと伸ばし、自信に満ちた声で言い放った。

 いままでのカイルは、ずっと怯えていた。

 誰かに意見すれば、意見のぶつかり合いが起きるかもしれない。そうなれば、その過程で腰巾着のバッドステータスが発動する可能性があった。

 だから、いままでのカイルはずっと自分を押し殺して生きてきた。だが、そんな生活とはおさらばだ。これからは、自分の思うように生きることが出来る。


「プラム、お前のおかげだ。俺は、これから自分の思うままに生きる!」

「あぁ……それがカイル様の本当の姿なんやね。うちの想像よりずっと素敵や」

 プラムは微笑みを浮かべながら、けれど心臓は不安で早鐘のように鳴っていた。そんな胸をぎゅっと押さえつけ、「それで、カイル様はこれからどうしたいん?」と尋ねた。


「俺は……あいつを追い掛けたい」

「――っ。やっぱり、そう、なんやね」

「ああ。俺にとってあいつは、最初から憧れだったんだ」

 カイルの告白に、プラムの胸がズキズキと痛む。けれど、分かっていたことやろ――と、必死に自分を言い聞かせる。


「だが……俺はあいつに嫉妬してた」

「え、嫉妬?」

 プラムは首を傾げる。

「それで腰巾着が発動したときに、あんな風に罵ってしまった。だから、俺はあいつを追い掛けて、本心じゃなかったって謝罪したいんだ」

「…………ええっと、エリカはんの話、やんね?」

「は? アベルの話に決まってるだろ」

「――そっちなんっ!?」

 まさか、ライバルはエリカはんやのうて、アベルはんの方やったなんて予想外やわ! あぁでも、それはそれで妄想がはかどるわ! と、プラムは興奮する。


「えっと……それで、カイル様は受けなん? それとも攻めなん? ……いや、そうやなかった。これからアベルはんを追い掛けるつもりなん?」

「……いや、いまの俺じゃアベルに合わす顔がない。まずは、このパーティーを立て直して、あいつに自慢できるくらい有名になってやる。そしたら、あいつの元に謝りに行く!」

「そ、そうなんやね」

 これは、うちはどうしたらええんやろとプラムは混乱する。だけど、そんなプラムに対して、カイルが手を差し出してきた。


「プラム、俺と一緒にパーティーを立て直す手伝いをしてくれ。俺にはお前が必要だ!」

「ええっと……嬉しいけど、アベルはんのためや想うと、ちょっと悩ましいわ……」

「なんだ、嫌なのか?」

「まさか、嫌なはずないやん。うちは、どこまでもカイル様についていくよ」

「よし、なら決まりだ。俺達でパーティーを盛り立てて、トップパーティーにするぜ!」

 カイルが力強く宣言し、プラムが大きく頷く。

 世界に名を轟かせる勇者パーティーの歴史はここから始まった……が、そのリーダーの真の目的を知る者は、この世界にたった一人しかいない。

 

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