安息の地を求めて 4
ひとまず、危機的状況を乗り切った――が、問題はまだまだ目白押しだ。
「悪い、部屋に忘れ物をしてきたから、ちょっとだけ待っててくれ」
シャルロットを宿の前で待たせて、俺は再び部屋へと舞い戻った。そうしてリビングに入ると、薄手のキャミソール姿で、しっとり濡れた髪を拭いているエリカの姿があった。
あ、危なかった! 数分遅かったら、鉢合わせしてたよ!
「アベル、どこか行ってたの?」
「あぁ……いや、ちょっとダンジョンのことでギルドに行こうと思ってな。話をしてくるから、エリカは先にご飯を食べてくれ」
「ギルドなら、あたしも一緒に行こうか?」
やーめーてーっ! そんなことされたら、シャルロットにバレちゃうからーっ!
俺は心の中で子供のように悲鳴を上げながら、必死に打開策を考えて視線を巡らせる。
「濡れた髪でギルドなんて行ったら、せっかく綺麗にした髪に埃がついちゃうだろ」
「……たしかにそうね」
良かった、なんとか納得してもらえそうだ。
「ところでアベル、さっき、ここに誰か来てた?」
ふぁ!? バレた!? 声が聞こえてた!?
「……なんでそんなことを聞くんだ?」
「うん。なんか、この部屋から甘い香がするから」
ああああああああああああああああああああああああっ! そうだった! シャルロットから甘い香りがするなとか俺も思ったよ!
お、落ち着け、まだ、まだ大丈夫、誤魔化せる!
「あの香りって、たしかシャルロットの――」
「そう、シャルロットが使ってる香水の匂いだな」
「あ、やっぱりそうなんだ? ……って、シャルロットがここにいたの?」
「いや、俺が調合した香水だよ。さっきアイテムボックスの中身を整理してたときに、前に頼まれて作った分が出てきたから、それでニオイが残ったんだと思う」
「え、そうなんだ?」
もちろん、口から出任せだ。なんて言ったら大変なことになるので、そうだよと頷く。
「へぇ、アベルって、香水なんて作れたんだ」
作れません。
「あ、在庫が残ってるのよね。良かったら、あたしにもくれないかな?」
持ってません! そう言うことは、シャルロットに言ってくれ。なんて、ホントに言われたら困るんだけど!
ピンチだよ、大ピンチだよ。手持ちの香水の匂いだって誤魔化したのに、手元に香水がないなんてバレたら、大ピンチだよ!
「あ、あれはシャルロット用に作ったものだから、今度エリカのために作ってやるよ」
「あたしのために?」
「もちろん。エリカに合う香りでつくる」
「えへへ、楽しみにしてるわね」
な、なんとか誤魔化せた。……けど、俺は本気で香水の作り方なんて知らない。後でエリカから香水の入手経路か作り方を聞こう……
「そ、それじゃ、ちょっとギルドに行ってくるな」
「はーい、行ってらっしゃい」
俺はエリカに見送られて部屋を後にした。
……な、なんとか乗り切った。九死に一生を得た気分だよ。
「お待たせ、シャルロット」
「おかえり……って、なんでそんなに疲れた顔をしてるの?」
「いや、なんでもない」
「……なら良いけど。それで、忘れ物は見つかった?」
「あ、あぁ、うん」
そういや、忘れ物を取ってくるって設定だった。ヤバイヤバイ。目先のピンチを乗り切ったとはいえ、まだまだ状況は逼迫している。気を抜かないようにしないと。
……って言うか、俺はなにと戦ってるんだろうなぁ。……なんて、あんまり考えると情けなくなるから止めようと、頭を振って歩き始めた。
「それで、どこへ向かってるの? 夕食の時間だし、そろそろ屋敷に戻る?」
隣を歩くシャルロットが問いかけてくる。
「そ、それは、その……」
エリカには、少しギルドに行くと言った。俺が長時間うろうろしてたら、エリカが不審に思って追い掛けてくるかもしれない。
そんなことを考えながら、二人並んで街の小道を歩き始める。そして俺達は、街の高台へとやって来た。そうして二人で落下防止の柵に寄りかかり、夜の街を一緒に眺める。
「ねぇ、アベルくん。ブルーレイクを管理するのも、もしかして嫌だったりするのかな?」
「え、いや、そんなことはないけど……なんでだ?」
「だって、今日のアベル。なんだか屋敷にいるのを嫌がってるみたいだし」
「そういう訳じゃないんだけどな……」
説明が難しい……というか、説明したら詰んじゃう。
「田舎町の管理は驚いたけど、嫌とは思ってないよ。ただ、シャルロットの想いに答えたわけでもないのに、お屋敷に我が物顔で滞在するのが申し訳なくてな」
とっさに口にしてから、意外と本心っぽいなと自分で思った。
「じゃあ、もしかして宿を取ったのも?」
「まぁ……そんなところだ」
おぉ、上手く説明できた。
「ふぅん。私は気にしなくて良いと思うんだけど……分かった。アベルの気持ちを尊重するわ。家の方には私から言っておくわね」
「……ありがとな」
シャルロットは貴族令嬢でありながら、自分の気持ちを押しつけようとしない。シャルロットは本当に優しい女の子だと思う。
まあ……誓いのキスのときは、思いっきりぶつかってきたけどな。
「なによ、どうして笑うのよ?」
「いや、シャルロットは優しいなって思って」
「~~~っ」
シャルロットが恥ずかしそうに身悶えた。
それから、じっと俺の顔を見上げると……
「えへへ、そんな風に言われたら、恥ずかしいよぉ」
以前聞いたことのある甘え口調のシャルロットが顔を出した。でもって、シャルロットは自分のセリフに驚いたように、口元を手で覆い隠した。
「……もしかして、バッドステータスかなにかを持ってるのか?」
「ど、どうして分かっちゃうの? ずっと、秘密にしてたのに……」
エリカもバッドステータス持ちだったから――と言うとややこしくなりそうだから、なんとなくそう思っただけだと誤魔化しておく。
「私のバッドステータスはほろ酔い。酔っ払ったようになって、思考力が低下しちゃうの」
……思考力が低下と言ったが、どっちかって言うと酔っ払ってるようだ。たぶん、酔っ払ったようになって、結果的に思考力が低下するんだろう。
「発動時間は夜で、二人っきりだったりすると効果が強まっちゃうんだよ。あ、でも、詳細は秘密だよ。だって、恥ずかしいもん」
ちょっと甘えた口調のシャルロットが可愛らしい。
「……あれぇ? そういえば、さっきはどうして発動しなかったのかなぁ?」
「さっきって……っ!」
宿でのことだ。二人っきりだったのにバッドステータスが発動しなかった――と、シャルロットは疑問に思ってる。けど、その理由は簡単だ。
単純に二人っきりじゃなくて、お風呂場にエリカがいたから。
マズイマズイマズイ、その事実がばれるのはマズイ!
「えっと……さっきはまだ、夜になってなかったんじゃないか?」
「えぇ、そうかなぁ?」
「そうそう、そうだって」
なんて、エリカのバッドステータスが消えた感じからして、実際はもう少し前に夜になってた。それがバレると大ピンチだけど……
「うぅん……そうかもしれないねぇ~」
た、助かった。シャルロットの思考能力が低下してるおかげで助かった!
はふぅ……本当に紙一重過ぎるよ。心労で本当に死んじゃいそうだ。
「あぁ、そうだ。あのね、アベルくん。ギルドの件はどうするの?」
「……え、ギルド?」
「ブルーレイクにダンジョンが出来たでしょ?」
「あ、あぁ……新しく作るギルドの話か」
「そうそう。ギルドを誘致する件の手続きや話し合いが二、三日ほどかかりそうなんだよ。私は、それが終わってからブルーレイクの街へ行くつもりなんだけどぉ……」
シャルロットが、問いかけるように俺の顔を見上げてくる。
「ん? なにかあるのか?」
「アベルくんはどうするかなぁって」
「あぁ……そっか」
エリカが手続きでこの街に留まるからといって、俺まで留まる必要はない。もちろん、普通なら待ってるよと言うべきなんだけど……
「なら、先にブルーレイクに行ってても良いか?」
俺はさり気なく、だけど、絶対に譲れない思いを込めて問いかけた。
「えぇ……先に行っちゃうの?」
やめろぉ、そんなに寂しそうな顔で俺を見るなぁっ!
俺だって薄情だとは思うけど、これしか道はない。この街に留まっていたら、明日と言わず今夜にでも、エリカかシャルロットのどちらかに二重生活がバレてしまう。
それを回避するためには、エリカを連れて先にブルーレイクに行くしかない。
「ダンジョンのことも気になるから、悪いけど先に行ってるよ」
「ん~、そっかぁ……なら、ダンジョンの手続きを急いで終わらせて追い掛けるね」
「ああ、向こうで待ってるよ」
待ってるというのは本心だ。
だけど、ブルーレイクでは確実に俺の二重生活がバレるだろう。
契約魔術のブッキングをいつまで隠し通すのか、女神様はそのときが来たら分かるなんて言ってたけど、そのときまで隠し通せるのかどうか……先行きは不安だ。
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