安息の地を求めて 3

 扉を開けると、そこには青みがかった銀髪のお嬢様。俺に想いを寄せ、誓いのキスと言う契約魔術を俺に使った女の子がたたずんでいた。

 ちょっと甘酸っぱいワンシーンのように見えるが、とんでもない。

 シャルロットの実家に部屋を用意してもらっていたのに、散歩してくると出かけて宿屋に来ている。しかも取ったのは二人部屋で、お風呂場では他の女の子が入浴中。

 はい、終わった。俺の人生、今度こそ終わったーっ!


「アベルくん、上がっても良いかな?」

「えっと……も、もちろん」

 シャルロットは勘が良い。

 ここでダメと言えば怪しまれるのは確実で、バレるのは時間の問題だ。中に入れるのも危険だけど、いますぐバレるよりはマシだとリビングへと招き入れた。


 大丈夫。エリカの私物はアイテムボックスの中なので見咎められる心配はない。奥にある扉の向こうではエリカが入浴中だけど、幸いにして物音は聞こえない。

 さっき呼びかけたときも聞こえなかったから、歌うほどの声じゃなければ大丈夫だろう。

 ……たぶん。


 とにかく、エリカがお風呂から上がってくるにはもう少しだけ猶予があるはずだ。それまでにシャルロットを部屋から帰せば、この状況を切り抜けられる。

 問題は、どうして俺が宿にいるのかを誤魔化す方法。考えろ。散歩に出かけて、そのまま二人部屋の宿を取る理由を考えろ考えろ考えてもなにも思いつかないよ!


「……アベルくんのエッチ」

 シャルロットが、ほんのりと頬を赤らめて呟く。

 ……って、エッチ? 俺がエリカとこの宿を取ったってバレてるのか? でも、それにしては、怒ってる感じじゃないよな?


「えっと、どうして?」

「私に言わせるなんてイジワルだなぁ。でも、私も親たちの監視がないところで甘えたい気分だったから、許してあげる」

 ……………………はっ!? もしかして、親の目を盗んで二人でイチャつくために、俺が宿の部屋を取ったと誤解されてる!?


「ご――」

 誤解だと喉元まで込み上げたセリフは、けれど寸前で呑み込んだ。

 この状況を上手く誤魔化す方法が思いつかない。シャルロットの誤解に乗っかるのが、この場を乗り切る唯一の方法かもしれない――と、そんな風に思ったからだ。


「実は、二人でゆっくり話したいって思ったんだ」

「……話したい? もしかして……私にとって、悲しい内容、なのかな?」

 シャルロットが不安そうに自分の胸を押さえる。


「……悲しい内容? なんでそんな風に思うんだ?」

「だって……アベルくん、あれからなにも言ってくれないし、もしかしたら誓いのキスのこと、迷惑に思ってるのかなって……」

「色々あって戸惑ってるのは事実だけど、シャルロットが悪いわけじゃないだろ? だから、迷惑に思ってるなんてことはぜったにない」

「……ホント?」

「ああ。むしろ、シャルロットに好意を寄せてもらえて嬉しいよ」

 本心である。

 シャルロットとエリカ、図らずも二人から誓いのキスを受けて大変なことになっているのは事実だけど、好意を迷惑に思うなんてことだけは絶対にありえない。


「良かったぁ……」

 シャルロットが安堵のため息をつく。それから俺を見上げて、わずかに頬を赤らめた。

「ねぇ……アベルくん。いま、二人っきりだね」

 いいえ、すぐ後ろにある扉の向こうでエリカが入浴中です。

 というか、あれからどれくらい経った? お湯を流すための魔導具は魔石の消費が激しいので、入浴時間がそんなに長いと思えない。

 既に、いつ上がってきてもおかしくない。

 でも焦りは禁物だ。焦っていることがバレたら、絶対にエリカの存在がバレる。落ち着いて、いつも通りに対応して、この状況をなんとしても乗り切る!


「ねぇ……アベルくん」

 シャルロットがゆっくりと俺に近付いてきた。

 手を伸ばせば抱きしめられる距離で、シャルロットは俺を見上げてくる。だけど、俺はシャルロットがつま先立ちになる寸前、その両肩を掴んで押しとどめた。


「どうして? アベルくんは私のこと――」

 シャルロットが泣きそうな顔で声を荒らげそうになる。その寸前、俺は人差し指でシャルロットの唇を塞ぎ、そのセリフを遮った。

 ……あ、危なかった。

 大きな声を上げられてたら、さすがにエリカに聞こえちゃうからな。


 この状況を無難に乗り切るのなら、シャルロットの望む答えを返すべきだけど、俺は気持ちのことで二人に嘘をつきたくない。

 だから――


「シャルロット。前にも言ったけど、答えを出すのは待ってくれ」

「……まだ待たなきゃダメ? なにか、迷っていることがあるの?」

「ある……けど、それは話せない」

 本当なら、正直に打ち明けるべきだ。だけどそれをしたら俺が心労で死んで、二人が罪悪感で苦しむと知ってる。だから、打ち明けることは出来ない。


「じゃあ、いつまで待てば良いの?」

「それは分からない」

「なら、言われたとおりに待てば、私を受け入れてくれるの?」

「それも分からない」

 シャルロットは、ほぅっと小さなため息をついた。


「つまりアベルくんは、理由は話せないし、いつまでかも分からないし、待った末に私のことを振るかもしれないけど、待ってて欲しいって言うの?」

「……そう、だ」

 客観的に聞いて良く分かった。ふざけないで――って、叩かれたって仕方がない。むしろ、まだ平手が飛んで来てないのが不思議なくらいだ。


「凄く勝手だね」

「分かってる。だけど、それでも――」

「――それでも、待っててあげる」

 シャルロットが俺のセリフに被せて言い放った。

 声が重なったせいもあって、俺は最初、その言葉の意味が分からなかった。


「……え? いま、待つって……言ってくれたのか? 理由は教えられないし、いつまで待たせるかも分からない。そのうえ、想いに答えられるかも分からないんだぞ?」

「それでも、アベルくんが待てというのなら、私はいつまでだって待つよ」

「……どうしてそこまで」

「アベルくん。私は決して、軽い気持ちで誓いのキスをしたわけじゃない。私が誓いのキスをしたのは、その覚悟があったからだよ」

 シャルロットはその青みがかった銀髪を揺らし、じっと俺を見上げてくる。


「だって……アベルくんを好きになっちゃったんだもん。しょうがないよ」

 少しだけ困った顔で、だけど微笑みを浮かべて受け入れてくれた。その優しさに思わず抱きしめたくなってしまうが、そろそろ本気でヤバイ。

 浴槽の方から感知できてた魔導具の反応が止まった。


「シャルロット、約束する。いますぐは答えられないけど、いつかちゃんと答えるから。だから、それまで待っててくれ」

「うん。待ってるよ」

「ありがとう。それじゃ……少し外を歩かないか?」

 俺はこれ以上はヤバイと、全力で話題を変えた。


「別にかまわないけど……?」

 急にどうしてと言いたげに首を傾げる。

「実はこの宿、壁が薄いらしくて、話し声が他の部屋に聞こえてるみたいなんだ」

 嘘だ。もし聞こえてたら、いまごろ裸のエリカが乗り込んできてる。だけど、いつそうならないとも限らない――と、俺はシャルロットを宿の外へと連れ出した。

 

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