メディア様の日常 2

 女神メディアは紅茶を片手に、優雅な午後のひとときを楽しんでいた。

 モニターに表示されているのは、とある赤髪の少女。主が留守中の部屋に忍び込み、そのベッドに寝転がって身悶えている。


「ふぅ……今日も実に素晴らしい映像が撮れたわね。……あら、また来たのね。なら、あれから勇者達がどうなったか、貴方に見せてあげるわ」

 女神メディアは膨大な記録の中から、お気に入りの映像を選び取る。

「前回の映像から数日後。シャルロットが抜けた穴を埋めて、更に新人を加えたパーティーでダンジョンに潜った後の記録よ。カイルがなぜアベルにあんな言葉をぶつけたのか。その結果どうなっていくのか……どうぞ、存分にご覧あれ」

 女神メディアがパチンと指を鳴らすと、正面のモニターに映像が流れ始めた。



     ◇◇◇



 とあるダンジョンの下層にある祭壇の前。カイルの率いるパーティーがボロボロの状態で休憩していた。あらたに結成した四人での連携が上手くいかなかったからだ。

「おい、エリカ! どうして回復を飛ばしてくれなかったんだ!」

「え、なにを言ってるの? いま治癒魔術を使ってるでしょ?」

「いまじゃなくて、戦闘中の話に決まってるだろ!」

「はぁ? あなたはなにを馬鹿なことを言ってるの?」

 不満をぶちまけるカイルに対して、エリカが冷ややかな視線を返した。その視線を受けて、カイルがブルリとその身を震わせる。


「ば、馬鹿なこと、だと?」

「そうよ。あのね、このパーティーには盾役がいないでしょ?」

 アベルの代わりに入れたプラムはアーチャーで、シャルロットの代わりに加入させた女の子は剣士だが、カイル同様に攻撃一辺倒なところがある。


「それなのに、戦闘中に治癒魔術なんて飛ばせるはずないでしょ」

 盾役がいなければ、シャルロットやエリカは戦闘中に魔術を使えない。アベルの代わりにプラムを加入させた時点で、シャルロットが脱退したのは当然の結果だった。


「だ、だが、盾役がいないパーティーなんて珍しくないだろ?」

 カイルの反論に、エリカは肩をすくめた。

 たしかに盾役のいないパーティーは珍しくない。というのも、エリカやシャルロットのような魔術使いは稀少なので、それを護りながら戦うような経験のある冒険者も少ないのだ。


「盾役がいないことに文句を言うつもりはないわ。でも、護ってくれる人がいなければ、戦闘中に治癒魔術を飛ばすのは命懸けなの。だから、軽々しく回復しろなんて言わないでよね」

「うぐ……」

 ぐうの音も出ないほどの正論に、カイルがうめき声を上げる。

 もっとも、いまのカイルはとある事情により強気なエリカには逆らえない。なので、たとえ正論じゃなかったとしても、同じように呻いていただろう。

 それはともかく――


「アベルのことを無能と罵っておいて、そんなことも分かってなかったわけ? 良くそれでアベルのことを無能だなんて言えたわね」

 ――と、最初にアベルを罵ったエリカが言い放つ。


「そ、そんなこと言われても、俺はエリカに同意しただけで……」

「はあ? あたしがアベルを罵ったからマネしただけだって言うつもり? あんなに、楽しそうに罵っておいて?」

 ――と、同じくらい楽しそうに笑っていたエリカが以下略。


 プラムはなにを考えているのか良く分からないが、新人の子は気まずそうな顔で沈黙。完全に気圧されているカイルを前に、エリカは盛大にため息をついて立ち上がった。


「どうでも良いわ。あたし、今日でこのパーティーを抜けるから」

「な――っ!? ちょ、ちょっと待てよ!」

 慌てたカイルがエリカの腕を掴んで引き留める。だが、エリカにキッと睨まれたカイルは萎縮してなにも言えなくなってしまう。


「この手はなに?」

「いや、これはその……というか、パーティーを抜けるって、どういうことだよ」

 なんとか自分を落ち着かせ、絞り出すような声で問いかける。

 カイルにはハーレム願望があるが、中でもエリカは特別な存在だ。そのエリカを失いたくないという想いが意識を支配する。

 だが――


「どうもこうも、言葉通りの意味。今日、この場で、あたしが、このパーティーを抜けるってことよ。なにか、文句があるのかしら?」

 エリカが強気な瞳で問いかけてくる。

 その強気な姿勢に気圧されて、カイルの中で同意しなければいけないという想いがわき上がり、エリカを引き留めようという想いが急速に消えていく。

 だが、このままではエリカを失ってしまう。

 エリカを失いたくないという想いと、エリカの意思に逆らってはいけないという衝動。二律背反に襲われたカイルは、必死にどうすれば良いかを考え――一つの結論に至った。


「パーティーを、パーティーを抜けるっていうなら、俺も連れて行ってくれ!」

 いきなりパーティーを抜けるなんて勝手だと引き留めておきながら、それが無理だと分かったら、自分も一緒に抜けるという。

 そんな見苦しい姿に、エリカはもちろん新人までもが侮蔑の表情を浮かべる。


「呆れたわ。でも、聞くだけは聞いてあげる。どうしてあたしが、貴方を連れて行かなくちゃいけないのかしら?」

「どうしてって……俺達、ずっと仲間だったじゃないか!」

「……そうね。あたしも、貴方のことは仲間だと思ってたわ。つい、最近まではね」

「最近って……まさか」

 真っ先に思い出したのは、アベルを追放したときのこと。だが、そもそもアベルを追い出そうと言いだしたのはエリカだ。

 それなのに、そのことに対して根に持つのはおかしい。だが、カイルにはその理由に心当たりがあった。すなわち、エリカの言葉が、自身の意思ではなかったという可能性。


「エリカ、聞いてくれ。先日のことだけど――」

「黙りなさい!」

 エリカに一喝されて、カイルはなにも話せなくなる。


「パーティーを抜けるなら勝手に抜ければいい。でも、あたしにあなたは必要ない・・・・の。だから、ついてこないで」

 必要ないと切り捨てられた。その瞬間、カイルはがくりと膝をつく。そんな無様なカイルを横目に、エリカは新人の二人へと視線を向けた。


「二人には申し訳ないと思ってるけど……仲間を大切にしないカイルとはこれ以上一緒に戦えない。だから、あたしはここでパーティーを抜けるわ」

 エリカはそう言い残して、今度こそ立ち去っていった。

 カイルは、膝を屈したまま立ち上がれない。

 残された者達のあいだに気まずい空気が流れ始め――


「あ、あの! 私、エリカ様がいないなら……いえ、その、お、お試し期間だったし、これでパーティーを抜けますね!」

 シャルロットの代わりに加入した女の子がそそくさと立ち去っていく。

 自分には新しいメンバーを引き留めるカリスマすら残っていないのだと思い知らされたカイルは更に落ち込み、俯いたまま動けなくなってしまった。



 どれくらいそうしていただろう? 隣から小さな息遣いが聞こえることに気付く。

 のろのろと顔を上げると、プラムが側にいた。


「……どうしたんだ? お前もパーティーを抜けても良いんだぞ?」

「いややわぁ。うちは、パーティーを抜けたりせぇへんよ」

「なんでだよ。このパーティーはもう……」

 その続きは口にすることが出来なかった。頭がぐいっと引かれ、プラムの豊かな胸に抱き寄せられたからだ。


「大丈夫、最初に言ったやろ。うちはずっと、カイル様の側にいるって」

「どうしてそこまで優しくしてくれるんだ。会ったばっかりなのに」

「……そうやね」

 プラムは「カイル様(・・・)は覚えてへんよね……」と小さな声で続けた。その声は本当に小さくて、プラムの胸に抱かれているカイルの耳にすら届かない。


「うちは、カイル様のことやったらなんでも知ってるよ」

「……俺のことを?」

 もしやという思いが浮かび、まさかという思いが打ち消す。

 誰も知るはずのないことを知られているかもしれない。その事実にカイルの鼓動が早鐘のように鳴り始めるが、胸から聞こえるプラムの鼓動も同じように高鳴っていた。


「俺のことを知ってるって……どういうことだ?」

「カイル様のバッドステータスについて」

「――なっ! ど、どうしてそのことを!?」

 驚いて顔を上げようとするが、プラムにしっかり抱き寄せられていて逃れられない。プラムの胸の谷間でもぞもぞする結果になり、豊かな胸の感触をより意識してしまう。


「言ったやろ、うちはカイル様のことやったらなんでも知ってるって。せやから、情けないなんて思わへん。強気な時のエリカはんには、絶対に逆らわれへんかったんやろ?」

「……本当に、俺のバッドステータスを知ってるのか?」

「腰巾着、やろ?」

 カイルは息を呑んだ。その忌まわしき名称こそ、カイルの持つバッドステータスに他ならなかったからだ。


 腰巾着というバッドステータスにはいくつかのタイプがあり、カイルの所有するバッドステータスは、対象が異性に限定するタイプだ。

 異性として意識している相手に強く命令されると発動し、対象を従うべき相手だと認識。それ以降は、その人の強気な言動には逆らうことが出来なくなる。


 つまり、最近のカイルはエリカを従うべき相手だと認識しており、エリカの強気の発言には同調することが強制されていたのだ。

 ……だが、腰巾着は解除する手段がある。それは、従うべきだと認識した相手から、必要ないと切り捨てられること。そうすれば、腰巾着の状態は解除される。

 いまのカイルは、従うべき相手を持たない状態だった。


 そして、胸に抱き寄せられていることで、カイルはプラムを異性として強く意識している。

 ――否。プラムによって、強制的に意識させられている。

 カイルは、自分がプラムの罠にはまっていることを理解した。だが、この状況ではすべてが手遅れだ。突き飛ばして逃げるより、プラムが一言命令する方が早い。

 それに……すべてを失ったカイルは、このまま流されても良いかもしれないと考えた。

 そして――


「うちのカイル様。これからは――」

 カイルの耳元で、プラムがその想いを囁いた。

 

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