不合格を目指して 4
ブルーレイクでの仕事を終えた俺達は、ユーティリア伯爵家へと戻ってきた。
まずは旅の汚れを落とし、伯爵夫妻の待つ応接間へと向かう。
今頃は徴税官のクリフさんが、俺が勝手な行動をしまくったと報告していることだろう。
だが、その報告はなにひとつ間違ってない。俺は与えられた役目から逸脱した行為をおこなった。批判されて当然で、試験の結果は間違いなく不合格だろう。
だが、それこそ俺の望んだ結果だ。
試験に合格すると、色々な問題が発生して、俺が心労で死んでしまう。それを回避するためには、絶対に俺が不合格になる必要があった。
不安要素もあったけど、上手く不合格になるように立ち回れた。
不合格を言い渡されたら後は簡単だ。
困っている民を助けたことで不合格にするような人達に結婚を認めてもらう必要はないとかなんとか、あまり怒らせない程度に並べ立てて、シャルロットと一緒に屋敷から逃げ出す。
これで誓いのキスのダブルブッキングについては隠し通せる。
もし、いつか俺がシャルロットを選ぶことになったら大変だけど……そのときはそのときだ。いまはとにかくこの状況を乗り越えよう。
という訳で、俺は扉をノックして応接間に足を踏み入れる。
伯爵夫妻がソファに座り、その横の席には我が物顔のクリフさんが座っている。なにやらニヤニヤしているのは、俺に不合格を言い渡すのが楽しみで仕方がないからだろう。
ここまで来れば俺ももう隠す必要はない。だから、俺も試験の結果が楽しみだという意味を込めて、ニヤリと笑い返してやった。
それが意外だったのだろう。クリフさんが少し驚いた顔をする。
「アベルくん、任務達成ご苦労だった。試験の結果を伝えるので、そこに座ってくれ」
「はい、分かりました」
ブライアンさんに言われ、俺はシャルロットの隣へと座る。俺が不合格になると分かっているはずだけど、シャルロットはふわりと微笑んでくれた。
やっぱり、シャルロットは俺のよき理解者だ。今回の件では苦労を掛けることになりそうだから、不合格を言い渡されたらなにかお詫びをしよう。
だが、まずは不合格の言葉を聞くのが先だと、ブライアンさんに視線を向ける。
そして――
「アベルくん、キミは文句なしで合格だ!」
俺はテーブルに突っ伏した。
「おっと、急に突っ伏したりしてどうしたのだ?」
「もう、貴方ったら。そんな野暮を聞くものじゃないでしょう」
「そうだぞ、父上。いくら自分の考えに自信を持っていても、シャルロットとの結婚が掛かっていたんだ。合格と聞いて気が抜けるのは当然だろう」
なにやら向かいで勝手なことを言っているが、不合格を確信してたら合格を言い渡されて絶望してるだけである。どうしてこうなった、どうしてこうなった!
……というか、父上、だと? いま、クリフさんがブライアンさんを父上と呼んだか? もしかして、二人は親子、なのか?
そう驚いて顔を上げると、クリフさんとバッチリ目が合った。
「アベル、名乗るのが遅くなったな。俺はクリフ・ユーティリアだ。……といっても、お前は最初からすべてお見通しだったようだがな」
「ま、まぁな」
――って、思わず相づち打っちゃったけど、お見通しってなに? クリフさんの正体を知ってむちゃくちゃ驚いてるんですけど!?
い、いや、いまはそんなことより試験の結果だ。合格は、合格だけはマズイ。なんとか結果にいちゃもんをつけて、不合格にしてもらわないと。
「ク、クリフさん、取り敢えず――」
「おいおい、いつまでさん付けで呼ぶつもりだ? 俺のことはクリフで良い」
「えっと……それじゃ、クリフ。試験の結果について詳しく教えてくれないか?」
「うん? アベルはもう、全部分かっているんだろう?」
分かってねぇよ。全然分かってねぇよ。
なんで、そんな誤解が発生してるんですかねぇ。
「えっと……そう、クリフの口から、直接聞かせて欲しいんだ」
「ふっ、そうか。お前は俺が進んでお前の試験官を買って出たことまで気付いていたのか」
「ま、まぁ、最初からもしかしてとは思ってた」
「やはりそうか……」
やはりってなんだよ。言っておくけど、全部出任せだからな?
「ちなみに、なにが原因で気付いたのか、参考までに教えてもらっても良いだろうか?」
無理無理。全部で任せだから。どの辺もなにも、今現在もまだ気付いてないから、そんな質問されても答えられないから。
……なんて、言えるわけないよな。
なんか、むちゃくちゃ期待した目で見られてるし、なにか、なにか言わないと! 違和感、違和感ねぇ……なにか、なにか……あぁ、そうだ!
「シャルロットを見れば、親がどんな人間かはある程度想像がつく。それにユーティリア伯爵領は豊かで、民の信頼も厚い。なのに、娘の恋人に課せた試験を、クリフが演じていたような人間に任せるのは不自然だ」
娘の結婚相手を試すのなら、もっとも信頼できる相手に任せるだろう。伯爵夫妻がもっとも信頼する徴税官が、民を蔑ろにするなんて不自然。
つまり、徴税官は偽物だと予想することが出来た。
「徴税官が偽物なら、誰が徴税官を演じてるのかってことだけど……クリフがシャルロットを心配してるって話は聞いてたし、ただの徴税官とは思えないような気品を感じたからな」
「……なるほどな。まさかそこまで見抜いていたとは、素晴らしい洞察力だ」
うん、まぁ……最初から気付いてたのなら凄いと思うよ。
って言うか、評価上げてどうするんだよ。俺は評価を下げて不合格――は手遅れだから、結婚を認められないようにしなきゃいけないんだよ。
どうしよう? いまから全部、ただの偶然だとぶっちゃけるのは……ダメだ。そんなことをしたら、俺が意図的に不合格になろうとしていたことがバレてしまう。
「さて、アベルくん。キミと娘の結婚についてだが」
不味い。結婚が正式に認められたら、もはやどこにも逃げようがない。
なんとかしないと、取り返しのつかないことになる――と、内心で慌てふためいていると、シャルロットがクスクスと笑い始めた。
次いでアウラさんが同じように笑い始め、ブライアンさんとクリフは苦笑いを浮かべる。
なんだ、なんで笑ってるんだ?
「ふっ、少しはキミを驚かすことに成功したようだな」
ブライアンさんがしてやったりと言いたげに笑うが、まったく意味が分からない。
「アベルくん、困らせてごめんね。お父様達にはちゃんと、私がアベルくんに一方的に誓いのキスをして、答え待ちだって話してあるから大丈夫だよ」
話を聞いて、余計に意味が分からなくなった。
それが事実なら、シャルロットは俺以外と結ばれることが出来ないのに、俺がシャルロットを選ばない可能性もあると、家族に知られていると言うこと。
なのに、なんでそんな反応が出来るんだ……?
「正直、娘から事情を聞いたときは憤りも感じたが……キミと娘を見て確信したよ」
「か、確信ですか?」
「あぁ、確信だ」
いや、その不吉な確信の内容を教えて欲しいんだけど……
「という訳で、キミと娘にはブルーレイクの町をあげよう」
説明! なにがという訳なのか、誰か俺に説明して!
「お父様、ブルーレイクの町を私達にくださるというのはどういうことでしょう?」
「お前達の夢は、田舎でのスローライフなんだろう? その夢の手伝いをしようと思ってな」
違う。それ、スローライフと違う。町を統治するのはスローライフじゃなくて、内政を頑張るって言うんだぞ……?
「ですが、あの町を試験場に選んだのは、異臭騒ぎの報告があったからでは?」
「最初はたしかにそれが理由だった。だが、ダンジョンが見つかったとなればあの町の重要度は跳ね上がる。二人で統治する価値は十分にあるはずだ」
はっ……異臭騒ぎまで計算に入れた試験だったのか。俺が人助けに走ることまで計算して、合格するように罠を張るとは、なんて恐ろしい策略を立てる夫妻なんだ。
……あれ? そういう話だったっけ?
なんか混乱してきた。
「ブライアンさん。あの町はあなたの言うとおり、これから発展していきますよね?」
「あぁ、そうだな。あの町には冒険者ギルドが置かれ、どんどん豊かになるだろう」
「そんな場所を、俺達に任せて良いんですか?」
「なんだ、そんなことか。なに、気にすることはない。それに、アベルくん。キミは既に、あの街を統治したいと思っているのだろう?」
俺は沈黙した。
だって、まったく意味が分からなかったから。
「ふっ、隠しても無駄だ。キミが既に発展の布石を打っていることは知っているぞ?」
「な……っ」
「なぜそれを、か? クリフもなかなか優秀だろう?」
いや、なんのことって、言いたかったんだけど……と、俺はクリフに視線を向けた。
「マリーという娘が冒険者に憧れていることは調査済みだ」
「たしかに、彼女は好奇心旺盛でしたけど……冒険者に憧れているって言うのは初耳です」
「ふっ、惚けるか。たしかにパワーレベリングは褒められた行為ではないからな。だが、いまの状況では有効な選択だった。だから、胸を張って功績を誇れば良い」
「いや、惚けてるわけじゃないですよ?」
「あくまで惚けるのならば、私から言おう。あらたな冒険者ギルドを作るとなると、冒険者として経験のある者を何人か引っ張ってくる必要があるが、そういった人材はなかなか集まらない。かといって、一から冒険者を育てるのは時間が掛かりすぎる」
そう、か。マリーは冒険者としては初心者だけど、レベル的なスペックは高い。冒険者としての経験を、他の人間より遥かに積ませやすい。
彼女に経験を積ませれば、ギルドにとって貴重な人材が迅速に確保できる。
……って、え? 俺がそのためにパワーレベリングをしたと思われてる?
パワーレベリングはただの偶然。好奇心旺盛なマリーがダンジョンに同行した結果、シャルロットの無双の影響でレベルがポコポコ上がっただけだぞ?
「いや、あれは……」
違うという寸前、シャルロットが「そうだったんだね」と安堵するような声を漏らした。
「アベルくんが色気のあるお姉さんを連れ回してるから、もしかして気があるのかなって心配してたんだけど……それが理由だったんだね、安心したよ」
「実は全部計算してたんだ」
危なかった。ここで選択を間違うと、俺が修羅場でデッドエンドの危機だった。
だが、目先の窮地は脱した。
次は――
「うむ、実に頼もしい。キミとシャルロットになら、安心してブルーレイクを任せられる」
「はい、任せてください、お父様!」
次はそれとなく理由をつけて、統治の件を断るつもり……だったんだけど。ダメだ。この状況から断る理由が思いつかない。
という訳で、俺とシャルロットは、ブルーレイクの街を統治することになった。やったね、田舎町でのスローライフに一歩近付いたよ……ははは。
その後、ブライアンさんから統治についての話を聞いたけど、正直あまり覚えてない。俺は外の空気を吸ってくると外出して周囲をぶらついた。
数時間ほど歩き回り、最後にたどり着いたのは街にある高台。
俺は柵に身を預け、ぼんやりと夕焼けを眺めていた。
取り敢えず、シャルロットの想いに答えるかどうかの返事は先延ばしになり、俺とシャルロットは、ブルーレイクを統治することになった。
なぜそんなことになったのか、さっぱり分からない。
けど、冷静に考えてみれば、ブルーレイクは住み心地の良さげな田舎町だ。今後発展していくとしても、穏やかな空気は残せるだろう。
統治するのは想定外だけど、田舎でのスローライフには一歩近付いた。
……そういうことにしておこう。
問題は、誓いのキスのダブルブッキングの件だ。
当初の予定では、二人と一緒に田舎でのスローライフを満喫しながら、ダブルブッキングの件をなんとか隠し通して、状況を打開する予定だった。
……いま考えてみると、予定というより都合のいい願望レベルの計画だな。
過去の失敗はおいといて、これからどうするかを考えなくちゃいけない。
シャルロットと俺が二人でブルーレイクを統治していることをエリカに知られたら、どうしてそんなことになったのかと聞かれて話がややこしくなる。
なんとか、エリカと合流する前に、この状況を打開しないと――
「アベル、会いたかったわ!」
「――はうあっ!?」
いきなり金髪ツインテールが飛び込んできた。それがエリカだと理解するより早く、俺の心臓が暴走を始めた。もうヤダ。心臓が心労で死んじゃう。
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