不合格を目指して 3
「ねぇ……お兄さん、あんな風に啖呵を切っちゃって、本当に良かったの?」
山の裾野で発生している異臭の原因を探しに向かう途中、案内役を買ってくれたお色気お姉さん、マリーがもう何度目か分からない疑問を投げかけてくる。
「さっきも言ったが問題ない」
「でも、あの人、試験がどうとか言ってたじゃない」
「いいんだ。人助けをして落とされるような試験なら、不合格になってもかまわない。分かってくれる奴だけ分かってくれれば……それでいい」
「分かってくれる人? それって……」
マリーが首を傾げて頬に人差し指を当てる。
そのとき、背後から駆け寄ってくる足音が響いてきた。
「ちょうど答えがやって来た」
「え? ……あ、殺気(・・)の人ね」
……うん。なんかちょっと、“さっき”のニュアンスが違った気がするけど、殺気を振りまいていたから間違ってはいないな――とか考えているうちに、シャルロットが追いついた。
シャルロットは俺の前に立ち、なにか言いたげに見上げてくる。
「シャルロット、どうしたんだ?」
「え、あ、その……アベルくんが取られないか心配……じゃなくて、私も異臭騒ぎの原因探しを手伝おうかなって」
「ふむ……」
二人ともクリフの側を離れるのはどうかと思ったけど、不合格になるのが目的だからまったく問題はないな。
「分かった、それじゃシャルロットも一緒に行こう。それから……試験の件、ごめんな」
俺が頭を下げると、シャルロットはフルフルと首を横に振った。
「謝る必要なんてないよ。私の知ってるアベルくんは、困ってる人を放っておいたりしないもん。あなたがあなたらしくくれれば、私はそれでいいよ」
「……ありがとう」
「あら、お礼なんて言わなくて良いよ?」
「いや、シャルロットなら分かってくれるって信じられたから、俺はあんな風に言うことが出来たんだ。だから……ありがとう」
「~~~っ。そんな風に言われたら、は、恥ずかしいじゃない……」
ほのかに頬を染めて下を向く。シャルロットは本当に可愛いと思う。
シャルロットの想いに答えられるかはまだ決められないけど、試験に不合格になったらシャルロットを連れ出して、当初の予定通りどこかの田舎でのんびり暮らそう。
「なるほど……答え、ね」
マリーがなにやら意味ありげな顔をしているので、野暮なことは言うなよという意味を込めて軽く睨んでおく。
その後、俺達は異臭の原因を探るべく、山の裾野に向かったのだが……
「うわぁ、これは強烈だな」
どこからともなく、卵の腐ったような臭いが漂ってくる。
町からそれほど離れておらず、少しだけ標高が高い。町を見下ろせるような場所でこんな異臭がしていたら、そりゃ町の住人は怯えるだろう。
「アベルくん、近くに毒の沼かなにかがあるのかも」
「そうだな……ちょっと待っててくれ」
こんなとき、エリカがいれば毒を無効化する魔術を使ってくれるんだけどな。
シャルロットは攻撃魔術に特化しているし、俺は初歩的な魔術しか使えない。だから、俺はアイテムボックスから魔導具とポーションを取りだした。
「それは毒を無効化する魔導具かしら?」
シャルロットが興味深そうに魔導具を見る。
「だったら良かったんだけど、周囲の毒を検知するだけだ。だから、これ。毒を消すポーションだから、もしもの時はそれを飲んでくれ」
さっき取り出したポーションを一本ずつ手渡す。でもって、俺は動力となる魔石を填めて魔導具を起動し、周囲に毒物がないか確認する。
「どう? 毒の霧だった?」
「……いや、検出できない。少なくともこの臭いは、人体に影響はなさそうだ」
この魔導具じゃ微量の毒は検出できないので、風に乗って薄まっている可能性はある。ひとまず、この臭いの出所を探すことにした。
そしてほどなく、エメラルドグリーンの池をみつけた。底から水が沸いていて、あふれた水は川となって遠くにある川へと流れ込んでいる。
もし、その水が毒ならとひやりとするが、幸いにして魔導具は毒を検出しない。どうやら、臭いが強いだけで、人体に影響のあるような水ではないらしい。
「ねぇ、アベルくん。あの池……なんかモヤが掛かってない? それに、なんだかこの辺り、妙に空気がジメジメしてる気がするんだけど」
「……たしかにそうだな。毒は問題ないみたいだから、ちょっと近付いてみよう」
念のために魔導具を起動したまま、俺達は慎重に池に近付く。
「これは……湯気か?」
妙にモヤがかかっていると思っていたけど、正体は湯気だった。つまり、ここにある池は水ではなく……お湯だ。火傷するほどじゃないけど、かなり熱い。
「ちょっと、アベルくん、手なんて突っ込んだりして、危ないよ?」
「毒じゃないのは確認済みだし、ひとまず指先だけだから平気だよ」
指先でお湯をかき回しながら、指がピリピリしたりしないか確認する。自然界には身体をとかすような水もあるそうだけど、このお湯は問題なさそうだ。……臭いけど。
「ああ。このお湯は毒でもないし、身体を溶かすような液体でもない。臭いのは問題だけど、それ以外は特に問題なさそうだ」
「……じゃあ、心配しなくて平気なんだね」
不安そうだったマリーの表情が少し明るくなった。
「このお湯自体は、心配しなくていい。ただ、どうしてこんなお湯が沸き出したのか……先日地揺れがあったとか言ってたよな?」
「うん。結構ぐらぐらと揺れて、みんなびっくりしてたわ」
マリーが身体を揺れを再現するように身体を揺すり、豊かな双丘がたゆんたゆんと揺れている。なかなかに大きいおっぱ……いや、地揺れだったようだ。
だが――
「……シャルロットは、地揺れがあったって知ってるか?」
「うぅん、私のところに、地揺れの話
「そうか……」
俺だけなら気付かなかったなんて可能性もあるけど、シャルロットは伯爵家の令嬢だ。自分の領地で大きな地揺れがあったのなら、屋敷に戻ったときに聞いてるだろう。
「たぶん、地揺れは起きていない」
「え、でも、町の人はみんな知ってるわよ?」
「分かってる。嘘だとは思ってない。俺が言いたいのは、一般的な地揺れじゃなくて、この町の周辺だけ揺れたんじゃないかってことだ」
「えっと……どういうことかしら?」
マリーがきょとんとした顔をするが、シャルロットは深刻そうな顔をした。
「……アベルくんは、この近くでダンジョンが発生したと思ってるの? 新しいダンジョンなんて、もう何十年も発生してないはずだよ?」
「そうだけど……もとからそんなにポコポコ発生してたわけじゃないからな。新しいダンジョンが発生しなくなったとは限らない。ダンジョンが発生すると地揺れが発生するし、森で魔物が異常発生していた理由にも説明がつくだろ」
大雑把な位置関係として、ユーティリア伯爵直轄の街があって、イヌミミ族の暮らす森。その反対側にこの町が存在している。位置的に考えても、ありえない話じゃない。
「たしかに、アベルくんの言うとおりね。周囲を探索してみましょう」
予測範囲はかなり広い。場合によっては、周辺の村で地揺れの確認をして、震源地の特定が必要かもしれない。そんな風に思ったけど、幸いにしてそれらしき場所が見つかった。
お湯が沸いていた場所から徒歩で十分程度の岩場に、地下へと続く人工的な洞穴がある。その洞穴を少し覗くと、奥にダンジョンではおなじみの祭壇があった。
「……なにかの儀式を行う祭壇、なのかしら?」
おっかなびっくりしつつも、残る方が恐いと言ってついてきたマリーが、祭壇を見て首を傾げている。どうやら、祭壇のことを知らないようだ。
「この祭壇は、ダンジョンの出入り口なんだ」
「扉は見当たらないけど……出入り口なの?」
「ああ。この祭壇を起動するとダンジョンに転移することが出来るんだ」
ちなみに、一度に転移可能な人数は四人で、転移できるのは全員が行ったことのある階層のみ。転移先となる祭壇は各階にいくつか存在して、飛ばされる先はランダムとなっている。
よって、一般的なパーティーの上限は四人となっている。
「マリー、地揺れが起きたのは、十日くらい前だって言ってたよな?」
「それがどうかしたの?」
「ダンジョンで発生する魔物を討伐しないで放置しておくと大氾濫(スタンピード)を引き起こすんだ」
「大氾濫(スタンピード)!? 大変じゃない! ど、どうしたらいいの?」
あ、祭壇は知らなくても、大氾濫(スタンピード)は知ってたのか。余計な心配をさせてしまった。
「大丈夫だから、落ち着いてくれ。文献によると、ダンジョンが出現して最初の数ヶ月は、放置しても大氾濫(スタンピード)は発生しないはずだ」
「そう、なの?」
「ああ。ダンジョンの発生に魔力素子(マナ)を多く使うから、らしい。ただ、フィールドに魔物が発生する可能性はあるから、ひとまずダンジョンの魔物を片付けた方が良い」
ちなみに、魔物がフィールドに発生するのと大氾濫(スタンピード)には、発生する魔物の数以外にも違いがある。魔物の異常発生の場合は発生した付近からほとんど離れないが、大氾濫(スタンピード)の場合は大移動して人里に押し寄せることもあり、危険度が段違いなのだ。
「ねぇアベルくん。イヌミミ族の集落付近に魔物が発生したのも、これが原因かな?」
「あぁ……そうだな。時間軸的に考えて、魔物の発生の方が先だから、ダンジョン出現の予兆だったんじゃないかな」
ユーティリアの街とブルーレイクの町のあいだに森がある。
地理的に考えても、二つの事件の関連性は高い。だとすれば、このダンジョンをしっかり管理すれば、イヌミミ族の集落は安泰だろう。
「魔物をかたづけた方が良い……って、それはつまり、冒険者ギルドに依頼を出す必要があると言うこと? 見てのとおり、この村はそんなに裕福じゃないんだけど……」
「このケースなら依頼料は領主が出してくれる。というか、喜んでこの町に新しい冒険者ギルドを作ってくれるよ」
マリーはピンときていないみたいだけど、魔物がドロップする魔石は、各家庭の灯りを始めとした様々な魔導具の動力源となっている。
つまり、この村は金脈を掘り当てたようなものだ。
「シャルロット、魔物の掃討ついでに、発生する魔物の傾向や強さも調べてみよう」
「うん。私もそれが良いと思う」
俺はアイテムボックスから剣を取り出し、シャルロットは杖を取り出す。
「マリーはどうする?」
「えっと……どういう選択肢があるのかしら?」
「先に町に戻るか、ここで待ってるか、もしくは……一緒にダンジョンに入るか?」
なんてな、冗談だよ――と俺が続けるより早く、マリーが「なら、ついていっても良いかしら?」と応えた。
「……本気なのか?」
「そのつもりだけど……えっと、もしかして危険だったりするのかしら?」
「危険……? いや、シャルロットの側を離れなかったら危険はないよ」
「だったらついていきたいわ」
――という訳で、俺達は祭壇を使ってダンジョンの内部へと転移することになった。
「へぇ……このダンジョンはフィールド型なのか」
ダンジョンには様々なタイプがあるが、このダンジョンはフィールド型。超巨大な地下空間で草原が広がっており、空には人工の太陽のようなものまで存在している。
「アベルくん、見て見て、あっちこっちに魔物がいるよ」
「あぁ……たしかに多いな」
ゴブリンやブラウンガルムなどなど、低ランクの魔物があちこちに発生している。数の暴力という意味で、駆け出しの冒険者には厳しい。
まずは、魔物を掃討した方が良さそうだ。
「アベルくん、片っ端から倒していくから、うち漏らしをお願いしても良いかな?」
「りょーかいだ」
シャルロットがノリノリなので、俺は任せることにした。
「いくよっ!」
シャルロットが杖を構えると、その足下に光り輝く魔術陣が出現。頭上に無数の氷の刃が出現し、その一つ一つが別の敵をめがけて放たれる。
一体、二体、三体と魔物を打ち抜き、仲間をやられたことに気付いた魔物がこちらに向かってくる――が、それらすべての魔物は、シャルロットの攻撃魔術に打ち抜かれていく。
「うわぁ……魔物が見るも無惨なことになってるわね……」
マリーが感心してるのかドン引きしてるのか良く分からない声で呟く。
倒れた魔物は光の粒子となって砕け散り、その足下に魔石を初めとしたドロップアイテムが落ちる。あっという間に、辺りはドロップアイテムで埋め尽くされた。
「え、なになに? なんか、光の粒子がいっぱい私の身体に入ってくるんだけど!?」
降り注ぐ経験値を見て、マリーが慌てふためく。
「なにを驚いて……って、そうか。マリーは経験値を見るのは初めてなのか」
「け、経験値? よく分からないけど、危険はないの?」
「危険はないよ。ただ……」
通称経験値。魔物を倒したときに発生する光の粒子で、魔力素子(マナ)の結晶とも言われているそれは、たくさん浴びるとレベルが上がって身体能力が伸びる。
それが、マリーにたくさん流れ込んでいる。高レベルの俺やシャルロットにとっては些細な量だけど……マリーはいくつかレベルが上がるんじゃないかな?
……って思ったけど、身体能力が上がっても困ることはないし別に問題はないな。
「た、ただ、なにかしら? やっぱり危険があるの?」
「いや、危険はない」
「ほ、ホントに?」
「ホントだ。それより、ドロップアイテムを集めるのを手伝ってくれるか?」
「……ええ、分かった――わひゃっ!?」
一歩を踏み出そうとしたマリーが、物凄い勢いで地面を蹴ってひっくり返った。
「おいおい、急にどうしたんだ?」
「え、なんか、身体のコントロールが……なんか、力が有り余ってるみたい」
「あぁ、レベルアップで急に身体能力が上がったからだな」
「……危険はないって言ったのに」
マリーが恨みがましい目で見てくるけど、俺はそっと視線を逸らした。
その後、急激なレベルアップで身体を持て余していたマリーが七転八倒したりしたが、おおむね問題なく魔物の掃討は完了した。
倒したのは一層の敵だけだけど、魔物の異常発生の心配はしばらく必要ないだろう。
という訳で、クリフ達のもとへと帰還して、かくかくしかじかと説明する。町長はひとまず安心だと喜んでくれたのだが、クリフの表情は険しいままだった。
「ふっ、ダンジョンがあったとは驚きだな。だが、お前は俺の制止を振り切って、別行動をした。ダンジョンを見つけたからと言って、その事実が変わると思うなよ?」
「もちろん、そんなことは思ってないさ」
むしろ、ダンジョンを見つけた功績でチャラにしてやろうとか言われなくて安心した。なんてことを考えていると、クリフが俺の顔を覗き込んできた。
「強がりではなさそうだな」
やべぇ、少しは神妙にしないと、俺の考えがバレる。
「……まさか、試験なんてどうでも良いと思っているのか?」
「いや、どうでも良いなんて思ってないさ」
むしろ、絶対に不合格になってやると思っている。
「なら、どうしてそのような顔が出来る?」
「俺は自分が間違ったことをしたとは思ってないからだ」
クリフが考えを変えないように、しっかり挑発も忘れない。
「ふっ、そうか。なら、試験がどのような結果になるか……楽しみにしておけ」
クリフはニヤリを笑って立ち去っていく。俺はぜひとも不合格にしてくれ――なんて内心は押し隠し、その後ろ姿を無言で見送った。
◇◇◇
アベルの側を離れたクリフは、さり気なくシャルロットを手招きして場所を移動。家の裏手に回り込んで、シャルロットと向き合う。
「シャルロット、お前に聞きたいことがある」
「なんですか、
徴税官とは仮の姿。その正体はクリフ・ユーティリア。次期当主にしてシャルロットの実の兄だった。そんなクリフの問いかけに、シャルロットは小首をかしげる。
「お前は本当に、俺の正体を彼に教えていないんだろうな?」
「もちろんです。お兄様の正体はもちろん、今回の試験についてはなにも話してません」
「ならば、彼はなぜあのような態度を取れる? 普通は不合格になることを恐れて、あのような態度は取れないはずだ。それとも、この試験の真の意図に気付いているのか?」
「アベルくんなら、当然気付いているでしょうね」
アベルがこの場にいたら、真の意図? なにそれ、美味しいの? と言いそうなレベルで誤解だが、あいにくとそれを突っ込む人間はこの場にいない。
「だから指示通り動くのではなく、真に民のことを考えた行動を取ったという訳か」
これが徴税官や護衛としての試験であれば、指示通りに動くことを評価するべきだ。だが、アベルはユーティリア伯爵令嬢の伴侶として相応しいかを試されている。
ゆえに、柔軟な考えと、民を大切にするかが評価ポイントとなる。
そして、今回の目的は徴税の調べではなく、異臭騒ぎの調査こそが目的。
アベルはそれを理解しているから、あのような行動を取ったのだとクリフは思ったのだが、もちろんそんなことはこれっぽっちもない。
――と突っ込む人間はこの場にいない。
「いいえ、それは違います」
――否、シャルロットが否定した。
「アベルくんはもちろん、すべてを見透かしています。でも、だからじゃありませ。彼はたとえ気付いていなかったとしても、困ってる人を見捨てたりは出来なかったでしょう」
否定はしたが、更に好意的に誤解しているだけだった。
「もしそうだとしたら、彼は不合格になるとしても、同じ行動を取ったことになる。それでは、お前の気持ちはどうなる。彼はお前を大切にしていないではないか」
「いいえ。アベルくんは、私なら分かってくれるって、信じてくれているんです」
最後の一つだけは正解だ――と突っ込む人間は以下略。
「ふっ。アベル……か。さすがはシャルロットの選んだ男な」
本人の預かり知らぬところで、アベルの評価がうなぎ登りだった。
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