不合格を目指して 2
ユーティリア伯爵家の当主から出された試験とは、税を決めるために田舎町へおもむく徴税官に同行し、その手伝いをすること。
田舎町に同行することはなんの問題もないが……この試験に合格すると、俺はシャルロットとの結婚を認められることになる。
認められると、盛大に発表されるだろう。そうなるとエリカにバレて、エリカからも誓いのキスを受けていることがバレて、俺の人生は間違いなく終わる。
もし俺がシャルロットを選ぶことになれば苦労することになるけどそれはそれ。いまこの状況で試験を合格するわけにはいかない。
だが、わざと不合格になったのがバレたら、シャルロットを敵に回す。
だから、わざととバレないよう。そしてシャルロットを敵に回さないよう。上手く試験を不合格になるぞと、俺は内心で意気込んでいた。
そうして馬車に揺られること数日、目的の田舎町へと到着した。
俺は周囲を見回して感嘆のため息をつく。近くに広がる、真っ青で美しい湖。大きな山の裾野にあって、近くには綺麗な川も流れている。
自然に恵まれた、とても豊かな田舎町のようだ。
「なかなか良い感じの田舎町だな」
「アベルくんはこういう風景が好きなんだね」
「のんびり暮らすのは俺の夢だからな」
シャルロットと話ながら、スローライフを送る候補地にこの町を入れようかなとか考えていると、中年のおじさんがやって来た。
「ブルーレイクへようこそいらっしゃいました、徴税官殿とそのご一行。わしはジェフ、ブルーレイクの町長ですじゃ」
町長を名乗った中年のおじさんが俺達に向かって頭を下げる。
「出迎えご苦労。俺が徴税官のクリフだ」
「貴方が徴税官殿? いつもの方はどうなさったんですかの?」
「今回はちょっとした事情があってな。税の決定方法に変わりはないから安心するがいい」
クリフさんが町長と挨拶を交わし、そのまま徴税の話へとシフトする。
ちなみに、俺はこのクリフさんのことをあまり知らない。ここまで来る旅では別々の馬車に乗っていたので、あまり会話をする機会がなかったからだ。
ちなみに、歳は俺より少し上くらい。金髪碧眼で、どことなく品がある。徴税官という肩書きだが、もしかしたらどこかの名家の出身なのかも知れない。
「アベル、俺はいまから畑の確認にいくが……お前はどうするつもりだ?」
町長との話がまとまったのか、クリフさんが俺に問いかけてくる。
「もちろん俺も同行するよ」
「そうか、ならばついてこい。町長、さっそくだが案内を頼む」
「はい、こちらでございますじゃ」
町長が先行して歩き始める。
俺達はその後をついて回り、町の周辺にある畑の収穫量を調べていく。
ちなみに、俺の試験は徴税官の手伝いをすることだけ。このまま何事もなく進んでしまったら、普通に試験を達成してしまう。
……このままじゃマズイ。なにか、なにか失敗する方法を探さないと――と、周囲を見回していた俺は、すれ違う町の住民達が、どことなくピリピリしていることに気がついた。
徴税官と一緒だから警戒されてるのか?
……いや、違う。
彼ら――この街の住人はなにか問題を抱えているのだ。そうだ、そうに違いない。本当は徴税官の側にいなくちゃいけないけど、村人が困ってるのなら仕方がない。
「クリフさん、少し良いかな?」
畑を見て回っていたクリフさんを引き留める。
「……なんだ、どうかしたか?」
「ああ。少し町の空気が気になってな。調べるために別行動をしたい」
「別行動……だと? アベル、お前の役目は、俺の手伝いだったはずだが?」
少し咎めるような口調。
まったくもってその通りだと思うが、俺は首を横に振る。
「俺の役目はたしかにあんたの手伝いだ。だが、俺は町の雰囲気が気になる。念のためにシャルロットを残しておくから問題ないだろ?」
な~んて、問題おおありである。
シャルロットを娶るに相応しいかの試験で、シャルロットに役目を押しつけて別行動。こんなことが伯爵夫妻に知られたら、絶対に失格の烙印を押されるだろう。
だが――
「シャルロット、頼めるか?」
「うん、もちろんだよ」
シャルロットは伯爵令嬢であると同時に、俺の仲間であり理解者だ。
彼女なら、俺が試験より人助けを優先したとしても分かってくれる。だからこれは、試験を失敗しつつも、シャルロットは怒らせないための布石。
ふふ……完璧、完璧な作戦だ。
という訳で、俺はなにか言いたげなクリフさんを残してその場を後にした。
俺は情報収集をするため、街の酒場を訪れた。
「いらっしゃい、見ない顔ね。旅の人かしら?」
二十代半ばくらいだろうか? 赤髪を後ろで束ねた妖艶なお姉さんが出迎えてくれる。
「実は徴税官に同行してこの町に来たんだ」
「あら、そうだったのね。それで、ご注文は?」
徴税官の関係者と名乗っても、ウェイトレスはとくに反応を返さない。この女性が特別なのか、それとも町の雰囲気が張り詰めているのは別の理由か……
もしかしたら、本当になにか問題があるのかも知れないな。
「エールとなにかおつまみを頼む。それと……良かったら少し話を聞かせてくれないか」
「話って……畑の収穫量について、かしら?」
「いや、徴税とは関係ない、世間話みたいなものだ」
「ふふっ、そうねぇ。いまはお店も空いているし、私にもエールを一杯おごってくれるのなら、そのあいだは付き合ってあげても良いわよぉ~?」
「交渉成立だな」
俺はチップ的な意味合いを込めて、少し多めにお金を先払いする。
「ありがとう、素敵なお兄さん。それじゃ、すぐに持ってくるわね」
ウェイトレスは一度厨房に消えて、すぐにおつまみとエールを二杯持って戻ってきた。そして、俺の座る席の隣へと腰掛ける。
「お待たせ。私はマリーよ。素敵なお兄さんの名前は?」
「俺はアベルだ」
「そう。ならアベルさん、素敵な出会いに……乾杯」
「乾杯」
俺は受け取ったエールを一口あおった。
……うん、真っ昼間から飲むエールは格別だな。
「それで、お兄さんはなにを知りたいのかしら? お姉さんの知ってることなら、な~んでも、教えてあげるわよ。……あ、でも、エッチなことはダメよ?」
「俺はこう見えても紳士なんだ」
きっぱりと断言した。
真っ昼間から酒場で飲んだくれていたと徴税官の耳に入るのは望むところだが、酒場のお姉さんを口説いていたとシャルロットに誤解されるようなことは死んでも言わない。
違った。死にたくないから言わない。
「聞きたいのは、この町のことだよ。なにか、最近変わったことがないか?」
「変わったこと? それはこの店に良く来るお客さんが二股を掛けてて、この店でばったり、二股がバレて……とか、そういうゴシップかしら?」
「それはそれで気になるけど……って言うか、気になるな。そいつどうなったんだ?」
「二人の女の子に、一つずつ玉を潰されたらしいわよ」
「ひぃ……」
やっぱり二股は殺される運命なんだ、ガクガク。
「あら、もしかしてお兄さんも二股を掛けているのかしら?」
「掛けてない」
「……ホントに?」
「……ホントに」
少なくとも俺の意思では。
「ふふっ、良いわ、そういうことにしておいてあげる」
「……そ、それより、なんとなく町の住人がピリピリしてる気がするんだが、なにかあったんじゃないか?」
「あぁ……その話ね。先日、大きな地揺れがあったんだけど――」
「ちょっと待った。地揺れ?」
「ええ。十日ほど前に、強い地揺れがあったでしょ?」
「俺は知らないけど……移動中で気付かなかったのかもな」
十日ほど前と言えば、俺はユーティリアの街を目指して馬車で移動していた。馬車の揺れで気付かなかったとしても不思議じゃない。
「そっか。まぁとにかく、強い地揺れがあったのよ。でもって、それ以降、山の裾野の方から、ときどき風に乗って異臭が漂ってくるの。それで、みんな不安がってるのよね」
「……異臭?」
なんだろう? あんまり考えたくないけど、ゾンビでも発生してるのかな?
「そうだ、お兄さんは徴税官様の護衛なのよね?」
「護衛じゃないけど似たようなものかな。冒険者だし」
「冒険者? だったら、お願い。異臭の原因を突き止めてくれないかしら?」
「……ふむ」
町の住民を脅かす異臭の原因を突き止める……か。どう考えても、徴税官の仕事とも、徴税官の護衛の仕事とも関係ないな。
だがしかし、町の住民の不安を取り除くのは決して悪いことじゃない。つまり、これはシャルロットを怒らせることなく、試験を不合格になるまたとないチャンス。
「もちろん、お兄さんにそんな義理がないことは分かってるわ。でもどうか……」
「その頼み、聞き届けよう」
「……え、良いの? 言っておいてなんだけど、まともなお礼なんて出来ないわよ?」
「大丈夫だ、お礼なんて必要ない」
俺はエールの残りを飲み干して立ち上がる。
「それじゃ、どの辺りか教えてくれないか?」
問いかけるが、マリーはぽかんとした顔で反応がない。
「……マリー?」
「えっと……本気、なのよね?」
「もちろん本気だ。いまから異臭のもとを確認してくる」
「そっか、本気で調べてくれるんだ。なら、私が案内するわ」
「え、でも、仕事中だろ?」
「大丈夫、いまは客が少ない時間だし、今日はウェイトレスが余ってるの。それに、町のために頑張ってくれるって言ってる人を、場所だけ教えてほっぽり出すなんて出来ないもの」
「そうか、なら案内を頼む」
マリーを伴った俺は、まずはクリフさんのもとを訪れることにした。
別行動をするとは伝えたが、町を出るとは伝えていない。だから異臭の原因を探りにいくまえに、一言声を掛けておこうと思った――というのはもちろん建前だ。
勝手に異臭の原因を探ってから、事後承諾で伝えた方が文句を言われにくいのは分かってる。だけど、だからこそ、前もって連絡することにした。
という訳で、俺はクリフさん達のいる村長の家へと舞い戻る。家の前に、周囲を眺めてぼんやりとしているシャルロットがいた。
「あら、アベルくん、お帰りなさい。もう戻ってきたのね」
「ただいま。ちょっと訳ありでな。クリフさんはあっちか――」
クリフさんと村長の話し声が聞こえる方に行こうとした瞬間、俺はシャルロットに腕を引かれてつんのめった。
「なにをするんだよ、危ない――」
俺はそこまで口にして、残りの言葉を呑み込んだ。俺の袖を掴んだシャルロットが、言いようのない迫力を秘めた笑顔を浮かべていたからだ。
「ねぇ……アベルくん。一つ聞いても良いかな?」
「も、もちろん、一つでも二つでも、好きなだけ聞いてくれて良いけど……?」
「ありがとう。なら聞かせてもらうけど、アベルくんは町の雰囲気が気になるからって別行動をしたんだよね?」
「……そ、そうだけど?」
「そうだよね。なら……貴方の後ろにいる、妙な色気のあるお姉さんは誰かしら?」
「ふぁ!?」
ま、まさか、嫉妬? シャルロットが、嫉妬?
ヤバイ、その反応は予想してなかった。
「……えっと、彼女は、案内役だ」
「案内役って……なんの?」
小首をかしげるシャルロットに、俺はかくかくしかじかと事情を説明した。
果たして――
「そっか。村の人達はホントに困ってたのね」
シャルロットを取り巻いていた殺気が霧散した。許された、許されたよ俺。
「それで、アベルはどうするつもり?」
「俺は……」
その先を言うことは出来なかった。シャルロットがふわりと微笑んで、そのしなやかな指で俺の唇を塞いだからだ。
「良いよ。私はアベルのそういうところが好きだから」
唇を塞がれている俺は、軽く頷くに留める。だけど心の中では、俺もシャルロットのそういうところを信頼してると思い浮かべた。
「なんだ、話し声がすると思ったら、もう戻ってきたのか?」
家の中からクリフさんが顔を出した。
「いや、またすぐに出かけるつもりだ。実は――」
俺は再び、かくかくしかじかと説明する。
「……異臭の原因を突き止めるため、山の麓を見に行く、だと?」
「ああ。町を出てすぐの場所だし、ちょっと行ってすぐに帰ってくる」
「ダメに決まっているだろう。俺達の任務は、農作物の状況を確認して、次の税を決めることだ。住民の悩みを聞くことではないんだぞ?」
「それは分かってる。だが、みんな、異臭騒ぎで怯えているんだ」
「なら、冒険者ギルドに報告して調査してもらえば良い」
「それじゃ、時間が掛かりすぎる。もしそのあいだになにかあったらどうするんだ」
「もう一度言うが、お前のやろうとしていることは明らかに任務外のことだ。言っておくが、お前の試験の合否は、俺の報告に掛かっているんだぞ?」
クリフさんが静かに俺を見る。それは、ここで従わなければ、俺が不合格になるような報告をすると言いたげな表情だ。
だが、だからこそ、俺は絶対にその忠告には従わない。
「あんたの言うとおり、俺は手伝いとして失格かもしれない。いや、間違いなく失格だ。だが、俺が冒険者になったのは困ってる人達を助けるためだ」
「だから、任務を放り出すと?」
「困ってる人を見捨てて得られる評価なんて、俺はいらない」
大げさに言ってるのは事実だけど、これは俺の本心だ。
もし、シャルロットを悲しませるのなら他の道を探した。けど、シャルロットは俺がお人好しだって知ってる。俺が困ってる人を放っておけない人間だって知ってる。
知ってて、俺のことを好きだって言ってくれる。
シャルロットは俺が困ってる人のために試験を捨てたとしても理解してくれる。俺と同じ気持ちだって言ってくれる。なんの心配もない。
不合格という結果だけを手に入れることが出来る。
だから――
「あえてもう一度言おう。困ってる人を助けて下がる評価なんてどうでも良い。俺は、困ってる人を――助ける!」
俺は力強く宣言して、報告したければ好きにしろと踵を返した。
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