安息の地を求めて 1
「ど、どうしてここにエリカが……?」
夕暮れの高台で、ぼんやりと町を眺めていた。そんな俺の腕に抱きついている金髪ツインテールを呆然と見下ろす。
「どうして……って、アベルを追い掛けて来たに決まって……」
俺の腕にしがみついたまま顔を上げる。エリカの顔が俺の直ぐ目の前に迫った。長いまつげに縁取られた青い瞳の中に、俺の顔が映り込んでいる。
その瞳に吸い込まれるように、二人の距離が――
「か、顔が近いのよ、このばかぁっ!」
飛んできた平手をとっさに受け止めた。
「おいおい、自分から近付いてきてそれはないだろ」
「う、うううっ、うるさいわね! 最後はアベルが近付いてきたじゃない!」
「いや、そっちが顔を寄せてきたんだろうが」
「なっ、どうしてあたしがそんなことをしなくちゃいけないのよ!」
小さな手をぎゅっと握り締め、ぷんすかと怒っている。その姿が可愛らしい――と言ったらまた平手が飛んできそうだから自重する。
「もしかして、ツンデレが発動してるんだな」
「そ、そんな訳ないでしょ。べ、別にアベルと会えなくて寂しかったとか、アベルの瞳にあたしの顔が映り込んでドキドキしたとか、そんなこと、全然思ってないんだからね!」
「……なるほど」
「なーにが、なるほど、よ! 違うわよ! あたしは、アベルのことなんてなんとも思ってない。むしろ嫌い、大っ嫌いなんだからぁ! もぅ~、あたしの前から消えなさいよね!」
……なんだか、だんだん言葉が酷くなってきた。
「どうどう」
「あたしを牛扱いするんじゃないわよ!」
「……いや、いまのは馬扱いで」
「もうー、うるさいわねっ!」
……牛になった。というか、余計に興奮させてしまった。
いや、俺は別にふざけているわけじゃない。
エリカの保有するバッドステータスのツンデレは発動時間が日中で、対象は好意を抱いている相手。周囲に他の人が多いときや、対象を強く意識したときにツンが強くなる。
つまり、ここでプレゼントを贈ったり、優しい言葉を掛けると逆効果になるはずだ。
だから、ちょっとからかうようなことを言ってみたんだけど……余計にツンが強くなった気がする。もしかして、エリカはからかわれて喜ぶタイプ?
……いや、普通に怒っただけかも。
とにかく、だ。
このままじゃ会話もままならないし、エリカが落ち着くまで少し待とう。――という訳で、ツンツンしているエリカを横目に、俺は無言で街並みに視線を向けた。
エリカがいきなり暴走したから一瞬忘れてたけど、俺はシャルロットと田舎町のブルーレイクを統治することになってる。
やましいことがなければ、エリカも一緒に統治しようと誘えば済む話だけど……下手なことを言うと、誓いのキスのダブルブッキングがバレちゃう。
いっそ全部ぶっちゃけられたら楽なんだけど、女神様のアドバイスによると、ぶっちゃけると俺が心労で死んで、二人の心に深い傷を残す。
ってことで、なんとかしなくちゃいけないんだけど……うぅん、どうしたものか。
エリカをユーティリア伯爵家の屋敷に連れて行くのは論外だ。だけど、ここにずっと留まってても、シャルロットが俺の場所を察知して、訪ねてくる可能性がある。
まずは移動するべきかな――と考えていると、エリカが俺の服の袖を掴んだ。
どこかしょんぼりとしていて、さっきまでのツンツンした態度が消えている。どうやら、一度ツンデレが発動しても、落ち着けば元に戻るらしい。
「……アベル、ごめんなさい」
「事情は分かってるから気にするな。それよりも、そろそろ日が暮れるし、場所を変えないか? ここはもうすぐ真っ暗になるからさ」
――という建前のもと、俺は長く留まっていた高台からの離脱をはかる。
「あぁ……それもそうね」
よし、作戦成功――
「そういえば、アベルはもう宿を取った?」
「え、いや、まだだけど……?」
作戦成功……
「ちょうど良かったわ。それじゃ一緒に宿を取りに行くわよ」
成功してないいいいいいっ!
むしろ、盛大に墓穴を掘った気がする。
……いや、落ち着け。大丈夫だ。まだ慌てる時間じゃない。
宿を取るっていっても、別に同じ部屋を使うわけじゃない。自分の部屋に入ってから、コッソリと屋敷に戻ればなんとかなるはずだ。
――そんな訳で、宿屋のカウンター。
「すまないねぇ。個室は満室で、空いているのは二人部屋のみだよ」
そんな追い打ちまで掛けなくて良いんじゃないかな?
「そ、そう言うことなら、別の宿に行くよ」
「うぅん。近くにある宿が改装中でね。今日はどこの宿も埋まってると思うよ。うちの部屋が空いてるのも、大きくて部屋が二つある割高な部屋だから、なんだよ」
「な、なるほど……」
なんというタイミングの悪さ。
エリカとは長く冒険をしてるから、似たような状況がなかったわけじゃない。だから、二人部屋に泊まるのくらいは問題ない。
……本来なら。
もし、エリカと二人部屋を使ってるところにシャルロットが訪ねてきたら、誓いのキスのダブルブッキングがバレるよりもヤバイ。
俺の人生がその場で終わるかもしれない。
そもそも同じ部屋だと、こっそりユーティリア伯爵家の屋敷に戻れない。
どうする、どうやってこのピンチを乗り越える?
「それじゃ、二人部屋でお願いします」
「あぁぁぁあぁぁっ!?」
俺が迷っているうちに、エリカが二人部屋を借りてしまった。
「え、急に変な声を出して……どうかしたの?」
「い、いや、その……」
マズイ。ここで下手なことをいうと、逆に不信感を与えてしまう。上手く誤魔化さないと。
えっと……えっと……そう。
「な、なんでもない、ちょっとあくびが出ただけなんだ」
「……あ、あくび?」
「ああ、あくびだ。あくびだから、決して他意はないから!」
「そ、そう? それなら良いけど……」
「問題ない、さっさと部屋に行こう!」
勢いで押し切って、俺はエリカと一緒に二人部屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます