三角関係を乗り切る鍵 5

 同行していた自警団が衝撃を受けている。自分達が苦労した敵を、俺があっさりと瞬殺してしまったからで……少しくらい苦戦してみせるべきだったかもしれない。

 いや、いまからでも遅くはない。ここでがくりと膝をついて『はぁはぁ。俺の、奥の手が、なんとか決まったようだな……っ』とか。

 ……ダメだな。

 魔物はまだたくさんいるはずだし、いちいち手こずったフリなんてしてられない。イヌミミ族のプライドは心配だが、ここは一気に殲滅してしまおう。


「ティア、この辺りに魔物が多そう、なんだよな?」

「うん、周囲に色んな魔物の匂いがするよ」

「そかそか。じゃあ……おびき寄せよう」

 俺は周囲に漂う魔力素子(マナ)を魔力に変換し、土の魔術を使ってたき火を作るスペースを作る。


「なっ、いまのは魔術か?」

「まさか、詠唱がなかったぞ!?」

 イヌミミ族の驚く声を聞きながら、周囲に置いている枯れ枝を集めてたき火を始める。そこにアイテムボックスから取り出したとある木の実をくべる。

 そうして、その煙が周囲に散るように、風の魔術を使って吹き散らした。


「……アベルさん、なにをしてるの?」

「これはミュレの実って言って、燃やすと匂いで魔物を引きつける効果があるんだ」

「え……それって、もしかして?」

「そうだ。ここに森一帯に巣くってる魔物を集める」

「「「――なぁっ!?」」」

 イヌミミ族が一斉に驚きの声を上げた。


「ア、アベルさん。魔物、たくさんいるよ?」

「片っ端から倒してくから心配するな」

 不安げな顔の、ティアの頭を優しく撫でつける。なお、その流れで耳を撫でたい衝動に駆られるが、そっちは家族や恋人、主様だけらしいので我慢だ。


「……分かった。ティアはアベルさんを信じるよ。でもでも、もしものときはティアをおとりにして逃げて良いからね」

「こらこら、俺がそんな鬼畜なことをするかよ」

 ティアが子供だからって言うのもあるが、俺は絶対に仲間を見捨てたりはしない。

 もし俺が仲間を置いて逃げることがあるとしたらそれは、その方が仲間を助けられる可能性が高いと思ったときだろう。

 と、まぁ、そんなことを考えているうちに、周囲から茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。


「来た! 六時の方向にブラウンガルムの群れが――」

 俺は風の初級魔術を複数放って群れを殲滅した。


「さ、三時の方向にオークが現れ――」

 一気に距離を詰めて斬り伏せた。


「八時の方向に――」

 ゴブリンが群れて来たので魔術で纏めて叩き潰す。ついでに、上空から迫っていたキラービー、でっかいハチを炎の魔術で撃ち落とす。

 さらに、四方八方から現れる有象無象を片っ端から殲滅していく。


「三時の方向に……ゴブリンが現れて

「……隊長、俺達、ここにいる意味ってあるんですかね?」

「言うな、考えるな、無心で報告しろ。でなければ存在意義を見失うぞ」


 しかし……本当に数が多い。

 この世界は魔力素子(マナ)という、目に見えない力があふれている。その魔力素子(マナ)の濃い場所にダンジョンが発生して魔石が生成され、魔物が産まれると言われている。

 だから、ダンジョン以外に魔物が発生することはあまりない。


「十二時の方向に、あらたな魔物の……死体です」

「……隊長?」

「いまは耐えろ。必ず、必ず俺達の出番があるはずだ!」


 こんなに多くの魔物が発生するのは異常事態だ。

 まさか……大氾濫(スタンピード)の予兆?

 ……いや、街のダンジョンは冒険者ギルドによって管理されている。だとしたら、冒険者ギルドが管理していないダンジョン。あらたなダンジョンが発生した……とか?

 ここ十数年はあらたなダンジョンが見つかっていないが……可能性はゼロじゃない、か。一区切りついたら、一度調べてもらった方が良さそうだ。


「六時の方向、オーガが現れました!」

「なにっ、Bランクの魔物だぞ!? ……まさか、この辺りに発生した魔物達のボスか!」

「よし、いまこそ俺達自警団の底力を見せるときだっ!」


 それにしても、本当に数が多いな。倒しても倒してもきりがない。いっそ遠隔狙撃で片っ端から……あ、でも周囲にある反応はラスト一つみたいだ。

 それならと足下に落ちていた石を拾い上げ、オーガめがけて思いっきり投げつけた。

 風を切る音を置き去りにして、拳ほどの石がオーガの急所を打ち抜く。わずかな衝撃波が発生するのと同時に、オーガの身体は倒れ伏した。

 ……ふう。辺りに他の反応は……ないな。ようやく終わったみたいだ。


「オ、オーガが石つぶてで一撃、だと?」

「た、隊長。お、俺達の存在意義は一体……」

「か、考えるな。考えてはダメだ……っ」

 ――はっ!? イヌミミ族達の耳がしょんぼりしている。考え事をしていたせいで、すっかり配慮を忘れていた。

 こうなったら――と、俺はがくりと膝をつく。


「はぁ……はぁっ! 俺の、奥の手が、なんとか決まったよう、だな……っ。みんなが周囲を見張ってくれたおかげで、背後を気にせず戦うことが出来た。……ありがとう」

 俺は息も絶え絶えな感じで言い放った。


「た、隊長ぉ。……俺達、役に立ってねぇばかりか、気まで使われて――うっ」

「言うな、その先は言ってはならんっ!」

「お、俺の存在なんて必要なかったんだ!」

「言うなと言ってるだろうがあああああああっ!」

 あぁぁあぁぁあ、逆効果だった。イヌミミがますますしょんぼりしちゃった!


「お前達、そんな顔をするなよ。おまえらだって活躍したんだから胸を張れよ」

 俺はしょんぼりしたイヌミミを見ていられなくて声を掛けた。

「アベル……そういう慰めは止めてくれ、余計に惨めになる」

「いや、慰めじゃないぞ。今回魔物を倒したのは俺だけど、この集落をいままで守っていたのはお前達じゃないか」

 俺の一言に、ギム達ははっと目を見開いた。


「もう一度言うぞ。お前達がいなければ、集落はとっくに滅んでいた。集落を救ったのは他でもないお前達だ。だから、胸を張れ」

 あとイヌミミも!

「お、俺達が、この集落を……」

「俺達の頑張りは、無駄じゃなかった……」

「俺達が、この集落を守ったんだ!」

 自警団のみんなが活気づく。実にチョロい……いや、微笑ましい光景である。あと、元気に揺れるイヌミミやシッポが眼福である。



 その後、魔物のドロップ品をアイテムボックスに放り込み、俺達は集落へと帰還した。

 晴れやかな自警団の笑顔も影響したのだろう。周囲の魔物を一掃したという噂は、すぐに集落を駆け抜け、夜にささやかながらも宴会が開かれることになった。

 そして――


「え、嘘……どうして?」

 家に帰ったティアは、そこで衝撃の光景を目にすることになる。ベッドに伏せって動けなくなっていた母親が、鼻歌交じりに料理を作っているという奇跡の光景を。


「あら、お帰りなさい、ティア。無事で安心したわ」

「う、うん。……じゃなくて、お母さんは大丈夫なの!?」

「ええ、アベルさんにもらったポーションが効いたみたいで、すっかり元気になったの。アベルさん、どうもありがとうございます」

 頭を下げてきたので、俺は気にするなと肩をすくめて見せた。

「アベルさんがくれたポーション?」

 なにそれどういうこと!? とでも言いたげに、ティアが俺に詰め寄ってくる。


「手持ちに病に効くポーションがあったからあげたんだ。効くかどうか確信はなかったんだけど……治ったようで良かったよ」

「治ったって……え、治ったの? 一時的に元気になっただけじゃなくて?」

「効果があったのなら治ったはずだ。体力回復ではなく、病気を治すポーションだからな」

 ティアの瞳がまん丸に開かれる。ほどなく、その翡翠のような瞳から、大粒の涙がポロポロとあふれ始めた。


「あり、がとう。ありがとう、アベルさん。集落を、お母さんを救ってくれて、ありがとう」

「ただの気まぐれだから、気にするな」

 俺はティアの頭を撫でつける。

「……ありがとうございます。アベルさんは……いえ、ご主人様はティアの恩人です。だから、ティアのイヌミミやシッポ、好きなだけモフモフしてください」

 ティアが俺を見上げて、つぶらな瞳で健気なことを言う。

 いますぐにと飛びつきたいが、ここでモフモフすると修羅場要素が増える。それだけは出来ないと、俺は自分の右腕を必死に引っ込めた。


「ティア、その話は後にしよう。いまは、元気になったお母さんとゆっくり話すと良い。俺は、少し散歩をしてくるから」

「でも……」

「大切なお母さん、なんだろ?」

 モフりたい衝動を抑え込んでいる俺はぎこちなく笑って、踵を返して家を出る。

 そこで、なぜか家の前をうろうろしているギムと出くわした。


「ギム、ちょうど良かった。少し気になったことがあるんだが……この辺りにダンジョンが発生してるなんてことはないか?」

「ダンジョン? 少なくとも、集落の付近じゃ見たことないが……なぜそんなことを?」

 ギムがいぶかるような顔をする。


「魔物がフィールドに発生すること事態は珍しくないが、あんな風に大量発生するのはかなり珍しいんだ。もしかしたら、どこかにダンジョンが発生してるのかもと思ってな」

 ダンジョンを放置すると、フィールドにも多く魔物が発生するようになる。そこから更に放置を続けると、やがて大氾濫(スタンピード)となる可能性がある。

 最近はダンジョンが管理されているため、フィールドに魔物が発生すること自体少ない。

 なのに、今回のように魔物が大量発生するのは、どこかに管理されていない――つまりは新しいダンジョンが発生しているからかもしれないと思ったのだ。


「それは……また魔物が発生するかもしれないと言うことか?」

「かもしれないが、原因はこっちで調べて対処しておくよ」

「だが……俺達イヌミミ族は……」

「分かってる」

 治外法権を認められて税を免除されている代わりに、領主が保護をする義務もない。だから普通に魔物が発生しただけなら、冒険者ギルドが支援を行う理由はない。

 だけど――


「新しいダンジョンか、既存のダンジョンの管理不足かは不明だが、あれだけ魔物が一度に発生するのは異常だ。もし続けて発生するのなら、確実にギルドの調査案件だ。だから、もしまた魔物が発生したら冒険者ギルドに知らせてくれ。話を通しておく」

「……アベル。なにからなにまですまない」

「気にしなくて良いぞ。それより……この家に用事があったんじゃないのか?」

 話を変えようと尋ねると、なぜかギムのたくましい顔が赤らんだ。


「いや、その……アリアに、これからのことについて話そうかと思って」

「ははぁん。そう言うことか」

 アリアさんは未亡人。そしてギムはティアに慕われ、アリアさんの家に出入りしている。そこから導き出されるのは、ギムがアリアさんに好意を寄せている可能性。


「な、なんだよ?」

「……いや、なんでもない。それより、中に入ってみろ。嬉しい知らせがあるから」

「嬉しい知らせ、だと?」

「ああ。その後は、あんた次第だ。……頑張れよ」

 エールを送って、ギムが家の中に入っていくのを見送る。そうして、中から喜びの声があふれてくるのを聞きながらその場から退散した。


 俺がここに来たときはみんなピリピリして見張られている感じがあったけど、いまはそんな雰囲気もなくなった。みんなは希望に満ちた顔で、宴の準備にいそしんでいる。

 おかげで俺は誰に咎められることもなく、集落を見て回ることが出来た。そうして行き着いた獣よけの柵に身をあずけ、ぼんやりと空を見上げる。


 イヌミミ族の楽園を救った。

 その報酬代わりに、片っ端からイヌミミ族をモフり倒したいところだけど……妙な習慣のせいでモフることが出来ない。

 あぁ……ティアのフワフワ毛並みをモフりたい。モフりたいけど……ご主人様になってエリカやシャルロットにバレたら大変なことになる。

 悔しいけど、諦めるしかないかなぁ。

 ……いや、二人にバレないようにモフるとか出来ないかな? ティアを思いっきりモフモフしてから、お前はこれから家族と幸せになるんだ――と、主人として命令する。

 うん。それなら、エリカやシャルロットに知られることなく――


「アベルくん、ようやく追いついた」

 いきなり聞こえたシャルロットの声に、俺はびくりと身を震わせた。振り返ると、銀色の髪を風になびかせ、穏やかにたたずむシャルロットの姿があった。


「ど、どどど、どうしてここに!?」

「どうしてって……後から追い掛けるって言ったよね?」

「いや、それはもちろん覚えてるけど、どうやってここが……」

「一日に数回、アベルくんのいる方角や距離が分かるって教えたじゃない」

「それも覚えてるけど……」

 まさか、こんな森の中にある集落にまで追い掛けてくるとは。


「ところで、こんなところに集落があったんだね。もしかしてここで暮らすつもりなの?」

「あぁいや、ここに来たのは別件だ。ここはイヌミミ族の集落なんだけど、魔物が周囲に発生してたんだ。それで、魔物退治を依頼されてな」

「……イヌミミ族? へぇ、森にあるとは聞いていたけど、ここなのね。それなら、私もイヌミミ族に会ってみたいかも」

「……え?」

「挨拶くらいした方が良いでしょ?」

「ええっと……」

 ま、まずい、非常に不味い。

 ティアは俺に仕えたがっている。シャルロットの前で、『ティアのことたくさんモフモフして、ご主人様になってください』なんて言われた日には……

 あわわっ。修羅場、修羅場になって心労で死んじゃうっ!


「あ、挨拶は必要ないんじゃないか?」

「なに言ってるの、挨拶は基本だよ?」

「いや、たしかにそうなんだけど……あ、そうだ。できるだけ早く報告したいことがあるんだ。だから、俺と一緒に街に戻ろう」

 魔物の異常発生はギルドへの報告案件だが、発生していた魔物は退治済みだし、そこまで急ぐような案件じゃない。なので、はやくこの集落からシャルロットを連れ出すための口実だ。


「え、報告って、どこに?」

「それは――」

 よくよく考えると、ギルドでは今頃、俺のロリコン疑惑が噂されてるはずだ。シャルロットを連れてギルドにいくなんて自殺行為だ。

 そうなると……


「シャルロットの実家だな」

 使用人か誰かに報告すれば、上手く処理してくれるだろう。


「ア、アベルくんが、私のうちに報告に来るの!?」

「え、うん。そのつもりだけど?」

「分かった。そう言うことなら、いますぐ戻ろう!」

「……なんでそんなに乗り気なんだ?」

「なんで……って、そんなの、言わなくても分かるでしょ?」

「ええっと?」

「……アベルくんのイジワル」

 イジワルをした覚えはないんだけど、シャルロットは頬を染めて視線を逸らした。よく分からないけど……久々に実家に帰るのが嬉しいけど、恥ずかしくて言えない、とかかな?


「と、とにかく、早く私達のことを報告しに行きましょう!」

「あぁ、いや、ちょっと待ってくれ」

 この集落を出る前にやることがある。

 俺は魔物退治だけじゃなくて、アリアや集落のみんなも救うと約束した。

 ティアが口減らしに集落を追われて、俺を追い掛けてくる――なんて可能性を消すためにも、食糧難を解決する必要がある。


 だから――と、俺はさっき周辺で退治した魔物のドロップアイテム――魔石や食料、その他を柵の内側に目立つように積み上げた。

 これがあれば、集落は安泰。この冬を越すのは余裕だし、ティアも、アリアさんと一緒に幸せに暮らしてくれるだろう。

 モフモフは惜しいけど、修羅場を回避するためには仕方ない。ということで、俺は涙を呑んで、シャルロットと共にイヌミミ族の集落を後にした。



     ◇◇◇



 集落を脅かしていた魔物は殲滅された。

 その知らせは集落の人々に希望と喜びを与えたが、一部の者達は戸惑いを覚えていた。奇跡を引き起こした立役者、アベルが宴の席に現れず、どこを探しても見つからなかったからだ。


「ギムおじさん、ご主人様……見つかった?」

 ティアが捜索から戻ってきたギムに問いかける。

「いや……見つからない。どうやら自分の意思で集落を出て行ったようだ」

「え、どうしてそう思うの?」

「彼がアイテムボックスにしまっていたドロップアイテムがすべて、街の外れに積み上げられていた。あれだけの肉や魔石があれば、冬は余裕で越せる。彼の餞別だろう」

「そんな……」


 ティアは衝撃を受けた。

 大切な母親を、そして集落のみんなを救ってもらったティアは、アベルに一生仕えるつもりでいた。なのに、そのアベルが自分を置いてどこかへ行ってしまった。


「……どうして」

 ティアがその大粒の瞳に涙を浮かべる。


「アベルさんは、あなたのことを大切に想っているのよ」

 ショックを受けるティアの頭を、アリアが優しく撫でつけた。

「お母さん、ご主人様がティアを大切に想ってるって、どういうこと?」

「魔物退治に出かける前、私とアベルさんが二人で話していたでしょ? あのとき、アベルさんに、あなたを連れて行って欲しいと頼んだの」

「え、お母さんがそんなことを言ったの?」

 予想もしていなくて、ティアは大きく目を見開く。


「私は病気だし、周囲に魔物が発生していて、狩りも畑仕事もままならなかった。このままじゃ、この冬は越せない。そう思ったから……」

 だから、あなただけでも生きてもらおうと思った――と、そんな母親の意思をたしかに感じ、ティアの胸に熱い想いが込み上げる。


「……それはつまり、アベルはティアを引き取ることを断ったのか?」

 ギムの呟きを耳にして、ティアはハッと我に返る。


「お母さん、そうなの?」

「……ええ、そうよ。彼はティアを連れてはいけないと断った」

「そう、なんだ」

「でもそれは、あなたのことを思っての言葉よ。だって彼はあのとき、子供は親と一緒にいるのが一番だって言っていたもの」

「ご主人様が、そんなことを……?」

「ええ。子供は親と一緒にいるのが一番だから、そのために私の病を治し、食糧難を解決してみせると言ってくれたの。それは全部、全部、あなたのことを大切に想ってのことよ」

 その場にアベルがいたら全力で違うと突っ込むところだが、あいにくとアベルはいない。


「ご主人様が……そんなことを?」

「ええ、そうよ」

「でも、ティアはご主人様に気に入られるようなこと、なにもしてないのに……」

「もっと自信を持ちなさい。あなたの毛並みは最高よ。アベルさんも、凄くモフモフしたそうにしていたわ。それでも、あなたの幸せを願って、あなたを残していったのよ」

「……ご主人様」

 一部正解だが、おおむね誤解である。

 にもかかわらず、アベルの評価が爆上げされていく。


「ティア。あなたはアベルさんの後を追いなさい」

「……お母さん?」

「あなた本当は、アベルさんに仕えたいって思ってるんでしょ?」

 ティアはいつからかアベルのことをご主人様と呼んでいる。イヌミミ族がご主人様と呼ぶのは、生涯を捧げると誓った相手のみ。

 ティアの決意は誰から見ても明らかだ。


「でも、ご主人様はティアのこと、必要としてくれるかな?」

「そんなの、考えるまでもないでしょ? あなたを必要としていない人が、無償で魔物の群れを殲滅して、貴重なポーションで私の病を治して、大量の食料を置いて行くと思う?」

 そんなことはありえない――と、三人は同じ結論に至った。


「……でも、ティアがいなくなったら、お母さん一人になっちゃうよ?」

「大丈夫よ。私はもう元気だもの。一人でも生きていけるわ」

「だけど……」

 父が死んで以来、ティアはアリアと二人で生きてきた。たった一人の家族。その母の病気が再発したら……と、ティアは不安に思う。


 そして、そんな二人のやりとりを見守っていたギムに電撃が走った。

 アベルが別れ際に『頑張れよ』と意味深な言葉を残している。あのときのギムには意味が分からなかったが、いまならその意味が分かる。

 旅立ちを躊躇うティアは、母が一人になることを心配している。

 それを解決出来るのは、この場でギムだけだ。


 あいつ、まさかここまで計算してたのか? まったくかなわねぇなとギムは笑った。そして自分の頬を叩き、勇気を注入する。


「俺が、俺がいる!」

 ギムがなけなしの勇気を振り絞って声を上げた。顔が真っ赤になるのを意識しながら、それでもアリアから視線を逸らさない。


「アリア、愛している。俺と一緒になってくれ!」

「ギム。気持ちは嬉しいけど、私は……」

「分かっている。アリアが死んだ俺の兄貴を忘れられないでいることは知ってる。でも、俺はずっと前から、アリアのことを愛しているんだ!」

 アリアの死んだ旦那はギムの兄で、ギムやその兄はアリアと幼馴染みだった。ギムは子供の頃からずっと、アリアのことを思い続けていた。


「ギム……本気なの?」

「ああ、もちろんだ。兄貴には悪いと思うけど、俺はお前を愛してる。兄貴が護れなくなった分まで、俺がお前を護る。だから……だから、どうか、俺をお前の側にいさせてくれ!」

「ギム……ありがとう」

 アリアがギムの手を取って、一筋の涙をこぼした。


「……アリア、それは受け入れてくれる、ということか?」

「ええ、私の側にいて」

「もちろんだ、アリアっ!」

 ギムとアリアが抱き合う。

 宴会の席でいきなり行われた告白に、周囲の者達が沸き立った。そして、周囲に祝福される二人が、ティアに視線を向ける。


「ティア、アベルさんのもとへ向かいなさい。そして、伝えて。私達にとってアベルさんは恩人です。だから、助けが必要なときは呼んでください、必ず駆けつけます――と」

 アリアの言葉に、ギムだけではなくその場にいる皆が力強く頷く。


「うん、分かった。ティアはご主人様のもとへ行って、みんなの言葉を伝えるよ!」

 元気よく頷き、旅立ちの準備を始める。

 アベルの匂いを思い出しながら、ご主人様は驚いてくれるかな……と、ティアは再会のときを思って期待に胸を躍らせた。

 

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