メディア様の日常 1
女神メディアの創造せし亜空間。
空調は完璧で、シャワートイレつき。マッサージ付きのチェアに、ごろごろするためのベッドが設置されており、ソファの向かいには大型のモニターも設置されている。
そんな素敵空間で、女神メディアは紅茶を片手に下界の様子をモニターしていた。
世界をより良い方向に導くため、なんて大層な理由ではない。ただ、なにか面白そうなことを見つけて、首を突っ込んで引っかき回すためである。
「あら、あたくしは面白可笑しく楽しみながら、お気に入りの子を助けてあげたいだけよ」
ティーカップをテーブルの上に置き、女神メディアは
「初めまして、あたくしはメディア。女神メディアよ。……そう、貴方に言っているのよ。スマフォかパソコンか、それとも別のなにかでこれを見ている、貴方に言っているの」
妖艶に微笑んで、優雅な手つきでモニターを指差す。
「今日はあたくしが特別に、カイルの行く末を見せてあげるわ。あぁ、もう忘れてるかもしれないけど、カイルって言うのはエリカと一緒にアベルを罵った勇者のことよ。カイルがどうしてあんな行動を取ったのか、その理由の一端を見せてあげる」
女神メディアがパチンと指を鳴らすと、モニターに映像が表示される。
日付はいまより少し前の夜。
『はぁはぁ……この枕、カイル様のニオイが……んっ。カイル様、そんな恥ずかしいこと出来ひんよ。……え? 命令なん? やぁん、命令なんて言われたら、うちは――」
紅い髪の少女が
「……ごめんなさい。間違って趣味の
女神メディアが再び指を鳴らし、あらたな映像が映し出される。日付はさきほどの映像より数日
◇◇◇
多くの遠征パーティーが拠点としている街。冒険者ギルドの隣にある酒場には多くの冒険者が集まり、店内は活気に満ちている。
そんな酒場のど真ん中、勇者の称号を持つカイルは上機嫌で酒をあおっていた。
勇者の称号を持ち、思わず息を呑むような美少女を二人も擁するパーティーの一員でありながら、いままでのカイルは脇役その1でしかなかった。
青みがかった銀髪の伯爵令嬢に、金髪ツインテールの聖女様。シャルロットとエリカは明らかにパーティーの他の男、アベルのことを好いている――と思っていたからだ。
だが、エリカがアベルを散々と罵って追放した。
本音をいえば、エリカがアベルを嫌っていたことは予想外だった。カイルにしても、アベルに嫉妬はしていたが、心から嫌っていたわけではない。
だが――カイルはエリカに同調して、アベルのことをパーティーから追放した。そのことに罪悪感がないと言えば嘘になるが、あのときはどうすることも出来なかった。
それに、おかげでカイルがパーティーで唯一の男となったのも事実。これからは俺の時代だ! とカイルが有頂天になるのも無理はない。
しかし、カイルはただ単に浮かれていたわけじゃない。
エリカはともかく、シャルロットはアベルの味方をしていた。結果的にはパーティーに残ったので問題ないが、いつ脱退するか分からない。
今後も留まってくれるように手を回す必要がある。
だから、カイルはさっそくアベルの代わりとなるメンバーの募集を始めた。
どうせなら、ライバルになる可能性のある男よりも、可愛い女の子が良い。エリカとシャルロットの他にもう一人、美少女三人を侍らしたハーレムパーティーが理想。
カイルはメンバー募集に応募してきた者達を外見の好みでふるいに掛け、その中で有望そうな女性と面会するべくこの場に呼び寄せた。
「初めましてやよ、カイル様。うちはプラム言います」
カイルの前に現れたのは、赤い髪を結い上げた、泣きぼくろがチャーミングな女性。胸はほどよい大きさで、濡れた赤い瞳でカイルを見つめている。
カイルの下半身が、この女こそが自分のパーティーに相応しいと判断した。
しかし、ここでがっついてはいけないとカイルは自分を戒める。
あくまで、遠征隊の中でもトップクラスの自分のパーティーに、少し未熟な冒険者をお情けで仲間に入れてやる。でもって、手取り足取り、自分の都合がいいように教え込む。
そういう計画である。
「プラムか、良い名前だ。キミの経歴を見せてもらった。優秀なアーチャーのようだが、俺達のパーティーに入るには、少し、ほんの少しだけ能力が足りていないと思っている」
「そんな……なんとか、ならへんの? うち、カイル様のパーティーに入れてもらうためなら、なんだってしてする覚悟は出来てるんよ?」
「……なんでも、だと?」
カイルはゴクリと生唾を呑み込む。
「うち、勇者の称号を持つカイル様に憧れて、それ以来ずっとカイル様のことを追い続けているんよ。せやから、今回メンバーを募集するって聞いて真っ先に応募したんよ」
「あぁ……そういえば、一人だけやたらと早いのがいたな。あれはお前だったのか」
カイルがメンバー募集の紙をギルドに手渡した瞬間に応募があった。
あれがプラムだったのか――と暢気に考える。鼻の下を伸ばしているカイルは、その応募があまりにも早すぎたことには気付かない。
「必ず、カイル様のお役に立って見せるよ。せやから、どうか、うちをカイル様のパーティーに入れてくれへんかな? このとおりや」
プラムが訴えかけるように、手のひらを胸に押し当てる。その細くしなやかな指が、豊かな胸に沈み込み、その形をひしゃげさせる。
「そう、だな……」
カイルの視線は胸に釘付けで、もはや拒絶するという考えはないのだが、少しでも自分に有利に事を運ぼうと考えを巡らす。
「ち、ちなみに、なんでもというのは……具体的には……ど、どんなことだ?」
「え? そうやね。買い出しとか偵察とか、そういう仕事はうちが引き受けるつもりやよ」
「……し、仕事?」
思っていたなんでもと違う! と、カイルは心の中で叫んだ。
そんな反応を見たプラムが不思議そうに小首をかしげ、不意にぽっと頬を赤らめて、自分の胸を隠すように腕を組んだ。
「も、もしかしてカイル様は、うちに、そういうことを期待して、るん?」
「い、いや、まさか、そんなことは考えてないぞ!」
この勇者、意外とヘタレである。
「そうなんや。安心したわ。うち、生娘やから、そう言うの、全然わからへんのよ」
「へ、へぇ、そうなんだな。じ、実は俺も童貞だから仲間だな」
プラムの生娘宣言に動揺する。この勇者、ヘタレな上に初心な童貞であった。
「そう、なんやね。……うち、カイル様に憧れてる言うのはホントなんよ? だから、ね。その……カイル様とうちが、もっと親しくなったら……ええよ?」
「え?」
「……せやから、カイル様が望んでくれるんやったら、そういう関係になっても……ええよって。~~~っ。もう、恥ずかしいわ、そんなこと、言わせんといてぇな」
言わせるなもなにも、自分から言いだしたのだが……カイルは気付かない。
「よし、プラムを俺達の仲間に採用する!」
「え、エリカはんやシャルロットはんに相談せんでもええの? そういう決定権は、二人が持ってるんと違うん?」
この少女、妙に内情に詳しいが、浮かれているカイルは以下略。
「問題ない。新しいメンバーの選出は俺が任されているんだ」
「それじゃ、ほんまに?」
「ああ、プラムは俺達の仲間だ!」
「嬉しいわぁ~。カイル様、これからよろしくやで」
プラムが濡れた瞳でカイルを見つめる。
貴族令嬢のシャルロットに、聖女のエリカ。そこに妖艶なプラムを加えて、カイルはまさにハーレムパーティーのリーダーとなった。
カイルはこのまま幸せなハーレムライフを満喫するつもりだが、残念ながらこの幸せな時間は長く続かない。
「新メンバーが決まったようね」
プラムと酒を飲み交わしていると、その場にシャルロットがやってきた。
「あぁ、ちょうど良かった。新しいメンバーのプラムだ。アーチャーで火力を担当する。同じパーティーメンバー同士、これから仲良くしてやってくれよ」
品のあるシャルロットと、妖艶なプラム。二人が揃うと実に眼福。ゆくゆくはこの二人を自分のモノにとカイルは口の端をつり上げる。
「初めましてプラムさん。私はシャルロットだよ。得意魔術は――」
「攻撃魔術、ですよね。良く知ってますよ。これから仲良くしてくださいね」
「仲良くしたいところだけど、それはちょっと無理、かな」
プラムが硬直する。
予想していなかったため、カイルはその意味を理解できなかった。だから一呼吸置いて「どういう意味だ?」と問いかける。
「別にプラムさんが嫌いって訳じゃないよ。だから、そこは誤解しないでね?」
シャルロットはプラムにフォローを入れて、カイルへと視線を向ける。
「先日、お父様から家に戻るように連絡が来たの。だから残念だけど、私は今日この場でパーティーを抜けさせてもらうつもりなのよ」
シャルロットが淡々とした口調で言い放ち、それじゃあねと立ち去っていく。あまりの素っ気なさに呆気にとられたカイルだが、我に返ってその後を追い掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「うん? まだ私になにか用なの?」
「用もなにも、いきなり脱退するなんて、いくらなんでも急すぎるだろ!」
「あら、それを言うなら、アベルくんの追放も急だったでしょ?」
シャルロットが攻撃的な微笑を浮かべる。
「……ちっ、そう言うことかよ。親に呼び戻されたってのは嘘だな?」
「さぁ……どうかな。でも、アベルくんを追い出したパーティーに私が留まるなんて甘いこと、さすがに考えてはなかったよね?」
もちろん考えていた――と言うのはプライドが許さない。
「そ、そんなことは考えてない。だが……仲間に迷惑を掛けるような勝手な脱退はルール違反だ。それを、伯爵令嬢のお前がするのか?」
なにか理由をつけて引き留めて、そのままなし崩し的にと考える。せっかくのハーレム要員を逃がしてなるものかと、カイルは必死だ。
そんなカイルの手を、追い掛けてきたプラムが握った。
「脱退したいって言うなら、快く送り出してあげるべきやないかな?」
「……なんだと?」
「どんな理由にせよ、シャルロットはんはパーティーの脱退を希望してるやん。理由をつけて引き留めたところで、お互いのためにならへんのとちゃう?」
「お前は知らないだろうが、シャルロットとはもうずっとパーティーを組んでいるんだ!」
下心を隠し、あくまで仲間であることを強調する。
「シャルロットはんがパーティーを抜けたとしても、カイル様のもとには
カイルの考えを見透かしたかのように腕に抱きついてくる。
カイルは二の腕に伝わるプラムの柔らかな胸の感触に鼻の舌を伸ばし、たしかにシャルロットにこだわる必要はないと思い始める。
「……分かった。残念だが脱退を許可しよう。シャルロット、いままで同じパーティーで戦えて楽しかったぜ」
「そう、だね。私も、最近まではそう思ってたよ」
「……そうか」
最近というのは、アベルを追放するまではと言うことだろう。やはりあの一件が引き金になったのだと理解するが、いまのカイルにはどうすることも出来ない。
「それじゃ、私はもう行くね」
踵を返すと、青みがかった銀髪がふわりとなびく。
「あ、ま、待ってくれ!」
慌てて呼びかけると、シャルロットが足を止める。
「シャルロットは……その、アベルを捜しに行くのか?」
シャルロットは答えないが、その背中から続きを促している気配を感じる。
「もし、アベルに会うことがあれば、俺が、その……」
伝えるべき言葉は決まっている。だが、エリカはアベルのことを嫌っている。だから、カイルは思い浮かべた言葉を口にすることが出来なかった。
そして、カイルが口ごもっているうちに、シャルロットは立ち去ってしまった。
シャルロットを失うのは残念だが、こうなったら仕方ない。プラムも仲間にしたことだし、本命のエリカも残っている。もう一人、自分好みの女性を仲間にしよう。
そうして今度こそ、ハーレムパーティーを完成させてみせる!
――と、そんな風に気持ちを切り換えて、隣で微笑むプラムを見下ろす。カイルは自分の向かう先にどんな運命が待ち受けているのか、いまはまだ知らない。
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