三角関係を乗り切る鍵 4
「え、えぇ……まあ。その、報酬を支払えないことを心配されたので、モフモフさせてもらえたらそれで十分だと言いましたけど……問題でしたか?」
娘にモフモフさせて欲しいと言ったそうですね――と問われた俺は動揺していた。だから、やましい気持ちはありません、ロリコンじゃないですよと主張する。
「イヌミミ族がイヌミミやシッポを触らせるのは親しい相手。……ごほっ。家族や恋人……もしくは自らが仕えると決めた主だけ、なのです」
「――なっ!?」
そんな習慣があるなんて聞いてない。って言うか、聞いてたら、いきなりモフモフさせて欲しいなんて言ったりしない。完全にアウトじゃないか。
「その反応、やはり知らなかったようですね」
「え、ええ。すみません。まさかそんな習わしがあるとは思ってみなかったので。そう言うことであれば、もちろんモフモフの件は取り下げます」
本当はモフりたい。けど、俺はモフモフしたいのであって、恋人やご主人様になりたいわけじゃない。だから我慢、我慢だ――と、血涙を呑んで告げる。
「いいえ、取り下げる必要はありません。むしろ、いますぐ娘をモフモフしてください」
「……はい?」
あれ? おかしいな。いま、娘をモフモフしろって聞こえた気がする。
……気のせい、か? 気のせい……だよな? うん、気のせいだな。
モフモフするのは家族か恋人かご主人様。そんな三択なのに、初対面の、しかも歳の離れた――というか、アリアさんのほうが歳が近いかもしれない。
そんな俺に、娘をモフモフしろなんて――
「娘のイヌミミやシッポを思う存分、モフモフ依存症になるくらいモフり倒して、身も心もあなたのモノにするのです」
――言ってた!?
って言うか、依存症になるくらいモフモフってってなに? 良いの? ティアの柔らかそうなイヌミミやシッポを、存分にモフって良いの? だったらモフモフしちゃうよ?
――って、ダメダメ、落ち着け、俺。
モフモフはしたい。モフモフはしたい。むちゃくちゃしたい!
モフモフはしたいが、それで恋人とか主とかに認定されたら、エリカとシャルロットの件がややこしくなる。それだけは、なんとしても回避しなくてはいけない!
「アリアさん、事情を知ってしまった以上、ティアをモフモフは出来ません」
「あら、どうしてですか? あの子の毛並みは最高ですよ?」
最高…………………………最高かぁ。
……い、いや、それはダメだ。
モフモフはしたいけど、ティアみたいに幼い子を恋人にするなんてありえない。それに、ご主人様になんてなったら、絶対にエリカやシャルロットが誤解する。
だから――
「や、やはり、モフモフは出来、ません――っ」
「理由を聞いてもかまいませんか?」
「それは……子供は親と一緒にいるのが一番の幸せだからです」
修羅場が悪化するからなんて言えなくて、そんな言葉を口にした。
「その親がどんな人間でも、ですか?」
「もちろん例外はあるでしょう。だけど……あなたは良い母親だ。だから、ティアはあなたと一緒にいるのが一番だと思います。ティアも、きっとそれを望むでしょう」
というか、望んでくれなきゃ困る。
アベルさんについていくよ! とか言われたら、俺の心労が増えちゃう。
「アベルさんは、そこまで気付いていたんですね」
「……え?」
なに? 気付いてたって、なにが?
「アベルさんのお察しの通り、私はティアを手放すつもりでいました」
え、お察しの通り? ティアを手放すつもりだったなんて初耳なんだけど!?
よく分からない。というかまったく分からない。
「すみません、詳しく教えて頂けますか?」
「そう、ですね。たとえあなたがお見通しでも、これは私の口から言うことでした」
「ええっと……そう、ですね」
まったく事情が飲み込めないけど、ひとまず分かったフリをしておこう。
「私は見ての通りの状態で、働くこともままなりません。いまはギム達の好意に救われていますが、いまの集落の状態では、すぐに他人を助ける余裕なんてなくなるでしょう」
「この集落の状況は、そんなに切羽詰まってるんですか?」
「ええ。魔物の異常発生で狩りも農業もままならず、冬のための備蓄を食い潰しているのが現状です。このままでは冬を越すことは出来ないでしょう」
「そう、ですか……」
「だから、私は助けが来ないのを承知で、ティアを人間の街へ逃がしたのです。集落を助けてくれる人はいなくても、運がよければ優しい人間がティアを救ってくれるかもと思ったから」
なるほど、なぁ。食糧難に陥った人々が取る手段は限られてる。領主に泣きつくか、食い扶持を減らすかのどちらかしかない。
けど、イヌミミ族は領主の保護下にないから、食い扶持を減らすしか選択はない。
そう言うとき、真っ先に切り捨てられるのは労働力のない者達。病気で働けないアリアさんや、まだ幼いティアは真っ先に対象になるだろう。
だから、アリアさんは一縷の望みに賭けて、ティアを人間の街へと送り出した。
「だからアベルさん。どうか娘をモフモフしてください。そして、どうかあの子を護ってあげてください」
「……残念ですが、それは出来ません」
「なぜ、ですか……?」
「俺がここに来たのは、魔物を退治するためだからです」
「……もちろん、そうして頂ければ多くの人が救われます。でも、いますぐに魔物の不安がなくなったとしても、口減らしの必要はなくなりません。ですから、どうか……お願いします」
アリアさんが必死に訴えかけてくる。
さっきより苦しそうな表情なのに、いまは咳一つしていない。娘を託すために、苦しいのを我慢しているのだろう。
だけど、やっぱりティアは連れて行けない。
エリカとシャルロットの件だけでも心労で死にかねないのに、そこにティアを加えたら、俺はきっと心労で死んじゃう。
だから――
「やはり、ティアはモフれません」
「あぁ、そんな……」
アリアさんの顔に絶望が浮かぶ――寸前、俺は続きの言葉を口にする。
「だけど、ティアは救います」
「……え?」
「それにあなたも。そして集落も。すべて、俺が救ってみせます」
この集落の人口は、パッと見た感じで百人くらい。そんなモフモフ天国が危機に陥っているのに、黙って見ているなんて出来るはずがない。
それに、冒険者ギルドに行くように女神様が言ったのはきっと、これが理由だ。
「私達を救う、ですか?」
「ええ、貴方達イヌミミ族を、俺が救います」
じゃないと、ティアが俺に付いてきて修羅場になるから。
「あなたはどうして、イヌミミ族のためにそんなにも頑張ってくださるんですか?」
「別にイヌミミ族のためじゃありません、自分のためです」
「あなたは……優しいんですね」
自分のためだっていってるのに、なんで優しいと言われたんだろうか? よく分からないけど、みんなを助けないと、ティアがあらたな修羅場の火種になっちゃう。
だから――と、俺はアイテムボックスから、一本の紅いポーションを取り出す。
「アリアさん、このポーションを飲んでください」
「……ポーション、ですか? それはその……高価なのでは?」
「余り物ですから。どうぞ、身体が楽になりますよ」
俺は有無を言わさぬ口調で捲し立て、瓶の蓋を開けてアリアさんの手に押しつけた。
「えっと……あの?」
「遠慮なくググッとどうぞ」
「はぁ……では、お言葉に甘えて……」
アリアさんがコクコクと喉を鳴らしてポーションを飲み下していく。そうして飲み終わるのを確認してポーションの瓶を回収。
効果が出るのを待ちつつ雑談をしていると、隣の家からティアが戻ってきた。
「お母さん、ミルクをもらってきたよ!」
「あら、お帰りなさい。良い子ね」
ベッドサイドに駆け寄る。そんなティアの頭を、アリアがよしよしと撫でつける。実に微笑ましい光景である。やっぱり、子供は愛してくれる親といるのが一番だと思う。
「あ、アベルさん。ギムおじさん戻ってきて、アベルさんに話があるって!」
「結論が出たのかな。ありがとう、行ってみるよ」
俺はアリアさんに会釈して家の外に。そこには、決意を秘めた男達が集結していた。
「……結論は出たようだな」
「ああ。本音をいえば、初めて会ったばかりのあんたを信じて良いのか分からない」
否定的な言葉だが、俺をまっすぐに射貫く瞳に拒絶の色は宿っていない。
俺は無言で続きを促した。
「だが、このままではこの集落は間違いなく滅びる。だから、アベル、あんたに託したい。どうか頼む、この村の周辺に現れた魔物を退治してくれ」
イヌミミ族の男達が一斉に頭を下げる。
「分かった。それじゃ、さっそく――」
「ああ、任せてくれ。いまから俺達は、あんたの言うとおりに動く」
「……おや?」
さっそく、サクッと魔物を退治してくるというつもりだったのだが……言うとおりに動く?
「言う通りって……なにをするつもりだ?」
「もちろん、あんたの指示に従って魔物と戦うつもりだ。Dランク相当の魔物が相手だから、一対一ではかなわないが……それでも、みんなで掛かれば援護くらいは出来るはずだ」
「なる、ほど?」
Dランクの魔物は、初心者を卒業した冒険者が最初にぶつかる壁くらい。村の自警団がそいつらに渡り合えるというのは物凄いことだ。
物凄いことだけど……どうしよう。Dランクの魔物の相当くらい余裕だし、むしろ足手まといだから邪魔とか……い、言えない。
「えっと……その。じゃあ……一緒に戦おう、か?」
「「「おう、任せてくれ!」」」
ギム達自警団の男達が一斉に応える。
「ティアも一緒に行くよ!」
家の中からティアが飛び出してきた。
「なにを言うんだ、ティア。危険だから家で待っていろ」
ギムがたしなめるが……そのセリフ、あんた達にも言いたい。
「アベルさん、ティアを連れていって。ティア、凄く鼻が良いから役に立つよ!」
「……鼻?」
「うん。人や魔物の匂いをどこまでだってたどれるの。森から一人で街まで行ったのも、帰りに魔物と出くわさなかったのも、魔物の匂いを避けたからなんだよっ!」
「おぉ……そうだったのか」
凄いけど、そんなちまちまと探すつもりも――えぇい、もう良いや。
「そう言うことなら、ティアも連れて行く」
「しかし――っ」
ギムが難色を示すが、俺は首を横に振ってそれを遮った。
「ティアは役に立つ。魔物は俺が倒すから、あんた達はティアを守ってやってくれ」
ティアを守らせればギム達も無茶は出来ない――という意味で、ティアは凄く役に立つ。ということで、俺は彼らを引き連れて森へと向かった。
「ティア、匂いをたどれるって言ったけど、魔物が多そうな方向は分かるか?」
「うん、分かるよ!」
「よし。なら、魔物がたくさんいる方に案内してくれ」
ティアの指示に従って、俺はずんずんと森の中を進んでいく。ほどなく、草むらからブラックガルムが飛び出してきた。
「出たっ、ブラックガルムが二体だ!」
「ちぃ! まさか、初っぱなからDランクの魔物が二体かよ!」
「ブラックガルムは動きが速いから気を付けろ!」
「常に隣の奴を意識して戦え! いまこそ、我々イヌミミ族の底力を見せるときだ!」
ギム達が声を上げ、みんなが一斉に武器を構える。俺はそれを横目に地を這うように飛び出して腰の剣を抜刀、二体のブラックガルムを斬り伏せた。
「な、なななっな!?」
……いや、ごめんって。
たしかに自警団にとっては脅威だろうし、その辺の冒険者じゃソロで戦うのは厳しい。
でも、俺はこう見えても遠征隊への参加資格を持つ一流の冒険者だし、いくらなんでもDランクの魔物に手こずったりしない。
たぶん回復職のエリカでも、杖を使って撲殺できると思う。
「俺達が命懸けで戦っていた魔物を瞬殺、だと……?」
「お、俺達のいままでの苦労は一体……」
「い、いや、さっきのはブラックガルムじゃなくて、ブラウンガルムだったんじゃないか?」
「あ、あぁ、そうかも。それならEランクだしな」
「いや、どう見ても黒かったぞ?」
「じゃあ、真っ黒に汚れたブラウンガルムだ」
「だが、ブラウンガルムだったとしても、あんな風に倒せるなんて……」
「……言うな。それ以上考えるべきではない」
なんか、初っぱなから味方の被害が甚大だ。
少しくらい、手こずってみせるべきだったかもしんない。
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