三角関係を乗り切る鍵 2
「驚いた顔をしていますが、どうかなさいましたかな?」
鉢合わせした司祭風のお爺さんが首を捻る。
「……あなたが司祭様?」
「ええ。長年この神殿の司祭を務めております」
このお爺さんが司祭らしい。だとしたら、さっきまで俺が話していた女性は誰なんだ?
「つかぬことを聞きますが、純白のローブを身に纏う、赤髪のお姉さんをご存じですか?」
「ほっほっほ。これは妙なことを聞きなさる。もちろん知っておりますぞ」
「あぁ、この神殿に仕えるシスターでしたか」
「シスター?」
納得する俺に対して、今度は司祭様が怪訝な顔をする。
「もしや……その赤髪の女性とお会いなさったのですか?」
「ええ」
「純白のローブを纏っていた?」
「そうです。さっきまで、この部屋で話してました」
「ほっほ。そうでしたか。どうやら貴方様は女神様に気に入られたようですな」
「女神様?」
「あちらをご覧ください」
司祭様は俺に向かって壁に掛けられている絵画を示した。そこに描かれているのは、純白のローブを身に纏った女性。先ほど俺が話していた相手だ。
「へぇ……絵のモデルにもなっているんですね」
たしかに絵画に相応しい整った顔立ちをしている。だが、教会に飾る絵にしては、胸元の色気が少々不適切な気がしないでもない。
「あれが女神様です」
「……え?」
あぁ……そういえば、表に飾られてた女神像も同じような女性だったな。
「もしかして、化身とか、そんな感じですか?」
「いいえ、貴方様がお会いになったのは、メディア様ご本人ですな」
「……いやいやいや。本人って、女神様ですよね?」
エリカをこの世界に招き入れたときのように、女神が人前に姿を現す事例はある。だけど、信者でもない相手に雑談をしに来るなんて聞いたこともない。
「滅多に顕現はいたしません。ですが、その……女神様は娯楽に飢えておりまして」
「……あぁ」
なんか、思いっきり納得してしまった。
契約魔術の痕跡が見える――なんて話、聞いたことないからおかしいと思ったけど、女神様なら出来ても不思議じゃない。
そういや、信者の修羅場観察が娯楽とかいってたな。
つまり、頭の中がお花畑なのはメディア教でも司祭様でもなく、女神様本人だったと言うことで……メディア教、ダメかもしんない。
「そのお顔は、なにか言われたようですな」
「えぇまあ……助言をいただきました」
「その割りには、お顔の色が優れないようですが?」
「それはその、あまりに、ええっと……その、そう。突拍子もない助言だったので」
あんたの仕える女神様、頭の中がお花畑で信じて良いか分からない。と言っているも同然なのだが、司祭様は「ほっほっほ」と笑って受け流した。
この司祭様、慣れている!
「もしや、過去にも似たようなケースが?」
「女神様が顕現することは珍しいですな。ですが、オラクルを授かることはときどきありますので、似たような反応には心当たりがあります」
「……な、なるほど」
やっぱり慣れてる。
「メディア様に仕える司祭として、一つだけ助言を授けましょうか?」
「ぜひお願いします」
あの女神様の対応に慣れてる人の助言ならきっと役立つ。
「メディア様は嘘はつきません。なにごとも楽しもうとするきらいがありますが、ハッピーエンドを好まれます。助言は間違いなく真実でしょう」
「なる、ほど……」
つまり、誓いのキスのダブルブッキングを打ち明けたら俺が心労で死んで、エリカとシャルロットは間違いなく一生後悔するハメになる、と。
……………………理解したけど、納得したくないなぁ。
二人に隠し事をしたまま、二股状態なのがバレないように仲良くするなんて、心労で死ぬ前に罪悪感で死んじゃう……けど、二人に一生後悔させるのも嫌だ。
仕方ない。
ひとまず、女神様の助言に従ってみよう。
司祭様との話を終えた後、俺は女神様のアドバイスに従って冒険者ギルドへとやって来た。
冒険者ギルドの建物は冒険者で賑わっており、カウンターではダンジョンで集めたであろうドロップ品を換金する冒険者達が並んでいる。
俺はそれを横目に、掲示板の前に立つ。
……懐かしいな。
エリカと二人でこの街に流れてきてほどなく、掲示板に張られていた依頼を切っ掛けにシャルロットと知り合った。
あれは……二年ほど前だったかな。
たしか、この辺の隅っこに一風変わった依頼書が――と、そんなことを考えながら掲示板を眺めるが、もちろんあの日の依頼書はとっくに取り払われている。
あるのはダンジョンで産出されるレアドロップの買い取りが大半で、他には森での薬草採取の依頼が少しだけ張り出されている。
これといって気になる依頼はない。冒険者ギルドに行けと言われて、真っ先に掲示板を思い浮かべたんだけど……どうやら外れだったみたいだな。
「どうかお願いします!」
「嬢ちゃんの気持ちは分かるが、こっちも仕事なんだ。悪いがよそを当たってくれ」
ローブに身を包んだ子供が、冒険者のおっちゃんに追い払われている。
子供はそれでもなにか言いつのろうとしたが、ぎゅっと小さな拳を握り締めてぺこりと頭を下げた。そしてすぐに他の冒険者達へと声を掛ける。
なんだか知らないけど、冒険者に片っ端から声を掛けているらしい。
「――お願いします!」
「あぁ? 依頼ならギルドを通してくれ」
「それは……その、ギルドにはお願いして断られたので」
「なら無理に決まってんだろ。ほら、邪魔だからよそに行きな」
「――ひゃう」
若い冒険者にどんと突き飛ばされた。ふらついた子供が尻餅をつく寸前、俺は一気に距離を詰め、その小さな身体を支える。
「……え? あ、あれ?」
「大丈夫か?」
「え、あ、はい。ティアを支えてくれてありがとうございます!」
十代になっているかどうかくらいの小さな子供。フードを被っているが、恐らくはは女の子だろう。小さな子供なのに、ずいぶんと礼儀正しい。
「おい、あんた。こんな子供を突き飛ばすことはないだろ?」
俺は若い冒険者を軽く睨みつける。
「わりぃ。そんなに強く押したつもりはなかったんだが……いや、たしかにさっきのはやりすぎだったな。嬢ちゃん、怪我はしてないか?」
「えっと……大丈夫です。ティアの方こそ、しつこくしてすみませんでした」
「いや、気にするな。ただ、やっぱり頼みは聞けねぇ」
「どうしても、ですか?」
「ああ、悪いな。他を当たってくれ」
冒険者はそう言って立ち去っていった。
それを見送っていた女の子が、しょんぼりと肩を落とす。
「……なあ、なにか困ってるのなら、俺が話を聞こうか?」
「えっと……あの、お兄さんは?」
「俺はアベルだ。キミは……ティアって言うのか?」
「え、どうしてティアの名前を知ってるんですか?」
「さっき、自分のことをティアって呼んでただろ?」
「あ、そうでした……えへへ」
照れる姿が可愛らしい。
しっかりしてるように見えたけど、一生懸命に背伸びをしてるんだな。
「それで、困ってるのはどんなこと?」
「あ、そ、そうでした! ティアの暮らしている集落の側に、最近魔物が彷徨くようになったんです。それで、ティア達じゃどうしようもなくて、ギルドに依頼をしに来たんですが……」
「……断られたのか?」
「はい。その、報酬が支払えないなら無理だって」
「それは……おかしいな」
通常の依頼であれば、依頼主が報酬を支払うのは当然だ。だけど、領地内にある村や町が魔物に脅かされた場合は、領主からの補助金で依頼を出すことになっている。
報酬が支払えないから無理、なんてことにはならないはずだ。
「その集落は、ユーティリア伯爵領の中にあるんだよな?」
「はい。森の中にあります。でも、実は、その……」
ティアが視線を彷徨わせる。
「焦らなくても大丈夫だ。ちゃんと話を聞くから」
「え?」
「ギルドに依頼を断られたのには、なにか事情があるんだろ? それも含めてちゃんと聞くから、そんな風に慌てなくて良いぞ」
「……はい、ありがとうございます」
「よしよし、良い子だ」
フードの上から、その頭をわしゃわしゃと撫でつける。
「――そこまでですっ! ギルド内でそのような真似は許しませんよ!」
女の子を撫でていた腕を、受付のお姉さんに掴まれた。どうやら、俺達のやりとりを聞きつけて飛んできたらしい。
「そのようなマネって……ギルドは依頼を受けなかったんだろ?」
冒険者ギルドはアイテム換金や、依頼仲介などの手数料で成り立っている。なので、ギルドの建物内でギルドを介さずに依頼するのはマナー違反になる。
けど、今回の依頼はギルドが仲介を拒否した依頼だから、俺が話を聞いても問題はないはずだと訴えかけたのだが……お姉さんは無情にも首を横に振った。
「そんな詭弁では誤魔化されません。あなたを幼女誘拐未遂で拘束します」
「……え?」
「無償の依頼を、しかもあなたみたいな男性が一人で受けるなんて不自然です! 依頼を受けたフリをして、その幼女を連れ去っていかがわしいことをするつもりでしょう!」
「………………なるほど」
無償で依頼を受けるお人好しではなく、幼女目当てのロリコンだと思われてたのか。
「さぁ、罪を認めなさい。このロリコン」
「……って言うか、黙って聞いてたら誰がロリコンだ」
「そんなの、あなたに決まってるじゃないですか!」
「ちげぇよ! 俺は純粋にこの子の頼みを聞こうと思っただけだ!」
「ロリコンはみんなそう言うんです! この変態、死ねば良いのに! いえ、私がこの手でくびり殺してやります! 死になさい、いますぐ!」
「あんた、ロリコンになにをされたんだよ……?」
「先日、子供の頃から付き合っていた幼馴染みに『すまない。お前が子供じゃなくなって魅力を感じなくなったんだ。別れよう』って言われましたがなにか!?」
「……俺が悪かった」
そりゃロリコンを嫌っても仕方がない。
「まあ……子供を泣かせる奴が許せないって言うのは同意見だが、あんた達は困ってるこの子に手を差し伸べなかっただろ?」
「そ、それは……」
受付嬢が言葉を濁し、様子を見守っていた冒険者達が色めきだつ。
「……言い過ぎたな。別にあんた達を責めるつもりはない。普通の冒険者は日々を生きるのに必死だし、他人のためにただ働きなんて出来るはずないからな」
俺が冒険者になった頃なんて、その日の宿代を稼げるかどうかも怪しかった。困ってる他人のためにただ働きなんてすれば、自分達が路頭に迷いかねない。
だから、薄情者なんて言えない。
「あなた、普通の冒険者には無理だと言いましたね? 自分ならそれが可能だと?」
「俺は別に、日々の暮らしには困ってないからな」
俺は青い金属に縁取られた冒険者タグを取りだした。それを目にした受付嬢が目を見開き、周囲にざわめきが広がっていく。
「金属に縁取られた冒険者タグは遠征隊への参加資格を持つ証。しかも青い金属に縁取られているのは、その中でもトップクラスの証……まさか、あなたは……」
「俺の名前はアベル。こう見えて、Sランクに認定されている」
「ではやはり、シャルロット様と同じパーティーの?」
「ああ、そういやシャルロットの出身地だったな、ここは」
ユーティリア伯爵家のお嬢様なので、わりと有名なんだろう。シャルロットと同じメンバーと言うことで、一気にざわめきが大きくなった。
「……驚きました。遠征パーティーに参加資格のある冒険者ってだけでも珍しいのに、Sランク認定。しかもシャルロット様のお仲間が――ロリコンだったなんて!」
「ロリコンから離れろっ!」
いやまぁたしかに、実力のある冒険者かどうかと、ロリコンかどうかは関係ないかもしれないが、その結論はいくらなんでもあんまりだと思う。
「何度も言うが俺はロリコンじゃない」
「ムキになって否定するところが怪しいです」
「違うから違うって言ってるだけだ」
「……ホントですか?」
「あんたの過去には同情するが、いいかげんにしてくれ。理由は聞いてないけど、ギルドはこの子の依頼を突っぱねたんだろ?」
「ええ。彼女の集落は訳ありで、保護対象に入ってないんです」
「なるほど……」
保護対象に入っていない集落。
つまりは正式に登録されていないくらい小さな集落とか、隠れ里とか、そんな感じ。だから、国からの支援が受けられない。
「ちなみに、魔物が発生してるって聞いたけど、場所と規模は?」
「森の中にある集落の側。規模はDランク程度の魔物が20~30くらいみたいです」
「……なるほど」
いっぱしのパーティーならなんてことのない数。
だけどというか、だからこそというか、ギルドが調査に乗り出すような数じゃないし、手間だけが掛かるから、冒険者による善意の助けも期待できない。
「なら、現時点で彼女の頼みを聞く気があるのは俺くらいだ。それを、あんたの勝手な思い込みで潰すのか?」
受付嬢の顔をまっすぐに見る。
受付嬢は少し考えた末に、ティアの前に膝をついた。
「ティアちゃん、でしたね。あなたの頼みを聞いてくれる可能性があるのはいまのところアベルさんだけです。彼を信じることは出来ますか?」
問われたティアは、俺の顔を見上げた。
「アベルさん、集落のみんなを助けてくれますか?」
「もちろん、俺がみんなを助けてやる」
ティアと俺の視線が交差する。
ほどなく、ティアが受付嬢へと視線を移した。
「ティアはアベルさんを信じます」
「本当ですか? 彼の目当ては、貴方自身かもしれませんよ? 報酬代わりだとか言って、色々と迫ってくるかもしれませんよ?」
おい――と突っ込みたいけど、ひとまず我慢だ、我慢。
「覚悟の上です! それでみんなを助けてもらえるのなら、ティアはなんだってします! アベルさんになにをされたってかまいません!」
空気が凍り付いた。
「そ、そぅ、ですか。合意なら……まぁ、その……ほどほどに、ね?」
なんですかね、そのなにか言いたげな目は。
というか、合意ならってなんだよ、合意ならって。俺はそもそもそんなつもりはないし、仮にティアが年頃の美少女だったとしても、修羅場の原因を増やすほど馬鹿じゃない。
それにティアもティアである。信じるとだけ言ってくれれば良いものを……なぜそんな言葉を付け加えたのかと一時間くらい問い詰めたい。
問い詰めたいが――
「さっそく、ティアの集落に向かおう」
俺は逃げ出すことにした。
……もう、絶対このギルドには顔を出さない。
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