三角関係を乗り切る鍵 1

 対象に操を立てる、誓いのキスという契約魔術を二人から同時に受けた。図らずも、エリカとシャルロットは俺としか結ばれることが出来なくなった訳だ。

 契約魔術によるダブルブッキングで、二人はその事実を知らない。

 俺は二股を掛ける酷い男状態だ。


 説明して許しを請うべきか、はたまた地の果てまで逃げるべきか。冷静になって考えると説明するべきだとは思うけど……いまはとにかく情報が不足している。

 俺は情報を集めるため、とある街へ立ち寄った。


 シャルロットと出会った思い出の街だが、訪れたのは感傷に浸るためじゃない。メディア教の大きな神殿があるので、契約魔術について聞かせてもらおうと思ったのだ。


 そんなわけでやって来たのはメディア教の神殿。

 大きな女神像の前で、シスターとおぼしき娘が出迎えてくれる。


「メディア教の神殿にようこそおいでくださいました。本日はどういったご用件でしょう?」

「メディア教の契約魔術に詳しい人、司祭様か誰かにお話を聞かせてもらいたいんだ」

「申し訳ありません。司祭様は大変忙しいので、一般の信者は特別なときにしか会うことが出来ません」

「そう言われると思って、お布施を持ってきた」

 革袋に入っているお金をちらりと見せる。

 シスターはそう言うことでしたらと、奥の部屋へと案内してくれた。



「それでは司祭を呼んでまいりますので、少々ここでお待ちください」

 応接間に案内された俺は、ソファに座って司祭がやって来るのを待つ。

 そうして待つことしばし、部屋に赤い髪のお姉さんが入ってきた。真っ白なローブを身に纏う、気品と色気を併せ持つお姉さんだ。


「お待たせいたしました。あたくしに聞きたいことがあるそうですが……」

 お姉さんはその色っぽい金色の瞳で俺を覗き込むと、クスリと微笑んだ。


「あらあら、あなたに女難の相が出ていますね」

「……女難の相?」

 エリカとシャルロットのことを言ってるのか? ……いや、女難の相なんて定番だ。具体的な内容を言われたわけじゃないし、ただの出任せだろう。


「金髪ツインテールと銀髪ロングの美少女達に追い回される未来が見えます」

「具体的に言われた!?」

 いや、いくらなんでも具体的すぎるだろ。いまのは明らかに二人のことだ。

 この司祭様、俺達のことを知ってるのか? ……うぅん。シャルロットは貴族だし、俺達のパーティーを知ってる可能性はあるかな?

 けど、俺との関係はさすがに知らないはずだ。

 なのに、この司祭様はどうして……


「ふふっ。この超絶綺麗なお姉さんは何者? とか思ってますね?」

「不審には思ってるけど……自分で言うなよ」

「あたくしは、メディア教に伝わる契約魔術の痕跡を見ることが出来るんです。だから、あなたがどういう状況なのか、良く知っていますよ」

「え、マジで?」

「マジもマジ、大マジです。二人から誓いのキスを受けていますよね」

 マジだっ!?


「す、すまない。不誠実なことになってるって自覚はあるけど、これは不可抗力で、決して意図的に二股的な状況を作り出したわけじゃないんだ!」

 誓いのキスって名前からして、明らかに一途な想いを支援する契約魔術。故意ではないとはいえ、それを利用して二股な状況を作り出した。

 宗教の教えに反すると弾劾されてもおかしくはない。


「謝る必要はありませんよ。契約は一方的なモノですから、あなたは悪くありません」

「……え、ホントに?」

「ええ、あなたはなにひとつ悪くありません。罪悪感だって抱く必要はありませんよ」

「あ、あぁ……ありがとうございます」

 いくら不可抗力だと訴えたところで、俺が二人から誓いのキスを受けている事実は変わりない。心のどこかでそんな風に自分を責めていたのだろう。

 司祭様から許しの言葉を得て、俺は心から安堵した。


「もっとも、いまのあなたはどう見ても女の敵ですが」

「ですよねぇ!」

 上げてから落とす司祭様、鬼畜である。


「話を戻しますが、その状況を打開するために、話を聞きに来たんですね?」

「ああ。契約魔術のことを教えて欲しい。秘匿されているかもしれないが……」

「問題ありません、教えて差し上げましょう」

 司祭様は柔らかに微笑んだ。


「良いのか?」

「もちろん。質問には答えますし、相談にも乗りますよ。信者の修羅場を観察するのは数少ない娯楽……いえ、迷える子羊を救うことはあたくしの使命ですから」

「……いま、娯楽って言ったよな?」

 俺はジト目で睨みつけた。


「すみません。思っていても口には出さないようにしているんですが、つい」

「認めた!?」

「建前って重要ですからね」

「しかもぶっちゃけた!?」

 ヤバイ。この司祭様、なんだかヤバイ匂いがプンプンする。


「悪い、急用を思い出した」

「あら、あたくしの話を聞く前に帰って良いんですか? あたくしはそれでもかまいませんが、あなたは後悔しませんか?」

「……………………」

 逃げ去ろうと腰を浮かしていた俺は、無言でソファに座り直した。

 ヤバそうなのは事実だけど、聞きたいことがあるのも事実だからな。……仕方ない。


「なら、まずは誓いのキスについて聞かせてもらえるか?」

「ええ。かまいませんよ。誓いのキスはメディア教の契約魔術ですね。手順を踏んで契約すると、誓った相手以外とは結ばれることが出来なくなります」

「誓った相手以外と結ばれると呪われるって聞いたけど……具体的には?」

「不義を働こうとした時点で苦しみ始め、最後まで行けば確実に死にます」

「うあぁ……」

 些細な呪いなら、無視しても――なんて思ってたけど甘い考えだった。


「解除する方法は?」

「死が二人を分かつまで。つまり、どちらかが死ぬまで解除されません」

「他にはないのか?」

「……なぜ、そこまで解除方法を探すんですか?」

「二人が大切だからだ」

 俺は即答した。


 二人は大切な仲間で、掛け替えのない存在だ。

 そんな二人から想いを伝えられて、嬉しくないはずがない。どちらか一方からだけ告白されたらきっと、迷いはしても、最終的に想いに答えたと思う。

 だけど、二人だ。

 俺は二人を同時に幸せに出来るほどの器じゃない。だから、いつかどちらかを選ばなくちゃいけない。どちらかを、傷付けなくちゃいけない。

 でも、契約魔術がある以上、ただ傷付けるだけじゃすまない。そんなのは絶対にダメだ。


「だから、契約魔術を解除する方法を知りたいんだ」

「なるほど。二人が大切だからこそ、解除する方法を知りたいんですね」

「そうだ」

「どれだけ困難な方法でもかまいませんか?」

 司祭様に見つめられ、俺はこくりと頷き返した。


「あなたの覚悟は分かりました。死ぬ以外に契約を解除する方法は――ありません」

「ないの!? だったら、さっきの意味深な質問はなんだったんだよ!?」

「聞いてみただけです」

「ひでぇ。いまのは困難だけど、解除する方法はありますよと言われて、俺がその解除方法を手にするために頑張る流れだっただろ?」

「ないので諦めてください」

「そんなぁ……」

 絶望した。司祭様しか知らない秘密の方法とかがあることを期待したんだけどなぁ。いや、この司祭様が知らないだけで、秘密の方法がある可能性は……ないかな?


「参考までにお話しすると、過去にはあなたと同じように、二人から誓いのキスを受けた色男がいましたよ」

「え、そんな前例があるんだ。その人はどうなったんだ?」

「契約魔術の二股が発覚した瞬間、修羅場になってそのまま……」

「ま、まさか……殺された?」

 ゴクリと生唾を呑み込む。


「いえ、死にたくないと泣き叫んだところ、二人に許されまして」

「泣き叫んだんだ……」

 情けないって言いたいところだけど、同じ状況になったら俺も泣くかも。ここはむしろ、デットエンドじゃなくて良かったと喜ぶべきかもしれない。


「ちなみに、誓いのキスの死が二人を分かつというのは、男としての死も含まれます」

「……ええっと?」

 なぜいきなりそんな話を? なんて聞けなかった。というか、聞きたくない。

 なのに、司祭様は話を続ける。


「命だけは許してもらった彼は――」

 司祭様がどこからともなく、二つの果物を取り出した。そしてそれらをグラスの上でぐしゃりと握りつぶす。その光景に息を呑んだ俺の目の前で、司祭様はグラスに果汁を集めた。

 つまりは、そう言うことのようだ……ぶるぶる。


「果汁のジュース、飲みますか」

「い、いや、遠慮する……」

 色々な意味で飲みたくない。


「八方塞がりだな……」

 二人のうちどちらかを選ぶ勇気はある。選ばなかったもう一人を悲しませる罪悪感にも耐えてみせる。

 だけど、二人のうちどちらかの一生を台無しにするなんて絶対に出来ない。


「まだ諦めるには早いですよ。あなたにだって夢はあるでしょう?」

「まぁな。田舎町に一戸建てを建てて、愛する奥さんやペットと一緒にのんびり暮らしたい」

「なんだか地味でつまらない夢ですね」

 やれやれと言いたげに肩をすくめる、この司祭様、だいぶ失礼だと思う。


「冒険者は普通の幸せに憧れるんだよ」

「いえ、馬鹿にしてる訳じゃありません。ただ、見てても退屈だなと思っただけで……まあ、それも良いでしょう」

 ジト目で睨むと、司祭様はコホンと咳払いをした。


「とにかく、夢があるのなら諦めず、それに向かって突き進むべきだと思いますよ?」

「既にどうしようもないと思うんだけど……」

 契約魔術がなければ、なんとかなったかもしれない。でも、不可抗力とはいえ、俺は二人の誓いのキスを受け入れてしまった。

 もはや、刺し殺されるか、玉を潰される以外に丸く収める手段はないと思う。


「たしかに状況は苦しいですね。あたくしの見立てによると、現時点ですべてを打ち明けたら、あなたはバッドエンドを迎えます」

「……ダメじゃん」

 思わず突っ込んだ。


「あの二人は独占欲が強いので、あなたが二人と誓いのキスをかわしていると知られた時点から修羅場が続き、あなたは――心労で死にます」

「心労!?」

 刺し殺されたり、潰されたりするなら分かるけど、心労で死ぬってなんだ!? ストレスで病気になって死ぬとか? 嫌すぎる。


「回避する方法はないのか? あんたさっき、諦めるのは早いって言ったよな?」

「ええ。まずは誓いのキスのことを隠し通し、徐々に慣れるようにするんです。そうすれば、修羅場を乗り切るだけの耐性がつくはずです」

「それ、わりと地獄っぽいんだけど……」

「諦めたらそこで人生終了ですよ。頑張って頑張って、困難に立ち向かい、やがて訪れる修羅場に耐えるだけの力を手に入れる。それがあなたの人生です」

 なにやら凜々しい顔で演説しているが、言っていることが酷すぎる。

 なんだよ、修羅場に耐える人生って。


「……ちなみに本音は?」

「そこで諦められたらあたくしが楽しくありません」

「――ちくしょう!」

 メディア教、いままではあんまり接する機会がなかったけど、むちゃくちゃすぎる。というか、なんで俺が司祭様を楽しませるために頑張らなきゃいけないのかと問い詰めたい。


「聴いてください! たしかにあたくしは自分が楽しみたいと思っています」

「そこは力説するところじゃないと思うぞ……?」

 この司祭、建前は大事だと言ったことすら忘れてる気がする。


「あたくしは、あなたの不幸を願っているわけじゃありません。あたしはただ単純に、あなたが苦労した末に幸せになる過程を楽しみにしているだけです」

「……そっか」

 思わず頷いた。……いや、他にどう反応しろと?


「最終的に俺が幸せになるって言ったけど、二人はどうなるんだ? 俺がなにもかも正直に話した方が、二人のためじゃないか?」

「いいえ、それは違います。あなたを心労で死なせたら、二人は死ぬほど悔やみます」

「それを回避するために、二人に事実を隠し続けろって言うのか?」

「はっ、嘘をつく罪悪感の心配ですか? そんな感情で動いても人は幸せにはなれません。罪悪感なんて、丸めてゴブリンにでも食わせてしまいなさい」

「おいおい……」

 むちゃくちゃである。


「では聞きますが、あなたにとって重要なのは誠意ですか? 誠意さえあれば、二人を悲しませようが泣かせようが、どれだけ不幸にしようがどうでも良いと?」

「いや、そうは言ってないけど……」

「重要なのは、貴方達が幸せになるかどうかです。貴方達が幸せになれるのなら、過程であなた一人が罪悪感にまみれるくらい、なんでもないでしょう?」

「そう言われると、そんな気がしないでもないような……」

 いやいやいや、落ち着け俺。

 この司祭の提示した二択に囚われて考えちゃダメな気がする。


「特別に、女神メディアからの、ありがたい言葉をあなたに授けましょう」

「……女神メディアからの、ありがたい言葉?」

 なんか、だんだん胡散臭くなってきた。

 最後に、幸せになりたければ壺を買うのです。とか言われそうな雰囲気だ。


「信じる信じないはあなたの勝手ですからよくお聞きなさい。ついでに言えば、それに対してなにか対価を求めたりもしないので安心なさい」

「……そこまで言うなら」

 聞かせてくれと、俺は続きを促す。


「まず誓いのキスについては時期が来るまで隠し通しなさい。でなければ、あなたは心労で死に、残された二人は心に深い傷を負うことになります」

「……その時期って言うのは?」

「限界まで隠し通せなくなるその瞬間まで。つまり、そのときが来たら分かります」

「はぁ……」

 どうにでも解釈できる曖昧な言葉で、あまり当てになりそうにない。


「そしてもう一つ。ここを出たら、冒険者ギルドを訪ねなさい」

「この街にある冒険者ギルドか?」

「ええ。そこであなたが思うままに行動すれば、現状を突破して夢を叶えるための鍵を手に入れることが出来るでしょう」

「……鍵? もう少し具体的に言ってくれないか?」

「うぅん……そうですねぇ」

 司祭様は頬に人差し指を添えて小首をかしげる。


「二股状態を解消する、とても簡単な方法はなんだと思いますか?」

「そんなの、どっちか一人に絞ることに決まってる」

 いきなりこんな状態になって戸惑ってるけど、俺は二股を望んでない。もし契約魔術の件がなかったら、考え抜いた末にどちらかを選んだはずだ。


「でも、それが出来ないからあなたは困っているんでしょ?」

「まぁそうだけど……他に方法なんてあるか? まさか、冒険者ギルドに行ったら、二人のうちどちらかが死ぬとか言わないよな?」

「違います。もっと簡単で、とても楽しい方法ですよ」

「まったく分からん」

「冒険者ギルドへ行けば分かります」

「……分かった。言われたとおりに行ってみるよ」

 さっきと比べると具体的だし、冒険者ギルドでなにが起きるかは俺も興味がある。それに、実際になにか起きれば、他の指示に従うかの参考にもなるしな。


「話は以上です。あなたが試練を乗り越えることを期待していますよ」

「……その方が楽しいから?」

「ええ、その方が楽しいから」

 この司祭様、ぶれないなぁ。

 でも、だからこそ、本当のことを言っている気がしなくもない。……ちょっとだけ。


「一応、お礼を言っておくよ」

「どういたしまして。それでは、アベルさん・・・・・、またどこかでお会いいたしましょう」

 司祭様はイタズラっぽく微笑んで、部屋を出て行ってしまった。

 ――って、お布施を渡すのを忘れた。そう思ってすぐに席を立ち、扉を開けると司祭の恰好をしたお爺さんとぶつかりそうになった。


「……っと、すみません」

「いえいえ、こちらこそ。お待たせして申し訳ありません。私になにか聞きたいことがあるそうですが、この老いぼれにどのようなお話をご所望ですかな?」

「……え?」

 

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