聖女に散々と罵られたが、夜の彼女は意外と可愛い

緋色の雨

プロローグ

 この大陸には様々な形式のダンジョンが存在する。

 周囲の魔力素子マナを吸収して、多種多様な魔物を生み出すと言われているそれらは、放っておくと魔物の群れによる大氾濫スタンピードを引き起こす。


 ゆえに、初代の王はある対策を打ち立てた。

 ダンジョンの側に町を作り、冒険者ギルドによって管理。大氾濫スタンピードが発生しないように、魔物を継続的に狩り続けるという政策だ。

 最初は困難も多かったという。

 だが、魔物を倒した際に入手出来る魔石を動力にした魔導具が開発されたことで事情は一変、人々はこぞってダンジョンの側に町や村を作るようになった。


 しかし、町を作れないような危険な地域にもダンジョンは存在する。そういったダンジョンを放っておくと大氾濫スタンピードを引き起こすため、定期的に遠征パーティーが派遣される。

 遠征パーティーには多額の報酬が支払われるため、参加希望者は後を絶たない。だが、実際に参加できるのは、高い評価を得て許可をもらった冒険者のみ。

 遠征パーティーに参加するのは冒険者の憧れであり、一流の証でもある。俺はそんな遠征パーティーの中でも、トップクラスのパーティーに参加していた。


 勇者の称号を持つ、圧倒的な攻撃力を誇るカイル。

 聖女の称号を持つ、異世界より召喚されし、癒やしの担い手であるエリカ。

 賢者の称号を持つ、伯爵令嬢にして、攻撃魔術に秀でたシャルロット。


 そして俺。称号は持っていないが、剣や魔術を使い攻守にわたって活躍するスイッチ型の魔剣士で、みんなを支えてきた――つもりだった。


 ある日、いつものように仲間達とダンジョンに潜り、ボス部屋でケルベロスを撃破した。

 強力な敵であると同時に、高価な魔石をドロップする魔獣を倒した俺達は、街に戻って祝杯を挙げる、はずだった。

 だが、エリカに手傷の治療を頼んだ結果、返ってきたのは平手打ちだった。


 エリカは気の強い女の子だが、同時に思い遣りのある聖女でもある。そんな彼女が俺――というか、誰かの頬を叩くなんて信じられない。

 驚いたのは俺だけじゃなかったようで、他の仲間達も唖然としている。


「はっ! なにが怪我をしたから魔術で治して欲しい、よ。魔物の前に飛び出して! 魔術でいくらでも治せるとか思ってるんじゃないでしょうね!?」

「いや、そうは思ってないが……」

「だったら、簡単に負傷してるんじゃないわよ!」

「ちょっとエリカ? いきなりどうしちゃったのよ。アベルくんはあなたを庇って怪我をしたんだよ? なのに、そんな言い方はないんじゃないかな?」

「はんっ、誰が庇って欲しいなんて言ったのよ。あたしは庇ってもらわなくても平気よ」

 エリカはシャルロットの取りなしにも耳を傾けない。


「エリカ、少し落ち着けよ。怪我をしたのは悪かったけど、お前は後衛で、しかも回復要員なんだから庇うのは当然だろ?」

「そう思うのなら、もっとスマートに助けなさいよ! あなたが負傷したら、あたしだって危なくなるんだから、意味ないでしょ!」

「たしかに、場当たり的な対処だったけど……あれはしょうがないだろ?」


 ケルベロスが、強化魔術バフにを使ったエリカにいきなり襲いかかったのだ。

 高位の魔物は脅威度の高い相手を判別して狙う傾向にあるが、決して狙いを正確に図ることは出来ない。エリカの強化魔術バフに敵が反応したのは予想外だった。

 とっさに庇わなければ、エリカが負傷していた可能性は高い。ベストではなかったかもしれないが、ベターな選択ではあったはずだ。


「というか、強化魔術バフを使うなら、事前に教えてくれよ」

「はあ? なら聞くけど、教えたらどうしてた? 危ないから使うなって言ったわよね?」

「それは……エリカが狙われるかもしれないんだから、当然だろ?」

「それが気に入らないのよ! 自分一人で全部背負おうとしないでよね! 良い? 強化魔術が必要かどうかはあたしが決める。あんたに指図されるいわれはないわ!」

「……だが、それで危険になるのはエリカなんだぞ?」

「うるさいって言ってるでしょ! というか、いいかげん我慢の限界なのよ! あたしは前から、アベルの行動には腹が立ってたのよ!」

「エリカ、それくらいにしなよ。興奮しすぎだよ?」

「うるさいわねっ!」

 シャルロットが再び取りなしてくれるが、やはりエリカは耳を貸さない。


「シャルロットの言うとおりだぜ、エリカ。いくらなんでも、言い過ぎだ」

 カイルもフォローを入れてくれる。

「うるさいって言ってるでしょ! カイル、あなたはどっちの味方なのよ!?」

 エリカがギロリと睨みつけ、カイルが息を呑んだ。

 そして――


「……くっ、くくっ、はーっははっは」

 カイルが笑い始めた。その変貌っぷりに俺は息を呑む。


「そうか、そうだよなぁ! 俺もそう思うぜ、エリカ!」

「ちょ、ちょっとカイル? あなたまでなにを言い出すのよ」

「あぁん? なにって、エリカと同意見だって話だよ! ホント言うと俺も、アベルはこのパーティーに相応しくないって前から思ってたんだよ!」

 カイルがエリカに同調を始めた。二人からぶつけられる非難の嵐に驚き、俺は息をするのも忘れて立ち尽くす。


「カイル、ふざけないで! エリカも、本当はアベルくんに感謝してるでしょ? いまはちょっと機嫌が悪かっただけだよね?」

「はぁ? あたしがアベルに感謝なんてしてるはずないじゃない!」

「はーっはー、そうだよな! アベルになんて感謝するはずないよな! あぁ、そうだ。この際、アベルをパーティーから追放しちゃおうぜ!」

「ちょっと……あなたねぇ」

「そうよね、あたしもそう思うわ! アベルはこのパーティーから抜けるべきよ!」

「ぎゃはははっ、そうだよな! アベルは追放で決定だ!」

「あーはっはは、そうよ、決定よ!」

 あまりと言えばあまりの急展開に、俺とシャルロットは呆気にとられる。そうこうしているうちにエリカとカイルは意気投合し、俺のパーティー追放を決めてしまった。




 ――その日の夕暮れ時。

 俺が荷物を纏めていると、青みがかった銀髪の少女、シャルロットが訪ねてきた。


「シャルロット? 夜に訪ねて来るなんて珍しいな」

 シャルロットは伯爵令嬢ということもあってか、男と二人っきりになるような状況を避ける傾向にある。夜、俺の部屋を訪ねてきたのは、おそらくこれが初めてだ。


「夜は避けたかったんだけどね。どうしてもいま話しておきたかったの」

「……さっきのことか?」

「うん、そうだよ。……ねぇアベルくん。あなた、本当にパーティーを抜けるつもりなの?」

「ああ、そのつもりだ」

「そんなの、間違ってるよ」

 シャルロットが不満気な顔をする。


「仕方ないだろ、追放すると言われたんだから」

「しょうがなくなんてないっ! 二人に抗議するべきだよ!」

「抗議? そんなことをしてなんになる」

「……分かってるでしょ? あなたが攻守共にバランスよく戦ってくれるから、パーティーはここまで来られたんだよ?」

「……そうだな、俺もそう思ってる」


 俺達のパーティーは全員が一流だ。

 だが、カイルは良くも悪くも生粋のアタッカーで周囲への気配りがおろそかだ。シャルロットやエリカはそうでもないが、二人とも接近されたらなにも出来ない後衛職だ。

 攻守のバランスを取る俺がいなければ、後衛の二人を狙われてあっという間に瓦解する。


「それが分かってるなら、どうして抗議しないの?」

「重要なのは実力だけじゃない。エリカやカイルがあんな風に思ってる以上、なにを言ったって無駄だ。だから、俺はパーティーを抜ける」

 俺だってショックを受けている。けど、だからこそ、あそこまで一方的に言われて、パーティーに留まりたいとは思わない。


「それに、この数年でだいぶ稼がせてもらったからな。ここらで遠征パーティーから抜けて、田舎でのんびり暮らすのも悪くはないかなって思って」

「……そういや、そんな夢があるって言ってたね。田舎町に一戸建てを建てて、愛する奥さんやペットとのんびり暮らす、だったよね?」

「変だと思うか?」

「うぅん、そんなことない。私もそれが良いと思うわ」

 シャルロットがふわりと微笑んだ。


「そんな訳だから、俺はパーティーを抜けるよ。シャルロットには悪いと思うけど……」

「うぅん。悪いのはあの二人だもん。アベルくんが気にすることじゃないよ。それに、私はこう見えても伯爵家の令嬢だよ? 心配されなくたって、自分のことは自分で決められる」

「……そうか、そうだよな」

 シャルロットは自分の道を自らの力で切り開いてきた。凜と微笑む彼女は、今回の苦難も自分の力で切り開いていくのだろう。


「そういえば、アベルくん。腕の傷はどうなった?」

「あぁ……ポーションを使ったから大丈夫だよ」

 俺は怪我をした方の袖を捲ってみせる。

「もう、少し傷が残ってるじゃない。治癒魔術を使うから腕を出して」

「ありがとう、助かるよ」

 お言葉に甘えて腕を差し出す。


 シャルロットは俺の腕を取り、穏やかな声で詠唱を始めた。温かな光が俺の腕を包み、わずかに残っていた傷跡が消えていく。

 聖女であるエリカには及ばないが、暖かみのある治癒魔術だ。俺はその心地よさに身を任せながら、ぼんやりと窓の外を眺める。

 いつしか地平線に太陽が沈み、魔導具の灯りだけが街並みを照らしている。


「……すっかり夜だな」

 ぽつりと呟くが答えは返ってこない。どうしたのかと視線を向けると、シャルロットは俺の腕を掴んだままぼんやりとしていた。


「シャルロット? おぉい、シャルロット?」

 繰り返して呼びかけると、シャルロットはようやく俺を見た。その顔は熱に浮かされたようにぽーっとしていて、紫の瞳はなにやら潤んでいる。


「えへへっ、アベルくんの手、おっきいね~」

「はい?」

「それにね。こうして触れてると、凄く安心するんだぁ。……んっ」

「シャ、シャルロット?」

 なになに、どうなってるの?

 なんでシャルロットが俺の手の甲にキスをしたんだ? これも治癒魔術の一環? いや、そんなわけはない。治癒魔術はさっき使い終わったはずだ。


「おい、シャルロット、どうしたんだ、しっかりしろ!」

「……ふえ? あ、わ、私――っ。い、いまのは忘れて!」

 シャルロットは真っ赤になって立ち上がり、逃げるように退出していった。俺は呆気にとられ、その背中を無言で見送った。



 部屋に残された俺はしばらくして我に返った。

 荷物を纏めながら、いままでのことを思い返す。最初はいまからおよそ三年前。女神様によって異世界転移させられたというエリカを保護したのが始まりだった。

 まだつたない回復しか出来ないエリカと二人でダンジョンに潜り、弱い敵と激戦を繰り広げ、その結果に一喜一憂していた。

 それから少しずつ結果を出せるようになり、色々あってシャルロットが仲間に加わった。

 そして最後が、勇者の称号を持つカイル。


 困難にもぶち当たったが、みんなで一つずつ壁を乗り越えて、ついには遠征隊への参加資格をゲット。一躍トップクラスにまで上り詰めた。

 通常パーティーの上限である四人になった俺達は、既に完成している……はずだった。

 俺達は……いや、俺とエリカはずっと、上手くやっていると思っていた。これからもずっと、上手くやっていけるのだと思っていた。


「どうして、こんな風になっちゃったんだろうな」

 思わず独りごちる。

 その瞬間、再び扉がノックされた。シャルロットがなにか忘れ物をしたのかな? そう思って扉を開けた俺は息を呑む。

 扉の前に立っていたのは金髪ツインテールの女の子。いままさに思いを巡らしていた相手、エリカだったからだ。


「……いまさら、なにをしに来たんだ?」

「えっと……その、傷は大丈夫かな、って」

「傷なら、シャルロットに治してもらったから平気だ。話がそれだけなら帰って……」

 俺は思わずセリフを呑み込んだ。

 いつもは勝ち気な蒼い瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。


「……おい、エリカ?」

「ごめん、なさい。ごめんなさい、アベル」

 ひとしずくの涙をこぼれ落ち、それを切っ掛けにボロボロと涙を流す。無数の煌めく雫が、宿の床を塗らしていく。


「……なんでエリカが泣くんだ。泣きたいのはこっちだぞ」

「ふえぇ……ごめんなさい。ひくっ。でも、あれには理由があるの」

「……理由?」

 問い返すが、エリカはボロボロと泣いていて話にならない。俺はため息を吐き、エリカを部屋に招き入れることにした。


 エリカを椅子に座らせて、用意したハーブティーを差し出す。そうして、落ち着くのを見計らって、なにがあったのかと問いかけた。


「実は、その……ダンジョンでのあれは、あたしの本心じゃないのよ」

「……物凄くノリノリだったと思うんだが」

 金髪ツインテールを振り乱し、高笑いまでしていた。あれが本心じゃなかったと言われても、どうやって信じろっていうのか……


「だから、あれには理由があるの。本当よ。あたしは、アベルにいつも感謝してる」

「だが、さっきは散々罵っただろ?」

「それは、あなたがあたしのために無茶をするのが凄く嫌だったからよ!」

「心配だから、思わずあんなに罵ったって? 言い訳にしてはお粗末すぎるだろ」

 心配のあまり怒るって言うのは分かるけど、あれはその範疇を超えている。


「信じられないのは分かるわ。だけど本当なの! あたしは、ツンデレのバッドステータスを持ってて、それが原因であんな風に罵っちゃったのよ!」

「……はい?」


 バッドステータスというのはマイナスの効果が発生する能力のことで、有名なのは不運とか短気とか。不運は不幸なことが起きやすくなり、短気は感情の制御が難しくなる。

 だが、ツンデレというのがなにか分からない。


「あたしが異世界から召喚されたことは知ってるわよね?」

「女神に呼ばれたんだろ?」

 多くはないが皆無でもない。エリカのように前世の記憶を完全に引き継いでいるケースは珍しいそうだが、転生者や転移者はこの時代にも何人か存在している。


「女神様が転生の特典として、能力を選ばせてくれるの。それで、あたしは治癒魔術に大きなボーナスを得られる聖女の称号を選んだんだけど……ポイントが少しだけ足りなくて」

「ポイント?」

「詳細は省くけど、ポイントの範囲内で好きな能力を習得出来たの。でも、あたしのもらったポイントじゃ聖女を選べなくて、ポイントを増やす必要があったのよ」

「……その手段が、バッドステータスの習得だった?」

「ええ、そうよ。それでツンデレっていうバッドステータスを習得したの」

「ふむ……」


 いまのところ、筋は通っている。というか、異世界召喚された人間は、両極端な長所と短所を持つことが多いと聞いたことがある。


「ちなみに、ツンデレのバッドステータスって、どういう能力なんだ?」

「あたしの認識では、素直になれなくなる程度のモノだと思ってたわ。だけど……」

「エリカの予想とは違った?」

「ええ。予想よりずっと影響が強かった。さっき、あんなことを言ってしまうくらい、ね」

 エリカは前置きを一つ、ツンデレのバッドステータスについて話し始めた。

 それによると、発動する時間帯は太陽が出ているときで、気持ちが高ぶったり、周囲に複数の人がいるときはツンが強くなるらしい。


「けど、いままでは平気だったよな? いままでも気は強かったけど、あんな風に俺を罵るなんて初めてのことだったし……なんで急に発動したんだ?」

「それは、その……ツンデレの発動対象が限定されてるから、よ」

「限定?」

「ええ、限定よ」

 内容を聞いたのに、オウム返しのような答えが返ってきた。


「どんな風に限定されてるんだ?」

「そ、その、ほっ、惚れた相手に対してだけ、発動、するの」

「え、それって……」

「~~~~~っ」

 それだけで、なにが言いたいのか分かってしまうほどに真っ赤っかだ。いままでのギャップもあって、恥ずかしそうに俯く姿が物凄く愛らしい。

 だが、俺だって、はいそうですかと信じるほど単純じゃない。


「……そうやって、また俺を騙すつもりじゃないよな?」

「嘘じゃない。いまから、それを証明してみせるわ」

「証明? どうやって――んっ!?」

 完全な不意打ちだった。

 気がついたらエリカに唇を奪われていて、俺は慌ててエリカを引き剥がす。


「――お、お前、急になにをするんだよ!?」

「いまのは、メディア教に伝わる契約魔術よ」

「おいおいおい……」

 メディア教とは、この世界を管理する神々の一人であり、エリカを召喚した女神でもあるメディアをあがめる教団である。

 そのメディア教に伝わる契約魔術というからには、なんらかの強制力が働くはずだ。


「一体どんな効力なんだ?」

「さっきのは誓いのキスという契約魔術よ」

「……誓いのキス? なにを誓うんだ?」

「あたしが一生、アベルに添い遂げるという誓いよ」

「……は、はい?」

 わりと意味が分からなかった。というか、分かりたくなかったのかもしれない。


「死が二人を分かつまで、あたしはアベルとしか愛し合うことが出来ないの」

「……あ、愛し合う?」

「そう。もしあたしが他の誰かに手を出そうとすれば、あたしが女神様に呪われるし、誰かがあたしを襲おうとした場合はその人が呪われるわ」

「うわぁ……」

 いま、さらっととんでもないことを言ったぞ、この娘。


「あ、誓ったのはあたしだけで、アベルが他の子に手を出しても女神様に呪われたりはしないから安心してね、あたしは嫉妬に怒り狂うけど」

「まったく安心できない!?」

 お、おかしいな。エリカはたしかに気が強いけど、同時に聖女と呼ばれるに相応しい女の子だったと記憶していたんだけど……一体なにがどうなってしまったんだろう。


「というか、なんでこんなマネを……」

「あなたを罵ったのが本心じゃないって知って欲しかったからよ」

「まさか、そのためだけにこんなことをしたのか?」

「そうよ。あ、あなたを好きだから、誤解されたままにしたくなかったの」

「~~~っ」

 ストレートな告白に顔が熱くなる。


「とにかく、あたしがアベルを嫌っていないって言うのは信じて欲しいのよ」

「それは、まぁ……信じるよ」

 にわかには信じられない話だけど、既にパーティーを追放されている俺を、こんな風に騙す必要はない。だとしたら、エリカの言っていることは事実だろう。


「ありがとう、アベル」

「良いけど……どうするつもりなんだ? 事情を話して、俺をパーティーに戻すのか?」

「それなんだけど……カイルが問題でしょ?」

「あぁ……あいつなぁ」

 エリカの言葉は本心じゃなかったけど、カイルまでツンデレってことは……ないだろう。というか、あって欲しくない。

 つまり、カイルのあれは本心と言うこと。


「アベルに仲間にしてもらった恩も忘れてあんなこと言うなんて、カイルの奴、最低よね」

「おおむね同意見だが……お前にだけは言われたくないと思うぞ?」

「~~~っ、意地悪イジワルいじわるぅ! あたしのはスキルの効果なんだからしょうがないでしょ! あたしだって、ホントはアベルにあんなこと言いたくなかったんだからね!?」

「そ、そっか……」

 ヤバイ。やっぱりギャップが可愛く思える。


「とにかく、カイルの件がある以上、パーティーを組み続けるのは得策じゃないわ」

「まぁ、それはそうだな。俺もあんな風に思われてるって分かった以上、カイルとはパーティーを組みたくない」

「でしょ? だから、アベルは予定通りパーティーを抜けるべきだと思うのよね」

「ふむ。それはかまわないが……その後は?」

「頃合いを見て、あたしもパーティーを抜けるわ。そして、あたしとあなた、二人一緒にどこかの田舎でのんびり暮らしましょ?」

「……なるほど」

 それなら俺の予定とも重なるし、エリカと一緒に田舎でスローライフも悪くない。


「俺は田舎でのんびり暮らそうと思ってたんだ。エリカがついてくるって言うなら、別に止める理由はないよ」

「それは、あたしの想いに応えてくれるって意味かしら?」

「そっちは保留」

「もぅ、どうしてそんなイジワルを言うのよ」

「俺だって色々あって混乱してるんだよ」


 いままでは仲間だから、あまり異性として意識しないようにしてた。

 でも、好意は抱いてる。エリカのことを憎からず思ってる。誓いのキスで俺以外とは結ばれることが出来ないのならなおさら、前向きに考えたいとは思う。

 だけど、あんな風に罵られた直後で気持ちの整理が出来てない。


「分かったわ。あたしはどうせ、あなた以外には愛せないし、愛すつもりもない。あなたが待って欲しいって言うのなら、もちろんいくらでも待つわよ」

「……そうしてくれ」

 エリカがいきなり契約魔術を使ってきただけで俺は悪くないはずなのに、なんか微妙に俺が優柔不断みたいな流れになってる気がする。

 なんか、ちょっと不本意だ。


「それじゃ、アベルは予定通り明日パーティーを抜けてね」

「分かった。合流場所は……」

「あ、それなら大丈夫。さっきの誓いのキスの効果で、あなたがどこにいても分かるから」

「え、どこにいても……分かる?」

「ええ、数時間に一度、あなたがいるおおよその方角と距離が分かるのよ」

「……ちょっと恐いんだけど」

 どこにも逃げ場はなさそうだ。いや、別に逃げるつもりはないんだけど。




 ――翌朝、俺は旅立ちの時を迎えていた。

「おはよう、アベル」

 宿を出たところでエリカと出くわす。


「おはよう、エリカ。もしかして、見送りに来てくれたのか?」

「え、それはその……。~~~っ。そ、そんなはずないじゃない、バカじゃないの!? あなたが意見を翻して留まったりしないよう確認に来ただけよ! じゃあねっ!」

 朝から元気な聖女様が俺を罵って、立ち去っていった。

 あれもツンデレ? とか言うバッドステータスの効果、なのか? 素直になれないというのは分かるんだが……旅立って欲しくないという意味、なのかな?

 いまいちのその法則が分からない。


「くくっ、アベル、ずいぶんと嫌われたモノだな」

 物凄く楽しそうなカイルが近付いてきた。


「カイルか、見送りに来てくれたのか?」

「あぁそうだ。哀れなお前を笑いに来たんだよ」

「はぁ……お前にそこまで嫌われてるとは思ってなかったよ」

「だったら、ここまで内心を隠してた甲斐があったってもんだな。ギリギリまで秘密にして、ここぞと言うときに暴露する。そうしてお前が絶望する姿を見るのは最高の気分だ!」

「そうかそうか、それはよかった」

「くくっ、強がりだけは一人前だな」

 強がり、ねぇ。エリカのあれは本心じゃないというのに……なんと言うか、ここまで道化を演じてくれると、逆に笑えてくる。

 むしろ、ちょっと哀れに思えてきた。


「カイル、お前も元気でやれよ」

「はん、お前にいわれるまでもねぇよ。お前がいなくなって、パーティーは俺のモノだからな。エリカも、必ず俺のモノにしてやんよ!」

「お、おぅ」

「ふっ、聖女様の無垢な身体に、色々と教え込んでやるぜっ」

「……まぁ、頑張れよ」


 エリカは契約魔術によって、俺以外と寝ることは出来ない。さらに、もし誰かが強引にちょっかいを出そうとしたら、その者が呪われるというおまけつきだ。

 そもそも、エリカは近々パーティーを抜ける。

 それを教えてやっても良いんだけど……ギリギリまで秘密にして、ここぞと言うときに暴露するのは最高に気分が良いそうなので、ぜひ自分でも体験してもらいたい。


「それに、シャルロットも俺のモノにしてやるからよ」

「……マジか」

 一夫多妻自体は珍しくない。権力者や富豪のあいだではよくある話なので、勇者であるカイルが二股を掛けたいのなら勝手にすれば良いと思う。

 だが、気の強いエリカやシャルロットに手を出すなんて自殺行為だ。

 二股なんて、掛けようとしたとバレた時点で殴られたって文句言えない。もしまかり間違って二人に同時に惚れさせることが出来たとしても、バレた時点で絶対に修羅場になる。

 そんなことにも考えが至らないなんて、調子に乗りすぎで笑える。


「せいぜい頑張れよ」

 俺は肩をすくめ、踵を返して旅立った。



 さてさて。まずはどこかの田舎を目指そう。そう思って、街の外れまで行くと、シャルロットが待ち構えていた。

「シャルロット、見送りに来てくれたのか?」

「そうだよ。この後のことについても話しておきたかったしね」

「……この後?」

 なんのことだろう?


「アベルくんと一緒に田舎でのんびり暮らすって話に決まってるじゃない。ほとぼりが冷めた頃にパーティーを抜けて、あなたの後を追い掛けるからね――って言いに来たんだよ」

「……おや?」

 それは、エリカとした話で、シャルロットとした話じゃない気がする――ってセリフは、ギリギリのところで呑み込んだ。俺、頑張った。


「ええっと、いつの間にそんな話に?」

「アベルくん言ったじゃない。田舎に一戸建てを建てて、愛する奥さんと暮らしたいって」

「……たしかに言ってたが。……え? もしかして、そういう意味だった?」

「他になにがあるの?」

 な、なんだって――っ!? と叫びたい衝動に駆られる。

 それを言葉にしなかった俺、本当に頑張った。


「だから――」

 不意打ちで頬にキスされた。

 なんか、物凄いデジャブ。嫌な予感が――って、落ち着け。昨日のあれは唇だったけど、今回はほっぺた。きっと違う。普通に、親愛のキスとかに違いない。


「本当は唇にするんだけど……恥ずかしいから、いまはこれで我慢してね」

「い、いや、恥ずかしいなら、しなければ良いんじゃない、かな?」

「それはダメだよ。契約魔術を発動させるには、ちゃんとキスする必要があるもん」

「け、契約魔術?」

「うん、メディア教に伝わる契約魔術だよ」

 お、落ち着け、俺。

 メディア教の契約魔術って言ったって、きっと色々種類があるはずだ。そうだよ。よりによって昨日のエリカと同じ契約魔術なんて、そんな偶然はありえない。


「ちなみに誓いのキスって名前だよ」

「はうわっ!」

 変な声が出た。そして驚きのあまりそれ以上の声が出ない。


「もしかして知ってるの?」

「あ、あぁ、ちょっと、その……最近、知る機会があってな」

「そうなんだ? それは偶然だね」

「あ、ああ、偶然だな」

 よりによって、絶対に起きちゃダメな偶然だけどな!


「と言うか、なんで誓いのキスを俺に……?」

「あれ? 契約の内容を知ってるんだよね?」

「いや、まぁ、知ってはいるんだけど、なんでかなって」

「もぅ。知っててあたしに言わせようとするなんて……アベルくんのい じ わ る」

 頬を染めて恥ずかしそうなシャルロットが可愛い――って、違う。可愛いシャルロットにドキドキしてる場合じゃねえよ!


 ここは、正直に話すべきだ。

 俺、エリカにも誓いのキスをされてるから、と。

 ――って、無理だああああああああっ! 契約魔術を終えたこの状況でそんなこと言ったら、シャルロットに刺されても文句言えねぇよ!

 どうする、どうするよ、俺!


「つ、つかぬことを聞くけど、その契約魔術って解除は……?」

「もちろん、出来ないよ?」

「そ、そうだよな……」

 くまった、こまった、くまった!


「ねぇ……アベルくん。もしかして……迷惑だった、かな?」

「え、いや、まさか。一緒に田舎暮らしは歓迎だ。ただ……シャルロットに誓いのキスをされると思ってなくて」

「私は、アベルくんのこと、好き、だよ?」

 一字一句丁寧に、想いを込めて紡ぐ。

 シャルロットの綺麗な声に、俺は一瞬で心を奪われた。


 ……って、奪われてる場合じゃないよ! エリカに続けてシャルロットからも告白されちゃった。凄く光栄だけど、どっちか選ばなきゃいけない。

 なのに、二人は契約魔術によって、俺と添い遂げるしかない。


 俺が振ると言うことは、すなわちその子の一生を台無しにすると言うことだ。お決まり文句の、俺よりキミに相応しい相手がきっと見つかる――なんて気休めすら言えない。

 こ、こうなったら開き直るしかないな。どこぞの貴族や富豪みたいに、エリカとシャルロット相手に二股を掛けるしか……


 気の強いエリカやシャルロットに手を出すなんて自殺行為だ。

 二股なんて、掛けようとしたとバレた時点で殴られたって文句言えない。もしまかり間違って二人に同時に惚れさせることが出来たとしても、バレた時点で絶対に修羅場になる。

 そんなことにも考えが至らないなんて、調子に乗りすぎで笑える。


 あああああああああぁあああっ! さっき、カイルに対して心の中で思ってセリフが返ってきたああああああああああああああああっ!?


「……アベルくん?」

 はっ!? シャルロットが不安そうに俺を見てる。

 ダメだ、ここで誤魔化してシャルロットを傷付けるのは絶対にダメだ。


「シャルロット、返事は待ってくれないか?」

「アベルくん。田舎で暮らす話、もしかして私の早とちりだった?」

「いや、それは……」

「それは……?」

 シャルロットの瞳が不安げに揺れる。


「アベルくん、もし迷惑なら……」

「いや、違う。迷惑なんかじゃない。俺はシャルロットと一緒にいるのが好きだ。だから、田舎で一緒に暮らすのは歓迎だし、告白されて嬉しいと思ってる」

「……本当?」

「ああ、本当だ」

「なのに、返事は待って欲しいの?」

「そうだ。理由は言えないけど……いまは決められないんだ。だから、頼む。ちゃんと考えて、いつか必ず答えを出すから、しばらく待ってくれ」

 シャルロットの顔を覗き込む。アメジストの瞳の中に俺の顔が映り込んでいる。十秒か二十秒か、しばらくしてシャルロットはこくりと頷いた。


「うん、分かった。アベルくんがそう言うのなら、私はいつまででも待つよ」

「……ありがとう、シャルロット」

「うぅん、私が急にしたんだし、気にしないで。……それじゃ、私は怪しまれる前に戻るね」

 シャルロットは、微笑みを残して立ち去っていった。

 残された俺は、思わず空を見上げる。

 雲一つない青い空……だけど、だからこそ不穏。凄く不穏な気配を感じる。まるで嵐の前の静けさを体現しているかのように見えた。

 これからどうするのが良いのかな……と、俺はそんなことを考えながら歩き始めた。

 

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