#12 そのシーンに向かって

 父親に続いて蛍馬けいま武流たけるも病室に駆け込むと、横たわる向日葵ひまわりの掛け布団がめくられ、白衣の医者が向日葵の診察をしていた。


「あ、あの、何が、あったんですか?」


 父親が息を切らして言うと、医者が振り返って、父親を安心させる様な笑みを浮かべて言った。


「大丈夫ですよ。向日葵さんは無事です。詳しくは看護師に聞いてください」


 医者のかたわらに立つ看護師に視線を向けると、看護師は戸惑った様に口を開いた。


「あの、お父さま方が席を外されている間に点滴を交換しようと思って、ここに来たんです。そしたら病室から物凄い光が溢れて来て、がちゃんがちゃんって大きな音がして。慌ててドアを開けたら、包丁を持った女性がへたり込んでいたんです。あの、お父さまがお付き合いされているっていう女性でした」


「お付き合い? 私にはそう言う女性はいませんが」


 父親が怪訝けげんそうに首を傾げると、看護師は「え?」と驚いて眼を開く。


「私たちはそう聞いてますよ、その女性から。お父さまとお付き合いしているって」


「ああ、それはその女性の嘘です。多分あの人でしょう。最近少しありまして」


 すると、看護師は「ああ……」と察してくれた様だった。


「包丁を持っていたので、恐らく向日葵さんに危害を加えようとしたんだと思います。女性は包丁を手にしたまま逃げて行ったので、警察に通報しました。それにしてもあの光は何だったのかしら……。椅子が元の位置から離れたところで倒れてたりしていたし……」


 看護師が首を捻ると、医者が「気の所為せいだったんじゃ無いのか?」と首を傾げる。


「光は見間違いで、椅子は女性が動かしたんだよ」


「椅子はそうかも知れないですけど、光は確かに見たんですよねぇ……」


「光も椅子も、鞠右衛門まりえもんの仕業であるな」


 ハシビロコウ先輩の台詞に、蛍馬と武流は「ああ」と納得する。


 向日葵の危機に、鞠右衛門が怪奇現象を起こしたのだ。


 蛍馬は小声でハシビロコウ先輩に問う。


「で、鞠右衛門さんは?」


「薫子の跡を追っておる。また知らせが来るだろう」


「ありがとう。来たら僕たちが行こう」


「警察に任せないのか?」


「腰月さんが関わって無いから、知らせる手段が無いよ。いや、あるけど、もうここまで来たらじっとしてられない。勿論警察も動くだろうけど、多分まだ向日葵ちゃんを殴った犯人と結び付けて無いだろうから、刃物持ってるって言ってもそう期待出来ないと思う」


「良し。じゃあ落ち着いたらここ失礼して、車で鞠右衛門からの連絡を待つか」


「うん」


 父親と医者、看護師は二言三言会話を交わし、医者と看護師は病室を出て行った。父親はふぅと大きく溜め息を吐くと、蛍馬たちに向き直った。


「柚木さん、申し訳ありません。こちらの所為で驚かせてしまって」


「いえ。驚きましたけど、先程お父さんのお話に出て来た女性ですよね?」


「そうです。どうしてこんな事になってしまったのか……」


 父親はそう言って、沈痛な面持ちで首を振る。


「大丈夫です」


 蛍馬が真剣な表情でそう言い切る。


「絶対に大丈夫ですから」


「え……?」


 蛍馬たちは父親や、それこそ警察より事の真相を掴んでいる。それは誰にも言えない。だが少しでも父親を安心させたかった。


 向日葵も父親からは見えていないと解っていても、武流の横で「うん、うん!」と大きく首を縦に振っている。


「どういう事ですか? あの、貴方方あなたがたは一体」


 戸惑う父親に、蛍馬はにっこりと微笑んだ。


「では、私たちは失礼しますね。またお邪魔させていただきます」


「あ、ええ、はい」


 狼狽うろたえる父親を後に、蛍馬たちは病室を辞した。


 早歩きで外へと向かう蛍馬と武流。向日葵とハシビロコウ先輩も後に続く。そうして車に戻る。


「ハシビロコウ先輩、鞠右衛門は?」


「まだだ。まだ連絡が来ない様なら、こちらから連絡してみよう」


「頼む」


 その時、膝の上に置いた蛍馬のバッグが小さく震えた。中に入れてあるスマートフォンの振動だ。取り出すと、SNSにメッセージが来ていた。


「あ、腰月こしつきさんだ」


「何て?」


「今帰国して、空港にいるって。ちょっと電話してみる」


 そうして腰月の電話に掛ける。発信音が鳴り始めて間も無く繋がった。


「蛍馬くん? やぁ、久しぶりだね。この前はお役に立てなくて悪かったね」


「いえ、これからお役に立っていただきます。警察手帳は持ってますか?」


「それは勿論。会社の研修で行っていたからね」


「今どちらに?」


「空港でタクシーを待っているところなんだ。もう次が順番だよ。蛍馬くん今日は店のシフト入ってない曜日だよね?」


「はい。そして緊急事態です。タクシーに乗ったら神室坂かむろざか病院に向かってください」


「……解った。埋め合わせも兼ねて、行かせて貰うよ」


 呑気に話していた腰月だったが、こちらの状態を察してくれたのか、落ち着いたトーンで返事をする。そして通話を終えた。


「腰月さんが来てくれるなら安心だ。腰月さんの事だから、介入が不自然にならない様に、工作のひとつもしてくれるだろうしね」


「そうだな。空港から病院は車だとそう遠くも無いから、鞠右衛門からの連絡が早いか、腰月さんの到着が早いか」


 武流が言った途端、ハシビロコウ先輩が「む」と声を上げた。


「鞠右衛門からだ。何と。薫子はこの病院の屋上にいるとの事だ」


「はぁ?」


 蛍馬が驚くと、ハシビロコウ先輩が言葉を続ける。


「包丁を手に一度は病院の外に出たらしいのだが、裏に回って屋外の非常階段から時間を掛けて屋上に上がったらしい」


「まさか自殺とか?」


「いや、それは無さそうだと鞠右衛門は言っておる。ただただ屋上の隅でさめざめと泣くばかりらしい」


「じゃあ腰月さんの到着を待とう」


 腰月の到着はそれから15分後だった。




 そして1時間後、向日葵の身体は、静かにその眼を開いた。

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