#11 それは急な展開
病院らしく中間色で
もう陽も落ちているので、景色などが見える訳では無い。だが大きな窓のお陰で開放感があった。
手早く食べられる様に、
オーダしたウエイトレスが去った後、蛍馬は切り出した。
「あの、お父さん、お顔の色が随分悪いですが、大丈夫ですか?」
随分と、というのは
「そうですか……? やはりこういう状態が続きますとね……」
「何かありましたか?」
蛍馬の穏やかな問い掛けに、父親は顔を
「い、いえ、何でも」
嘘の吐けない
「あの、私たちでは
静かに、失礼ながらも言い聞かせる様にゆっくりと言うと、父親の表情に安堵の様なものが浮かんだ。
「知り合って間も無いあなた方を巻き込むつもりは無いのですが、そうですね、少し聞いていただいても良いですか?」
「ええ。勿論」
蛍馬は柔らかな笑顔を浮かべた。
「凄いですね」
「え?」
父親の突然の言葉に、蛍馬は眼を丸くし、武流は「ん?」と小さな声を漏らす。
「そうしていると、本当に女性の様ですね。何故でしょう、向日葵ととても良いお友達としてのお付き合いをしてくださっているのだと判ります」
「そう言っていただけて、私たちも本当に嬉しいです」
それは本心だった。父親に対して出会い方こそ偽ったものの、素直で良い子の向日葵とは、今でも良い付き合いが出来ていると思うし、事が解決して、向日葵が望んでくれるのなら、その偽りを本当にしても良いと思っている。
「実はですね」
そう言って父親が語り出した内容は、至極簡潔に纏められていたが、これまで向日葵から聞いて来た薫子の行動だった。
その間に注文していた品々が届き、手を付けながらも話は進む。
「それで、参ってしまいまして」
父親は苦笑しながら、そう締め括った。その頃には、料理は
「それは、大変ですね」
蛍馬は如何にも「今初めて知りました」と言う
「それで、お父さんはどうされるおつもりなんですか?」
「私は
蛍馬と武流は、その台詞で眼を見合わせる。
「親父さん、そういう引越しなら、俺が役に立てるかも知れません」
「どういう事ですか?」
「俺、夜逃げ専門の引越し屋で働いてるんです。その相手の女……女性の行動パターンが読めませんが、俺らなら安心して貰って引越しの手伝いが出来ます。その分少し割高にはなります。あ、知り合い割引はありますが」
「後は、そうですね……あまりにもその女性が
蛍馬と武流の兄、篤巳は会社社長だ。顧問弁護士が存在する。そこから辿れる筈だ。弟たち大好き篤巳の事なので、一も二もなく紹介してくれるだろう。この際頼ってしまう事にしよう。
「引っ越し先も、不動産業の知り合いがいます。急なので全部の条件に合致した物件は難しいかも知れませんが、
父親は
「では、頼って良いでしょうか。よろしくお願いします」
そう言って、テーブルに頭が付く程深く頭を下げた。
「頭を上げてください。これは向日葵ちゃんの為でもあります。絶対に乗り切りましょう。私たちも協力は惜しみません」
「本当に、ありがとうございます」
「本当に大丈夫です。さ、残りを食べてしまいましょう。向日葵ちゃんのところに早く戻りたいですもんね!」
蛍馬は父親を元気付ける様に明るい声を出した。
食事を終え、院内の携帯電話使用可能スペースへと移る。蛍馬は篤巳に電話をして、弁護士の紹介を頼む。善は急げだ。
篤巳の会社の顧問弁護士を雇用している事務所は、他にも幾人かの弁護士を抱えており、その中には付き
篤巳は蛍馬との通話は繋げたまま、会社用のスマートフォンで顧問弁護士に連絡を取ってくれた。なので回答も早かった。
「紹介してくれるって。明日事務所を訪ねてみてね。お昼以降なら大丈夫だって」
「本当にありがとう、兄さん」
「お安い御用だよ。役に立てて嬉しいよ。じゃあね!」
些かうきうきした調子の篤巳との通話を終え、結果を武流と父親に報告する。
「オッケー」
「よろしければ、私もご一緒させてください。大丈夫でしょうか」
「勿論です。当事者なんですから」
そんな会話をしていると、早足の看護師がスペースに飛び込んで来た。
「あっ! 久木野さん、こちらにおられましたか!」
その慌てっぷりに、父親は動揺する。
「向日葵に何かありましたか!?」
しかし向日葵の霊体は、すぐ傍で元気に漂っている。今は看護師の様子に「え? え? 私に何かあったの?」と訳が判らぬ様子で
身体に生命に関わる危険があれば、生霊である霊体にも影響が出る筈だ。だがそれは無さそうだった。ならどういう事か。
「す、直ぐに病室に戻ってください! あ、あの、向日葵さんが」
「向日葵がどうしたんです!?」
「あ、危なかったんです!」
その時、ハシビロコウ先輩が細い眼をカッと見開いた。
「成る程、そういう事であるか」
そう呟く様に言うが、父親と看護師がいるので、聞く事が出来無い。
「まずは病室に戻ろうでは無いか。大丈夫だ、
「……解った」
その台詞で蛍馬は察する。小声でそう呟き、既に足を動かし始めている父親に続いて、武流とともに歩みを急がせた。
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