#06 その、ものの在り処
第4章
もう少し車を進ませ、十字路に差し掛かったところで方向転換、来た道を戻る。
そのまま駅の方へと進むと、
「見事に筋が伸びておりまするカピ。これは
「どうしてなんでしょう。私は薫子さんにとって、好きな人の娘ですよね?」
それなのだが、
男の事が好きだからこそ、その娘を排除する。
薫子にとって、向日葵は邪魔な存在なのでは無いだろうか。
親にとっては子どもが1番だ。その子どもの母親であり自分の妻ならともかく、
世には親になり切れない人間もいるが、向日葵の話を聞くと、このふたりは良い関係を築いた仲の良い親子だと言う事が判る。
なら、その子どもが、娘の向日葵がいなくなれば良い。
そんな極端な思考をする人間は、結構いるものだ。武流は夜逃げ屋という仕事柄、そういった考えに
付き
有り体に言えば独占欲、支配欲なのだろう。そうした歪んだ感情に
その場から逃げ果せた人から、時折お礼のメールや葉書が届く事があるが、その内容の全てが夜逃げ屋への感謝だった。
「お陰さまで新たなスタートを切る事が出来ました」
「もう怯えて生活しなくて済みます。ありがとうございました」
薫子の父親への接し方は、向日葵の話を聞いただけだが、それでも偏執的なものを感じるのだ。それは薫子の我が
「娘さんが入院しているのだから食事に行こう」
この台詞に薫子の気質が集約されている気がする。
武流の考えが正解なのかどうかは判らないが、当たらずとも遠からずだろうと、蛍馬も頷いていた。
だがそんな事、向日葵に言える訳も無い。なので蛍馬は向日葵の疑問に「本当にどうなんだろうね」と答えるに
「もう駅だが、筋はどうなってる?」
「そのまま真っ直ぐに伸びておりまするカピ。どうやら電車は使わなかった様子カピ」
「じゃあこのまま進むぜ」
武流が運転する車は駅を通過する。そうして道なりに進むと、脇にコインパーキングが数件並んでいた。
「ほうほう、駐車場の中に少し筋が逸れておりまするカピ」
「やっぱり車移動か。こっちも追っかけ
また進むと、高架下を含めた交差点に差し掛かる。
「鞠右衛門、ここは?」
「まだ真っ直ぐでござりまするカピ」
「オッケー」
この道は電車が走る高架と並行して伸びる道である。途中で少しずつ離れはするが、このままだと隣の駅に向かう事になる。
こうして車は鞠右衛門の案内で走って行った。
やがて到着したのは、閑静な住宅街の中にある1軒の戸建て住宅だった。2階建てで外壁は赤い
石造りの門に表札がある様だが、蛍馬たちからは読めない。
「筋はこの家の中に入りましてござりまするカピ」
鞠右衛門が言うと、向日葵がふわりと腰を上げた。
「ここ、多分薫子さんのお家ですよね? 私、ちょっと見て来て良いですか?」
「そうだね。それが早い。お願い」
「頑張ります!」
向日葵は両手でガッツポーズを作ると、すうっと車の屋根を突き抜けて行った。
「たた、大変です!」
大慌ての向日葵が戻って来たのは、それから30分程してからの事。蛍馬たちは家から少し離れたところで車を止めていた。
向日葵は後部座席に入ると、霊体だから身体が疲れる事は無いとは思うが、肩を上下させて深呼吸をしている。
「どうしたの?」
「あ、あの、か、薫子さんいました。で、多分あれ凶器です!」
「はぁ?」
「薫子さん、凶器を部屋に隠し持ってます!」
「本当か?」
「はい、血みたいな赤黒いのが付いていたので、間違い無いと思います。あ、あのですね」
向日葵は見て来た事を話し始めた。
家の玄関から入った向日葵。漂いながら、手近なドアをするりと抜けるとそこはリビングと思わしき部屋。
そこでは父親の税理士事務所の所長がテレビを見ながら
リビング、ダイニングと続くキッチンは無人。廊下に戻り水回りを覗くと、所長の奥方、薫子の母親だと思われる中年の女性が、鼻歌を歌いながら掃除をしていた。
階段があったので上がってみる。薫子の部屋は恐らく2階だろう。いるだろうか。ドアが幾つかあったので1番手前のドアから入ってみる。そこにはシングルサイズのベッドが2台。多分所長夫妻の寝室だ。
その隣の部屋は、所長の書斎らしき
最後の部屋。向日葵は緊張でごくりと喉を鳴らし、恐る恐る部屋へを入る。
カラフルなインテリアの部屋だった。だがパステルカラーがメインなのでけばけばしい程では無い。如何にも女性の部屋、と言う雰囲気だった。
そして俗に言う汚部屋だった。床に足の踏み場は殆ど無い。幸い向日葵には影響が無い訳だが。
ラフな格好の薫子は、部屋の中で比較的片付けられた場所、敷かれた草色のラグの上に体育座りをし、ピンクのペディキュアを
「今日はどれにしようかしらぁ」
そんな独り言を言いながら開けた箱に入っていたのは、色とりどりのネイルチップ。どれも爪部分が長く作られていて、ストーンやパールなどが惜しげも無くあしらわれている。
向日葵も女の子なので、可愛いなと思わないでも無いのだが、普段家事をするので、やりにくそうだな、とも思ってしまう。
向日葵も将来こう言ったお洒落をする様になるのだろうか。なったとしても、程々にしておこうと思う。
「ん〜足がピンクだからこれにしよ〜っと。あ、着ける前に着替えなきゃあ」
薫子は立ち上がると、床に散乱しているファッション雑誌などを蹴り飛ばしながらクローゼットに辿り着き、開けると乱雑なそこからラベンダーカラーのカットソーと白のフレアスカートを取り出す。
「うふ、今日は控えめにしとこっと。その方が好印象よね絶対」
そうして着ていた服をベッドに脱ぎ捨て、出した上下を着る。そしてネイルチップ。薫子が出したものは、数々の中では比較的大人しめなもの。ピンクをベースに、様々な色とサイズのストーンが2個から5個付いていた。
続けてクローゼットから取り出したのはベージュのトレンチコート。バッグは出しっ放しにしてあった某ブランドのロゴが入った白い小振りなバッグ。
そしてコートをラグの上に放り出すと、クローゼットからまた何やら取り出す。布で包まれた「何か」。
それを見た途端、向日葵の全身に鳥肌が立った。何これ、気持ち悪い。向日葵は思わず両手で両腕を抱える様に抱き締めた。
薫子の手が布を
それを見た薫子の顔が、忌々しそうに醜く歪む。
「汚いけど、お願いが叶うまでは仕方が無いかぁ」
舌打ちしてそう言うと、薫子はふぅと息を吐き、口を開いた。
「早くあの邪魔な娘が死にます様に!」
そうはっきりと、棒に向かって言ったのだ。
あまりの事に、向日葵は呆然とその様子を眺めるしか出来なかった。
薫子は棒を再び布で包むとクローゼットの奥底に入れ、扉をしっかりと閉める。
「さ、久木野さんを迎えに行こうっと。今日は絶対にフレンチ行くんだからっ!」
そう歌う様に言うと、派手な音を立ててドアを開け閉めして、部屋を出て行った。
その音で我に返った向日葵は、慌てて蛍馬たちの車に戻ったのだった。
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