#03 そんな特技の使い方

 向日葵の話を聞き、向日葵に怪我を負わせた薫子という女を逮捕出来れば、全てが解決すると踏んだ蛍馬は、スマートフォンを手にし、まずは時間を見る。


「んー、腰月こしつきさん、この時間だと電話迷惑かな。SNSでメッセージ送っておこう」


 まだ陽も高い時間帯。キャリア警察官の腰月は仕事中だろう。蛍馬はスマートフォンを操作し、腰月にメッセージを送る。すると間も無く返信が届いた。


「あれ、腰月さん今日は時間に余裕あるのかな。て、ありゃ〜」


 腰月からの返信を読んで、蛍馬は天を仰いだ。


「どうしたんだよ」


 武流が聞くと、蛍馬は項垂れた。


「腰月さん、日本にいないんだって。研修で海外。だから事件の事全然知らないんだって。そんな人が「犯人らしき人」でも知っていたらおかしいよね。あーだから最近うちのお店に来なかったのかぁ」


「じゃあどうするよ」


「あ、あの、こしつきさんって?」


「ああ、警察の人。僕のアルバイト先のお客さんなんだ。相談事に何か事件とかそういうのが関わっていたら頼りにするんだけど、今回はそうも行かないみたい。ん、とりあえずお父さんに繋ぎを取ろうか。向日葵ちゃんの友達って事で」


「いや、向日葵より歳上の男がふたりも友達って、そりゃ不自然だろ。下手したら向日葵の素行が疑われるぞ」


 武流が眉をしかめると、蛍馬は「それもそっか」と納得して頷いた。


「じゃあ僕、女装して行くよ。えーっと、向日葵ちゃんが化粧に興味が出て来て、プチプラコスメ売り場で知り合ったお姉さんって事で」


「男ってばれたらややこしいだろ」


「じゃあオネエで」


「それはそれで強引だな」


 武流は呆れた様に言う。すると向日葵が息急き切った様に口を開いた。


「あっ、お化粧には興味があります! 校則でお化粧は禁止なので、お休みの日に淡い色のリップぐらいなんですけど。アイシャドウとかも使ってみたくて、プチプラのを持ってます。でも上手に使えなくて、2、3回使っただけの状態で家にあります。お父さんには言って無いんですけど。何だか恥ずかしくて」


 向日葵は言うと、照れた様に小さく笑った。


「じゃあその設定で行こう。大丈夫、オネエの化粧技術は、その辺の女性より高いからね!」


「いや、そこじゃ無ぇ」


「じゃあ早速。って、今日お父さんは? 平日だからお仕事かな」


「はい。お仕事の後には病院に来てくれるんですけど」


「その時間だと僕たちが仕事だ。じゃあ明日の土曜日は?」


「土曜日はお仕事お休みなので、早い時間に来てくれると思います。私が怪我して初めてのお休みなので、多分、としか言えないんですけど」


「そこは向日葵ちゃんに確認して貰うとして、と」


 蛍馬は言い、両手をぱんっと打った。


「準備しておいた女装セットがやっと役に立つね!」


 ユキの一件以降、家でも用意しておいた方が良いのでは無いのかと、一式揃えたのである。


「お前、それ使いたいだけなんじゃ無ぇのか」


「武流の分も用意してあるよ」


「いらねぇよ」


 蛍馬の笑顔の台詞に、武流は憮然ぶぜんとした表情で応えた。




 翌日、また昼過ぎに向日葵は訪れた。


「こんにち、わっ! 蛍馬さん凄っごく綺麗! 素敵!」


 蛍馬は完璧な女装をして、向日葵を待ち構えていたのである。


 ウィッグの手入れは大変なので、家に置く用に調達したのは肩に届く程の長さで、かなりいたスタイルのものである。色は濃いブラウン。地毛に近い色である。


 服は、トップスはチャコールグレーのクールネックカットソーに、編み込みがほどこされた黒のカーデガン、下は青いデニム素材のフレアスカート。靴は黒のチャンキータイプのローヒールパンプスを合わせる。


 行き先が病院なので、アルバイトの時の様な華やかな衣装は流石に控えた。ベッドにもたれる武流もネイビーの薄手ニットとカーキのカーゴパンツでまとめた、地味な色合いの服装である。犬耳を隠す為のバンダナも黒だ。


 向日葵は「凄い!」「似合ってます!」と言いながら蛍馬の周りを飛び回る。蛍馬は「ありがとう」と微笑んだ。


「これならパパにも男の人ってばれないかも」


「ん、でも途中でばれちゃったら不信感持たれちゃうかも知れないから、最初からオネエって事にしようと思う。お父さんは今どこに?」


「あ、病院にいます。お昼前から来てくれました。で、今病院のレストランでお昼ご飯食べてます。その隙に来ました」


 そう言った向日葵が、次の瞬間にはがっくりと項垂れる。


「パパのご飯だけじゃ無くて、食べ物をあまり見たく無くて。だって、私食べられなくて辛い……」


 若い女の子らしく、食べる事が大好きなのだろうか。


「パパが作ってくれるオムライス、食べたい……」


 向日葵は悲しそうに、そうぽつりと呟く。


「ご飯はいつもお父さんが作ってくれていたの?」


 蛍馬が優しく訊くと、向日葵はふるふると首を振った。


「平日の夜は私が。私の方が帰るの早いから。でもお休みの日はパパが作るんです。朝ご飯もパパが用意してくれるんですよ。パンを焼いてくれて」


「お母さんがいないから、家事はお父さんと分担してるんだね」


「そうなんです。お洗濯とお掃除は、週末にふたりで一緒にやるんですよ。今日も午前中はやっていたと思います。私は自分の身体の傍にいたから見ていないんですけど」


「そっか。じゃあ早く身体に戻って、お父さん安心させてあげなきゃね」


「はい」


「それなんだけどよ、野洲やすさんに頼めねぇのか?」


「ああ、そっか、そうだね」


 蛍馬は武流の提案に手を打った。


「やすさん?」


「野洲さんは僕たちの知り合いの霊能者。こういう事のエキスパートだよ。聞いてみるね」


 蛍馬はスマートフォンを引き寄せ、電話を掛ける。


「あ、野洲さんこんにちは、蛍馬です。今大丈夫ですか? ありがとうございます。実はですね」


 そうして蛍馬は事情を説明する。そして「そうですか……ありがとうございました」とやや沈んだ声で通話を切った。


「あのね、身体に戻すと言うか、除霊する様な形で弾いて無理に身体に返す事になるんだって。それだと負担が掛かっちゃうんだって。それと、生霊になるって事はそれだけの理由があるから、それが解決しないとまた出ちゃうって」


 すると向日葵は戸惑ってしまう。


「でも私が生霊になってしまったのは、多分殴られたショックからだと思うんです。戻れない理由は判らないんですけど」


「そうだね。でも向日葵ちゃんが生霊になっていなかったら今でも犯人は判っていなかったかも知れないよ。勿論お父さんに心配掛けちゃってるけど、向日葵ちゃんが今でも生霊のままの理由がきっとあるんだと思う」


「そう、でしょうか」


 すると、武流がふぅと息を吐いた。


「薫子って女がどんなつもりで向日葵を殴ったのかは知らねぇが、向日葵が快復したらまた同じ事をするかも知れねぇ。まだ逮捕されて無かったら、だけどな」


「それに、殴られたショックもまだ尾を引いているかも知れないしね。でも大丈夫、解決したらちゃんと戻れるよ。それに向日葵ちゃんが幽霊だから出来る事もあるしね」


「出来る、ことですか?」


「うん。その薫子って人の行動を堂々と探れる」


「あ、そ、そうですね! その薫子って人、お仕事場でパパに付き纏っているんですけど、今では早く帰るパパを追っ掛けて来ていて。私、今度薫子さんを追ってみる事にします」


「そうだな。何かボロを出すかも知れねぇし」


 相手が歳上だからか、自分を殴った相手にも律儀にさん付けで呼ぶ向日葵に突っ込みは敢えて入れず、武流も蛍馬も頷いた。


「さて、そろそろ行こうか。車、僕が運転して良い?」


「俺がする」


 武流は言うと、蛍馬が取ろうとしていた車のキィを取り上げた。


「お前運転下手なんだからよ」


「そんな事言って……運転しないと上手にならないじゃない」


 蛍馬がそう言ってふくれると、武流は「ふん」と鼻を鳴らした。


「運転てのも才能なんだよ。お前にはそれが無ぇっつってんの」


「酷いなぁ。確かに武流は車の運転巧いけどさ。ブレーキもスムーズだし」


 そんなふたりの遣り取りを見て、向日葵が「くすっ」と小さく笑みを漏らした。


「おふたりは双子なのに、違うところが多いんですね」


「まぁな、俺が得意な事、蛍馬が得意な事、それぞれあるな」


「そうだね。料理とか裁縫とか、そういうのは武流が上手だね。運動全般も武流。勉強は僕の方が出来たかな」


「で、車の運転は俺が得意。ほら行くぞ」


 武流は言うと、手の中のキィとチャリ、と鳴らした。

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