#03 飛び入りゲスト、参☆上!

 蛍馬けいまがアルバイトをする女装バー「バラライカ」は、某繁華街の片隅にあった。そこは性的マイノリティの人たちが集う事で有名な場所である。


 女装バーはそういった人たちばかりが訪れる訳では無いので、撤退した店舗も多い。だがバラライカは立地や人気の事もあり、営業を続けていた。


 そういう土地柄ゆえ、昼間の人通りは少ない。営業している店舗が殆ど無いからだ。大抵は夕方や夜からの営業だ。


「ユキさん、人通りの多いところに行く? 少し歩いたらファッションビルもあるよ」


「いいえぇ、ここで充分よぅ。あまり目立ったら武流たけるクンに申し訳無いもの〜」


「そう言って貰えると武流も喜ぶよ」


 夜はオネエバーに行く予定であるが、それまでにはまだ時間がある。適当なところで夕飯も食べなくては。


 ユキはまるでスキップでもしそうな勢いで、楽しそうに歩いている。「ふんふふ〜ん」なんて小さな鼻歌まで。


 その歌はユキの生存中のものなのか、それともユキが音痴なのか、蛍馬に曲名は判らなかった。


 主にユキの話を聞きながらぶらぶらと散歩を続け、蛍馬がスマートフォンで時間を確認すると、17時の少し手前だった。そろそろレストランが開き始める頃だ。


 この場合は個室のある居酒屋が良いだろう。確か全席個室の居酒屋もあった。


 蛍馬がアルバイトをしている場所の周辺ではあるが、夕飯は家で武流の手作りのものをいただくし、アルバイトが終わる時間はもう朝も近いので、その頃には軒並のきなみ閉店している。


 あまり利用する機会が無いので、あまり飲食店に詳しい訳では無いのだ。


 蛍馬はいつも始発電車で帰るので、電車が動きだすまでアルバイト先の最寄駅近くにある、24時間営業のカフェで時間を潰すのである。


「ユキさん、晩ご飯には少し早いかな?」


「構わないわよ〜。と言うか、私ご飯食べる必要あるのかしらぁ?」


「身体は武流だからね。個室のお店に行くから、そこで武流に戻って貰って」


「あら、そうよね。武流クンはご飯食べなきゃね〜。て、え? 個室のお店? そんな贅沢ぜいたくしちゃうの?」


 どんな豪華店を想像したのか、ユキの表情が輝く。蛍馬は小さく苦笑する。


「普通の居酒屋だよ。今は全席個室の居酒屋も多いんだよ」


「あらぁ、そうなの〜そういうのも時代なのねぇ」


 ユキが納得したと言う風に頷く。うん、これは少しでも内装センスが良くて美味しいお店を選ばなくては。武流から出ると言ってもその場にはいるのだ。それも思い出になるだろうから。


 スマートフォンを使って調べようと思ったが、ここは詳しい人間に聞くのが良いだろう。もう17時を過ぎた。就労時間は終わった筈だ。


 蛍馬は兄の篤巳あつみに電話をして、この周辺にお薦めの個室居酒屋が無いが聞いた。


 篤巳は社長と言う立場から、取引先との会食もそれなりにある。相手の希望によって、この界隈かいわいでの接待もあると聞いていた。


 その場合、安価な個室居酒屋を使う事は無いだろうが、確か会社が近くだった筈なので、普段使いをしているかも知れない。


 篤巳は行った事のある何軒かのお店を挙げてくれた。部下と行く事が多いのだそうだ。


「兄さんありがとう。助かったよ」


「お役に立てたかな? でも今日蛍馬も武流もアルバイト休みだったよね? どうして蛍馬のアルバイト先の近くに?」


「実はね」


 蛍馬は事情を説明する。


「何だって!? 武流の女装!?」


 その叫びは蛍馬の耳を突き刺し、蛍馬はスマートフォンを思わず遠去とおざけた。


「こりゃあじっとなんかしていられないよ! 僕も行くから!」


「仕事は大丈夫なの?」


「僕は基本残業はしない様にしてるから。でないと他の子が帰りづらいでしょ。じゃ無くて! 今ふたり、いや3人か? どこにいるの?」


煙草たばこ屋さんの前。武流とユキさんが揉めてる」


「え? どうして」


「ユキさんが喫煙者だったらしくて、懐かしくなって吸いたいって。でも武流吸わないから、買う買わない吸う吸わないで、はたから見たらおかしな事になってる」


「えっ……、煙草を吸う武流格好良いかも……」


 そのシーンを想像したのか、少しうっとりした声が返って来た。


「兄さん、そこでときめかないで」


「あ、ごめんごめん。とにかく今から行くから、頑張って武流の応援してあげて。じゃ、また後で」


 そうして通話終了。さて、蛍馬は武流とユキの元に戻る。


 篤巳に電話をしながらも散歩を続けていたのだが、その時に差し掛かった1軒の煙草屋。対人カウンタはまだ閉店中だが、大型の自動販売機が何台か並べられていた。


「……今なら身体があるし、吸えるかも」


 ユキは自動販売機を見つめながらぽつりと言い、バッグから財布を出しながら近付こうとする。そこで武流の意識がストップを掛けた。


 武流は大人しくしていただけで、意識の全てをユキに明け渡していた訳では無い。何かあればすぐに出られる様にしていたのだ。


「待て待て待て、何する気だ」


「煙草吸いたくなっちゃって〜」


「駄目だ。俺吸った事無ぇし」


「ひとくちで良いからぁ〜」


「駄目だっての!」


 ひとつの身体でふたり分の悶着。前に行こうとするユキの意識と、それを抑える武流の意識。人通りが無いのが本当に幸いだ。


 蛍馬は武流に叫ぶ様に言った。


「武流! 耳!」


 すると武流は「あ!」と声を上げると、バッグから犬耳を出し、すかさず着ける。


 するとユキの霊体が武流から飛び出し、その勢いのまま自動販売機に突っ込んだ。


 どこまで行ったのか、ユキが戻って来たのは数秒後だった。


「酷いじゃなぁ〜い」


 ユキがねると、武流が控えめな怒声を上げた。


「酷いのはどっちだっての。俺は別に嫌煙家じゃ無ぇが、吸う気も無ぇからな」


「折角久しぶりに吸えると思ったんだけどな〜美味しいのにな〜ストレスも発散出来るのにな〜」


「……旨い? ストレス発散?」


 武流が一瞬まどう。


「武流、そこで揺らがないで。幽霊が煙草吸える方法ってあるのかな。野洲やすさんに聞いてみよう」


 蛍馬が早速霊能者の野洲喜太郎きたろうにコールする。出てくれた様で、少しの話の後、切られるまでそう間は無かった。


「ユキさんの前で燃やして完全に灰にしたら良いみたい。やってみようか。あ、でも今って自販機で煙草買うの、何かカードが要るんだったよね。兄さん来るまで待たなきゃ」


 と言った途端に、全力で駆けて来る篤巳の姿が見えた。


「武流ぅぅぅぅぅーーーーー!!!」


 叫ぶや否や、篤巳は武流に飛び付いた。いつもは避ける武流だが、ユキとの攻防で少し疲れていたからか、うっかり受け入れる形になってしまった。


「は、な、せ!」


 武流は足掻あがくが、どこからそんな力が出ているのか、篤巳はびくともしない。やがて武流は諦めて、うんざりとした表情で篤巳のされるがままになった。


「武流可愛いなぁ! 解ってはいたけどやっぱり可愛いなぁ! ユキさんに感謝だね! ありがとう! 見えないけど!」


 篤巳に霊感は無いのである。が、ユキはそれに応える様に、「はぁ〜い」と両手をひらひらと振った。


「あ、勿論蛍馬も相変わらず可愛いからね!」


「ありがとう」


 蛍馬は篤巳の賛辞を抵抗無く受け入れる。篤巳は既に蛍馬の女装は見ていた。バラライカに行った事があるのだ。


「さ、じゃあ晩ご飯に行こうか。個室のお店がご希望なんだよね?」


 篤巳が武流を抱き締める力を弱めて言った。武流は力尽きた様にぐったりしている。


「その前に、兄さんカード貸して。あの、自販機で煙草買うのに要るやつ」


「え、武流負けちゃったの?」


「ううん、勝敗は着かなかったんだけど、野洲さんに聞いたら、燃やして灰にしたら吸えるって言うから。ユキさんもうちょっと待ってね」


「はぁ〜い」


 篤巳も煙草は吸わない。だが接待などで相手が吸う煙草を代わりに買う事があるので、カードを作ったのである。


 篤巳は財布からカードを出し、蛍馬に渡す。蛍馬は早速自動販売機の前に。


「ユキさん、どれが良い?」


「ゴール○ンバット!」


 買って、危険の少ない空き地に移り、ゴール○ンバットの箱ごと火を点ける。ライターも篤巳のもの。やはり接待で使うスリムなオイルライターだ。


 じわじわと燃えて全てが灰になった時には、ユキの手にゴール○ンバットの箱が握られていた。


「嬉しいわ! ありがとう!」


 ユキは言うと、嬉しそうにゴール○ンバットを胸元に引き寄せた。


「じゃ、今度こそご飯に行こうか」


 蛍馬が言うと、武流充実が出来たからかにこにこと嬉しそうな篤巳と、未だ気力の戻らない武流は、連なって歩き出した。

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