第2章 足照くんのチキチキクッキング

#01 内気な料理人がやって来た

第2章 足照くんのチキチキクッキング


 今日も良い天気だ。柚木ゆのき蛍馬けいまは自室の窓を開ける。幽霊を迎える準備だ。


 と言っても、窓を開ける以外は特にする事は無い。広告を出している訳では無いし、そもそも幽霊相手にどう広告を打てば良いと言うのか。


 外出中にぼんやりたたずんでいる幽霊を見掛けると、声を掛けてみる事はあるのだが、それが唯一の宣伝活動だろうか。


 さて、お客さまは間もなく現れた。ふらふらしつつも真っ直ぐにこちらに飛んでくるひとつの霊体。男性だった。多分享年きょうねんは蛍馬の年齢とあまり変わらない。


 男性は窓の手前で止まると、窓際にいた蛍馬に小さく頭を下げた。


「ここ、こんにちは、あの、あ、ぼぼ、僕、代名本よなもと足照たりてると、い、言います」


 吃音癖きつおんぐせがあるのか緊張しているのか、代名本さんは何度もどもりながら言った。


「こんにちは。柚木蛍馬と言います。どうぞ入ってください」


 蛍馬は言い、代名本さんを室内に促す。代名本さんはおどおどとした様子で室内に入り、蛍馬の正面にちょこんと正座した。


「あ、あああの、ぼ、僕、実はあの」


 どうやら代名本さんは性急に事を運ぶ癖がある様だ。蛍馬はそっと右手を上げて、それを抑えた。


「ちょっと待ってください代名本さん。もうひとり呼んで来ますから」


 蛍馬は言うと立ち上がり、部屋を出た。この部屋は蛍馬と武流のふたり部屋だが、今武流は見たいブルーレイがあるとの事で、リビングにいた。


 ふたりの部屋に小型のテレビはあるが、メディアの再生機が無いのだ。


 蛍馬はリビングに向かう。ドアを開けると武流はソファに前のめりに掛け、テレビを凝視していた。映っていたのはホラーだった。


 顔が焼けただれた怪人がふらふらとおのを振り回し、それに人間の男が対峙している。武器は機関銃だった。


 再生機の時間を見ると、既に1時間半ほどが経っていて、タイミング的にクライマックスなのだろうと思われる。


 良い所で申し訳無いが、部屋では代名本さんが待っている。蛍馬はリモコンを手にすると、停止ボタンを押した。


「あっ! 蛍馬てめー何すんだよ!」


 武流が怒鳴る。蛍馬はそれを難なく受け流した。


「部屋にお客さんが来てるよ。また後で見たらいいじゃん」


「せっかくいいとこなのによー」


「はいはい立って立って。行くよ!」


 蛍馬が武流の腕を引っ張って急かすと、武流は渋々といった調子でゆっくりと立ち上がった。


 リビングを出て、急いで部屋へと戻る。


「ごめんなさい代名本さん、お待たせしました!」


 ところがドアを開け放つと、室内には誰もいなかった。


 さっきまで窓際に座っていた筈の代名本さんの姿は影も形も無く、窓に掛けているベージュのカーテンが、開けっ放しになっていた窓から入って来る風ではためいているだけだった。


「……あれ?」


「誰もいねーじゃん」


 蛍馬の肩越しに室内を見た武流が不機嫌な声を上げる。ホラー映画鑑賞を中断されたせいもあるのだろう。


「どこ行っちゃったんだろ」


「いねーなら、俺映画の続き見て来んぜ?」


「あ、うん」


 そうして武流はリビングに戻って行った。蛍馬は部屋に入り、窓際だけでは無く全体を見渡してみる。


 窓から身を乗り出し、見える範囲で外も見てみる。だかやはり代名本さんの姿は見当たらなかった。


「どうしちゃったんだろ」


 座った途端に話を切り出そうとした程だから、余程よほど急いているのだろうと思っていたのだが、心変わりでもしたのだろうか。


 何にせよ本人がいない事には、何も出来る事は無い。話すら聞いていないのだし。


「また来てくれるかなー……」


 蛍馬は呟き、また窓際に座った。




 翌日、蛍馬はまた自室の開け放った窓の傍に座る。今日は武流もいた。寝転んで適当なコミック本を開いている。


「代名本さん、また来てくれると思う?」


「昨日来てたっつー人か? さーな」


 武流は姿すら見ていないからか、興味無さげである。


「大丈夫かなぁ、思い残してる事があるから来たんだろうし……」


「心配してもしょうがねーだろ。来ねぇ事にはどうしようも出来ねーよ」


「そうだけど……あっ!」


 蛍馬が窓の外を見て声を上げる。代名本さんの姿を捉えたからだ。近くに建っている電柱の側でうろうろしていた。


「代名本さーん!」


 蛍馬が大きな声で呼ぶ。すると代名本さんはびくっとその場に立ち止まった。そろそろと顔を蛍馬の方に向ける。その表情までははっきりと見えなかった。


 蛍馬が手招きすると、代名本さんは迷っている様にまた彷徨うろつき始め、やがて決意した様に両手でこぶしを作ると、ふらふらと蛍馬の方に向かって飛んで来た。


「代名本さん、こんにちは」


 蛍馬が笑顔で挨拶する。が、代名本さんはすまなさそうに下を向いたまま口を開いた。


「ここ、こんにちは、き、きの、昨日はすすすいませんでした」


 吃音癖に加えて、こちらへの後ろめたさもあるのか、昨日より酷いものだった。聞き取れない程では無いのだが。


「大丈夫ですよ。さ、入ってください。今日は武流、あ、もうひとりもいますから、すぐにお話聞けますよ」


「は、あ、は、はい……」


 足照はおずおずと部屋に入って来て、昨日と同じ場所に座った。下を向いて、そわそわと落ち着きなさげである。


「ああああの、ぼ、僕、料理人なんです」


 そして、まるで焦っている様な調子で口を開いた。


「そうなんですか? 凄いですね」


「ととと、とんでもないまだまだ駆け出しで、あの、その」


「ああ、落ち着いてください。ゆっくりお話聞きますから」


 武流もコミック本を閉じて、話に耳を傾けている。しかしその眉間に微かにしわが寄っている。もしかしたら少し苛ついているのかも知れない。


 武流はせっかちだからなぁ。蛍馬は代名本さんに気付かれない様に、小さく溜め息を吐いた。


「は、ははい、す、すいません」


 足照はまた焦り、唇を震わせた。


「深呼吸しましょうか。はい、吸って、吐いてー」


 蛍馬の台詞に合わせ、代名本さんは深呼吸を繰り返す。やがて落ち着いたのか、やっと顔を上げてくれた。


「あああの、僕、りょ、料理人で」


「はい」


「でで、でも、じ、実は父親に、その、勘当されていて」


 代名本さんは自らを落ち着かせる様に、ゆっくりと話し始めた。

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