第12話 誕生 その5
「さて、ファーガスの息子に子供が出来たそうじゃ」
「それは、めでたい」
セシルの発言に、隣の議長が相槌を打つが、場の空気は白け気味だ。代議員達の、クスッと笑う声が聞こえた。
「くだらん、帰らせて貰うぞ」
ガストン司祭は吐き捨てるように扉に手をかけた。
「その前に、聖都の化物に伝えよ。今度産まれる、ファーガスの孫は、勇者の転生者だ。名は……、アレン。化物は、精々、今を楽しむに勤しめと、ラメッツァのエルフが言っておったと伝えよ!」
議場がざわつく。
「おい、貴様は、何を言っているのか分かってるのか? 勇者がセントシールに転生する筈がない!」
ガストン司祭は信じられないといった表情を見せ、恐れを忘れ、今までに無い怒りを露わにした。
彼にとっては、いや、創造神教の信者にとって、教皇が化物呼ばわりされるより、勇者転生の話が許せないだろう。
聖都の宗教、創造神教は、種の繁栄を重んじた。
神が命を与え創りたもうた生物は、種の繁栄を競い合う宿命があると、創造神教は教える。
それは、弱肉強食、力こそ正義という思想だ。
つまり戦いを肯定している宗教であるが故に、教皇が化物と恐れられていると知っていても、放置している現状だ。
最も、公然と批判すれば、それを敵意とみなし、徹底的に死をもって償わせる、だから、教皇を化物と呼ぶのは滅多には無いのだが……。
しかし、好戦的な宗教だが、布教を目的にはしていないので、他宗教に対して、敵対しない限り、意外なほど寛容な面を見せる。
だからこそ、教国は、大陸三大国家と呼ばれる程の大きさになったといえる。
それでも、勇者アレンは特別だ。
邪神に勝利した勇者は、聖都出身と伝えられている。
それ程の力を持つ勇者が転生するのなら、創造神を崇めていないセントシールは絶対にあり得ない。
だからこそ、ガストン司祭は激昂し、
「その言葉、一字一句、漏らさず伝えよう。そして、死を恐れない、憐れなエルフに、死は平等だと教えに戻ろう」
と冷静に、右手を胸に当て、創造神教流の丁寧なお辞儀をし、静かに従者を引き連れ聖都に戻って行くのだった。
皆が帰り静かになった議場では、セシルとファーガスが二人きりになっていた。
「孫に要らぬ重荷を背をわせて悪いな……、坊や……」
「孫の心配はしていない、儂は息子のリックが心配だ」
「心配? リックの小僧は、充分に強いではないか、才は、坊やを超えていると思うぞ」
「だからこそ、あいつは弱いんだ……」
ファーガスは、この話が自らの口で伝える前に、息子の耳な入るだろうと思い、彼の心中を察し、途方に暮れた。
数日後、聖都に戻ったガストンの姿は、教皇庁の謁見の間にあった。
高台の玉座に堂々と座るセリエンティウム教皇は、三百に近い年齢とは思えない程、若々しく生気に満ち溢れていた。
年齢を知らなければ、その見た目は、三十前後といったところだろう。容姿も悪くもなく、普段から薄っすらと浮かべた笑みも絶やすことはない。
報告を終えたガストン司祭は、開戦の一言を期待していたが……。
セリエンティウム教皇は、高らかに笑い出し、ご機嫌な様子。
「アレンが転生とはめでたいではないか、で、セシル殿は、相変わらず美しかったか?」
「いえ、エル……、セシル様は、年を召され、その容姿は老婆と例えるのが相応しいかと……」
ガストン司祭は、教皇の不興を買うのは不味いと思い、セシルの呼び方を言い直した。
「老婆の姿とは、小娘が勿体ぶりおる。あれは、美しいぞ、機会があれば、もう一度、会いたいものだ。それに、今を楽しめとは良い言葉ではないか、私も肝に銘じ、よりいっそう今を楽しむとしよう」
謁見の間、その両脇に居並ぶ法衣を着た人物達の中に一人、その教皇の様子を苦々しく眺めている者がいた。
「もう一度だと、貴様は、聖都から一歩も外へ出たことが無いはずだろう、化物め」
微かな声で冷たく呟く、その声は、隣の者も気付かないぐらい……、だが教皇は、彼の目を、彼の息子の目をジッと見つめていた。
皆、教皇の次の言葉を待っていた。
当の教皇は、大声で笑い出しそうな勢いも収まり、いつもの微笑みを薄っすらと浮かべ始めた。
「もう下がれ、今日の謁見は中止だ。奥で休む、トレント枢機卿、準備せよ!」
突然の事に、場が少しざわつくが、直ぐに静寂が戻る。
「はっ」
二人の声が静寂の中、響く。
ガストン司祭は納得いかぬ表情で引き下がり、先程、小さな声を囁いたトレント枢機卿が一歩前に出て礼をし、今日の謁見は終了となった。
書斎で茶を飲みながら、セリエンティウム教皇は、一人くつろぎ、悦にいる。
彼は込み上げる笑いを堪えるのに必死だった。
それでも抑えきれずクククッという笑い声が漏れていた。
「セシルめ、嘘を言いおって、アレンの心は転生できる程、曲がっておらぬ、するなら彼に違いない」
カップの茶をすすり、舌舐めずりをし、また、クククッと笑う。
「千年前は、引き分けたが……、いや、彼は、死んだのだから、私の勝利か……。いづれにせよ、楽しませてくれる」
ノックの音がし、トレント枢機卿を招き入れる。
「準備が出来ました」
「そうか、少し話をしよう、案内をしろ」
「いえ」
「そう嫌な顔をするな、不出来な我が息子」
トレント枢機卿は並んで歩くなど真っ平ごめんだったが、
「では、お供しましょう」
と渋々と返事した。
二人は回廊を並んで歩く。
「来年の春に、祝福を述べる使者をセントシールに遣わす。その準備は、トレント、お前がしろ」
「では、対応はどのように?」
「それはお前が決めろ、嘘か真かなど私には興味無い。だが、生まれくる子どもには、祝福を、なんなら私の祝福を……、いや、それは忘れろ。だが、祝福は、必ず与えろ、良いな?」
「はい、畏まりました。祝福は与えましょう。聖都の市民権が妥当かと……、転生の真偽は、私の方で決めさせて頂きましょう」
「後は任せたぞ。さて、寝屋の準備に抜かりないな?」
「はい、いつもように」
「今日は、生娘はおるか」
「後で、準備いたしましょう。教皇と共に過ごせるなら嫌がる娘は、この聖都には、居りませぬ」
「ふん、つまらん、嫌がるのが良いのではないか?」
トレント枢機卿は、嫌悪を覚え、
「ちっ、鬼畜め」
と心の中で呟く。
「不出来だが、その真っ直ぐさは、群を抜いておる。
他はつまらぬ奴ばかりだ」
とまるで、心を見透かしたかのように、セリエンティウム教皇は、楽しそうに返事をした。
余程、機嫌が良いのだろう。
「せっかく五百年前に私の権力が届かぬよう創設した執行部も大人しく期待外れだった」
三百に満たない教皇が、五百年前の事を自らが命じたかのように語るが、トレント枢機卿は、沈黙した。
寝屋の前に着いた。
セリエンティウム教皇は、扉を開ける前、
「お前は、期待を裏切るなよ」
と言い放ち、やらしい笑みを薄っすらと浮かべ、返事を待たず扉の先へと消えていく。
「お前の血が流れていると思うと、我が身を引き裂きたくなる」
とトレント枢機卿は、扉を後に、戻っていった。
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