第5話 愚妹

 アレンは前方から迫り来るスケルトンの一撃をかわす。

 反撃を繰り出す間も無く、別のスケルトンの剣先が襲いくる。それを、鼻先でやり過ごし、そのまま斜め後方に跳び、二体を自らの視野に収めた。

 新たに召喚された二体の連携は完璧で、アレンは少し手こずっていた。


「面倒くさい……」

 魔導士が憑依し媒体としているゴブリンは、二体のスケルトンの奥に霞みがかって見えている。

 眉間にしわを寄せ、そこを睨む。


「数を増やしても無駄だ」

 アレンは、剣を握り直す。

 美しい黒金の刃は、濃い霧の中でも、存在を否応無く主張した。


 アレンが二体に増えたスケルトンと大立ち回りを演じている頃、町では、ちょっとした騒ぎになっていた。

 傭兵達が異変に気付き騒ぎはじめたのだ。


 普段は、人口が少なく、危険な魔物も周辺に存在しない小さな町には、大きな壁はなく、木の杭に有刺鉄線を張り巡らせた簡単な防壁しかなかった。

 その側で、甲冑に身を包む一人の騎士が、赤毛の頭を掻きながら、町の外、小高い丘の森林を眺めている。


「ブラントン隊長、傭兵達が騒ぎ始めました」

 少年の声に、騎士は振り返る。肩から小さな生き物が、その拍子に飛立った。


「騎士団が森林の魔物を討伐していると伝えろ」

 騎士は、少年を見つめ返事をする。

 緊張しているようで少年の表情は固い。

 騎士学校を卒業したばかりだから、まだ十五、六か……、と改めて思い出す。


 “与えられたのは、若い兵ばかり……”

 愚痴は考えまいと思ってもどうしても彼の頭に浮かぶ。


「騎士団?」

 その上、少年騎士の勘はわるい。

「嘘に決まってるだろ、昨日から森の中をうろついている、怪しい奴らが犯人だ」

「では、直ぐにでも」

 少年騎士が腰の剣に手をかける。

 ブラントン隊長は、その様子に、ブン殴りたい衝動に駆られるが我慢した。


「まてまて、落ち着け、昨日からうろついている奴らは、多分、俺の知り合いだ」

「隊長の?」

「そうだ、だから、傭兵には、騎士が対処しているとだけ伝えろ」

「は、はい」

 少年騎士は納得がいかないという表情を見せ駆け出そうとする。


「あと、町の入口の守衛に伝言だ」

 落ち着きの無い奴だと思いながらブラントン隊長は呼び止めた。

 ガチャガチャと音を立て、おっとっとと少年騎士が振り返る。


「黒髪の美人を連れた男が来たら、ブラントンが待ってるから酒場に顔を出せと伝えるように言え」

「その方達は、傭兵ですか?」

「さあな、とにかく美人連れの男女、二人組だ」

 少年はポカンとしている。

 “真っ直ぐで好きなタイプなんだが……”

 と心の中で呟き彼の側まで行き、頭をポカンと殴る。


「見れば分かるということだ、つべこべ言わずに、とっとと行け!」

 少年騎士は、慌てて駆け出す。


 急に不安になり、ブラントン隊長は、

「魔物を討伐しているという件は、ギルドに伝えろ! いいか! ギ、ル、ド、だぞー」

 少年騎士の背中を見つめ叫んだ。


 “あの勢いだと、要件を叫びながら町中を駆け回りそうだ”

 それはそれで笑い話か……、と思い、

「セントシールにいる団長が、本隊を率いて来たら済むことだ、本気で町を守る気があるならばの話だが……」

 と声に出して呟いた。

 人気が無くなり、先程、ブラントン隊長の肩を離れた小さな生き物が戻ってくる。


 四枚の羽を懸命に動かし、可愛らしい少女の姿で宙を舞う生き物。

 人々が、妖精と呼ぶ、不思議な力を持った存在。


 彼女は、ブラントン隊長から頭を優しく撫でられると、嬉しそうに目を細め、彼の頬に身体を寄せ羽を休めた。


「一つ頼みかある」

 なあに? という表情で妖精がブラントン隊長の目を見つめた。

 なぜか、少年騎士を思い出し、彼は顔をほころばせる。


「森にいるあいつに、あまり勝手はするなと、それとなく伝えてくれ」

 妖精は小さくコクリと頷く。

 そよ風が吹く、青々と繁った雑草が揺れる。

 小さな花の蜜を吸っていた蝶が、慌てて飛んだ。


 そよ風は、町を出て丘の森林へ、そして木立を抜けていく。


 森に剣がぶつかり合う甲高い音が響く。

 不自然に霧が濃い場所がある。

 怪しげな気配が、そこに漂う。


「そうかい、それは残念だ」

 青年の落ち着いた声、だが、アレンは、己の背後に生じた魔力の揺らぎを見逃さない。

 さらに、背後から吹いて来たそよ風が、数は二体と、耳元でそっとささやく。

 アレンは、余計なお世話だと思いながら、ある人物の顔を思い出した。


 本来なら、直ぐにでも背後の二体に対して行動を起こすべきだが、そうはさせまいと、二体のスケルトンが同時に動きだす。


「ちっ……」

 同時に四体は、今のままでは厳しいと思わず舌打ちをする。


 アレンの身体が燐光を放つ。


 身体強化をし、素早く脇へ跳ぼうとするが、両肩にズシリと重みを感じる。

 魔力を吸われる感覚、燐光が消えた。


 同時に、アレンを中心とした強烈な旋風が巻き起こる。

 砂塵が舞い上がり、視界を奪う。


「我が主人あるじに人の身で抗うとは万死に値する!」

 彼の頭上から勇ましい女性の声が響く!

 旋風と共に現れたリズがアレンの両肩に足を乗せ降り立つ。


「おい、この場に人は俺だけだ……、あと、リズ、お前は、恥じらいというものを知れ」

 視線の少し上でリズのスカートの裏地が揺れる。

 もし、もっとアレンが顔を上げれば……。


「恥じらいって何よっ!」

 リズが苛立つ。

 砂塵が収まり、視界がもどると、霧も消えていた。


「万死に値するのはお前だ! 早く俺の肩から降りろ!」

 アレンは、気を取り直して剣を構える。


「何で私が万死なのよっ」

 フワリとアレンの肩から後方へと、スカートの裾を押さえながらリズが舞う。


「大人しくしてろと言ったはすだ。誰の魔力だと思っている」

 スケルトンがいなくなり、障害はない。前方のゴブリンを目掛け、アレンが駆ける。


「そんこと言われてないわ」

 リズは、着地を済ますと膨れっ面で腰に手を当てる。


「悪いが一旦、幕引きだ」

 アレンは、ゴブリンを、腰を境に上下に両断した。


 ゴブリンが最後に上げた悲鳴は、青年の声色ではなく、魔物、本来の低く枯れたそれだった。


「ほら、私のおかげじゃないっ」

 リズのイーッとした顔を、アレンは睨んでから、微笑みを返した。


 アレン達がいる場所は、本来ならエルフの支配下にあるべき森林だった。だが、その神聖さは失われている。

 それは、突然失ったというわけではなかった。

 十年という歳月をかけ、汚れていったのだ。

 永遠とも言われる長寿の種族にとって十年は、一瞬。

 さらに、ここは、エルフの王国にとっても辺境であった。

 エルフに罪はない。


 かつての美しい湖も、今は、沼地。


 その岸の一角に、身なりの汚い人々が集団を作っていた。

 不衛生な寝ぼけ顔が多い。不思議な事に、食事は、しっかりと支給されているようで、朝食の真っ最中だ。


 時折、響く、下品な笑い声。


 百人にも満たない人数は、予告までして町を襲うには、心許無く思える。

 例え、腕の立つ魔導士が仲間に居たとしても……。


 彼らの背に、切りだった崖が見える。

 そこに洞穴の入口があった。


 その奥から青年の高笑い。

 とても機嫌の良い笑い声。


「黒金の刃に、黒髪の美女、あいつが執行官の末席か、あはは……、あれが、グランド・ウィルの最後の作品、完成から千年、誰も振るうことが出来なかった怠惰の聖剣……、思わぬ大物が釣れたぞ!」

 品の良い調度品に、足元には、高価そうに見える絨毯。

 鎧姿の騎士が数人、青年を見守っている。


 青年は、黒いマントを翻すと、宝石で飾られた立派な椅子に腰を下ろす。


 傍に薄い生地で出来たドレスを着こなす女性が無表情な声のトーンで、

「聖剣? あんな出来損ないの末の愚妹に、聖剣などと名乗ることを許した覚えはないわ」

 と表情を歪め呟いた。


「我が剣、ブリュンヒルデは厳しいな、妹君には、優しく接してやれ」

「いえ、私は、断じて許しません」

 彼女はそう言うと、その場を離れた。

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